トキメキウィッチ!シュガール
きびちゃん頑張って!
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きびがいる部屋にシスターが入るとカガチがきびの記憶から出て来ていた。手には外れて割れた蛇のエンブレムを眺め深く息を吐いた。
「おかえりなさい」
その声にカガチはゆっくりと振り返った。
「シスター。……彼女は?」
「さっき血清を打ったので回復に向かうでしょう」
シスターはきびのベッドへ近付くと、きびの胸元を見た。蛇のエンブレムが外れて牙の形をした傷口を脱脂綿で拭った。血を拭ってもまた直ぐにオアシスのように赤い血が溜まった。
シスターは、さっき取ってきたタンニン酸をその傷口に塗った。
「傷口付近の毒はこれで少し中和されるでしょう。出血も止める作用がありますから、あとは回復を待つだけです」
「一安心。と、言ったところですかね」
「彼女次第になりますね」
カガチはベッドに腰掛けた。少し安心してホッとため息を吐く。
カガチは少し微笑んだように口角を上げた。
「……あなたは人の心に寄り添おうとする。私達にはあまりない事です」
「でも、シスターは割と人と寄り添っているじゃありませんか……でなければ、なぜここに居るのです?」
「エデンの外に出たばかりの私達は、まだ自分が何者なのか知りませんでした」
「贖罪しょくざいのつもりですか?」
「……いいえ。きっとこれは……長い時を生きるための道標なのでしょう。手探りの自分探しをずっと続けているのです」
「…………シスター。彼女の記憶の中にイブの作り出した子供がいました。なんでも、その子が人間界に降りた最初の魔女だと」
シスターは少し驚いたようだった。
「人間界に最初に降りた魔女が誰なのか、今まで知っている者は誰も居ません。イブの子供ならば人間界初の魔女と言うのも納得がいきます。元はイブも蛇ですから。ですが、どうして彼女の記憶に?」
シスターは不思議そうに首を傾げた。
「彼女は生まれた時から魔力を持っていたと考えられます。記憶の中の子供は霊体でした。魔力に引き寄せられきびの所に辿り着いたのでは、と」
「なるほど」
「その子供はイブとアダムによって作られたと言っていました……シスター。イブに子供が産めると思いますか?」
「……いいえ。人型になってもイブに生殖機能はないでしょう。それは私達も同じ事。イブも魔女も、人ならざる者なのですから性別など無いに等しいかと」
「イブは息子の1人を殺すために私達の魔力を集めていると……カイン……いや、悪魔を殺すために私達、魔女は襲われている」
「彼女の記憶にどこまで信憑性があるのでしょう? すべて真実とは限らないのでは?」
「あれは記憶と言うよりも過去に飛んだような……彼女単独の記憶ではありませんでした。今は他に手掛かりがありません。魔女全体が今、イブに狙われているのは確かです」
両手を口の前に組んでカガチは悩み込んだ。
「あなたの魔法はあとどのくらい使えるのですか?」
「あと5回だよ」
カガチの代わりにフィカスが答える。
ベッドに寝転び足を組んで、退屈そうに話を聞いていた。
「小さい魔法なら回数制限ないけど、せいぜい物を動かす程度だよ」
「これが罰なのだから仕方ないですが、身を守るには難しいですね……いっその事、その悪魔を仲間にしてはいかがでしょう?」
「え? 悪魔を仲間にしちゃうの?」
フィカスが意外そうな顔で驚く。
「イブが魔女を使って悪魔狩りをするのなら手を組むのがお互いの為でしょう。邪魔なら切り捨てれば良いのです」
「悪魔みたいだ……」
「魔女も悪魔も紙一重なのですよ。妖精さん」
「むしろこっちが悪魔かイブを倒してしまえば狙われる必要はない……」
「倒せますか? あと5回の魔法で」
「…………」
誰かが泣いている声がこの部屋まで聞こえてきた。
カガチが窓の外を見下ろすとしろが泣いていた。その周りを他の子供達が取り囲んで静かに鑑賞していた。まるで演劇でも眺めているかの様に輪になって座っている。
「なんですか? あれは」
「あなたが連れて来た子ですよ」
「よそ者だからいじめられたんじゃないの?」
フィカスがカガチの肩に飛んで来て言った。
「子供の世界はいつも残酷やな。おお~い! ガキんちょ共! そこで何してんねん! 新入りには優しくしてあげなあかんやろ! 2人上がって来たらどうや~?」
