Neetel Inside ニートノベル
表紙

グランドフォース 〜三人の勇者〜
第八章「フォース解放」

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~第八章~「フォース解放」


 店は跡形もなく破壊された。

 かなりの爆発だったため間違いなく大ダメージを受けただろうと思ったレキだったが、ふと目を開けるとまったくの無傷であることに気づく。


「……大丈夫ですか? みなさん」

 レキはその声のするほうを振り返った。

 そこにはシーラが魔法の結界を発動させ、もともと店があったすべての部分を包みこんで立っていた。
 店自体は爆発によって破壊されていたが、店の中にいた客はシーラの結界によって全員無事である。

「な、なんだ突然……? 一体何事だ?」

 客達は突然の爆発に、みな状況が把握できていなかったが、店の中にいた人々はほとんどが魔導師であり、それぞれに保護魔法を唱えるなどして身の護りを強化し始めていた。

「……さすがシーラ。お前はたしか予知と防御魔法だけは得意だったねぇ」

 まだ爆煙がもくもくと立ち上る中、老婆——魔導師イズナルが姿を現した。

「イズナル……!」

 店の中にいた他の魔導師たちはその姿を見るなり驚いた。

「この騒ぎはお前の仕業か!? イズナル!」

「お前は変な奴だとは思っていたが……これはどういうつもりだ!?」

 魔導師たちが口々に騒ぎ立てる。その様子に、イズナルは心底うっとうしそうな表情を浮かべた。

「まったく、雑魚どもがギャアギャアとうるさいね。そんなに騒がなくたってすぐにこの街ごと消し去ってやるよ。……ワシの正体がバレてしまった以上、もうこのジルカールに用はないからね」

「……なんですって!?」

 イズナルの言葉に、シーラは驚いた。

「この街はあなたが研究を続けるために、必要なはずでしょう? そのために長年正体を偽ってきたというのに……その街を自ら滅ぼすというのですか!?」

 イズナルにとってもこの街は大事な研究施設であるはずだった。そのため、シーラは最悪の事態でも、まさかイズナルがこの街を滅ぼすとは考えてもいなかったのだ。

「研究の続きはもっと別な場所でひっそりとすることにしたよ。最近じゃ、あの罠に引っかかる人間も少なくてね。このジルカールに留まる意味がもうあまりないのさ……」

 レキはイズナルの罠があった店を思い出した。たしかに、最近はあまり人の出入りがないように思える店だった。

「もうここらが潮時でねぇ。このジルカールは、邪魔な“世界一の魔導師”と共に今日姿を消すのさ!」

 イズナルはそこまで言うと再び魔力を強めはじめた。もう一度こちらにとどめの巨大魔法を放とうとしていることは間違いない。

 シーラもそれに合わせて防御魔法を強めたが、少し息があがっている。
 強力な魔法を防ぐ結界を広範囲にわたって作り出しているため、もう一度イズナルの魔法を防ぐのは、かなりの負担をかけることになるだろう。


「……イズナル!!!」

 その状況をいち早く察したレキは、叫ぶと同時にシーラの作り出した結界から飛び出した。

 イズナルに魔法を撃たせる余裕をあたえてはならない。
 レキは持ち前の速さで素早く剣を構え、今まさに魔法を放とうとしていたイズナルに向かって突進した。

「ム……!」

 一歩間違えれば巨大魔法の直撃をくらってしまうような無謀な行動だったが、今回はその思い切りの良さが幸いした。

 レキの思った以上の素早い攻撃にイズナルは魔法を完成させることができず、魔力を解くと同時に持っていた杖でレキの剣を受け止めた。

 ——ギィン!!!

