Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第十三話「ヘッドシュリンカー」

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「さて……アタゴ。燃やす前にひとつ歌おうじゃあないか」ずらりと並べられた高級ギターを見ながらタマヤが言った。「好きなベースを弾くといい」
「じゃあボクはモズライトですね」アタゴは赤いモズライト――テラから盗んだものだ――を手に取る。タマヤは迷いつつも、
「ではオレはこいつだ。すごくいい感じだよ」と変形ギター・ギブソンファイヤーバードを手に取った。「よしやるぞ。歌った後にこの楽器を全部燃やし、煙を立ち上らせる。すばらしいじゃないか」
「『エンジェルス・エッグ』は見てくれるんですかね」小型の、安物のアンプにシールドを繋ぎながらアタゴが言った。
「無論だ。うまくすればローディとして認められるんじゃないか、って感じさ。さあ、やるぞアタゴ。オレたち『mellow's 』がここにいると知らせてやるんだ! あのサボってばかりのドラマーにもな」
 タマヤはファイヤーバードをかき鳴らした。小型アンプとはいえ、閑静な住宅街にはよく響く。
「よし! 行くぞ! 『run』をやる!」
「オーケィ」
 アタゴのベースが入った。右手で解放弦を鳴らしながら左手で拡声器を持ち、歌い始める。
「オレは塵だしお前らも塵だ崩れてぶっ壊れてぐしゃぐしゃになれ溶けろ溶けろ流れろ流れろ朽ち果てろ破裂しろ飛び散るんだ折れてしまえ砕けろゴミども腐り果てろ」
 などという歌詞をアタゴは息継ぎをせず叫び続けている。桁違いの肺活量だ。拡声器を通して、音質最悪のボーカルが街に流れた。
「……ん?」
 そのとき、アタゴとは別の声がした。上からだ。
「……ぁぁぁああああああっ!」それは、怒号だった。
 見ると、太陽と重なって一つの影が跳んで来る。何の前触れもなく飛来したそれは――
「……天使!?」二人には一瞬、そう見えた。
 転ぶこともなく、あらかじめ決められていたかのように屋上の端に降り立ったのは、怒りに顔を歪めているグレッチだった。
「こいつは……どこかで見た顔だ……ああ、公園で対決をしていた姉さんか。驚いたな」演奏を中断してタマヤが言った。「まさか隣のマンションからジャンプするとはね。だがオレたちは今儀式の最中だ、邪魔をしないでもらおうか」
「やかましいんだよクソ野郎」グレッチは足元にあった赤いギターを拾う。盗まれたテネシーローズだ。「こいつは返してもらうぞ、コソ泥」
「そうは行かない。これらは天に昇るサインとなるって感じだからだ。オレが苦労して集めたんだ……大人しくそれを置いて出て行くんだ」タマヤは言いながらファイヤーバードをかまえた。――オレに追いつくことすらできない不健康体め。
 しかしグレッチは怯むことなく「フン」と鼻を鳴らし、
 そしてタマヤに向かって跳んだ。
「何!?」
 そのままテネシーローズを振り下ろす。
 ――速い!
 だがタマヤも身軽さには自信があった。体を横に反らし紙一重でなんとかかわし、そのまま距離を取った。
「何だ今の動きは……そんなに体力自慢って感じじゃないんだが」グレッチの意外なほど俊敏な動作にタマヤは動揺していた。相手はジャンクフードばかり摂取している顔色の悪いパンクスかと思ったのだが……。何かの力で増強されているかのような動きだ。
「もう一発行くぞ、コソ泥」グレッチが振りかぶった。「あたしをムカつかせるとどうなると思う」
「さあ、どんな感じになるんだろうな?」精一杯強がってタマヤは笑った。
「こうなるんだよ!」
 再び全力での一撃が来る。
 ――しかし今度は間合いが遠い! 空振りだ。そうタマヤが思っていると、
「オラッ!」
 赤い何かが飛んできた――
