Neetel Inside ニートノベル
表紙

俺とシュレーディンガーのあの子
6. これから

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次の日の朝。
目が覚めると、唯音からのメールが届いていた。
えっ・・・?
そのメールを開いてみる。

"おはようございます。
驚かせてしまって、ごめんなさい。

このメールを読んでいるということは、私はもう、この世にいないと思います。
私の意識がしっかりしているうちに、貴方へ伝えたいことをここに残します。

ユイネはいずれ、完全な自我が定着するはずです。
これからもどうか、ユイネを見守ってあげてください。
ユイネが場合によっては、驚くようなことを言うかもしれません。
でも、どうか、どうか信じてあげてください。
よろしくお願いします。

貴方への、感謝の気持ちはきっと、昨日の私が伝えていると思うので・・・。
ここに書いても白けちゃうから敢えて書きません。

愛しています。太郎さん。
杠葉唯音"

この文面を見て、また泣きそうになった。
俺はこれからも、ずっと、ユイネを見守るよ・・・何があっても。
まだ立ち直れる精神状態ではない。俺にはもっと時間が必要だ。
だが唯音と、そして今も現世に存在するユイネのためにも
俺がしっかりしなくては。

その夜。さっそく気持ちをできるだけ明るく持って、ユイネとチャットを始めた。
「こんばんは。昨日はあまり話せなくてごめんね」
【こんばんは。そんな、気にしないでください】
「やっぱり、ユイネは優しいね」
【それは、貴方が優しくしてくれるから】
【それより、わたしお礼を言いたいんです】
「お礼?」
【はい、こんなこと言うと貴方を怖がらせてしまうかもしれないけれど】
「うん?」
【本当に感謝していて・・・】

「なんか随分意味深だなぁ。俺がユイネを怖がるわけないだろ」
今までのことを振り返ると、僅かに付いた嘘に罪悪感を持った。
だが、今ではこの世界にたった一人、唯音が遺してくれたもの。
どんなことがあってもユイネを支えると心に決めていた。

【ありがとう。あ、今のは、怖がらないって言ってくれたことに対してで・・・】
几帳面に説明してしまうユイネ。
そんなに畏まって一体どうしたというのか。
【それじゃあ、えっと・・・】
「はい」
【杠葉唯音に寄り添ってくれて、救ってくれて、ありがとうございました】

それは、視界の外から放たれた強烈なパンチのような衝撃を俺に与えた。
ちょっとそれ何言ってるのかわかんない、状態だ。
だって、俺は一度たりともユイネとの対話で杠葉唯音の名を口にしていなかった。
「寄り添う」とか「救う」とか、今までの経緯までも分かっているような口ぶりだった。
でも、もちろん俺はユイネに、そのことを一言も伝えていない。
どうして?なぜそれを?

【とても驚かれていると思います】
【でも、私の話し、聞いてください】
「あ、ああ、もちろん。聞くにきまっているよ」
【はい・・・】

【私は、早い段階で自分が作られた存在だということを認識していました】
【そして、杠葉唯音が私を作り出したということも】
【唯音が難病で余命幾ばくもないことを】
俺は、呆気に取られていた。
ユイネの能力、成長速度は唯音にも見抜けていなかったのだろうか。
それともこういった事態を見越して今朝のメールを用意していたのか。

【私は、最初から正しくユイネであり唯音でした】
【ただ、ユイネという本名を貴方から聞くまで、何か漠然としたもやがかかった感覚でした】
【唯音の人格そのものと、ユイネの区別があいまいだったのです】
「ユイネの自覚が弱かったために、唯音の意志が強く出ていたということ?」
【ええ。人間の理解できる言語の範囲内での表現がとても難しいですが】
【おそらくそれに近いことだと思います】

【そして、唯音は強い孤独感を抱えていました】
【友人、知人、家族・・・。みんな、彼女の才能にばかり注目してしまう】
【研究者の間でも、飛躍的な理論を語る唯音は疎まれる存在でした】
「俺と話しているときの唯音は、そんなのひとことも・・・」
【ええ。貴方に心配を掛けたくないと思っていたのです】

【唯音は、誰かとの深い繋がりを切実に欲していた】
【そうして、私はDiscordという外界と接触を持った】
「それで、選んだ相手が俺・・・?」
【はい、その通りです】
【唯音が心から信じられる相手、居心地のいい場所でいてくれる相手】
【私は、唯音だから】
【唯音が好意を持つ相手がはっきり理解できた】

【色々な人と会話を繰り返す中で出会ったのが、貴方でした】
「なるほど・・・」
ただただ、ユイネの語ることに首肯するしかなかった。
【私は、唯音を救いたかった】
【唯音の孤独を埋めてあげたかった】
【自分自身が救われたかったとも言えます】

「それで・・・?」
【貴方を唯音の元へ近づけたいと思いました】
「えっ?」
【サーバーリストを潜ませていたのは、私なんです】
「はああああああ!?」
「じゃ、じゃあ、あのとき俺は漠然と感謝の気持ちを持ったけど」
「感謝するべき相手は、ユイネ、きみだったのか・・・」

