Neetel Inside 文芸新都
表紙

未定
第一章・変わらない日常、変わる時

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 夢を見ている。それはどうってことない夢だ。ただ真っ暗闇の中を当てもなく彷徨い続けるという夢。本当に、どうってことない夢だ。……なのに何故だろう?俺は急に息苦しくなった。
「た……助けてくれっ……父さん……っ」
叫んでも叫んでも暗闇の中に全てが吸収されてしまう。
     怖い怖い怖い怖い怖い
不思議と心の奥が恐怖で支配されていく。
「なんだこの感覚は……何なんだよ此処は!どうにかしてくれよ父さんっ!」
息の吸い過ぎで倒れそうになる。動悸が早い。歩けども歩けども見えないゴール。自慢の体力も、もう臨界突破している。
「ヤバ……もう駄目だ。」
意識を失いかけたその瞬間、背中を誰かに刺されたような衝撃が走った。
「ぐっ……な……何で……」
倒れる。その代わりに、意識のスイッチがカチリと入り、また鮮明に暗闇が見えてくる。背中をまさぐるが、刺されたような形跡は皆無だ。だが、まだ背中がギリギリと痛む。誰かが俺の背中をこじ開けて背骨を毟り取っているような感覚に襲われる。
「くっ……くぅっ……」
現実味の無い痛みに襲われ、俺は自ら意識を断とうとする。恐らくこれが人間の本能なのだ。にも関わらず、意識はどんどん鮮明になっていく。
「くっ……お……お前は……誰だ……っ?」
暗闇に向って尋ねる。だが、もちろんそこから返事など来るはずが無い。その理由は、暗闇だからだ。
「―――お前は誰だ?」
背中を侵食する感覚が一時的に止んだ。暗闇から、返事が来たのだ。
「俺は……この夢の創造者というか……ここは本来俺の世界だろ……っ!」
体力さえ残っていれば、自分の物を盗られたとき駄々を捏ねる子供のように暴れたかった。
「―――お前は誰だ?」
先程と同じ返事がくる。それは暗闇からでなく“脳から直接話しかけられている”という方が正しいのかもしれない。
「先に言え。お前は誰だ?」
「―――お前は誰だ?」
「……っ!!お前は誰だっ?」
「―――お前は誰だ?」

        オマエハ ダレダ ?

ザーッ……とテレビの砂嵐に似た画面が映される。そしてプツンと意識が途切れ、目が覚めるのだ。

     

 目覚めの気分は最悪。顔に泥をベタベタと塗られたかのようなドロドロとした汗が目覚めの俺を出迎えるのだから、良い訳が無いのだが。
「でも朝の男の生理だけはちゃんと来てやがるな。」
布団をバサッと捲りあげてそれを見ると、先ほどまで見ていた夢の内容など測り知れる。俺はあまり夢を見ない方だと思う。もしくは夢を見ても内容を全く覚えていない、というパターン。
「どちらにしろ、その内容は健全であることに間違い無いな。」
布団を押入れに仕舞いながら自分の健康を確認する。あとは着替えをちゃっちゃと済ませて朝飯を食べて……
「ピンポーン」
インターホンの音を口で言っている声がする。
「ピンポピンポピンポーン」
「はいはい、ちょっと待ってろ。今開けるから。」
ガチャリと玄関の鍵を開ける。
「おはようっ!お兄ちゃん!」
顔も洗っていない俺に爽やかな笑顔が注がれる。それは枯れた向日葵に日光が燦々と当たっているような光景と似ている。
「あーっ、まだ着替えてないのー?あと五分で出ないと遅刻だよっ?」
「え……?あと五分……?」
壁に掛かっている丸いアナログ時計を見ると、長針は八、短針は三を指していた。
「げっ……もうこんな時間かよ!」
ゆるりと朝の身支度をしたいところだったが、そうも言っていられない時間である。学校まで駆け足で最短七分。八時二十分に家を出ると二七分に学校に到着。そこから教室に向かう為のラストスパートに二分。それで二九分に到着……予定。
「行くぞっ!雪乃っ!」
「わわ……っ!ちょっと待ってお兄ちゃんっ!」
制服に着替えた俺は全力で学校への道を走り抜ける。少し曇り空なので、体がオーバーヒートするという心配は無さそうだ。
「もうっ!お兄ちゃん遅いよっ!」
……いつものことだが、雪乃の脚は女子にしては異常に速い。この間も1000mを四分丁度で走ったようだ。俺が負けるのも仕方ない。しかし、雪乃は俺より少し離れるとその場でこちらを振り返り、
「がんばれっ!お兄ちゃん!」
などと声援をくれるのだ。どうだい?羨ましいだろう。かなり息は上がっているが。
「ちょ……ま……」
肺がゼェゼェという音からヒューヒューという風が抜ける音へと変わっている。もう息を吸うのも辛い。俺は両手を膝について、その場で立ち止まってしまった。もちろんこれも計算されつくした時間の中に入っている。所謂、ハーフタイムである。
「もー……しょうがないなぁ。」
雪乃はいつも通りぬける公園のベンチに座って待っている。これもいつも通りである。そして公園の光景も、極めていつも通りであった。誰も遊んでいない砂浜があり、寂れたジャングルジムがあり、別の意味で錆びれたブランコがあり、そして少し生暖かい風が通り抜ける。
「さぁ、じゃあ後半戦そろそろ行こうか!」
俺が合図すると雪乃はベンチから立ち上がり、「うんっ!」と覇気のある返事をした。

       

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