不人気叩かれ文芸作家の僕がプロデビュー…
9・編集長との賭け
近くのファミレスにでも連れて行ってもらえるのかと思ってら、案内されたのは超高級ホテルの中にある鉄板焼レストラン。
つい一週間前テレビで紹介されていてカップラーメンをすすりながら見ていたのに……まさか自分が訪れることになろうとは。
確か値段は一人4万くらいだったような……さすがに割り勘とかじゃ無いですよね。
澪奈さんに案内されて店内に入ると、30代半ばくらいの上品な女性が迎えてくれた。
「編集長の桜井です」と頭を下げる。
僕も自己紹介して頭を下げる。
「ささっ、先生こちらへ」と編集長さん自ら席に案内してくれ
「田所が先生の原稿を発見した時、凄い勢いで私に「宝の山を見つけました!!!!」なんて叫んでですねぇ…」と語りだし、僕の作品を口を極めて褒めそやしてくれた。
僕はただ恐縮して小さくなっているほか無かった。
目の前の大きな鉄板でシェフがお肉をカットして焼いて、芸術的な手つきでお客の前に差し出す。
編集長さんが
「先生、どうです? お口に合いますか?」と聞いた。
「こんな美味しいお肉食べたの初めてです!! 本当に高いお肉って口の中で溶けるんですね!!」
澪奈さんは
「お好きなだけ注文して下さい! お酒もどうぞ!
もし良ければここの部屋も取ってありますので」と言う。
「え!? 部屋?」
「い、いえ飲みすぎても大丈夫という意味です。あははは」
澪奈さんは僕の肩を何度も叩いた。
「そ、そうですか……いえ、お酒はほとんど飲まないんで大丈夫です」
いけない……浮かれているんだろうか、編集長さんもいるのに邪な想像をしてしまった自分が情けない。
編集長さんが
「先生」と言う。
「あ、はい? 何でしょうか?」
「田所から専属契約の事お聞きと思いますが、考えて頂けましたか?」
澪奈さんはすがるような眼で僕をじっと見据えて言う。
「もしも契約金にご不満がありましたら、なんとしてでも上に説得してもっと出せますから」
僕はようやく気がついた。
これは専属契約を取るための接待なのだ、そんな事されても……
「いえ、僕は書きはじめてまだ日も浅いし、続けてゆく自信も無いんです。
ですからもう少し様子を見た方がお互いのためかなと」
澪奈さんは
「もう少しって……いつなんです…」と泣きそうな顔で僕を見つめる。
体育会系の勝ち気な美人がそんな表情をするとギャップがすごくてドキドキしてしまう。
僕は
「いや、だから自信が無いんですからいつとは……」と答えた。
編集長さんは
「ではこういうのはどうでしょう?
最初は先行版として挿し絵無しの電子書籍で出して、それから製本版を10万部刷る予定です。
製本版が一ヶ月で完売したら自信、つきますか?」
じゅ、10万部??
普通ラノベはいいとこ初版1万部くらいとか聞いたけど、いくらなんでも強気過ぎませんか?
それを一ヶ月で?? へっ、できらぁ! って事にはならないでしょ。
それに先行して電子書籍が出るのなら、紙の本なんて売れる訳ないよ。
そうなるとさすがに編集長さんも澪奈さんも僕を買い被っていたことに気がつくだろう。
僕は
「分かりました。それだけ売れたらもう何も言いません。
全てお指図通りにいたします」と答えた。
「なんでご自分の才能を分からないんですかー」
と澪奈さんは僕の肩をペチペチと叩く。
何だかすごく可愛い人だなと思ってしまった。
デザートはアップルケーキだった。
まさに絶品でこんなに美味しいものがあるのかと感動した。
何度も美味しい美味しいと口に出していたら、澪奈さんは
「お気に入召したらお持ち帰り分を頼みましょうか?」と言ってくれた。
僕はお願いした。
いやしい奴だと思われただろうけど、ぜひ食べさせたい人がいるのだ。
○
食事のあと、お茶かお酒でもと誘われたが、僕はかたくなに断った。
帰りはタクシーを使わせてもらったが、健康のために地元駅で降ろしてもらいその先は歩くことにした。
夜風が気持ちいい。
反対側から僕と同い年くらいの女の子が二人歩いてくる。
すれ違った後に女の子の一人が
「今の人見た?カッコ良くない?」ともう一人に言った。
僕はつい振り返ったが、女の子達の周りに人はいない。
自分の後ろを振り返っても誰もいない。
なにこれ、ホラー?
僕は何だか不気味な思いに駆られ一目散にアパートを目指した。