電世海
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その日、世界は一瞬だけその姿を真っ白に変え、
その後、一切の光を奪って真っ暗に変えた
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躊躇さえしなければ、壊すことは簡単だ。
人間関係然り、世界もまた然り。
壊れてしまった世界を、ヒトは一からまた作り直してきた。
作るという行為に慣れていたヒトは、世界を築きなおすのにそう時間をかけなかった。
技術の発達、知識の進歩・・・そして、【光が書き換えていった何か】が、世界の再構築を促した。
結局、ヒトは世界を元に戻すのに3年かけ、
そしてさらに6年かけて、以前よりはるかに文明を進歩させた。
その第一の要因となっているのが、電気である。
『光』が過ぎた後、電気製品の出力が、もとの数十倍に跳ね上がった。
そして、稼動を再開した直後の発電所が大爆発を起こし、数ヶ月にわたる大停電が起こってしまった。
家庭でも、家電等が爆発するなどして、様々な被害を被った。
こどもたちは闇を恐れ、また、それ以上に光を恐れた。
しかし、人々を恐怖に陥れたその電気は、皮肉にも世界の再構築の一番の立役者となった。
今までよりも低いコストで、『性能が高くなった』電気。
殆どの原因は未だ謎のままだが、多くは生活を立て直すことを第一と考え、
そして、上限がないかのように便利になっていく生活に、やがて暗闇を忘れていった。
あの『光』を救いと呼ぶものがいる。
試練と呼ぶものもいる。
革命と呼ぶものもいる。
真実がどうであれ、あの『光』はすべてを変えた。
今年で、『光』が過ぎてから、10年目の夏を迎える。
今の世界は、元の世界の原型だけを辛うじて留め、まるきり違うものになっていた。
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「―――世界の発展に尽くしたND社は、今や会社という枠を超え・・・―――」
宣伝なんだか歴史なんだかよくわからない授業が、頭の上を通り過ぎていく。
少年は退屈していた。とても眠い。
瞼は意図せず落ちてきて、何かを考えていると、いつの間にか現実に程近いところで夢を見ている。
―――今日は何曜だったっけ。
夢の中の彼は、自分の問いに水曜日だと返す。
そう、今日は水曜日だ。
水曜日、水曜日・・・。水曜日といえば。
「熟成カレー350円の日だ!!」
瞬時に彼は覚醒した。
週に一度の彼の楽しみ、学食の熟成カレー。
あのなんともいえない深い旨みがたまらない、学食一押しメニューだ。
普段の値段は700円と、学食のメニューとしては割高なのだが、水曜日だけは半額の350円となる。
ちなみに普通のカレー(320円)も存在する。彼はそちらは好まない。
一説にはあの旨みはただ古いだけとの話もあるが、あのカレーをこよなく愛す彼にとってはどうでもいい。
カレーのために水曜日だけは何があっても学校を休まないのだ。
気だるかった気分が晴れ渡る。
意識も冴える。
つまらなかった授業へ意識が向かう―――。
そして彼は気づいた。
クラスメイト(出席人数26名)の視線がすべて、彼を向いていることに。
そして、歴史の教師が笑みを浮かべていることに。
その笑みがとてもどす黒いものであることに。
まだ現実とのリンクが浅いらしい彼は、しばし瞬いた。
数秒の間の後、先ほど彼が覚醒したときのような大きな揺らぎが、
今度は彼一人ではなく、教室全体を覆った。
「沢口ィィィィィィィイイイイァ!!」
彼の名前は、沢口 コウ。
授業中に教室の真ん中やや後ろよりでカレーと叫んだ彼が本編の主人公である。
たぶん。