「……あなたそんな喋り方だったのですね」
シスターが肩を震わせて声を出さずに笑っていた。
「変にかしこまるから」
フィカスの言葉にムッとしながらも、カガチは少し恥ずかしくなった。
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「全員来ることないやろ……」
庭にいた子供達みんな二階に上がって来てしまった。まるでお泊まり会の様にベッドに寝転んだり枕を投げたり騒がしい。
しろは泣き疲れたのかきびが眠るベッドに顔を伏せて床に座り込んだ。
それを見た子供達がカガチに言った。
「私達いじめてた訳じゃないのよ! シスターが泣かせてあげなさいって!」
「ケンカしてたのよ。そしたら泣いちゃった」
「でも、面白かったね」
キャッキャと子供達は2人のケンカを楽しんでいたようだ。ドラマを見ているのと同じようなものなのだろう。新鮮な出来事に喜んでいた。
「怒りたいのはこっちやで……勝手に人質と交換されそうになってんねんから。あれ? もう1人何処に行ったんや?」
「こっち」
フードを被った子がドアに向かって指差した。
カガチがドアの外に顔を出すとドア横の壁にあらせがしゃがみ込んでいた。何か怯えている様にも見える。
「中に入らんの?」
「嫌だ」
「魔女が作った特効薬やで? ちっとは信用したらどうや?」
「ダメなんだ。入ったらきっと……」
「……訳ありやな。ま、気が向いたら入ってきぃ」
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夜になると部屋の中は蓑虫が転がっているかの様に毛布に包まった子供達が眠ってる。1つのベッドに数人で眠っていたり、床に転がって居たり、仲間を蹴落としてベッドを独占する子もいた。
部屋の外に居るあらせも毛布に身を包み、きびの回復を待っていた。
「起きてる? あらせくん」
しろがドアの横の壁にあらせと対角線状に腰掛けた。
「うん……きびは?」
あらせが顔を上げた。
「まだ眠ってる。でも、前より顔色が良くなったみたい。さっき手を握ってたら握り返されたのよ」
「そっか……よかった……」
あらせは壁にもたれ掛かり安堵した表情を見せた。それを見たしろはあらせにある事を聞いた。
「ねぇ、どうしてこっちに来ないの?」
その質問にあらせの表情は重くなった。
「蓬よもぎには話した事なかったよね。……オレ、今おじいちゃんと2人で暮らしてるんだ」
しろは意外そうな顔をした。あらせの家族の話なんて、しろは一度も聞いた事が無かったからだ。
「前はそうじゃなかったんだけど。あれは……小学校に入る前だったかなぁ……。お母さんのお腹に赤ちゃんがいてしばらく病院で入院しててさ、その間オレはじいちゃんとばあちゃん家に預けられてて、お母さんが戻って来るのずっと待ってた……妹が産まれてお母さんが家に帰って来る日、お父さんが車で迎えに行って、その間オレはじいちゃん達と妹の誕生会の飾り付けとかしててさ、ばあちゃんなんか料理いっぱい作ってテーブルにお皿並べて、妹がやって来るのを待ってたんだ。でも……何時間待っても、どれだけお父さんやお母さんの携帯に電話しても帰って来なかった。警察から電話があって事故にあったって、じいちゃんとばあちゃんが慌てた様子でオレを連れて病院に向かった。お母さんだけがベッドで血だらけで機械とか色々置いてあって…………」
「あらせくん……もう、いいわ……」
あらせは唇を噛み、間を置いてそのまま話を続けた。
「その後、すぐにお父さんと妹が居るところにお母さんが並んだ。血と消毒液と焼け焦げた匂いがして、今も時々その香りがするんだ。お父さんもお母さんも妹も顔は見ない様に言われた。オレが妹の顔を見る事は一度も無かった」
あらせはしろの方を向いた。しろの頬に涙が伝う。
「怖いんだ。また、そうなるんじゃないかって」
「うん……」
「置き去りにされるのが怖くてたまらない」
「きびちゃんは大丈夫だよ。絶対、大丈夫だから」
「うん。オレも、そう信じる……あー……泣くなよ」
「だって……知らなかったから」
しろが毛布で涙を押し当てる。
あらせは自分がしろを泣かせてしまった事にばつが悪そうだった。
