私の働いているビアガーデンは今日も盛況だ。あの客はきっと同窓会だな。幹事はキルク・ムゥシカだ。私は何でも知っている。
「ホロヴィズさんは上座にお座り下さい」
そう言うキルクにホロヴィズは首を振った。
「わしはこういう場ではいつも末席ですよ。ジャフさんが座ったらいい」
「いえいえ、何をおっしゃる。今日はあなた様のために設けた会ですから、どうか上座に座って下さい」
席を譲られたジャフ・マラーも決して座ろうとしない。
「幹事殿が座っては」
「いえ、おじさんは若輩者ですので」
「エルフが何言ってる。わしらより年上じゃないのか」
結局、全員立ったまま座れなくなってしまう。メラルダ・プラチネッラに「ビアガーデンに上座も下座もあるわけないでしょ。とっとと座んなさい」と一喝されてようやくテーブルについた。
ドクロののぼりが立っている席にホロヴィズが、コンパスののぼりが立っている席にジャフが、木ののぼりが立っている席にメラルダが座る。
「それにしても久しぶりだなあ、キルク」
ジャフが懐かしそうに声をかけた。
「ああ、お前とはもう百五十年くらい会っていないかな」
「え? そんなになるわけないでしょ? 八年ですよ」
「そうだよ。ただのエルフジョークさ。八年はおじさんたちにとっては一瞬のような気がするけどね」
キルクが幹事の仕事をしないで思い出話に花を咲かせる。代わってメラルダが注文を聞いた。
「飲み物は何にする?」
「私はエール酒をいただけますか?」
「じゃあ、おじさんも同じものをお願いします」
「わしは果実酒にしてください」
「あたしはビール!」
「はいはい、分かったわ。ウェイターさん、エール二つに果実酒二つにビール一つ」
私は困り顔で断る。
「お客さん、未成年ではないですか」
ホロヴィズは堪らず破顔した。
「ホッホッホ、エルフは若作りだからの。そやつは年寄りじゃ、安心せい」
「いえ、そちらのお客様ではなく」
私はメラルダではなくホロヴィズの隣に座る少女を指差した。
「この子はどこの子じゃ? 誰かの知り合いか?」
皆首を振る。
「ここはお嬢ちゃんの来るような店じゃないよ。お母さんのところにお帰り」
「あたし子供じゃないですよ」
少女は両手でピースした。
「なんじゃ、二十二歳か。ウェイターさん、問題ない。このレディにも酒を持って来てくれ」
私は納得がいかない。メモしておいた注文のお酒を、不満顔で持って行った。
「じゃあ、乾杯するか」
ジャフが音頭を取り、グラスを掲げた。
「我らが旧友、ホロヴィズの健康と我々の変わらぬ友情に……」
皆も唱和して「乾杯」と言う。
「ところでキルク、ちゃんと言っておきたいことがあるんじゃが」
いつになく真剣な目のホロヴィズにキルクも茶化さずに聞き返す。
「なんですか、改まって」
「実はな……謝りたいんじゃ。アルフヘイムとの戦争は我々の間違いじゃった。謝って済むものではないが、謝らせて欲しい。すまなかった」
キルクは口をあんぐり開けて固まった。
「うっそー! マジで!? あのホロヴィズがねえ。確かホロヴィズの甲皇国とキルクたちアルフヘイムは七十年くらい戦争してたんだ。何で戦争してたのか原因は明記されてないから、そこは創作者さんの腕の見せ所」
何を言ってる。この娘、何者だ。
「いや、我々アルフヘイムにも非はあった。どうか頭をあげてください」
キルクが慌てて言った。
「しかし、わしらには戦う理由があった。許してくれとは言わんが……」
「甲公国は耕作に適した土地が少なかったから、豊かなアルフヘイムに侵攻した。でもアルフヘイムは土地を犠牲にして禁断魔法を打った。引き分けになった二つの国は、豊かな土地を求めてミシュガルドにやって来たってわけ」
ホロヴィズの話にまた少女が口を挟んだ。
「お嬢ちゃん、もの知りだねえ」
「なんでも知っていますとも。あたしミシュガルドガチ勢ですから」
すっかり気に入ったホロヴィズたちは、そのまま少女を連れて二次会に行くようだ。
私だけが取り残される。
なぜ誰も私に気づかないのだろう。こんなに黒い鎧をまとっているのに。
なぜ誰も私を同窓会に呼んでくれないのだろう。私だってミシュガルドめっちゃ詳しいのに。