 レキの剣とイズナルの杖が鋭い音をたてて十字に重なる。
 イズナルは見かけによらず、か細い老人とは思えないほどの力でレキの攻撃をギリギリと受け止めていた。

「なかなか素早いじゃないかボウヤ……。ならばこれはどうかね!」

 イズナルが目をカッと見開くと同時に、強力な闇の衝撃波がレキを襲った。
 あまりの至近距離だったため、避ける間もなくレキは後方へと吹き飛ばされる。

「うわっ!」

 そのまま、ドシン! とおもいっきり壁に体を叩き付けられた。

「おい大丈夫か!? レキ!」

 吹き飛ばされたレキのもとへクローレンがすぐさま駆け寄ってきた。
 クローレンもすでに剣を抜いており、戦闘体勢を整えている。

「……あぁ、平気だよ」

 かなりの衝撃だったため、レキが叩き付けられた壁にはヒビが入っていた。
 もちろん叩き付けられた本人も無傷ではなく、レキの頭からは一筋の血が流れだしていた。

「平気ってお前……血、出てるぞ?」

 絶対ちょっと強がってるだろ……とでも言いたげなクローレンがレキの額を指す。

「これくらい、なんてことないよ」

 レキは流れる血をぐいっと腕でぬぐいながら立ち上がったが、若干よろめいた。
 さっきの闇の衝撃波の影響で、まだ頭がクラクラする。

「……ホホホ! どうやら効いたみたいだね。さっきの波動をあれだけ浴びれば、どんな者でもしばらくはまともに動くことができないよ。……わかったらそこでおとなしく……——ぬあぁっ!!?」

 イズナルは言いおわる前に驚きの叫び声をあげた。
 動けないはずだと思っていたレキが間髪入れず、再びイズナルに向かって飛び出し、攻撃をしかけてきたのだ。

「……キサマ! なぜ!?」

 思いもよらない反撃にイズナルの防御は少しだけ遅れたが、間一髪でレキの剣を受け止めることに成功していた。杖を構える手に、再びギリギリと力を込める。

「今だ! クローレン!!」

 しかし、目の前の少年の叫びにさらにドキリとした。
 気がつけば、いつの間にかイズナルの真横に回り込んでいたもう一人の男が、剣を構え今まさにそれを振り下ろそうとしている姿が映った。

「っしゃー! まかせろー!!」

 レキの呼びかけに応えると同時に、クローレンはイズナルめがけて剣を振り下ろす。

「……チィッ!!」

 イズナルは、やむなくレキの剣を受け止めていた杖を手放し、後ろへ跳んだ。
 杖がカランと転がる中、さっきまでイズナルが立っていた場所に——ガシン!と大きな音をたて、クローレンとレキの振り下ろした剣が地面に突き立てられた。


「……げぇ。避けやがった! おっそろしく素早いババァだな」

 クローレンはそう呟きながらも、すぐさま突き立てた剣を抜く。だが視線はしっかりとイズナルを見据えたままだ。

 レキも剣を抜き、イズナルが落とした杖を蹴ってさらに遠くへと離した。
 杖がなければ魔法は少し威力が落ちるはずだ。

「これは私が預かっておきますよ、イズナル」

 さらにその杖を念のために拾い上げながらシーラが静かに言った。
 しかしイズナルはそんなことはまったく聞いていないかのような様子で、ただひたすらに邪悪な目でレキを見つめていた。
 それは見つめるというよりは観察しているといった表現のほうが正しいかもしれない。

「……ボウヤ、お前は何者だい? 普通の人間なら、ワシの波動を受けて動けるはずがないんだがね」

 そう言うとイズナルはこれまで見せたどんな顔よりも邪悪で凶悪な顔つきになった。


「………よっぽど特殊な人間以外はねぇ」

 イズナルからビリビリと鋭い殺気が走った。
 さっきまでとはうってかわって、この場を包む空気も一瞬にして凍りついたようになる。

 あまりの恐ろしい空気に、その場にいた街の魔導師の何人かは悲鳴をあげて逃げ出した。残った数人も、ただならぬ気配に保護魔法を強めてみたがみな微かに震えている。
 もはや、先ほどのようにイズナルに野次を飛ばせるような状況ではなかった。


「ボウヤ……、お前は何者かと聞いているんだがね? 黙ってないで答えたらどうだい?」

 イズナルは目を細め、じっくりとレキを観察している。
 はっきりと断定はできないが、レキから微かに聖なる力のようなものの存在を感じていたのだ。
 どうやらその力がイズナルの邪悪な魔力を打ち消しているようである。

