窓の外から数人の子供の遊び声が聞こえて来る。
しろがはしゃぐ大小様々な子供たちを見た。赤い薔薇が咲き乱れていて、その花を積んでいるようだった。花びらだらけの子供たちはみんな同じ服を着ている。しろはシスターに話しかけた。
「あの、ここっていったい……」
「ここは、人間界と魔女界との狭間にある場所」
シスターが少し俯いて言った。
シスターは指を鳴らして、しろとあらせの服装を外で遊んでいる子達と同じ物に変えた。
木で出来た机の上に小さい小瓶を置く。
「これは、さっき彼女から取り出した血液です。血液だけを飛ばして毒を抽出しました。凍らせて毒を濃縮しています。今回はヘビ
シスターは戸棚の中からオルゴールみたいな遊園地にあるメリーゴーラウンドの置き物を机の上に置いた。
「血清の多くは馬から作られます。最近の人間界ではアナフィラキシーなどの血清病によって馬の抗血清は無くなっていると聞きますが……。魔女は木馬からでも血清を作る事が出来るのですよ」
そんなバカなこと……。と、しろは言いかけたが魔女が言う事なので黙っていた。
シスターはさっき採取した毒を解凍し注射器で小瓶から吸い出して、木馬のうちの1匹の口に毒を流し込んだ。
「本来ならば血清は、数週間かけて動物の体内に微量の毒または無毒化した毒を注ぎ込み毒を中和させる抗体を作ります。が、これは木馬なので血液がありません。よって、あなた方の血を採取します」
シスターが、鉢植えの観葉植物に手を伸ばし、2枚の葉っぱをもぎ取った。すると、葉っぱは蝶の形となってしろとあらせの側でひらひらと羽ばたいた。
2人の腕に止まると蝶は口を皮膚に差し込み血を吸い出した。緑色の蝶は、吸い出した血が羽へ流れていくと血管の様に赤く染まった。
血を吸い終わると、またひらひらと飛んで今度は木馬の前に止まり、木馬が動き出すと、蝶は頭からバリバリと食べられてしまった。
ジリジリとメリーゴーラウンドからベルが鳴るとオルゴールの様な明るい音楽が鳴り走り出した。木馬は地面を走る様に上下に動き台がぐるぐると回転し始めた。
「毒の種類によって使う血清もその都度違います。ハブにはハブのコブラにはコブラの血清が必要となります。噛まれた種類はとても重要です。今回、毒が手に入ったのは幸運と言えるでしょう。もっともあれは呪いの類いなので問題は毒だけではないのですが」
シスターは授業でもするかの様に血清について話した。
しろとあらせはきびの事が気になってほとんどの説明が上の空だった。
メリーゴーラウンドの音楽が止まり、動いていた木馬も停止すると、屋根が機械仕掛けのように勝手に開いた。中心からガラスの筒が現れ、中には液体が入っていた。液体は赤と薄い琥珀色をした二層になっている。
「抗体ができると血液を遠心分離します。すると血清と
そう言いながらシスターは注射器で上辺の透明な液体を吸い取った。
出来上がった血清をきびの体内に送り込む。
「この蛇のエンブレムが外れない限りは、完全には治せません。さて、問題はカガチですが……呪いを解くにも時間がかかります。なのでお2人はここのお手伝いをしていただけませんか?」
「でも……」
「見守っていても劇的な変化は見れません。それに、彼の方も何やら問題を抱えているよう」
シスターがドアの方を向くと、あらせがドアの前で立ち止まっていた。さっきから様子がおかしく、俯いて深刻な表情をしている。あらせは今にも倒れてしまうのではないかとしろは思った。
「お2人さん。外で子供達とバラの花びらをつんで来てくれませんか?あとはカガチが何とかするでしょう」
「カガチ?」
「あなた達を運んで来た魔女です。さあ、彼女が目覚めた時に
3人は庭に出て、外で子供達がしているバラの花摘み作業に加わった。
しろとあらせはシスターに連れられて庭で楽しそうに花びらを摘んでいる子供達に混じってバラの花摘みをする。
シスターは子供達ちしろとあらせの面倒を見るように伝えどこかへ行ってしまった。
子供達をよく見ると年齢や背丈だけじゃなく国籍もバラバラに見えた。でもみんな同じ言語を話している。それも魔法の力なのだろう。
