勇者一行お帰りください:争いの種:
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クロロティカとシャユラの一族は互いに敵対視しているが、そんな折、クロロティカ家主催の仮面舞踏会にシャユラ家の長男、アルナメナが面白半分で参加してしまう、そしてエリシアとアルナメナはお互いの素性を知らずに出会ってしまう。
舞踏の為鳴り響く流行りの曲と規則正しいステップとの喧騒を右から左へ受け流し、けして近くは無い2人の間は、目を合わせあう者には息がかかり、愛する人に抱かれたいと欲すはしたない体が発する熱も感じる程近くに感じたことだろう。
だがその2人の変化を見逃さない人間が居た、妹ティアラである、ティアラは消して表に心の内を出すまいと必死に湧き出る嫉妬を抑えた。
羨ましい、御父様のコネで愛の無い結婚、ましてや好きでもない男とする性行為、私が生きたこの世界で、私だけがまるで愛されていない、皆が愛すのは私じゃなく、「王族の血」を愛していると、そしてティアラは誓う、あの男、名も知らぬ仮面の下の素顔も知らぬ、だが2人の間を一瞬にして取り巻いた深く優しい愛の抱擁、是が非でも私だけのモノにして、私だけを愛させ、私だけが知り得るモノにしようと。
到底叶わぬ夢を想い、嬉し涙が1粒、ゆらりと彼女の頬を伝った。
アルナメナがゆっくりと近付き、頭を落として言った。
「お嬢様、私と一曲踊っていただけますか。」
差し出された手に柔らかで温かい触感が伝わる、
「一曲、一曲だけで貴方は満足してしまうのか。」
息を吸う瞬間も許さぬ程、返事は早かった。
「お嬢様、出来ることならこの舞踏会が終わる迄の間、永遠に貴女と踊りたい!」
それからの時間は2人にとって幸せの絶頂の様な瞬間であった、エリシアは誰とも知らぬ愛しい男に、あぁ…出来る事ならせめて、私の部屋でもう一晩だけでもと、アルナメナももう一晩だけ、この麗しい女性と共に居たいと思っていた。
月の天頂を知らせる鐘が響き、一夜の宴もお開きになる頃、薄暗く、食い散らかされた食器が机に並び、誰も人の居ない会場で2人は抱き合っていた。
「貴方…舞踏会は終わってしまった、貴方ももう帰るなら、最後に名前を教えて欲しい…」
アルナメナは仮面を外し、耳打ちのように静かに放った
「アルナメナ、アルナメナ・シャユラ…」
瞬間、エリシアは激しい悲しみと後悔に包まれた
舞踏会と部屋での戯れ終わりを告げ、片手に数え収まる程の月が過ぎた後。
エリシアは月明かりが差し込む窓に座り、一人思い耽っていた。
「あぁ、どうして貴方はシャユラなの、出来ることなら今すぐ名前もこの地位も何もかも捨てて貴方に会いに行くのに…あぁアルナメナ…貴方に会いたい…」
ふと、暗い森から声が聞こえて来た。
「月明かりに輝くその美しい赤髪は、忘れもしない、貴女はエリシアか!舞踏会の夜、短く儚い永遠に踊り続けた、王女エリシアなのか!」
エリシアはベランダに走り出し身を乗り出し言った。
「その声はアルナメナ!アルナメナなの!忘れもしない、初めて目に見たその時から、私の心を奪い去った愛しの人、手を取ったあの日、あの時、あの瞬間、この舞踏が永遠に続けば良いと願わせた、シャユラ家のアルナメナなのね!!」
アルナメナが潅木に登り、エリシアが更に身を乗り出す。
「あぁエリシア、君がそんな風に思ってくれていたなんて…そうだエリシア、2人で名前も家も捨てて、何処か私達のことを誰も知らない場所へ共に行こう、陽の光に草花が悦び、星屑の光が湖面に靡く、そんな美しい所に。」
エリシアは喉仏まで出かかった返事を抑えて悲しげな顔をして言った。
「無理なの…無理なのよアルナメナ…出来るなら私だってそうしたいだけど私はこの国の王女…貴方は敵、シャユラ家の長男…こんなのって無いと思わない?余りにも酷い、神様は運命の意地悪がすぎる…」
アルナメナが不服そうな顔でエリシアに問い掛けた。