「別に。オレはただの旅人だけど」

 レキはイズナルの問いに、自分でも驚くほど冷静に答えた。

 彼女の魔法があまり効かなかったのは、レキの持つグランドフォースの力が闇の魔力からレキを守り、威力を弱めたためだろう。
 厄介なことだがイズナルは少なからずその事実に勘付いてしまっている。

 それはまもなく、レキの存在——グランドフォースが実は生きていることがモンスター側にバレてしまうかもしれない、ということだった。

 グランドフォースはモンスターにとって、最も邪魔な存在。
 生きていることがバレれば、再び全力で命を狙われることになるだろう……。

 しかしそんな状況を目の前にして、レキは逆に不思議なほど落ち着いていた。
 いつかはバレると覚悟していたことである。今さら慌てたって仕方がない。


「ただの旅人ねぇ……」

 イズナルがなおも妖しい目を光らせながらレキを値踏みする。
 それはゾッとするような冷たさに満ちた目つきであった。
 近くにいたクローレンは自分が見つめられているわけではないが、ブルルッと小さく身震いをする。

「うへぇ~……こわっ! レキ、あのババァお前のことかなり睨んでるぞ。相当、魔法が効かなかったことが許せねぇみたいだよなー。……んでもまぁ、オレもお前の謎の力にちょっと興味湧いたけど」

 クローレンは緊張しながらも、どこか呑気なセリフをはく。……そういう性格のようだ。


「まーそれは、あのババァを倒した後できっちり教えろよな!」

 そう叫びながらクローレンはイズナルに向かって再び突っ込んでいった。

「くらえ! ババァ!!」

 クローレンが攻撃を仕掛けるが、今度はいとも簡単にイズナルに避けられてしまう。

「……今更じゃがお前はずっとババァ、ババァうるさいわ!」

 クローレンの生意気な態度がイズナルの注意を引いてしまった。

「ム……? そういえばたしかお前は魔法が使えないほうだったね。……ホホホ! そうだ! 良いことを考えたよ。あの謎のボウヤの始末はお前につけさせようじゃないか」

 イズナルは妖しい笑みを浮かべると同時に、右手の人差し指を真っすぐにクローレンに向けた。
 その指先からは一直線に黒い光が伸び、その光はまだ体勢を整えているところであったクローレンの額を貫いた。


「……うわあぁぁ!!!」

「クローレン!!!」

 レキは目の前で繰り広げられている光景に目を疑った。
 イズナルの魔法がクローレンを貫いてしまった。そしてなおも、黒い光はイズナルとクローレンを繋いだままだ。
 クローレンは苦痛に激しく顔を歪めている。

「……慌てなくても大丈夫だよボウヤ。別に攻撃してるわけじゃないからね」

「じゃあクローレンに一体何を……!?」

 イズナルがその質問に答える前にシーラが後ろから叫んだ。

「レクシス! その魔法こそが人にモンスターの心を植え付けるものです! 彼は今、イズナルから闇の魔力を注ぎ込まれています!! はやく止めないと彼は……!」

「なんだって!? ……そんなことさせるもんか!」

 レキはすぐさま剣を構え、黒い光を放ち続けているイズナルへと向かった。
 しかし、そのイズナルとレキの間に別の人影が割って入り、レキの行く手を阻んだ。

「オ前ノ相手ハ、ワタシダ」

「!!」

 その人影は、地下で見たフードを被った人物であった。
 地下と違って周りが明るいためフードの下の顔を確認することができたが、その様子と風貌はただの普通の人間が虚な顔をしているだけに見えた。モンスターではない……。


「ホホホ! その子はワシの可愛い、成功品のひとつだよ。他の完成品に比べて話し方が片言だから、知能がちょっと低級だけど、心はすっかり魔物と同じだよ」

 フードを被った人物は剣を構え、じりじりと間合いを詰めて来る。
 その様子は全く隙がなく、この人物もかつては相当な剣の腕だったであろうことを感じさせていた。

「くっ……!」

 レキは焦った。まずはこの人物を倒さなければクローレンを助け出すことは不可能だろう。
 しかし相手は元人間。一体どう戦えばいいというのだろうか。

 ……そして、こうして考えている間にもクローレンは……。


「うわぁぁあああ……!!」

 クローレンのさらなる悲鳴にレキは思わず目を向けた。
 見ると、クローレンの周りには邪悪な黒いオーラが漂いはじめている。

「普段ならもっと時間をかけてゆっくりやるんだがね……。だから正直成功するかどうかわからないよ。……まぁ、成功したら晴れてモンスターの仲間入り。失敗したら死ぬだけだがね」

