テルシオは学園の片隅にある、物置となっている部屋の窓辺に座って街を見下ろしていた。
目には涙を滲ませて時々目から零れる雫を指で擦った。
「なっさけないわねー。なに、啜り泣いてんのよ」
「なぜ君がここにいる。カーミラ……」
人型に淡く輝く発光体がテルシオの眺める窓ガラスに映った。
「私の水晶玉の持ち主がさっきまでここにいたからよ」
「君までそうなるとは意外だったな。倒そうと思えば敵なんか倒せたんじゃないのか?」
「まぁね。でも、石化されたその他大勢を消し炭にするほど、非道じゃないわよ」
「どうだか……。でも、君の手を煩わせる程の相手だったわけだ」
「ふん。煙幕で敵がよくわかんなかったし室内だったんだもの。石化された魔女も近くにいたしお手上げよね」
「それより、何しに現れたんだ? 世間話や愚痴を言いに現れた訳ではないだろう?」
発光体でカーミラの顔は見えないが、その言葉で少し拗ねたようだ。胸の前に腕を組み、物言いたげにテルシオに顔を向けた。
「……わたし、アベルに会ったの」
カーミラが近くに置いてあるオットマン(ベッドの足元に置いてある足を乗せる台。長椅子のような物)兼用の収納箱に腰掛ける。
「彼が言うにはねイブの様子がおかしいんだって。何か……いじくって作ってるらしいの」
「何かって?」
「たとえば、子供とか」
「子供? 何のために?」
「さあ?」
「アダムはエデンにあるんだぞ? どうやって子供なんか……」
「だから魔力がいるんでしょう? 子供はホムンクルスか、またはカインの猿真似か。そこら辺の死体を起き上がらせてたりしてね」
「子供に魔女の水晶玉……か。軍隊でも作ろうと言うんじゃないだろうな?」
「カインを殺すための? 笑える」
その言葉にテルシオはムッとした。
「自分が犠牲になっているのに笑っている場合か! 君の使い魔も盗られているんだぞ!」
「ふん。私がこのままで済ますもんですか! イブのクソババア。私に喧嘩売ったこと後悔させてやるわ」
「……その状態でなにを言っている」
「直接手出しはできないけど、あの子達を使って思い知らせやる。そのために私の水晶玉を使わせてあげてるんだから!」
「1人はともかく、あの子達はまだ幼い人間なんだぞ!」
カーミラが片手で前髪を掻き上げる仕草をした。
「だから?」
「あんまりじゃないか。
「街の時間を止めたの。もう、あの子達の帰れる場所なんてないのよ。……これは、あの子……シスターが言っていたのだけれど、悪魔と手を組めば子供の力でも互角に戦えると思う」
テルシオがその言葉に驚く。
「人間に悪魔の力を頼れと? あいつらが人間に関わるといつも人間同士が戦争を起こすんだ! 協力できる相手じゃないだろ!」
「私の意見じゃないわ」
カーミラがクスっと笑うように言った。
「……カーミラ……。イブに水晶玉の事を教えたの君なんじゃないか?」
「だとしたら、私はこんなぬるいことはしない」
「おまえ……他に何を知っている?」
カーミラが箱の上に寝そべる。カーミラの背中にかかっていた髪が垂れ下がり脚と腕を伸ばしてストレッチのようなポーズをする。
退屈と言いたげに脚をぶらぶらと動た。
「何にも〜。今は意識だけの幽霊だもの。あんまり期待しないでよ。ただ、彼等は地獄の門を叩かねばならないってこと」
カーミラの態度はテルシオを
「僕は君よりずっと年長者だぞ! 少しは
「狐目の坊やに責められたくらいでメソメソ泣いてるような奴に?」
カーミラが笑いながら言う。
「今日はなんなんだ! なぜお前はいつも僕にそんな態度をとる!」
「あなたって人間の子供みたい。感情的になるとまた涙が零れるわよ。
「口の減らない奴め、だから嫌いなんだ!」
カーミラが立ち上がり、窓の外を見た。