「どうしてだいエリシア、王だの国だのってしがらみなんて、捨ててしまえばいい、私は貴女さえ居たなら、他は何も要らない!」
最後の言葉を言い切る前にエリシアが言い放った。
「私は明日!女王になるの!!今更遅い…出逢うのが遅すぎたの…私達、私は女王になって、一挙手一投足、発言一つ一つに責任が出るの、それに、婚約も…」
エリシアはハッとした顔でアルナメナの顔を見つめた。
「アルナメナ、私と貴方、敵同士…でもそれでも、互いに心に抱えた愛は本物、誓いましょう…2人しか知らない、2人だけの為に契りましょう」
喜びに溢れた笑顔で言った。
「誓うよ、誓う!今空に輝く星屑の美しさに誓って、君だけを愛すよ」
「ダメ、そんな物に誓っても、星は季節毎に見え方が変わってしまう…それじゃあ貴方、愛する人を変えてしまうかも知れない…」
「それじゃあ…何に誓えば…?」
エリシアがゆっくり手を伸ばし、美しい髪を留めていた輝く髪飾りを握って言った。
「この、私の髪飾りの1本の薔薇に誓いましょう。永遠に枯れることの無いこの真紅の薔薇に。」
「構わないよエリシア、薔薇に誓って言う、私は貴方を愛している。」
「私も…私も愛している、この薔薇に誓うわ…世界で一番貴方の事を愛してる…」
雲が月を遮り、一面が暗くなった時、二人の時間は再び終わりを告げた。
次の日の朝。
あまり寝付けなかったエリシアは眠眼を擦り、温いキングサイズのベットからゆっくりと身を起こす、するとタイミング良くお気に入りの召使いで唯一心の内を話せる仲、カレンがノックを鳴らし部屋に入って来て言った。
「お嬢様、朝食の用意が出来ております、顔を洗って冷めないうちにテーブルに向かいましょう」
「嫌よ、なんだか食欲湧かないもの」
「ぐずったって後でお腹が空くだけですよ!ほら、お嬢様行きますよ!」
日差しを遮っていたカーテンが開かれ、部屋中に温かい光が溢れたが、エリシアは毛布に包まってまるでミノムシみたいになっている。
なんだ、いつもの事か…とカレンはそっとエリシアの隣に座った。
「お嬢様、何かあったんですか?お話なら聞きますよ」
エリシアが毛布の間から手を伸ばしカレンの髪で手遊びを初めて言った。
「カレン、言ったでしょ?2人っきりの時はエリシアで良いって、貴女は私にとって特別なの、今も時が違えば蜜が溢れてしまうくらいに、貴女のその深い赤い眼。いつ見ても綺麗に燃えていて…愛おしい…でもねカレン、貴女以上に…その…」
「好き…?」
「うん」
「良いですか?お嬢…エリシア、貴女も今日王女様になるの、私よりもその殿方の方がすっごくお似合いだと思うわ、教えてくださらない?その愛しのお方について。」
エリシアが毛布でカレンを包み、少しの間その部屋は暑くなった。
「それにしても意外、エリシアがシャユラ家の長男に恋するなんて、でも肝が据わってるわね、その長男も。だって普通に考えて敵が開いたパーティーに1人で、しかも何の武器も持たずに来る訳ないもの」
「きっと神の思し召しよ、顔を見なくても分かったもの、あぁ…きっとこの人と私は結ばれる。って」
「でもそれってすっごくいいと思うわ、王女になってからでも遅くない、エリシアとアルナメナ様、結婚すべきよ、そうしたら争いも終わって、きっといい方向に進んでいけるわ」
エリシアがカレンに接吻を交わし言った。
「ありがとうカレン、少し気持ちが楽になったわ、私多分、誰かに気持ちを打ち明けたかったのかも知れないわね」
フフっと笑うと、2人は着替え食堂へと向かった。
その道中、青いドレスを靡かせてコツコツとハイヒールの音を鳴らし1人で歩くティアラとすれ違った、すれ違いざまにティアラはその場の3人にしか聞こえない様な声で呟いた。
「シャユラ…」
2人は足を止めて、知らん顔で歩き続けるティアラの後ろ姿を見つめた、そしてティアラは此方に顔を合わせる事なくまた言った。
「まぁ、頑張ればいいと思うわ、お姉様」
励ましの言葉に聞こえるそれは、一欠片の優しさもこもっていなかった、あるのは冷たい、凍るように冷たい、突き刺さる様な嫉妬だけだった。
