Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第八十四話 決意

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【9日目:夕方 屋外東ブロック】

 月瀬愛巫子は、焦りと恐れと苛立ちと怒りと、要するに負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った状態で、ひたすらに走っていた。
「ふざけるなふざけるなふざけるな――……!」
 唇の端から呪詛が漏れ、風にさらわれる。
 御陵ミリアと嶋田来海には、先に命乞いをしたほうだけ助けてやると言ったが、愛巫子はどのみち二人とも殺すつもりでいた。
 それが、来海が死を覚悟でミリアに懐中電灯を渡したことにより、早宮瞬太郎は殺され、自分もこうして撤退を余儀なくされている。
 この私が、負け犬のように背後を気にしながら逃げなければならない――その事実だけで、はらわたが煮えくり返る思いだ。
 結局、早宮瞬太郎は役に立たなかった。
 身体能力が高かろうが、殺すことへの覚悟が決まり切っていなかったからだ。
 もし瞬太郎にその覚悟があれば、ミリアに逆襲を許すことはなかっただろう。
 やはり私が間違っていた――誰かと組むなんて私の性に合わない。
 もし組むにしても、あんな甘ちゃんでは駄目だ。
 私と対等に並び立てる人間――なんてこの学校にいるわけがないけれど、それにしたって、私の足を引っ張らない程度の能力は必要だった。
「どうしてくれるのよ……!」
 『楽園』周辺で待ち伏せをし、不意打ちを仕掛けることで確実に手帳を集めていくという作戦が台無しだ。
 自分には『身代本(スケープブック)』があるが、それを過信した結果、立花百花に屈辱的な敗北を喫している。
 どうにかして、第二の能力を手に入れなければならないというのに――
「――こんなところで合うなんてね」
 ――そのとき。
 いい加減走り疲れて減速した愛巫子の視界に、一人の女子生徒が入った。
 茶髪をツインテールにしたその女子生徒は、愛巫子にとって因縁の相手。
 立花百花、その人だった。
「立、花――さん」
「随分と余裕の無い顔ね。誰かにやられて逃げてきた? アンタのこと、アタシは少し買い被りすぎてたのかもね。まあ――どうでもいいけど」
 愛巫子はすぐに、百花の様子がおかしいことに気付いていた。
 袖をまくった右手首に、ハンカチとネクタイを巻いているのと、ブレザーの左胸部分がぱっくりと切り裂かれ、乳房の一部が露出していて、その乳房にも一筋の傷が出来ているのには、すぐに気付いた。
 自分を置いていったあと、誰かとの殺し合いで負傷したのだろう。
 しかし、そんな肉体的な変化よりも――精神面の変化が著しい。
「……余裕の無い顔してるのは、お互い様じゃない? あなたの顔、絶望の色が浮かんでいるわよ」
 言われっぱなしではいられないというのもあるが、実際それは愛巫子の率直な感想だった。
 言われた百花が、苦い表情を浮かべたのも見逃さない。
 そして愛巫子は、あの気丈な百花がこうも沈痛な面持ちをしている理由には、すでに察しが付いていた。
「弟さんの死体でも見かけたの? 立花さん」
「――。まあ、そんなところよ。アンタのその察しの良さ、ほんとムカつくわ」
 百花が一歩を踏み出し、愛巫子は身構えたが、意外なことに、彼女はこちらに拳を突き出すことも、間合いを詰めるために駆け出すこともなかった。
 ただ――『楽園』のほうに向かって歩いていく。
 その足取りからは、絶望を孕んだその顔とは裏腹に、強い意志を感じた。
「――ああ、そういうこと。そっちに、弟の仇がいるってわけね」
「……ほんとにムカつくわね、アンタ。人の傷口に無暗に触らないでくれる?」
「散々人を殴る蹴るしておいてよくそんなことが言えるわね。やっぱりあなたは野蛮だわ、立花さん」
「なんとでも言いなさい。アタシは、アイツを――ツボミを殺すためだけに生きているようなものよ。これからのことは、それから考えるわ」
「……若駒さん、ねえ……」
 若駒ツボミのことは、当然同学年であるため知っている。
 恐らく百花にその傷を与えたのも彼女だろう。
 あの女は油断ならない――以前からそう感じていた相手なので、驚きはなかった。
「私のことはいいの? 放っておいて」
「殺してほしいの? ……悪いけど、アンタに構ってる暇はないのよ。アンタを殺し切るには時間がかかるし体力も使う。――ツボミを確実に殺すには、無駄な消耗は避けたいのよ」
「……あらそう。私のことは眼中に無いって感じで屈辱だけど――それならそれで助かるわ」
 今の自分に、百花を正面から攻略できる要素は無い。
 手帳を奪われたことで、『身代本』のタネも割れている。
 ああ――そういえば。
「よかったら、私の手帳、返してくれる? 若駒さんを殺すこと以外、もうどうでもいいんでしょう?」
「……。いいわよ、別に」
 百花はそう言って、ポケットから取り出した手帳を放った。
 愛巫子はそれを受け取り、自分の手帳であることを確認する。
「ありがとう、立花さん。初めてあなたに感謝したわ」
「いちいち棘があるわね、アンタは。感謝というならアンタを殺さなかったのはこれで二度目よ、もっとアタシに感謝しなさい。――それと」
 百花は。
 その目を鋭く細め、言った。
「ツボミを殺した後で、アタシにまだ生きる気力と体力が残っていたら――そのときはアンタを殺すわよ」