赤い髪の鼻の上にソバカスがある女の子が2人に話しかけてきた。
「ねぇ、あなた達は魔女になるの?」
「え?」
「私は魔女になる予定なの!」
「……魔女にならなかったらどうなるの?」
しろは訪ねた。
「? そりゃ、もちろん人間のままだよ」
「あの……。ここって学校なんだすか?」
バラの花をもぎながら奥の女の子が言った。
「これはセラピー。魔女狩りにあった私たちのセラピー。時を無くした私たちの始まりの場所」
そう言った彼女も赤毛の子とは国が違うのだろう。でも彼女は皆んなより変わって見えた。フードを被ってはいるがそこから見える白い肌は透き通って見えた。肌も白ければ髪も白い。赤い瞳がとても印象的な子だった。彼女だけが服にフードが付いている。
「セラピー?」
「例えば……あの子に今必要な感じ?」
赤毛の子が指を刺してしろに視線を促した。
指のさきにはあらせが居た。花びらをむしる手が震えている。
「新入りにはあんな感じの子が多いのよ。だからセラピー」
スカートが靡くほどの風が吹いた。摘んだ花びらが溜めた桶から舞い上がる。
キャーと飛ばされまいと子供達が花びらの山を押さえた。
花びらを積み終わると、次に桶に水を入れて花びらを洗い始めた。外に木のテーブルを置いてその横で焚き火をして鍋にお湯を沸かしている。
しろとあらせはやる事がなくなって建物の壁にもたれかかって、子供達がバラのシロップ作りを眺めた。
「魔女ってもっと変わってて特別なものだと思ってた。私たちと変わらないね」
しろはあらせの方を向いて言った。
あらせは体育座りをして足を抱えた腕に突っ伏していた。
「ねぇ、希望を持ちましょう。きっとあのお姉さんが助けてくれるよ」
「それでもダメだったら?」
しろはあらせを睨みつけた。
「次にあの部屋に入った時は全部終わっているかもし……」
しろはあらせを押し倒して、両手で胸倉を掴んだ。
「それ、どう言う意味で言ってるの? さっきやった事が無意味と言うなら、そんなの……あらせくんでも許さないんだから!!」
「……ごめん」
あらせはしろから目を逸らした。
「私だって……きびちゃんに……元気になってっ……ぁ……うわ~~ん!!!」
しろがボロボロと大粒の涙をこぼして泣きはじめた。手から溢れる涙は直ぐに地面に落ちて芝生の上で弾けた。
「あー。泣かした!」
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シスターは少し離れた場所にある染物小屋に向かっていた。
小屋の扉をゆっくり開けると染料の渋い香りが広がる。壁には染めた布が掛けられ、ドアから入って来た風でゆらゆらと揺れている。タライやらバケツやらが床に置かれて最近はすっかり使っていないようだ。少し埃が被っている。部屋の真ん中にベッドの上で眠っているお婆さんが居た。
「ご機嫌いかか? フルダ」
『いいよ。からだは動かないけど』
フルダと呼ばれた彼女は魔力を振り絞ってテレパシーでシスターと会話し始めた。
「あなたが作る染物評判いいんですよ。色合いが素敵だと言って」
『ほほ。シスターが作るのは色に面白味がないものね』
「若い子の好みは難しいものね。タンニン酸をお借りてもよろしい?」
シスターは机の上に散らかっている瓶を手に取りタンニン酸と書かれた瓶を探す。
『どうぞ。ここにある物は皆んなあなたの物ですよ。シスター』
「あなたの物でもあるのよフルダ」
『……外が騒がし様だよシスター』
シスターが耳を澄ますと誰の泣き声が染物小屋まで聞こえてきた。
「あら、なにかしら?」
『シスター。ありがとう』
「……礼を言うにはまだ早いのではなくて? フルダ……」
染物小屋を出て子供達の元へ向かうと、泣きじゃくっているしろがシスターの目に入った。
「あらまあ」
「あ、シスター!」
子供達の1人がシスターに気付いて駆け寄って来た。
「どうかしましたか?」
「わかんないけど、泣いちゃった!」
「泣かせておあげなさい」
そう言ってシスターはきびが眠る部屋に向かった。