Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第八十七話 弱者

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック地下 『楽園』】

「霞ヶ丘さんが地上に出た。これで『楽園』を脅かす者はいなくなるわ」
 鎖羽香音が、チョーカーの位置を神経質に指で直しながらそう言うのを、井坂帆奈美は神妙な面持ちで聞いていた。
 帆奈美だけではなく、『楽園』のメンバーの内、体力や身体能力が低かったり、戦闘向きの能力を持っていなかったりで、地上での戦いに出ていない者はほぼ全員が揃っている。
 あの校内放送以降、言い知れぬ不安に覆われていた『楽園』だったが、その創始者である霞ヶ丘天が動き出したという報せは、残存メンバーの表情を大きく二つに分けた。
 一つは、それなら安心だとばかりに頬を緩ませるもの。
 一つは、天までもが動かざるを得ないという事実にさらなる不安を募らせ、顔を曇らせるものだ。
 帆奈美は後者だったが、彼女の場合は、また少し事情が違った。
「あの……鎖さん。辻見さんは、まだ戻らないの?」
 そう――帆奈美は、北第一校舎での思い出したくもない地獄から逃れてから、三嶋ハナ、辻見一花と行動を共にし、一花と二人で『楽園』に足を踏み入れた。
 しかし今、ここに一花の姿は無い。
 北第一校舎での体験が心の傷となっており、精神的に不安定になっている一花は当然戦闘に駆り出されているはずもなく、帆奈美は労働の傍ら、彼女の行方を探していた。
 しかし羽香音は、先ほどまで地上に出ていたこともあってか、疲れたような表情で「言ったでしょう? 彼女は別室で作業中よ。じきに戻るわ」と言ったきり、その場から離れていってしまった。
 その背中を目で追いながら、帆奈美は、自分の――自分たちの選択が果たして本当に正しかったのか、自問していた。
 ――殺し合いを乗り越えて、三つしか無い生還の椅子に座ろうとするのではなく、この学校から出ることを諦めて、自給自足の生活を送り続ける。
 それが『楽園』の理念と聞かされ、帆奈美と一花はそれに飛びついた。
 ただ――自分たちの中で最も怯え、弱り切っていたはずのハナだけが、『楽園』入りを拒み、自分たちの説得も虚しく、一人でどこかに行ってしまった。
 そのときは、他人を信じられなくなっているがための選択だと思っていたが、『楽園』に来て程なくして一花が見当たらなくなり、さらに拠り所である平穏さえも、奪われそうになっている。
 ――帆奈美の胸の内には、『楽園』に対する不信感が芽生え始めていた。
 もしかしたら、ハナの選択こそが正しかったのかもしれない。
 しかしそうは思っても、今から『楽園』を離れるなんて選択肢は、帆奈美にはなかった。
 それは一花を見捨てて逃げることを意味するし、もし一花を見つけ出せたとしても、地上はあの校内放送を聞いて集まった生徒たちと、『楽園』の戦闘要員との殺し合いが続いている状況だという。
 自分の能力『超躍力(ホッピングキック)』は、足をゴムのように伸ばし、バネのような跳躍力を得ることができる能力。
 それを駆使すれば、戦場を突破し、安全圏に逃れることができるかもしれない――しかし、その賭けに出る勇気は、帆奈美にはなかった。
 ――圧倒的な暴力の前では、自分が付け焼刃で得た異能力なんて容易くねじ伏せられる。それをすでに、帆奈美は思い知らされている。
『気が済んだか? 井坂。諦めるってことは辛いモンだ、抵抗したくなるのは分かるぜ。だけどな、弱いヤツの抵抗なんてのは現実逃避でしかないんだよ』
 ――東城要は、『超躍力』を駆使して壁や天井を蹴り、背後から蹴りかかった自分を容易く床に殴り倒し、そう言い放った。
 そこから先のことは、思い出したくもない。
 東城たちに自由も尊厳も奪われ、肉体も精神も凌辱され続けた地獄の時間。
 そんなことがあったから――自分は、『楽園』に縋った。
 そして、『楽園』に対する不信感が芽生えた今でも、自分はこの平穏に縋り続けるしかない、弱い人間だ。
 帆奈美は唇を噛み、天井を見上げた。
 無力で臆病な自分にできることは、地上での戦いが一刻も早く、『楽園』側の勝利という形で終わることを、ただ祈ることだけ。
 しかし、祈れば祈るほど無力感に苛まれるのも、また事実だった。



