Neetel Inside ニートノベル
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 警備員控室に戻ると、馬場学長が宮川隊長とベテランの杉村に今後の方針を指示しているところに出くわした。
「どうでした?」
 馬場学長が藤原に聞く。
「5階の窓です。開いてました。今、高坂君と清原さんという生徒が5階から降りられるくらいの長さのロープを探してくれています」
「5階窓から脱出するつもりなのか。危険だ。止めさせろ」
 馬場学長の言葉を聞いて、藤原は思わず耳を疑った。丁寧だった言葉遣いが、急にぞんざいになっている。
「えっ、でも。脱出するには5階からしか」
 藤原の返答を遮るように馬場学長が口を開く。
「これは命令だ! 今すぐ止めに行け!」
 驚いた宮川は急いで警備員控室を出て、高坂と清原の後を追った。
「では、放送の件、頼みましたよ」
 馬場学長は残っている杉村に後事を託して、警備員控室を出て行った。
「何か気に障ることを言ってしまったのかな。急に命令って」
 ぼやく藤原を杉村がフォローする。
「危険なので止めさせろってだけだよ。気にしない気にしない」
「ありがとうございます。そういえば、学長が言ってた放送って何のことですか」
「セキュリティゲートが閉まった件だよ。今から私が構内放送で学生に呼びかけるから、やり方を見とくといい」
「そういうことですか」
 藤原は納得する。礼を言うと、杉村について行って警備員控室の中にある放送機材のある部屋に入った。
「まず、マイクのスイッチを入れて音声を確認する。大丈夫そうだ」
 杉村はそう言ってから各機器の確認をした。
 藤原も後ろから見ながら手順を覚えていく。
 杉村は学長からもらったメモを見ながら、放送を始めた。
「警備員控室からお伝えします。現在、1階セキュリティゲートの故障により、下校できない状態が続いています。すでに警察に連絡し、対応を要請しました。復旧作業を進めておりますが、目途は立っておりません。学生の皆様には大変ご不便をおかけして、誠に申し訳ございません。備蓄食料は5000食ありますので、まずはご安心を。警備員控室で今日明日分の食料を配給いたします。風呂はありませんが、警備員用のシャワールームも使用できます。混雑が予想されますので順番にお願いします。就寝は5階仮眠室をお使いください。また状況が変わりしだい適宜放送を行います」
 杉村はマイクを切ると藤原に言った。
「こんな感じだ」
「わかりました」
 警備員控室に戻ると、ロープ捜しから戻っていた高坂と清原がいた。
「藤原さん、どういうことですか? 隊長さんに止められたんですが。まあ、ロープは結局見つからなかったから別にいいんですけど」
 高坂が聞く。
「すみません。危険だから止めさせるようにって学長の指示があったんです。さっきの放送の通り警察が対応にあたっているから、もう大丈夫ですよ」
「よかった! ありがとうございまーす!」
 清原と高坂は頭を下げて感謝した。
 二人はついでにシャワールームを借りて、配給を受け取り警備員控室を出て行った。
 入れ違いにほかの生徒たちもシャワーや配給に殺到し、二人の警備員でさばけないくらいの大混雑となる。ちょうどいいところで宮川が帰ってきた。
「藤原、いつまで働いてんだよ。退勤の時間だろ?」
「退勤? もしかしてセキュリティゲートが復旧したんですか」
 大声で応えたせいで、混雑が一時静まり返る。生徒たちは宮川の答えに注目した。
「すまん。誤解を招く言い方だった。セキュリティゲートは未だ故障中だ。本来なら退勤の時間だから、明日まで休憩しててくれ」
 藤原はこれはチャンスだと思った。
「そうは言いますが、この混雑。人手があったほうがいいのでは。僕ならまだ働けますよ」
「しかしな。未成年者を夜勤させるわけにはいかない」
「お言葉ですが、非常時なのだから大概のことは許されますよ。あとで給料に少しばかり色を付けてもらえれば、訴えたりはしません」
 藤原の強い口調に押し切られ、混雑を乗り切るまで働くことを許可してしまう。宮川は藤原の知らない一面を見た思いだった。
 混雑がピークを過ぎてから、ようやく藤原は休憩に入った。
「お先あがります」
「ああ、お疲れさん」
 自分のデスクの席に座り、受け取った配給の袋を開ける。中からは真空パックのご飯3食と缶詰が3つ出てきた。今日明日分にしては少ない。
 しかし、藤原はご飯1食とイワシのかば焼きの缶詰だけ食べて嬉しそうにしていた。
 宮川と杉村は一日の最後の仕事である備品の点検をしている。
「警棒3本、さすまた1本、異常なし」
 藤原が目をキラキラさせて食いついて来た。
「さすまたって何ですか?」
 実際に宮川が見せながら説明する。
「このY字型の棒だよ。刃物を持った相手を遠くから抑え込んで制圧するのに使うんだ。杉村さんはこう見えてさすまたの名人だからな。今度教えてもらうといい」
「今教えてくださいよ」
「また今度な。もう寝ろ」
 藤原はしぶしぶ警備員控室の中にある仮眠部屋に入った。
 2段ベッドと普通のベッドがひとつづつあるだけで、他の家具は何もなかった。
 藤原は普通のベッドのほうに寝転がったが、まだ寝るには少し早い時間だ。なんとなくスマホをいじって、昌平大学のグループチャットを眺めた。


サワラビ{5階の窓が開いてるの発見したんだけど、ロープがなくて降りれない。誰かロープ持ってない?)
松風{ロープはないけど、全員の着ている服をかた結びして繋いでいけば5階から降りれるくらいの長さになるんじゃないか)
サワラビ{えー絶対嫌だよ。却下)
葵{あれ。今日は怪文書の話しないの。あの暗号解けたんだけど)
サワラビ{マジで!?)
松風{天才現る)
葵{f5Bxa2ってaとかBとかfとかアルファベットの前半ばっか使ってるでしょ。それでピンと来たんだよね。これ16進数だって)
松風{ちょっと待て。xが入ってるぞ。16進数でxは使わないだろ)
葵{それはxじゃなくて×(かける)と読むんだと思う。RSA暗号というのがあって、二つの大きな素数の掛け算は簡単だけど、積から二つの大きな素数を素因数分解で復元するのは難しいことを利用した暗号なの。つまりf5Bxa2は鍵となる二つの大きな素数を表していたんだよ!)
松風{なんだってええええええええ!!)
葵{f5Bを16進数から10進数に直すと3931。a2を16進数から10進数に直すと162……あれ)
松風{162は普通に偶数だな。素数じゃないぞ)
葵{ごめん。なんか間違ってた)
サワラビ{いや、ちょっと感動したかも。サマーウォーズっぽかった)
葵{よろしくお願いしまああああああああああああああああああああす!!!)

       

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