Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第十一話「ワン・ホット・ミニット」

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 テラがベースを盗まれたことを知らされても、他人事なのでスマッシング・レッド・フルーツのメンバーは特にどうも思わず、SGの家にたむろしてシーチキンとかポテトチップスとかコンビーフ(いや、今はコンミートって言うらしい)を食べたり酒を飲んだり四方山話をしたりしていた。
 しばらくそんな生活を続けて、ようやく練習をすることにした。
「安いスタジオを探そう」まず初めのミッションはそれだった。彼らには金がなかった。当然だ。全員が収入なしなのだから。
 赤髪はヒモと言っていたが実態は、母親から小遣いを未だにもらっているというスネかじりだった。学生のクロノとガクショクはバイトをしないし自由人のグレッチももちろん仕事はしない。ヒッピーとSGもやる気がないのでしない。金なし覇気なしすることなし。徒党を組んでも同じだ。若者にあるまじき状態だが、この街にはそんな若者が多数いたので、全員が特に危機感を持つことなく生きている。いわゆる無気力世代だ。
 とにかく、スタジオはすぐに見つかった。喫煙飲食OK、駅から歩いて三分の立地。申し分ない。
 ということでさっそくスマッシング・レッド・フルーツの六人は予約しスタジオ入りした。夏の午前だった。すでに路面はフライパンのように熱され、全員帰りたくなった。
 なんとかたどり着いたがそのころには、もとからないやる気がさらに減り、全員ゾンビのような顔つきになっていた。
 その「スーホースタジオ」は年季の入ったビルの地下にあった。シロウマと同じくらい老朽化している。安いはずだ。
 中に入ると冷房が効いていて、ちょっと生き返った。スタジオは三十畳くらいで、六人が入っても余裕の広さだ。
「ヒッピー、お前ドラマーな」とSGに言われて、半覚醒状態のヒッピーは、
「え? おれが? ドラムとかできないし」
「別に良いよ、とにかく好きなようにドカドカやってくれ。なんなら寝ててもいい。なんでもいいからドラムセットに座れ」
「あいよ」
 と言って座るヒッピー。ガクショクはベースアンプにプレシジョン・ベースを繋いで、
「グレッチ、なんかいろいろアンプにスイッチがあるけど、どうすればいい?」そう聞いた。
「基本はフルテン(全部MAX)。もしくは、そのときの気分で変えろ」と、酒を飲みながらグレッチがぶっきらぼうに答える。
「なるほど。じゃあテキトーに」
「そうそう、テキトーにやろうぜ。あー、本日は晴天なり」赤髪がマイクテストをしている。
 クロノもアンプにキーボードを繋ぎ、人差し指だけで音を出す。やはり安物、音割れしていた。
「オーケー。じゃあヒッピー、カウントよろしく」SGがドラムセットの方を向いて言う。
「カウントって何だ?」
「ホラ、あれだ、スティックを鳴らせってこと」
「分かった、じゃあ行くぞ」
 と、カウントが始まり、全員が何も考えていない演奏が始まった。
 SGとグレッチは歪んだ音を大音量でメチャクチャに出している。激しく動きながらだ。特にグレッチは脳の血管が切れそうなほど頭を振っている。ガクショクはあまり動かずに、無造作にボーン、ボーンと適当な場所を押さえてベースを弾く。クロノは相変わらず右手だけで淡々と鳴らしている。ヒッピーはスネアをドコドコとリズムなど考えずに叩いていた。ボーカルの赤髪も何も考えず、がむしゃらに叫んでいる。
 見事に全員の演奏がかみ合っていない。事前に打ち合わせたかのようなバラバラっぷりである。
 二分ほどでヒッピーが疲れて演奏を止めたので、全員がこれまたバラバラに曲を終了した。息をつきながら、「名曲だな、『シーチキン』」と赤髪が満足そうに言い、今のは、シーチキンを食べたときの喜びを歌にしたものだと説明した。もちろん他の誰もそんな気持ちを感じ取ることなどできなかった。
 アドリブで適当にやったので「シーチキン」をもう一度やるのは不可能だろう。
「なかなかいい音だったな、今すぐライブに出られるんじゃねえの」グレッチはアンプの上に置いてあった酒を飲む。
「こんな感じでいいわけ?」
 ガクショクがそう聞くと赤髪は首を縦に降り「グッド、ナイス、マーベラス、エクセレント。最高って感じだな」
「あと一曲やったら終わりにしない? 疲れた」クロノはほとんど体を動かしていないのになぜか息を切らしていた。
「じゃあそうするか、二分くらいのやつをまたやろう。回復したら開始な」SGはギターを床に置いてアンプにもたれかかった。
 しばらく一同、休憩。本当に体力がない。狂った食生活と乱れた生活リズムのせいだ。
 休憩が二十分ほど続くと回復してきて、無駄話が始まる。
「やっぱりパンクはピストルズだ」「いやクラッシュ以外ありえねえだろ」「パンクと言えばラモーンズだろう」「いやいやオペレーション・アイヴィーが……」「やっぱバズコックスだよ」「いやザ・フーがパンクの源流」「そもそもパンクって何?」
 そんな話を続けているといつの間にか退出時間五分前。
「あ……もう、こんな時間。帰らない?」クロノがそう言うと皆、頷いて、
「そうしようか」
「帰るか」と荷物をまとめ始めた。
 結局、二分ほどしか演奏せずスマッシング・レッド・フルーツのメンバーはスタジオを退出した。バンド演奏というのはとても疲れるものだと思い知らされた。