 若駒ツボミが北第一校舎を出たということは、彼女と共に過ごしていた最上環奈と根岸藍実は、二人で留守番をしているということだろうか?
 否――ツボミは、二人に自分から離れた場所で留守を任せるほど、二人を信用してはいない。
 そのため、ツボミと共に環奈と藍実も、中央ブロックを訪れていた。
 しかし、暁陽日輝の元に現れたツボミの周囲には、二人の姿は無かった。
 では二人は、どこにいるのか?
 それは、中央ブロックの外れ、体育館の外付けの非常階段、その一階部分――ちょうど、階段の下にあるスペース。
 そこに、本来は一人、せいぜい二人用の小型テントを設置して、環奈と藍実は身を寄せ合うようにして待機していた。
 ――藍実の能力『通行禁止(ノー・ゴー)』は、藍実の意識がある限り展開し続けることができる、不可視にして不壊のバリアだ。
 しかしその能力は、屋内でしか使用できない――ゆえに、藍実を連れて外出する場合、藍実が実質無能力になるという懸念があった。
 だが、ツボミは北第一校舎にあった備品を使って実験を行い、テントの中は藍実の能力において屋内と判定され、『通行禁止』が問題無く発動することを確認していたのだ。
 そのため、藍実は環奈と共にこの場所でテントを張って待機しておくことをツボミに命じられていた――ツボミが負傷した場合に備えたベースキャンプとしての役割を期待されているだろう。
 ……藍実は思う。
 あの人は、自分たちの『能力』を頼りにしている――と言ったら聞こえはいいが――もっとハッキリ言うと利用しているだけに過ぎないのだと。
 そう分かっていても、自分には、そして環奈にも、ツボミと離れるという選択肢はない。
 そんなことをしたらツボミに殺されるのは明らかだし、そうでなくても、自分たちだけでこの生徒葬会を乗り切れるとは到底思えない。
 自分たちはただ、ツボミに従い続けていればいいのだ。
 これまでだってそれでなんとかなってきたし、これからだってそうに違いない。
 そう信じることこそが、自分たちが唯一生き延びる道。
 ――なのに。
「藍実……こんなことして、その、ツボミさんは……怒らないかな」
「……怒りはしない……と、信じたいね。でも、きっと――大丈夫。あの人は、暁さんを買ってるから――暁さんと一緒にいた凜々花を助けることを、不都合には思わない……はずだよ」
 ――藍実と環奈は、このテントの中に、二人の生徒を招き入れていた。
 安藤凜々花と、もう一人は、凜々花が背負って連れてきた、見知らぬ女子生徒。
 凜々花は疲労と、安全な場所まで来れたという安堵からか気を失ってしまっており、凜々花が連れてきた女子生徒のほうも、現在進行形で環奈が『超自然治癒(ネオヒーリング)』によって治療しているとはいえ、背中に大きな傷を負っており、未だ意識が戻らないでいる。
 そのため、藍実たちは凜々花から詳しい事情を聞けてはいない。
 凜々花と一緒にいたはずの暁陽日輝が今、どこにいるのかも。
 ただ――深手を負った女子生徒を背負って、息も絶え絶えに助けを求めてきた凜々花を、見捨てることなんて――藍実にも環奈にもできなかった。
「暁さんは……どこにいるのかな」
 環奈の呟きに、藍実は首を横に振った。
「分からない。でも……きっと無事だよ。凜々花を残して、あの人が死ぬわけないよ」
「……そうだよね」
 藍実も環奈も、陽日輝と凜々花の間に強い絆が芽生えていたことは察している。
 凜々花がここにいるということは、陽日輝もこの中央ブロックのどこかにいるということだろう。
 きっとそうに違いない――
「――陽日輝のことを知ってるんだな、君たちは」
 ――そのときだった。
 テントの外から聞こえた声に、藍実と環奈は顔を見合わせ、すぐさまファスナーを少しだけ開けている窓に視線を向ける。
 網目になった布地の向こう、メガネをかけた背の高い男子生徒がいた。
「確認だけど、君たちが暁って呼んでたのは暁陽日輝でいいんだな?」
「この人、暁さんの――」
「シッ!」
 狼狽した様子で言った環奈を、人差し指を立てて制し、藍実は彼女を庇うように窓に寄った。
 背後をチラリと振り返る――テントの最奥に凜々花が寝かされていて、その手前に凜々花が連れてきた女子生徒。そして、環奈はその傍らで膝立ちの姿勢。
 藍実は、北第一校舎から持ち出した果物ナイフをポケットから取り出し、震える手で鞘を抜いた。
 大丈夫――『通行禁止』がある以上、どんなことをされてもこの場所には入れない。
 ただ、屋内にいる場合と違い、今の『通行禁止』にはより明確な弱点がある――そのことに気付かれることさえなければ、問題は無い。
「……あなたは暁さんのことを、知っているんですか?」
「――ああ。よく知ってるよ」
 メガネの位置を指先で直しながら、男子生徒は言った。
「仲の良い友達の一人だったからね。――僕は君たちに危害を加えるつもりはない。ただ、詳しく話を聞かせてほしいんだよ」

       

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