Neetel Inside 文芸新都
表紙

エルディニアス戦記
第1章 眠れる獅子

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遡ること遥か昔、この世界は2人の女神によって創造されました。
一人は光を司る女神イグニス、もう一人は闇を司る女神ネビュラ。
光と闇、この相反する2つの性質が絶妙な均衡を保つことでこの世界は存在しているのです。
世界の名前は『エルディニアス』。古エルディニア語で『光と影の地』という意味です。
やがて、イグニスは大陸の西に身体能力と戦闘能力に優れる民を、ネビュラは大陸の東に知力と器用さに優れる民を生み出しました。
西の民と東の民は宗教・民族・文化の違いなどからいがみ合い、たびたび争いが耐えませんでした。
                                             エルディニアス神話 創世記より

イグニス暦1314年 ウィンドラス王国
王都イステム イステム城大会議室 

「戦況は最悪。我が王立騎士団も危うく壊滅の憂き目に見舞われた・・・。」
筋骨隆々の鎧を着けた勇ましい男のつぶやくような声が会議場に広がった。貴族や王族、僧侶や騎士など階級の高い者たちが円卓を囲んでなにやら話し合っているようである。
ここは大陸の西にある『ウィンドラス王国』の王都イステム、西の民に由来する者たちで築き上げた王国である。イステムは高い城壁に囲まれた城塞都市で、その中心にイステム城が聳え立っている。
「しかし、オリバー子爵殿。このまま何も手を打つわけにはいくまい。すでに王都の寸前まで敵は迫っているのですぞ。」
口髭の生えた年老いた男は鎧の男をオリバーと呼んだ
「ならば我が部下達を見殺しにしろと申すのか、フォルカス伯爵!! 負けると分かっている戦を続けるほど馬鹿馬鹿しいものはないわ!!」
オリバーと呼ばれた男は席を立ち上がり、机を拳で叩いた。その激しい音が静かな会議場にはよく響く。
「なにも全滅覚悟で玉砕をしろといっておるのではない。卿の王立騎士団長としての判断は賢明であったと思っておる。私はこの国の内務大臣としての考えを述べただけですぞ。」
フォルカスと呼ばれた男はなだめるように静かな口調で話した。
「まあまあ、伯爵殿も子爵殿も落ち着きなされ。いがみ合っていてもなんの解決にもなりませんぞ。」
青い僧衣を身にまとい、錫杖を持った柔和な顔つきの白髭の老人が2人の間に割って入って仲裁した。
「しかし、エイブラハム司教殿。このままでは・・・。」
「どうであろう、ここは一つ『金獅子』殿に任せてみては?」
「金獅子ですか・・・。」
司教が「金獅子」という言葉を口にした瞬間、議場は打って変わったように静まり返った。なにやら張り詰めた空気が漂っているようである。
議場はしばし静寂につつまれたまま、時間だけが過ぎ去っていった。
「どうであろう、ジェイムズ卿?」
司教が円卓の末席に連ねる、若い青年の方を向いて尋ねると、残りの出席者達も一斉に彼の方に顔を向けた。
「私の金獅子騎士団にですか?ふむ、私の団は兵力約500の少数精鋭部隊です。子爵殿、敵兵の数は?」
シェイムズと呼ばれた青年はうつむいて少し考え込むと口を開いた。
「敵兵の数は約3000です。兵力では圧倒的不利でしょう。それにやつらは奇怪な魔術を用いるため、我々の聖光魔法は通用しません。いくら歴戦の精鋭部隊である金獅子騎士団といえども今回ばかりは・・・。」
「司教がお任せくださるのならば、やってみましょう。」
シェイムズは顔を上げると、オリバーの話の腰を折って宣言した。その曇り一つ無いな碧い眼からは鋭い闘志を感じた。
「そうか、引き受けて頂けるか。ジェイムズ卿もこうおっしゃっております、陛下、金獅子騎士団に出陣のご命令を!!」
「陛下、いくら金獅子騎士団とはいえ今回の戦は厳しすぎます。王立騎士団長の私が言うのですから間違いございません!!」
出席者全員が今度は最上席に連ねる、王冠を戴くあごひげの長い老人に目を向けた。そう、彼こそがウィンドラス15代国王「シャルアール15世」である。
「陛下、ご決断を!!」
会議場は再び静寂に包まれた。全員が固唾を呑んで陛下の決断を待っている。息が詰まりそうなほどの緊張感である。
「よかろう・・・。」
長い沈黙の後、静寂を破るように国王が口を開いた。
「金獅子騎士団に出陣の命を下す!!」
その瞬間、議場は惜しみない拍手の音に包まれた。
「たのむぞ、ジェイムズ卿。」
「ありがたき幸せ。陛下とこの国のために必ずや勝利します!!」
ジェイムズは膝を就いて頭を垂れ、国王に勝利を誓った。
「では、これにて元老院会議を閉会する。」