 外に出ると、四人の、青白い顔に黒ずくめの、暑苦しい格好の四人組が煙草をふかしていた。
「あ……ヨダカの人たちだ」ガクショクが言った。まったく動かず喋らない異色のバンドである。
 しかし、黒いダブルのスーツを着た男が「やあ、お疲れさん。暑いよね今日って」と気さくに話しかけてきたのでガクショクたちは驚愕した。ステージに立っていたときとは別人のようだ。
「なんだ、知り合いか?」グレッチが聞く。
「うん、この前のライブに出てた、ヨダカってバンドの人たち。あのときは全然喋らなかったのに」
 そんなガクショクに対しスーツの男は笑いながら「そりゃ喋るし、動くさ。ああ、オレ、ボーカルのhiro、こっちはギターのjouとベースのao」後ろにいた黒いシャツの男と、帽子で目元を隠したコートの男を指して紹介した。
「どうも」「よろしく、あんたらスマッシング・レッド・フルーツだろ」と、その二人も普通に話す。やはりあれは、ステージの上だけなのか、と思っていると、
「あと、ドラマーのminami。こいつだけは素でもああなんだ」
 そうhiroが紹介したのは、地面に座って腕を組んでいる、スーツの男だ。死んだ魚のような目で宙をにらんでいる。
「なんでライブのとき動かないの?」クロノが聞いた。
「あれはアピール。オレらが思ってるのは」hiroが言う。「みんな、元気が良すぎるってこと。ライブやればみんな動くじゃない。だけど動きすぎる、演奏じゃなく動きにパワー使うから、魂狐とかマドンナ・ブリギッテみたいに疲れて途中でやめてしまうんだ。まあ、あれはあれでいいと思うけど。だからオレたちは、動かない。minamiの姿勢を見習ってオレらは『静止ライブ』をこれからも続けるんだ」
「なるほど、そういうことか。確かに現代の人間は動きすぎると思う」SGが言った。もっとも自分たちは体力がないからあまり動けないのだが。「これからも頑張ってくれ。じゃあオレらは帰るとするか」
「ああ……あれ!?」そのときグレッチが叫んだ。「ねえ!」
「何がねえんだ? 節度がないのはもう知ってるぞ」赤髪がからかうがグレッチは動揺した顔で、
「バカ、違う、テネシーローズだ! さっきまでそこに……あっ!」
 グレッチが指差した先には、ギターケースを持って走っていく白い髪の男の姿があった。陽炎の向こうに走り去っていく。
「あいつは!」hiroが言う。「テラからベースを盗んだヤツ!」
「野郎、ふざけやがって!」
 グレッチが走っていく。ヨダカのメンバーも、座ったままのminami以外ギター泥棒を追いかける。
「マジかよ、どうする?」
「こんな暑い中走りたくないよ」と、クロノ。
「だな、待つか」と赤髪もその場に腰を下ろすと、
「赤髪、お前も来い――っ!」グレッチからお呼びがかかった。
「なんでオレが!? クッソー、行かねえと後でなんか言われるんだろうな……しゃあねえ」と、ため息混じりに走り出した。
 残されたメンバーはしかたないので、今度はブルースについて語り始めた。

       

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