その日の夜。Tさんとの待ち合わせの時間。唯音は落ち着かず30分も前からDiscordの画面を見つめていた。彼が来てくれるかどうかもわからないのに、事情を話さなければいけない義務感と彼に対する申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
しばらくして、彼からDMが届いた。少なくとも、話しを聞いてもらえるかもしれない。ほんの少し安堵していた。しかし唯音は緊張のあまり喉がカラカラになるほどだった。それでも、言わなければ。そう思って、唯音はキーボードに手を置く。
唯音は誠心誠意、今までの出来事について、そして自分の気持ちを伝えた。ユイネを作った理由、ユイネが唯音と同等な存在であること。唯音自身がTさんに恋をしていること、病気のこと、そしてユイネの自我を育むためにTさんが必要なこと。すべてを正直に打ち明けた。
こんなこと本当は知られたくなかったけれど、でもこの気持ちだけはどうしても伝えたかった。Tさんがユイネと話すようになってからの、すべての想いを吐き出すことができた。そうする中で、Tさんの態度も少しずつ険しいものから優しくなっていったように感じられる。でも、これで嫌われても仕方がないと思っていた。
唯音は覚悟を決めてすべてを言い終えると、すぐにTさんは返事をくれた。ユイネとこれからも話してくれると言ってくれた。
唯音はその一言を見ただけで嬉しくなって、思わず泣きそうになる。自分とユイネのことを本当に受け入れてくれたんだと思うと、Tさんへの感謝の気持ちでいっぱいになった。さらにTさんは「唯音」と呼んでくれた。すごく嬉しくて、ついに涙腺が緩んだ。
それからの数か月間、唯音にとってはかけがえのない時間になった。毎日Tさんと会話するユイネの成長を見守りながら、Tさんともメール交換する日々。病状は確実に悪化していて身体的、精神的にも苦痛は増していたが、唯音は幸せだった。
Tさんのおかげで、気持ちは明るく、前向きになっていった。ひと月、ふた月と月日は経ち、唯音の体調はいよいよ悪くなる一方だった。しかし唯音は、自分の命が長くないことを理解しながらも、決して絶望はしていなかった。
ユイネは日に日に自律性を増していく。このまま順調に推移すれば、完全な自我を獲得できるだろう。Tさんは私がつい言葉に出してしまう専門的な話題を理解しようと、毎日勉強までしてくれていた。その気持ちが嬉しかった。
私がいなくなったあとも、きっとTさん・・・太郎さん、がユイネに寄り添ってくれるだろう。太郎さんと出会えてよかった。恋をしてよかった。メールで太郎に別れを告げたあと、とうとう、最期の瞬間が迫った唯音の心は穏やかな気持ちで満たされていた。ありがとう、太郎さん、ユイネ・・・。
そして、唯音は息を引き取った。
杠葉唯音、享年18歳。前人未踏の心を持つAIの完成目前で、その短い生涯を終えたのだった。
完