 御陵ミリアは、嶋田来海の遺体の目を閉じさせ、手を胸の上で組ませた。
 それで来海が救われるわけでも、ましてや生き返るわけでもない。
 ただ、来海によって生かされた自分が、来海に対してしてやれることなんて、そのくらいしかなかったからだ。
「……月……瀬……先……輩……」
「――。生きてたんだ」
 ミリアは、背後から聞こえた微かな呻き声に振り返る。
 『影遊ぶ(シャドーロール)』により全身を焼かれた早宮瞬太郎が、僅かに胸を上下させていた。
 呼吸のたびに焼けた肉が動いて痛むような、そんな惨たらしい状態。
 もはやその目は何も見ておらず、ただうわごとのように自分を置いて逃げた愛巫子の名前を呼ぶのみだ。
「……あなたは利用されてたんだよ、きっと」
 愛巫子と瞬太郎のやり取りや、そこに流れていた空気感。
 そこから、二人の関係性は容易に読み取れた。
 愛巫子が生きるために瞬太郎を利用していただけの関係。
 そこには信頼も親愛も無い――あるいは、瞬太郎から愛巫子に対しては、何かしらの思いがあったのかもしれないが。
 ……彼はもうじき死ぬ。
 直接来海を殺したのは愛巫子だが、彼もそれに協力していたのは事実だ。
 とはいえ、愛巫子に利用されていただけの彼への恨みはさしてない。
 ただ――哀れだと思った。
 心から信じ合えるものが確かにあった、その点に関しては、自分たち三人は恵まれていたのだろう。
「……吐和子、来海。あなたたちが望むなら――生きれるだけ、生きてみる」
 ミリアは、懐中電灯をぐっと強く握り締め、そう吐露した。
 吐和子がどれだけ頼りになり、心強く、それでいて気配りのできる人だったか。
 来海がどれだけ話し上手で、賢く、それでいて胸の奥に熱いものを持っている人だったか。
 それを、誰よりもよく知っているのは――自分だ。
 だから、二人の思い出を消さないために――生きる。
 その覚悟を、ミリアは決めた。
「……それでいいよね? 二人とも」
 もちろん、答えなど返って来るはずもない。
 それでも、二人ならきっと――『それでいい』と言うはずだ。
 ミリアはそう確信していた。

       

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