「死者が、生者に面会よ」
そう言い残して、カーミラはスッと姿を消した。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「さて、そろそろ君達も泣き止んだらどうかな?」
博物館を出た後も3人は瞳を涙で潤ませていた。ニコニコしながらシムルグが泣き止む様子のない3人の頭を順番によしよしと撫でる。
そこに一匹の虫が飛んで来た。
虫は蛍のようにお尻を光らせ赤く点滅を繰り返している。シムルグの手に止まると虫は羽をバタバタとモールス信号のように鳴らした。
シムルグがその音を聞き取り言った。
「了解」
きび達はその虫を不思議そうに眺めている。
「みなさん。一旦、城へ戻りましょう」
「来たか……」
「テルシオ様。お客様をお連れしました」
シムルグが城の中庭にきび達を通した。
テルシオの隣にはプティがいた。
2人の前には、宙に浮かぶ真っ白な小舟が停まっている。それは池に浮かぶボートのような小舟だった。
プティがきび達に気付くと涙を拭った。
「あなた達も無事だったのね……」
「どうして泣いてるの?」
きびが言った。
「お葬式なの」
「君達も別れをしてやってくれないか」
テルシオが手のひらから火の玉を魔法で出し、船の横に浮かべる。
淡く輝く炎や花や藁で作った式神のようなものもいくつか浮いていた。
「誰が乗ってるんや?」
カガチが言った。
「シスター。シスター……フルダ」
「シスター? だって、さっき石化してそのまま……!」
きびが涙目になる。
「乗っているのはレプリカの子だ」
「うちらと一緒に居たシスターはオリジナル言っとったな。うちが世話になった時は数人おったで? シスターって誰がなってるんや?」
カガチがテルシオに言った。
「シスターの多くは一部を除き、人間に戻りたいと願う魔女達によって成り立っている。彼等は魔女である自分に人間と同じ身体になるよう呪いをかけた。彼等が望んだ人間らしさとはなんだと思う?」
「人間らしさ? ってなに?」
きびがしろとあらせに聞く。
「魔力がないとか?」
「そもそも、魔女のこともよくわからないよ」
3人が悩んでいると、カガチが呟いた。
「老いか」
「そう。我々に無い物。老いも無ければ寿命も無い。彼等は自分自身を呪うことにより肉体を老化させた。人でも魔女でもない彼等には行き場がなく、これから魔女になる子供達の指導者として適性を考慮してもらう役目を任せていた。後悔の無い選択をしてもらうために」
「魔女も随分と世話焼きやな」
カガチは五円玉6枚を眠っているシスターの手に添えた。
「人間……の心なのだろ」
「わたし……」
プティが小舟に横たわっているシスターの手を指差した。
「わたし、この皺くちゃの手の人に会ったことがあるの。アコーニーと追いかけっこして……私が転んで泣きじゃくってた。シスターが泣きやむおまじないって言って小さい草花を涙で濡れた頬に貼り付けて……優しかったよ。とても……懐かしい人…………あなたなのね……」
プティはまた涙をこぼした。
「魔女になった以上、どこの国にも属さないのがルールです。みなさん、思い思いの方法でお弔いください」
シムルグが言った。
カガチ、きび、しろ、あらせは両手を合わせてシスターの冥福を祈った。
「死の間際、人はある物を見ると言う。それは死神なのだと。誰かが言った。死の影はユニコーンに似ている。と」
小舟は動き出し進んでいく。
「どこへ行くの?」
きびはカガチに聞いた。
「次の魔女のもとへ」
「魔女の葬列。これは死者の最後の旅路」
テルシオが言った。
「旅の最後にはどこ?」
「エデンの園。そして、アダムのもとへ帰る。全ての命はアダムに帰って行く」