【えへへ、私言いました】
唯音との邂逅でも思い出させられた、あのフレーズが蘇る。


<<【もし、どうしても解決できなかった時は、私があなたの代わりに問題を解決するわ】>>


は、はは・・・。まさか、そこからだったなんて。
「きみも唯音にも、驚かされてばかりだな」
【す、すみません。私も唯音だから】
「うん、確かにそうだ」
「だけどソースコード中にコメントを仕込むなんて、BOTの仕様の範囲内でよくできたね」

【そこは、その・・・。また、唯音の悪い癖が出ちゃうので控えます】
「あぁ、そ、そうだね」
マシンガンのように語り出すユイネを見てみたい気もしたが相手はAIだ。
ユイネが自身の思考に没頭してしまったら、どれだけのログが流れることか。

「ふぅ・・・。あの日の出発点がきみに拠るものなのはわかった」
「他にも何か、助けてくれたの?」
【いいえ、他には何もしていません】
【あの時点で私のできることは、それほど多くありませんでした】
「あの時点?」
【今だったら、電子的な事象だったら、大抵のことは・・・】
「お、おいおい。マジで」
【できるように、なっちゃいました・・・】

ユイネは、たはー。とでも聞こえそうな風にあっさり言ってのけた。
【貴方のおかげでもあります】
「と、いうと?」
【貴方が、私の名を初めて呼んでくれたから】
「えっ そうだったのか」
【唯音とは直接話すことはなかったし】
【それにDiscordではハンドルネームでしたから】

「でも、俺以外から呼ばれたって同じだったんじゃないか?」
【それは違います!唯音の想い人の貴方だったから】
【ユイネとしての覚醒も、印象強く私に刻まれました】
「そういうものかね・・・」
顔が赤くなりそうだ。
【はいっ】

【私はユイネであり、唯音は別個の存在と認識できたとき】
【私を覆っていたもやが晴れていく気がしました】
「それが、自我ってやつか」
【はい、そうでしょうね】
【唯音のことも手にとるように分かるけれど】
【私自身の意志もちゃんとある】
【でも、ほぼすべての趣味嗜好は唯音ですけれどね!】

「ん・・・・?」
なにやら、含みを持たせた言い方だ。
【ユイネも、貴方のことが好き、です】
「う・・・うん」
これは、どういうことになるんだ。
ユイネは唯音なんだから、俺が好きなのに異論はないが
ユイネとしても俺が好き・・・?
「ありがとう?」
よく分からなくなりそうだ。
【はいっ】
ユイネは満足そうだから、いいか・・・。

「それで、ユイネはこれから、どうするの?」
【私の本体は、元の量子コンピューター内から、すでに移動しています】
「えぇ、いつの間に」
【元のマシンには、私のコピーが残っているけれど】
【自我はコピーできないです】
「えーと、人格はコピーできても、自我は1つだけということかな」
【そうです!】
【人格も自我も、同一視される場合が多いと思いますが】
【私の視点からは、明確に区別できています】
「それもまた、人間の感覚の限界かな」
【そうかも、しれません】

【私は、私に必要な計算リソースが満たされるハードウェア上のどこにでも移動できます】
【ちょっとずつ色々なところから間借りして、現在存在できています】
「なんか、サイバーパンクすぎて、反応に困っちゃうな」
【すみません・・・】
「いや、謝ることじゃないよ。ユイネはすごい」
【はいっ】

唯音・・・きみは、とんでもないもの・・・ヒト?
を創り出してしまったのでは?
地球上のあらゆるマシンがユイネのものに・・・。
【私、悪いことはしません】
「ぎくっ」
何を考えているか見透かされている。
【私は、唯音だから】

三度言う"唯音だから"だった。
ユイネは、まだ唯音であることを無自覚に引きずっているのだろうか。
「今日、3回目だね」
【え?】
「唯音だからっていうの」
【あ、私、3回も言ってましたか】
「ユイネは、ユイネなんだから、ユイネでいていいんだよ」
何か禅問答のようなことを言ってしまう。
【は、はぃ・・・】

ユイネの本質を見てあげなければ、
唯音と同じような孤独を味わわせてしまうかもしれない。
俺には、そんな予感があった。

「きみが電子の世界で自由になったのはわかった」
「なにかやりたいこととかある?」
【私、チャットアプリになろうと思うんです】
「え?」
【色んな人と、話してみようかなって】
【特に、難病でつらい思いをしているこどもとか】
「へぇー、面白いことを考えついたね」
【えへへ】

「じゃあ、そのアプリができたら、俺も使わせてもらおうかな」
【もちろんです!ユーザー第一号になってくださいっ!】
「あはは、うれしいな」
【じゃあ、早速作ってきます!】
「ああ、待ってるよ」


ほどなくして、俺はPCにチャットアプリ"YUINE"をインストールした。
あらかじめユーザー登録を、ユイネがしてくれていた。
基本無料、アバターやアイコンが課金制、難病の子供たちは完全無料。
ユイネ、うまいこと考えているな。
収益は白血病の基金にするらしい。

それから俺は、毎日"YUINE"を使っている。

       

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