「あ、ほら、オレも蓬の事よく知らないじゃん? だからさ、蓬の事も話してよ」
「この話の流れで私のこと?」
しろは泣いていた顔を上げた。
「前から思ってたんだけど、なんで蓬はオレときびをくっ付けたがるんだ?」
涙で目を赤くしながら真顔でしろは答えた。
「その方が面白いから」
「…………」
「あ、ちょっとムッとした? 本当はねー。人が恋してる姿を生で見てみたいから」
「うわぁ」
あらせは少し引いた。
その表情を見たしろがくすりと笑う。
「私ね。将来女優になりたいの」
「え、歌手じゃないの?」
あらせが驚きながら言った。
「お母さんは私を歌手にしたいらしいけど、私はお父さんの作る舞台に立ちたい」
「舞台って?」
「ミュージカルの舞台。お父さんは舞台の脚本や演出をしているの」
「へー。お母さんだけじゃなかったんだ」
「やっぱり、あらせくんも知ってるんだね。お母さんが昔アイドルやってたこと」
「有名人なんでしょ?」
「ううん。売れないアイドルだったの。テレビに出たのも1、2回くらいだけヒット曲も無いの。だからきっと、まだ捨てられない夢を追いかけてる」
「お前んとこも大変だな」
しろは首を横に振った。
「歌もダンスも好きだから苦じゃないの。習い事も嬉しいし楽しい。ただ、立ちたい舞台が違うだけ」
「ねぇ、なんか歌ってみてよ」
「いまここで?」
「うん」
しろは少し考えてから、すぅっと息を吸い込んだ。
「♫おやすみなさい
揺らめく星々に
今日の終わり
あなたの物語りを聞かせて
おやすみなさい
私の肩にもたれて
明日のために
時間のネジを巻いてあげる
おやすみなさい
透明な意識で
やわらかな
シュリーレン
シュリーレン……」
「それ何の歌?」
「ピノキオのミュージカル曲……」
しろの歌をあらせは静かに聞いていた。しろも知っている限りの歌を歌った。それくらいでしか長すぎるこの夜を過ごせなかった。
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「ねぇ、今動いたよ」
「そりゃ動くわよ。まだ死んでないもん」
「あれ? 目開いてない?」
きびがゆっくり目を開けると、知らない子供達に見下ろすように囲まれていた。
「…………わあ!」
「あはは。驚いてる」
「ハーイ! 調子どう?」
「え……あ……」
子供達の話し声で、いつの間にか眠っていたしろが目を覚ますと状況が飲み込めずに狼狽《うろた》えてるきびがしろの目に入った。
「……きびちゃん?!」
しろがきびの元へ駆け寄るとしろは抱きついて泣き出した。
「なに? なに?」
きびは状況がわからず驚くばかりだった。
「きびちゃん! よかった……よかった!」
「あ……」
フードを被った髪の白い少女が部屋の外に居るあらせに話しかける。
「君は行かないの?」
「目が覚めたなら、大丈夫ならそれでいいんだ」
「ふーん」
きびが目覚めたその後の数日間、そこで過ごした。きびの病状は回復していき、だんだんと蛇の毒に冒される前の体調に戻っていった。
ベッドから出られるようになると他の魔女の子供達と同じ日を過ごした。畑の手入れや衣服の洗濯や食事の手伝い、そして魔女としての授業。
しろやあらせもきびの事を気にかけ、きびの側に付き添った。きびの体調は回復したものの表情は暗いままだった。
畑の野菜をシスターに頼まれて、きび、しろ、あらせの3人で畑に実った野菜や果実を収穫するためやって来た。
畑は広く植物の種類も豊富だった。きび達より背が高いとうもろこし畑や雑草と一緒に生えている根菜類、何かの実が生っている木々が並んでいる。
その横には植物で出来たトンネルがあり、トンネルの骨組みに巻き付いたツルで空中栽培されたいくつかの野菜が実っていた。
トンネルの中に入って、持って来たバケツにカボチャやきゅうりにナスやトマトも鮮やかな色になった食べ頃の実をもぎ取って入れていく。
「これ、何の野菜なのかな?」
あらせが黄色いレモン色をした赤ちゃんの頭くらいの大きさの実を手に取った。
「うーん。見た事ないわね。それ野菜なのかしら? きびちゃんは知ってる?」
「……ごめん。わからない」
きびが力なく答えた。
「それはコリンキーと言うカボチャや。生でも食べるんやで」