王都イステム 城門前

ジェイムズは城門を出ると、街の様子を見回した。こうして気晴らしに城下町を散歩するのが彼の日課である。城門の前では数人の子供達が無邪気に走り回っていた。彼らは今この国が遭遇している事態など知る由もないのであろう。
ジェイムズはしばし、物思いにふけりながらその微笑ましい光景を見守っていた。すると、突然一人の子供が押し倒された。なにやら様子がおかしいと思いジェイムズは彼らに近づく。
「こいつ、平民の癖に生意気だぞ!!」
「ごめんよ、だってお腹が空いてたんだ・・・。」
どうやら、貴族の子供らしい立派な服を着た子供が、貧民の子供らしいみすぼらしい格好をした子供を押し倒したようだ。
「どうしたんだい?」
ジェイムズは優しく声を掛けてみた。
「あっ、ジェイムズ様!! こんにちは。」
子供達は一斉にジェイムズの方に羨望の眼差しを向けた。
「こいつが僕のパンを盗んだんだ!!」
「ごめんよ、だって、だって・・・。」
ついに、貧民の子供は泣き出してしまった。
ジェイムズはゆっくりと2人に近づくと、2人の子供の頭に手を置いた。
「いいかい。たしかに人のものを盗むということは悪いことだ、二度とやってはいけないよ。でも、困っている人がいたら助けてあげることも大切だ。
それに、貴族や平民といっても同じ人間なんだ、お互いを思いやる心を忘れてはいけない。その心を忘れてしまうと、人間はすぐにお互いを傷つけあってしまう。君達はそんな大人になってはいけないよ。」
ジェイムズはこう諭し、2人の頭を優しく撫でた。
「うん、分かったよ。」
2人の少年は和解のしるしとして握手を交わした。ジェイムズはその光景を見届けると、背中を向け王宮に踵を返そうとした。
「でも、なんで・・・」
ふと、少年はジェイムズに声を掛けた。
「ジェイムズ様は戦争をするの?」
ジェイムズは不意に投げかけられた質問に言葉を詰まらせた。そして、空を見上げると
「この国を守りたいからかな・・・。」
背中を向けたまま呟き、早足でその場を去っていった。
「『なんで戦争をするの?』か。私だって本当は戦いなどしたくないんだ・・・。」
ジェイムズは道すがら少年の言葉を反芻していた。

さて、このジェイムズという若き青年。彼こそがこの物語の主人公「ジェイムズ=イングラム」である。ジェイムズは金髪に碧眼の整った顔立ちに、黄金の鎧を身に纏い、その高貴な出で立ちから男女ともにとても人気が高い。
実際、イングラム家は代々騎士を輩出している貴族の家柄で、ジェイムズも若いながらも男爵の爵位を持っている。
彼には生まれ持ってから類まれなる剣術の才能があり、若くして「金獅子騎士団」の団長に就任した。金獅子騎士団とはウィンドラス王国の国旗に描かれている獅子の名を冠する団で、王立騎士の中でも選りすぐりの精鋭たちが集まる王国軍最強の部隊である。
その中でも団長の地位は社会的にも高く、王国の重要事項を決定する機関である「元老院」に末席ながらも参加することを許されている。
そして、ジェイムズは数少ない「クルセイダー」なのである。この国では部隊長クラスになると、教会で女神イグニスに洗礼を受け「パラディン」となる。
パラディンとなると女神の加護を得ることで常人以上の戦闘能力を身につけ、女神イグニスの聖なる力を行使する「聖光魔法」を使用することができる。
そのパラディンのなかでも女神に選ばれし数少ない人間だけがクルセイダーに転生することができるのである。クルセイダーの戦闘能力は一人で1師団に匹敵すると言われ、
ウィンドラス王国のクルセイダーの存在は数々の戦場の武勇伝と共に語り継がれ、他国に恐れ慄かれている程である。
しかし、先ほどの子供達との会話から察するにジェイムズはとても心優しく、むしろ争いごとを好まない人間に見えるであろう。
何故彼が戦いの中に身を置くことにしたのか?それはいずれ明らかになるであろう。

イステム城 金獅子騎士団詰所

城の敷地内の一角にある小さな石製の建物。中には大量の鎧や武具が壁に立てかけられており、中央のテーブルを囲うように4人の騎士達が座っていた。ここは金獅子騎士団の詰所、普段は部隊長クラスの人間が常駐している。
「団長はどこだ?緊急招集がかかったと思ったらこれだ。」
筋肉質の大柄な男が机を叩いた。
「また城下の様子でも見に行ってるんじゃないの?」
長い赤い髪を後ろで束ねた女性が窓から外を見つめて答えた。
「あっ、団長帰ってきたみたいよ。」
古い扉が軋んだ音をたてて開くと、ジェイムズが立っていた。
「待たせてすまない、全員揃っているようだな。」
「ずいぶんと前から待っていたぜ。戦の前だって言うのに少々弛んでるんじゃないのか、団長さんよ?」
銀色の髪の細身の男がジェイムズを睨みつける。
「まあまあ、いいじゃないですか。戦いの前でも常に平常心でいられるのが団長のいいところですよ。」
法衣のようなものをを着た小柄な男がなだめた。
「では、作戦会議を始めよう。」
ジェイムズを含めた5人の騎士はテーブルを囲うように席についた。
「知っての通り、先ほどの元老院会議で我々金獅子騎士団に出陣の命が下った。今回の任務は王都の南にある、ルタリア平原に常駐するサンクワルト軍の掃討だ。」

おっと、貴君等はまだこのエルディニアスで起きている事態を知らなかったのであるな。
ん?さっきからくどい説明をするお前は何だって?
申し遅れた、私はエルディニアスの歴史学者「ヘンリー・オズウェル」という者。これから貴君とともにエルディニアスの歴史を解き明かしていく、物語の語り手である。
では、これからこのエルディニアスの物語を語るとしよう。

                                                    続く

       

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Neetsha