Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第十四話「ホワイト・ライオット」

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 ある平日、ガクショクは午後一時にのそのそと起きるとまずコンビニで漫画雑誌を立ち読みし、ついでにパンと握り飯を買った。
 川原に行くとクロノがいつものようにキーボードを弾いていた。隣に座って「やあ」と声をかける。彼女は振り返って「おはよう」と言った。
 ガクショクは買ってきたパンをかじる。いい天気だ。いつもは攻撃的に照りつける太陽も今日はおとなしい。

 こんなさわやかな青空の下、この街では何百、何千もの若者が未だに寝ているのだ。酒をあおっている者もいる。ネットカフェやゲームセンターで時間を潰す者も少なくないだろうし、そもそも家から出ないひきこもりも相当存在している。
 彼らは目覚めが遅い分、夜もかなり遅くまで起きている。空が白み始めるころまで寝ない若者も多い。その何割かは、退屈な時間を音楽活動に費やしている。
 マドンナ・ブリギッテのネコゼとドリーはあのライブの夜、夜明けの海を見に行き、感動しその場で落涙したそうだ。それ以来、二人はハイオクや他のバンドのメンバーも誘って、月に何度か「夜明けのライブ」を行っているらしい。海に向かって歌うのだ。存外に気分がいいらしいが、朝まで起きていても翌日の生活に支障が出ない者にしかできないイベントである。
 ある日、そのイベントに謎の人物が参加していったらしい。ドラマーと名乗ったその線の細い少女はいきなり波打ち際に寝そべり「わたくしは今地球と一体化しているのです」などと口走ったらしい。そして、「みなさん、眼を閉じて思い浮かべてください。あなたがたが幸福に浸っている場面を」などとセミナーじみたことを言うのでその場にいた者たちは唖然とした。そこにいたキツネが「わたしは眼からビーム出したいのさ、それできたら幸せ」などと徹夜のテンションでトチ狂った発言をすると、少女はにわかに気を悪くしたようにうなり、
「死ねばいいのに」などと吐き捨ててその場を後にしたのだという。その皮膚は異様に白く、眼はコンタクトを入れているのか、鮮やかな赤色だったそうだ。キツネは多少へこんだが、魂狐のメンバーに、
「元気出して、あなたはいつか必ずビーム出せるわ」
「そうだって。努力すればできないことはないんだから」
「何とかなると思うよ、たぶん。キツネならできる」
 と励まされ、
「ありがとう諸君! わたしは諦めないよ!」などとますますテンションが高くなり他のバンドマンたちは辟易したのだった。