そんな折、シャユラ領の端に位置する村、そして最も魔王に近い村、そんな村には珍しい店がある
「さあ皆!よってらっしゃい見てらっしゃい!滅多に見れない魔界の品を置いたビクスの珍品店だ!日用品から武器防具!何でもござれだよー!」
人が行き交う、けして小さくはないその村の一角で魔物が店を構える、魔物と人間の交流が少なからずある珍しい村だ。
「毎度の事だけど、ホントに精が出るねぇビクスや。」
「いらっしゃい薬師のロンドさん、また草やあっちにしかない素材でも見に来たのかい?丁度新しくしたばっかさ、棚の上から下まで自由に見ていってくれ」
「そんな面倒な事はしないさ、いつも買ってるアソコとソコの葉っぱと…あぁ、あとお前さんの後ろにあるその瓶の中身も少し頼むよ」
「毎度有りロンドさん」
慣れた手付きで瓶を開け引出しから物を出し薬師が持参した袋に詰めていき、硬貨とドアのベルが出す甲高い音が客の帰りを知らせた。
少し間を開けて再びベルが鳴った。
「いらっしゃい、おや?見ない顔だ、この店は初めてかい?」
ボロ布を纏っているが、隙間から見える絹の布と少し香る香水の匂い、少しばかり膨らんだ財布は何処かの召使いと推測させるにはそれで十分だった。
「まぁそんな所ね、少し聞きたい事があるのだけれど…良いかしら?」
「へいへい、なんなりとお聞かせくださいよ」
「もし次向こうから戻る時は、是非これを持ってきて欲しいのだけれど…」
女はテーブルに1枚の紙を置いて見せた。
「お客さん…こりゃぁ…何でこんなもんを?」
「余り深く探らない事よ、商いに身を置くんなら、人でも魔物でもこの言葉の意味が分かるでしょう」
ビクスが固唾を飲み込んだ。
「それで?出来るの?出来ないの?まぁ、出来なくってもほかの所に当たるから良いけど。」
「お客さん、舐めてもらっちゃ困りますぜ、あっしが断っても、商いに生き商いに死ぬと決めたこの心が許しやせん。少々値が張りますが、それでも良いですかい。」
「えぇ、コレで足りるなら構わないわ」
「ははっ…出し過ぎだぜお客さん…」
用が済んだその女は、傍に置かれていた羽のペンでスラスラと何かを書き始めた。
「用意が出来たら此処に手紙か何かで連絡をよこして、それじゃあ」
ベルが鳴り、馬車が駆け、ビクスは紙をまじまじと見つめ苦笑した。
「確かに、こりゃぁお互いに何も知ろうとしない方がお利口さんだろうなぁ」
淫魔の毒血
-ティアラ・クロロティカ-
先程駆けた馬車の中で、召使いはティアラの事を考えていた。
「んー、何でティアラ様はサキュバスの毒血なんて物騒な惚れ薬が欲しいのかしら、ねぇ、なんでだと思う?アンドレイ様」
「さあな、私は剣について知識はあるが、薬だの魔法だのについての知識は本の1ページにも満たないくらいに少ないから。」
ガタイのいいお目付け役であろう騎士風の男が言った。
「その惚れ薬、一体どんなものなんだ?」
「私も休みの日に城の図書室で本を読んだ事があるだけなんですけど、たしか…惚れさせたい人の髪の毛を溶かして、相手に飲ませると、その人以外に恋した人は毒で死んでしまうって、書いてあった気がするわ」
「その名の通りだなぁ…て事は、ティアラ様はそこまでして手に入れたい相手が居るってことか?」
「ティアラ様も女の子だもの、きっと好きなの1人や2人居るに決まってるわ」
「女の子…ねぇ…そうだと良いんだがな。」
馬車が村を出て、国境つくを越え、城に近付く度に馬車の中は静かになって言った。
クロロティカ家の城やその城下町は、長女エリシア様が王位に即位すると聞いた民衆が集まり、賑やかなお祭り騒ぎになっていた。
エリシアは外から聞こえる喧騒に耳を傾け、緊張を落ち着かせていた。
「あぁアルナメナ…こんな時に貴方が居たら…いいえ、居ないものに頼っても仕方が無いわ、しっかりなさいエリシア、貴女は薔薇の国の王女、エリシア・クロロティカなのよ!」
体が固くなるエリシアをお横目に戴冠式の時間は刻々と迫っている。
その日、薔薇の国は祝いの色で染った。