 そう思った次の瞬間、巨大な拳にボディブローをくらったかのような衝撃でタマヤは後ろに飛ばされ、手すりに激突した。
「なっ……何と……」
 グレッチはテネシーローズを投げ飛ばしたのだった。これはさすがに予想外だった。楽器を「鈍器」として捕らえてはいたタマヤだが「飛び道具」に使う発想はなかったのだ。
「分かったか? どんな悪酔いや二日酔いよりも……最悪なことになるぜ」
 グレッチは崩れ落ちたタマヤを尻目にテネシーローズを担ぎ、今度はアタゴをにらみつけた。
「次はお前か、ガキ?」
「か……勘弁してくださいよお姉さん。ボクはただ、音が欲しかっただけですって……いや、マジで……」半笑いでそう言いながらアタゴは後ずさる。
「お前、人間の頭をぶん殴るのが好きなんだってな? じゃあ聞かせてやるよ。お前の頭蓋骨、どんな音がするのか」
「ま、待ってください、確かに人を殴るのは好きだけどボクは痛いのはホント……!」
 などとまくし立てるアタゴだったが、無残にも一発、拳で殴られそのまま倒れ落ちてしまった。
「……うちのメンバーがいた所を襲撃したそうだな。その礼だ」
 グレッチはテラのモズライトを持つと屋上を出た。
「あ、もう終わったのか?」階段をhiroと「紅恋」のメンバーが上って来ていた。
「何だ、お前らも来たのか」ガラナを見てグレッチがそう言うと彼女は、
「当たり前だよっ! 楽器盗むなんて悪いやつはあたしたちが退治してやるんだからね!」
「そうさ、オレの通信空手でバシっと」と、紅恋のギター・エルが言うが、
「何言ってんだよ、三日でやめたくせに。三日坊主」とマチ。
「うるさいなぁ不健康体」
「自分もだろう。僕もだけど。それで楽器は無事なわけ?」ボーカルのレスカが聞いた。
「全部無事だ。やつらもブチのめした。あのエロ漫画マニアの薬が効いたせいか楽勝だったな。ヒロ、警察に電話しろ。バカなガキが屋上で歌っててクソやかましいってな。まあ、もう通報行ってるかもしれないけど。ま、後はあいつらに、燃料持って屋上にギターをずらっと並べていた理由をでっち上げるだけの話術があるかだな」
「分かった。その歌ってた歌詞の内容が過激できっと危険思想の持ち主だ、とかいろいろ付け加えておく」グレッチの指示通りhiroは電話をかける。一件落着といったところだろう。
「……だけど気になることがあるな」レスカが言った。
「え? どうかした、レスカ?」
「上でグレッチにのされたヤツらは二人、ギターとベースなんだろう? だったらもう一人、ドラマーがいてもおかしくないんじゃないかな?」
「そうかもな。だけど関係ない」グレッチはまた酒をあおり、言った。「なんとかなるだろあと一人くらい。あたしのバンドは六人だ」
 もっとも、皆目やる気のない六人だが。


 パトカーのサイレンを聞きながら、一人の少女が、スプレーで高架下のトンネルにマークを書いている。片翼の生えたハートだ。
 スプレー缶を持っているのと逆の手で携帯電話を持ち、通話相手の話を聞いている。
「イズミ……二回だ」少女の名前を呼んだのはくぐもった声だった。「『二回目』が観測されたんだ……間違いないよ。新しく現れたんだ……」
 少女は何も答えず、淡々とハートマークの羽を赤い色で塗りつぶしている。
「…………は、『紅恋』を中心とする集団の中で発生している。その中の誰かだよ……。きみのバンドのメンバーが接触した相手の中に恐らくいる。…………が、そこから感じ取ったんだ……。分かるねイズミ」
 少女は無言のままハートマークにひとつ、縫い目を描く。
「『発生源』を特定するんだ。それがきみの仕事だよ、イズミ。きみはあの二人とは違う、そうだろ……? だったらできるはずだ……」

 「mellow's」のドラマー・イズミは顔を上げ、頷いた。
 その目はぎらぎらと赤く輝いていた。

       

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