 イズナルの言葉にレキはゾッとするような恐怖を感じた。
 術が成功しても失敗してもクローレンは無事ではない。
 それならなんとしても、完成する前に魔法を止めなくては……!!

「オ前ノ相手ハ、ワタシダト言ッテイル」

 よそ見をしていたレキに向かって、フードの人物が斬り掛かってきた。

「……!!」


 ——キィン!!

 レキは寸前でなんとかその攻撃を受け止める。
 こちらも、油断しているといつやられてもおかしくないような状況だった。

「レクシス! 彼のことは私達に任せて、あなたは目の前の敵に集中してください!」

 シーラが再び後ろから叫ぶ。
 その横には、まだこの場に残っていた数人の魔導師たちが集まっており、みな一斉に攻撃魔法を唱えていた。

「さぁみなさん、今です!!」

 シーラのかけ声を合図に、全員が同時に詠唱を終える。すると魔導師たちがそれぞれ唱えた魔法は重なりあって一つの大きな魔法となり、一直線にイズナルめがけて飛んでいった。

「フン……! 所詮ザコ共が集まったって、どうともならないよ!」

 イズナルはその攻撃に気づき、蔑むように吐き捨てると、同時に空いている左手をふりあげ魔導師たちの放った渾身の魔法をそっくりそのまま叩き返した。

「うわ!!」

 魔導師たちは予期せぬ反撃に、散り散りになって逃げ惑う。
 次の瞬間、さっきまで魔導師たちがいた場所には跳ね返された魔法が見事に直撃し、滅茶苦茶に破壊され、巨大な大穴があいていた。

「そんな……! これほどの威力の魔法を放っても、私達の力では手も足も出ないなんて……!」

 シーラが呆然とつぶやく。

 イズナルの力は想像以上に強かった。さすがに“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下というだけのことはある。
 並大抵の魔法では、不意打ちでも成功しない限り、ダメージを与えることさえできないようだ。

「このままでは彼が……」

 シーラはさっきよりもさらに大きくなったクローレンの周りに漂う闇のオーラに危機感を感じた。
 自分達の力ではイズナルの魔法を止めることは不可能に近い。
 しかしなんとかしなければ、このままでは最悪のシナリオへと一直線である。


「……くそっ!!」

 少し離れた場所で、フード男の次々と繰り出す攻撃をかわし続けているレキも、この状況に焦っていた。

 どうやらシーラ達の力ではクローレンを助け出すことは難しそうだ。
 一刻も早くこの戦闘を終わらせ、自分も加勢にいかなければならない。
 急がないと、本当にクローレンは……。

 レキは一刻も早く助けに向かうため、目の前のフードの男に全神経を集中させた。これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。
 レキは次に繰り出される攻撃を避けると同時に、前へと踏み込んだ。

「……悪いね!」

 レキは叫ぶと同時に身を屈めて剣を引き、握っている柄の部分を男の腹におもいっきり打ち込む。

「……ク、ハッ!」

 腹部に強烈な打撃を受けた男は一瞬よろめいたが、倒れるまでには至らなかった。そのままレキの腕をガシリと掴む。

「甘ク見ルナ……。ナゼ、刃ノホウデ攻撃シナイ?」

 男はレキの腕を掴んだまま、もう片方の手に握っている剣を振り上げた。
 しかし、レキは剣を持つほうの腕を掴まれているため、その攻撃を逃れることも剣で防ぐこともできそうにない。

「手加減デモシテイルツモリダッタノカ……!」

 男がレキに向かって真っすぐに剣を振り下ろす。

「……ッ」

 レキは瞬時に、掴まれている右手から空いている左手へと剣を滑らせるようにパスさせた。
 そしてそのまま左手に持ち替えた剣に勢いをのせ、振り下ろされた剣に向けておもいっきり振り抜く。