 とにかく、この街にはおかしな若者が大勢いるということだ。
 ガクショクは食事しながらクロノとそんな話をした。自分たちは濃いキャラのバンドマンたちの中でどうも影が薄いのではないか、と自虐的に話したりもした。
 二人とも積極的に話すほうではないので、その後すぐに会話が途切れた。こういうとき、普通は二人とも「何かしゃべらなくては」という焦りが出てくるのだが、なぜか両者はそれを感じていなかった。相手に自分と同じ匂いを感じていたからかもしれない。
「どっか行こうか」ガクショクが提案した。
「疲れない所がいい」
「そうしようか」
 というわけで二人は、ガクショクの通う大学の裏にある、普段はあまり通らない街に足を踏み入れた。 そして迷った。
 寺が並び、似たような小道ばかりなので場所が把握できなくなった。そのうちクロノが疲れ果てたので道端で休んでいると、
「あれ、こんなとこで何してんの」
 赤いシャツの少年が話しかけてきた。魂狐のテラだった。
「散歩してたら迷ってしまったんだ。君はこの辺に住んでるの?」ガクショクが聞くとテラは頷いて、
「うん。迷ったならオレに任せてよ。この寺町はオレの庭みたいなもんだからさ。なにしろオレ、名前も寺中っていうんだ」と得意げに言う。「駅までの道教えればいいのか? ていうか、オレ今からセッション行くけどお前らも来るか?」
「セッション?」
「そう、ヨダカのaoに誘われたんだ。この近くに広いスタジオあるから。ただ、あいつ金にならないことはしないから、参加料と称して金を多めに取られるかもしれないけど、それでよければ」
「いいよ。暇だったし。でも俺ベース持ってないや」
「オレのモズライト貸してやるよ。帰ってきたこいつをね」テラは持っていたハードケースを叩きながら言った。
「じゃあそうさせてもらうよ。クロノも来るよね」
「うん。他に参加してるのは誰?」回復したらしくクロノが立つ。
「えっと、オレとaoに、ドリーとハイオク、あと紅恋のエル。『チカゲスタジオ』っていう、すぐそこのスタジオでやるんだ」
 歩きながらこの前の、楽器炎上未遂事件の顛末を話した。「あの『メロゥス』とかいうバンドのヤツらは警察に連れて行かれてその後どうなったか知らないけど、ああいうヤツらが他にもいるのかもな。めちゃくちゃな音楽だったんだろ?」
「うん、すごくうるさかった」ガクショクはjouのマンションで聞いた彼らの演奏を思い出した。
「ヨダカみたいなのか?」
「ちがうタイプのうるささ。音量はヨダカのほうが断然上だけど、内容も音もグチャグチャだったよ。意図してかき混ぜた感じ」
「ノイズ音楽か。まあオレは興味ないけどな、あんなヤツらの音楽性なんか」
 話しているうちにチカゲスタジオに到着した。すでに他のメンバーが到着しているらしくギターの音が漏れている。
 駐車場では、ベスパの前でハイオクが煙草をふかしていた。ライブのときと同じく、ハンチング帽にスーツである。ステージ衣装ではなく、彼の普段着なのかもしれない。
「よう、テラ。ガクショクとクロノも一緒か」三人に気づいてハイオクが言う。
「ああ、そこで会ったんで。参加してもらっても別にいいだろ?」
「そりゃもちろんだ。一人当たりの料金負担が軽くなるからな。もっとも二人ともaoの『参加料』はきっちり取られるだろうが。今はエルが、aoの持ってきたV字弾いている」
「ああ、jouのヤツな。ドリーはまだ?」
「アイツは中だ。最初ちょっと叩いてもうダウンした。あ、おたくら、中に入ったらaoに気をつけるんだ。あいつ物販してるから、Tシャツとか音源、売りつけられないようにな」
「物販?」ガクショクとクロノは怪訝な顔になった。「ここで?」
「人が集まるとこでは大体やってんだよ、あの守銭奴」呆れた顔でテラが言う。「全然売れないから必死なわけ」
「なるほど分かったよ、注意しとこう。じゃ、入ろうか」
 と、四人が中へ入っていくと、廊下に何か白いものが横たわっている。
 それは人間だった。赤い眼を見開いたまま微動だにしない彼女は人形のようだった。
「誰これ」
「オレがさっき出てくるときはいなかったが……ん!」ハイオクが寝ている少女の顔を見て気づいた。「こいつは夜明けのライブに現れた……」
「ああ、あのときも寝ていたドラマー! おい、お前何やってんだよここで?」
 とテラが問うが、彼女は答えない。
「シカトかよ。こいつまばたきもしねえ。いつまでやってられるか見ててやるよ」
 しばらくそのままだったが、我慢できずにやがてまぶたがピクピクと動き、閉じてしまった。
「わたくしにも限界がありますわ」無感情に少女は言う。
「喋った! おいお前、怪しいぞ、何なんだ?」
「わたしくはとあるノイズロックバンドのドラマーそして天界の使者。あなたがたに勝負を挑みに来ました。勝つのは幸福なのですか? 敗れるのは不幸なのですか? あなたがたは真理を目撃できますか?」
「何言ってるんだこいつ、ワケわかんないぞ」
「勝負だと……面倒なことになってきたな。だがこちらも、この街の音楽シーンで活躍するつわものが揃っている……おたくの実力は知らないがそうやすやすと負けることはないぜ」
「いいでしょう! 叩きのめしてあげますわ、天の光の中でこのイズミが」
 寝転んだままの彼女とハイオク・テラはにらみあう。
 そして彼らの後ろでガクショクとクロノは、やっぱり自分たちは影が薄いのではないかと思うのだった。

       

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