3人が声のする方に振り返ると、葉の隙間からトンネルの外側の骨組みに寄りかかって座っていたカガチが見えた。
カガチは草の葉を口に咥え、とうもろこし畑を眺めながめている。
足元にはバケツに黒く腐った木の実が山ほど入っている。
「体はもういいんか?」
カガチは前を向いたまま聞いた。
「もう、大丈夫……」
きびは俯きながら言った。
「なら、よかった」
「怒らないの?」
きびが目に涙を溜めながらカガチに問いかける。
「怒っとるよ。ただ、それ以上にもっと腹の立つ奴がおったんよ。だから……」
カガチが振り返り、きびを手招きする。側に来たきびにバチンと音を鳴らした。
カガチはきびのおでこにデコピンをした。すると、きびは溜めていた涙をポロポロと零した。
「あんたへの制裁はこれくらいにしといたるわ。これで、チャラやチャラ。ええな?」
「うぇ、ごめんなさい。みんな、みんな……ごめんなさぁい~。しろちゃんもあらせもごめんなさい…………」
きびはごめんなさいと何度も言いながらその場に崩れ落ちると、顔を真っ赤にしながら目から雨粒のように止めどなく涙を流した。
それを見たカガチはここまで大泣きするのは予想外だったのか少し慌てた様子で頭の上に居るフィカスに質問した。
「うち、そんな酷いことしたかな?」
「カガチのデコピンで脳震盪でも起こしたんじゃないの?」
「そこまで強くやってへんわ!」
「お姉さんこれ以上は責めないであげて……」
しろが心配そうな目でカガチを見て言った。
「うちが悪者みたいやんか……」
「そろそろ戻ろうよ」
あらせのその一言でカガチはそうやな。と言いながら草を咥えた。
カガチは草笛(スズメノテッポウの笛)を吹くとピィーと音がした。それを合図にしばらくすると、とうもろこし畑の中から実を抱き抱えた数人の子供達がガサガサと葉と葉の間から現れた。
「あれー?」
「また泣いてるー」
きびの鳴き声を聞いて子供達がカガチの所へ集まって来る。
「カガチが泣かせたの?」
赤い髪のソバカスの女の子が不思議そうに尋ねた。
カガチが苦笑いをしながら答えた。
「う……な、仲直りのつもりやったんけどなぁ。まぁ、なんとかして?」
赤い髪の子がしょうがないという顔をして野菜のトンネルからきびを連れ出した。
子供達が近くに咲いてる花や小さい葉っぱを摘んではきびの涙で濡れた頬にペタペタと貼り付けた。まるで料理を飾る葉っぱの様にきびの頬を飾った。
「これは涙が止まるお呪い。泣くと流れちゃうからね」
「擦ってもダメなんだよ!」
「涙が止まったらお水で一気に落とすの!」
みんなそれぞれの野菜や果実の入ったバケツを持ち寮へと歩き出した。
カガチが小さい子達を野菜が入ったバケツと一緒に木製の荷車に変身したフィカスに乗せた。
「その呪い、ここじゃそんなに泣く事ないやろ? 誰に教わったんや?」
「アコーニーだよ」
小さい子がそう言って赤い髪の子を指差した。
「へぇ。なかなか面白い事思い付くもんやな」
「……私はシスターに教わったの。もうずっと前から会って無いけど……また、会いたいな」
「ここから巣立てば会えると思うで」
「顔も知らないのに?」
「あの、どうしてシスターは顔を見せないんですか? ずっと不思議に思って」
と、しろが尋ねた。
「ここを故郷にしないためや。ここで魔女として旅立ち、新しい場所へ行っても、故郷なんてどこにも無いと言うためにシスター達は顔を持たない」
「シスターは何者なの?」
「魔女かな? うちも詳しい事はよう知らんねん。シスターが何者でどこから来てどこへ行ってしまうのか……うちがここにいた頃は3人ほどおったんやけどなぁ」
「でも、外に出れば会えるのよね? 向こうが見つけてくれたりするかしら?」
赤い髪の女の子、アコーニーが言った。
「シスターだとは名乗らんかもしれんけど、会える可能性はあるで。うちも、もしかしたら会ってるのかもなぁ」
寮に着くとシスターが庭先でテーブルにティーカップを並べておやつの準備をしていた。
「お疲れ様でした。手を洗ってお茶にしましょう。みんなが摘んだバラのシロップを入れて…………あら、珍しいこと」
突然、空が暗くなり強風が吹き荒れて空間に真っ黒な亀裂が入り、黒いマントを被った2人組が姿を現した。
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