「——ヌゥッ!!?」


 カァン!という甲高い音とともに、男の剣はクルクルと円を描きながら弾き飛ばされた。
 まさかこの状況から反撃されるとは思っていなかったため一瞬動揺が襲う。

「体術も、もっと習うべきだったかな」

 レキはボソリと呟くと、男の脇腹にむけて渾身の蹴りを一発おみまいした。

「ッグア……!!」

 男は低いうめき声を漏らし、レキを掴んでいた手を離すと、そのまま数メートル吹き飛んで床に叩きつけられた。

 しかし、男は脇腹を抑えながら再びすぐに起き上がる。

「コンナ軽イ攻撃デ、トドメヲ刺セルト思ッタラ大間違イダゾ……」

 たしかに、男の言うとおりである。これくらいで倒れる相手ではないだろう。
 しかしレキは最初からこの男にとどめを刺すつもりなど全くなかった。
 元は人間。勝負を急いではいるが、なんとか元に戻す方法がないものかと考えていたのだ。


「……無理だねぇボウヤ。一度モンスターになった人間は二度と元には戻らない。もちろん今、術を受けているこの茶髪のボウヤもだ……。モンスターにするのが成功すればさぞ楽しいだろうねぇ。……仲間相手にどうやって戦うのやら」

 レキの考えを見抜いたかのように突如イズナルが口を挟む。しかも最後のほうはかなり楽しそうな口調であった。

「イズナル……!」

 なんて非道なことを考えるのだろう。
 レキの心に怒りが沸き上がって来た。


「お前だけは……許さない」

「ホホ! 許さなければどうするんだい? ホラホラ、またワシの可愛いお人形が向かって来てるよ」

 イズナルの言う通り、再びフードの男が剣をとり、レキに突進して来ていた。
 腹部に数度ダメージを受け、スピードが少し弱まってはいるものの、まだまだ油断ならない相手である。


「……くそ」

 レキは苦々しく一言呟くと、集中して魔力のイメージを強めはじめた。
 実戦での魔法は少し苦手だが、これだけ間合いがあれば簡単な魔法ならなんとかなるはずだ。
 レキは魔力を込めながら、頭の中で「光」を強く思い描く。


「—シャイン!!—」

 短く詠唱を終えると同時に、レキはフードの男の目の前で眩しいくらいに光り輝く光の玉を炸裂させた。
 そのあまりの眩しさに男の目は眩む。

「ヌア!? ……クソ、何モ見エナイッ!!」

 男は焦ってやみくもに剣を振り回す。
 レキはその振り回される剣を避けながら素早く男に近づくと、剣の柄で後頭部に強い衝撃を与えた。

「ガ……!」

 無防備だった後頭部に衝撃を受け、男はまるでスイッチを切るかのように意識を失った。ドサリとその場に倒れ込む。


「……元に戻らないなんて、嘘だろ」

 レキはイズナルの言葉を信じたくなかった。
 元人間であり、見た目も全く同じ人間のままである相手を殺すことなどレキには到底できない。

 こうして気を失わせるくらいが精一杯だ。


「ホ、ホ、ホ……。嘘じゃないよ……」

 ようやく、フードの男との決着のついたレキに、先ほどよりも一段と嬉しそうなイズナルの声が聞こえてきた。

 レキはその声の調子に、なにやら不吉な予感を覚える。


「………レクシス……間にあいませんでした」


 続いてシーラの絶望に満ちた声がする。

 その声が、レキの不吉な予感をさらに確定的なものとさせた。

 もう、見なくても何が起きているのかがなんとなくわかっていたレキだったが、信じたくない思いで二人の声のするほうをゆっくりと振り返った。



「………」


「………」


「…………嘘だろ、……クローレン……」


 レキの微かに震えるような声に、低く邪悪な笑いが重なる。



「………嘘じゃねぇぜ……レキ」


 レキが振り返るとそこには闇のオーラを身に纏い、今まで見せた中で最も凶悪で残忍な顔をしたクローレンが笑いながら立っていた。

 見た目はほとんど変わっていないが、放つ雰囲気は前と明らかに違う。
 普段のあのおちゃらけたクローレンとはまるで別人のように、冷酷で禍々しく、邪悪さに満ちあふれているようだった。


