~プロローグ~
――世界を破滅へといざなう闇の者が現れるとき、紋章に選ばれた勇者も現れる。
聖なる白い光を放つ紋章・グランドフォース。
紅蓮の紅い光を放つ紋章・フレイムフォース。
厳正な蒼い光を放つ紋章・アクアフォース。
三人の英雄、その三つの力が交わるとき、世界を破滅へといざなう者を打ち破り、世界には再び平和が訪れる――。
これはこの世界に伝わる有名な救世伝説。
そして三つの紋章の中でも“最も強く偉大な力”という意味のある「グランドフォース」の紋章をもつ者がこの世界を救う勇者と言われていた。
――……†
東の大国・エレメキア帝国。
その国は、世界七大大陸の中で最も東に位置する大陸のこれまた東に繁栄した世界最東の国である。
大国と呼ばれるに相応しい豊富な国土と活気溢れる民で栄えるその国では、今日、さらに国民を活気づけ喜ばせる出来事として、ひとつの新しい命が誕生しようとしていた。
帝国の中心にあるエレメキア城の宮廷で元気な赤ん坊の泣き声が響き渡る。
「皇后陛下! 生まれましたぞ。お世継ぎとなる第一皇子の誕生です!」
家臣の一人、ニトという初老の女性が今生まれたばかりの皇子を抱きかかえ、まだ横になったままで荒い呼吸をしている皇后に向かって呼びかけた。
生まれたばかりの皇子はニトの手の中で元気に泣いている。
「よかった……」
ようやく呼吸を整え、無事に生まれた新しい命を愛おしそうに見つめながら皇后が微笑む。
すぐに皇子は身体を綺麗にされ、清潔な布にくるまれて皇后の隣に置かれた。
「……この子は、どんな子に育つかしら」
生まれたばかりの皇子を見つめながら皇后が幸せそうに微笑んで呟く。その瞳は喜びと希望に満ち溢れていた。
「未来の皇帝となる方ですからね。軟弱では困ります。どのような素質を持っていたとしても、このニトがビシバシ鍛えさせていただきます」
皇后の言葉に、ニトが力強く応える。
ニトはこの国の筆頭宮廷魔導士でもあり、魔術に関しては右に出る者がいないほどの実力者だった。
「皇族のお血筋ですから、おそらく生まれ持った能力は素晴らしいものでしょう。楽しみです」
「ふふ……」
皇子を鍛えることに俄然やる気のニト。その様子を見て皇后もふっと笑みをもらす。将来少し成長した皇子が、ニトにこってり絞られている様子を想像し、なんだか可笑しくなってしまった。
近年魔王とも呼ばれる“世界破滅へといざなう者”が復活したことにより、魔族やモンスター達の動きも活発化しており世界の情勢は決して平和ではない。
国を統治する立場の者としては、この先苦境に立たされるようなこともあるだろう。この最東に位置するエレメキア帝国はまだ平和で活気があるほうではあったが、国を治める者としては能力が高く強さを示せる者ほうが国民の安心にもつながるし、魔族等への牽制にもなるのだ。
「どこの国の皇子よりも、必ずお強く育てみせますよ」
ニトがそう言いなが皇子に目を向けた時、突然目も眩むようなまばゆい白い光が皇子の体から溢れ出し、彼を包みこんだ。
「!? こ、これは……!?」
突然のことに一体何が起こったのかわからず、ニトは驚いた表情で皇子とその体から発せられる謎の光を呆然と眺めた。
しかし、皇后だけはあわてて光り輝いている皇子を胸へと抱き寄せる。
「この光はなに……? いったい何が起こっているの……!?」
皇后が抱きしめることで、光は少しだけおさまったような気がした。
だが相変わらず皇子の体は光に包まれている。
「うぅむ……。何が起こっているかはワシにもわかりかねますが……悪い力ではないようですな。とても聖なる力を感じますぞ」
ニトも困惑しながら言う。
「じゃが、どうしてこんな赤ん坊が……? いくら皇家の血筋といっても、生まれながらにこれほどの聖なる光を放つ力をもっていることなど、ありえるじゃろうか」
皇子を包む光は徐々におさまってきた。しかし、まだほのかに光る皇子の左胸には白く輝く模様のようなものが浮かび上がっている。
ニトはその模様を見て一瞬言葉を失った。
「それは……その模様はグランドフォースの紋章……!」
「グランドフォース? 伝説として語り継がれている、あの……!?」
皇后もニトの言ったことに言葉を失った。
「そうです……グランドフォース。世界を救う勇者の証です……」
「…………」
先ほどの微笑ましいムードとはうってかわり、二人は淡く光る皇子を見つめて無言になった。
グランドフォース、それは伝説にて魔王 “世界を破滅へといざなう者”を倒すとされている勇者のことだ。勇者の持つこのフォースの光でないと魔王は倒せないと伝説では伝えられている。
しかし、だからこそその命には危険がつきまとうことは必至だった。
魔物達は恐れるが故に自分達の脅威となり得るものに対してはおそろしく凶暴になる。
育ち切る前に襲われてしまってはひとたまりもないだろうし、たとえ順調に育ったとしても魔王を倒さなければいけないという定めは決して平坦な道ではないだろう。
これから皇子の身に降りかかる数々の困難を思うと、二人はただ黙って、今後の皇子の無事と幸せを願わずにはいられなかった。
その無言の願いがされるなか、ようやく光のおさまった皇子だけが、これから待ち受ける自分の運命を何一つ知らず、無邪気な天使のような笑みをみせていた。