5年3組柏木ヤエコ
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ベルが鳴って、今日の授業はおしまい。
「今日、特に変わったことはありませんでしたか」
帰りの会で、先生がお決まりのせりふ。
静まり返る教室。これも毎日のこと。
間があって、あの子が手を上げる。
「先生。柏木さんです」
立ち上がる。同時に3人。
「柏木さんがチューリップに火をつけて燃やしました」
「柏木さんがロッカー蹴りました」
「柏木さんが……柏木さんが、犬の尻尾をはさみで切りました」
西岡さん、今江さん、最後におずおずと里崎さん。
「そうですか」
これも毎日のこと。
「いけませんよ、柏木ヤエコさん」
先生が皆さんさようならと言って、今日の学校はおしまい。
わたしはペニスをなめる。
ペニスは生殖器。感じる場所。
この人はわたしになめられるためにうちに来ている。
勉強を教えに来てるわけじゃない。大学生なのに。
「ああ……ホント、今までのどんな女の子よりもヤエコのが一番イイよ、フェラ」
「気持いい? うれしい……」
わたしは知っている。
この人は、こんな言葉に弱い。
態度にも、体にも表れる、言葉より確かな感覚。
この人を悦んでくれる。たとえ空虚な言葉でも。
「なあ、ヤエコもそろそろいいだろ?」
「痛くしないからさ」
「ホントは興味あんだろ?」
「優しくするって」
この人の言葉はわたしに届かない。
きっと未来永劫届かない。
゛犬゛という漢字一文字、浮かんで消えた。
「いいけど……その前に、お願いが一つあるの」
わかっている。
この人はどうせ、わたしのいいなりになるの。
エサさえぶら下げておけば、獣は本能に正直だものね。
「ああ、いいけど……それより、いく……」
言葉はいらない。
分かっている。律動を直接感じ取っているのは私自身なのだから。
「…おいしい?」
わたしは満面の笑顔で、獣の心を絡め獲った。
「おいしい」
その場所は知っている。
西岡さんと今江さんが嫌がる里崎さんを連れ回して、最後に辿り着くのはいつもここ。
学校から大分離れたところにポツンとある駄菓子屋。その奥に幾つか古いゲームの筐体が並んでいる。埃臭いそこが、3人の秘密基地。
誰も来ないと思ってる。実際いつもは誰も来ないのだろう。
だけど、今日って゛いつも゛じゃないの。
獣は8人いる。
でも他の7人は偽の獣。ただ好奇心からついて来ただけ。
本物は、わたしの家庭教師だけ。
「おい、マジでガキじゃん……磯、お前ホント変態だよな~」
「いいじゃん、入ればなんでも」
ケケケ、と下卑た笑いが蔓延する。
「なにすんのよっ!!」
西岡さんも今江さんも、思考停止しているから決して危機を嗅ぎ取れない。
まだ11歳なのに進化を止めてしまってどうするの?
「なによ……なんか文句あんのかよっ!?」
西岡さんはきゃんきゃん吠える。
その姿を見ていると、犬が何故けたたましく吠えるのか理解できる。
犬は、勇ましく吠えるんじゃない。怖いから吠えるのよ。
「…………!」
今江さんは言葉も発せず、ただ震えている。
普段使っていない脳に向かって急に発破をかけている。
今江さんは想像している。
大勢の大きな男に囲まれて、これから何をされるのか。
今の彼女に希望はない。希望に目を向けようとすら考え付いていない。
ただ、脳を突きぬけ、体全体を使って、恐怖を味わっている。
里崎さんはいない。
帰りの会になると、わたしはいつも思う。
目の前に立っている、この担任の先生は、何もかもから目を背けている人だと。
この人は誰も見ていない。面倒くさいから。そして、恐ろしいから。
西岡さんや今江さんがわかりきった嘘をついていた時も、疑おうとさえしなかった。そして、怒ろうともしなかった。
わたしも大人になったらこうなるのだろうかと思うと、数年後に死にたくなる。
「今日、特に変わったことはありませんでしたか」
お決まりのせりふ。
静まり返る教室。毎日のこと。
間が空いても、誰も手を上げない。張り付いていた先生の微笑がほんの少し動く。
わたしは西岡さんと今江さんを見る。
2人はただ、俯いている。あの日からずっとそう。だけど誰も助けようとしない。
そして里崎さんを見る。
里崎さんはおずおずと手を上げる。
そして立ち上がる。
「柏木さんが……1人でゴミを拾っていました……皆見ているだけで……わたしも手伝いたかったんですけど、調子が悪くて手伝えませんでした……」
わかりきった嘘。やはり先生は疑わずに、
「えらいですね。みんな、柏木さんを見習いましょうね」
あの日、里崎さんは1人秘密基地に取り残されていた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……
そう、耳に聞こえてくるくらい強い思念を発していた。
わたしの姿を見た時の、里崎さんの喜び様はたまらなかった。
「柏木さんっ! ど、どうしよう、どうしよう、西岡さんが、今江さんが……!!」
わたしに縋り付いてきて、里崎さんは泣いた。わたしはそっと教えてあげた。
「2人はね、これから酷いことをされるの。わたしがそうしろって命令したの」
「えっ……」
「里崎さんは助けてあげる。その前に、一つお願いがあるの」
そう。これは命令じゃない。
輪姦されるか、平穏無事で帰れるか。選択肢が存在するものだから。
「わたしの犬になってくれる?」
見込んだとおりだった。
里崎さんは、まだ臭いを嗅ぎ取れる。優秀な犬だということ。
わたしは生殖器をなめている。
これが最後のご褒美だ。
「おいヤエコぉ……お前のためにさ、危ない橋渡ったんだぜ?」
「あいつら黙らせんのにどんだけ苦労したと思うよ?」
ご苦労様。
あなたは最高の犬だったわ。
「ヤエコ……あっ、イテェ、おいおい強すぎだゃあああああァァァ~~~~ッ!!」
だけどもういらない。
わたしは先端を噛み切った。捨てられた犬はピクピク痙攣していた。
耳元で囁いた。
「これまでのあなたの犯罪的な言葉は録音済みよ。写真も撮ってあるの。たまに部屋の隅でカシャッて音がするの気付かなかった?」
「この間の犯罪行為もビデオで抑えてあるし、動画サイトで公開したらどうなると思う?」
「わたしはあなたの将来を潰せるの」
「どの道、あなたみたいな人間はいずれ間違いなく破滅するけどね」
「もう消えて。消えないと警察呼ぶわよ」
家庭教師なんていらなかった。だってわたしは勉強の仕方を知っているから。
フェラチオなんて好きじゃなかった。体なんてあげるつもりはなかったし、実際胸も生殖器も一度も見せなかった。
精液なんておいしいわけがない。
犬が親しげに走り寄ってくる。
心も体も犯された2人が俯き歩いている。
先生の今日も張り付いた笑顔。
わたしはいつまでここにいればいいのだろう。
ベルが鳴って、今日も学校のはじまり。