「今はスゲー気分がいいんだ。なんか解放されたっつーか……、思う存分暴れてやりたい気分だぜ」

 クローレンが危険な笑みを見せる。その隣でイズナルがさも愉快そうに口を挟んできた。

「ホッホッホ! ついに完成したよ、モンスター化の術がね! 時間をかけずにやった割には大成功だったよ」

「……クローレンは本当にモンスターになったのか?」

 レキは半分恐怖の、もう半分は放心したような表情で呟くように問いかけた。
 この状況を目の前にしても、まだ事態が上手くのみ込めない。のみ込みたくない……。

 イズナルはそんなレキの様子を見て心底満足しているような笑みを浮かべた。


「ホホ……。その表情、ゾクゾクするよ。いい顔するじゃないか……」

 イズナルはレキの反応を見ながら楽しくてたまらないといった様子でしゃべり続ける。

「術は大成功ってさっき言っただろう? 完全に魔物の心を植え付けたにもかかわらず、知能は退化せずそのまま受け継いだ、これ以上ないってくらいの完成品さ……」

 そんなことを言われてもレキにはまだ信じられなかった。

 あのクローレンがモンスターに? ……なにかの間違いじゃないだろうか。

 クローレンはちょっとお調子者で時々一騒動起こしてしまうこともあるけれど、悪意はなく、根はとてもいい男で、……大切なレキの旅の仲間だった。

 そんなクローレンがモンスターになり、レキに牙をむくなんて考えられない。


「ホホホ、楽しいねぇ……。かつての仲間相手にどうやって戦うのか、見物させてもらおうか」

 イズナルはそう言うと一歩後ろへ下がった。自分は手を出さず、元仲間同士の争いを眺めて楽しむことに決めたようだ。
 そのイズナルに代わり、クローレンが一歩前へと進み出る。


「クローレン……」

 レキは最後の願いを込めて小さく呼びかけた。


 ——どうか正気に戻ってほしい。

 ——いつもの気楽な、あの笑顔で笑ってほしい。……お願いだから。


 しかしクローレンは、そんなレキの淡い願いを一蹴するかのように、さらに邪悪な顔で笑った。



「レキ……お前はオレのこの手で、殺してやるよ」

 その言葉を発した瞬間、クローレンの体から抑えていた殺気がビリビリと激しく走った。

 本気でレキを殺そうとしている。


「……! ッ……!!」


 信じたくない言葉に、レキは一瞬頭の中が真っ白になってしまった。

 クローレンはすぐさま剣を構え、殺気を放ちながら真っすぐにこちらに向かって来る。……——しかし、レキはまるで第三者の視点からその光景を見ているかのような非現実的な感覚に陥り、動くことができない。


「レクシス!! しっかりしてください! 攻撃を避けるのです!」

 シーラの鋭い声が響き、その声にレキは我に返る。
 クローレンはもうレキの目の前まで来ていて、剣を振り抜く寸前のところだった。


「くっ……!」

 レキは間一髪、すれすれのところで後ろに跳び、クローレンの攻撃をなんとかかわす。シーラが叫んでいなければ、危なかった。

「へへっ! あの距離から避けるなんて、さすが素早いじゃねぇか~! ……でもまだ終わりじゃないぜ!」

 クローレンは後ろへと跳んだレキを追いかけ、さらに踏み込む。

「ボーッとしてると一瞬であの世行きだぜ、レキ!」

「……クローレン……!」


 辺りに剣と剣が交じりあう激しい金属音が連続して鳴り響いた。
 戸惑うレキにクローレンは容赦なく次々と攻撃を撃ち込んでくる。

 その連続して繰り出される攻撃をレキはなんとか全て受け止めながらも必死にクローレンに呼びかけた。

「クローレン! こんなこと……やめるんだ! お願いだから正気に戻ってよ!!」

 しかしレキのそんな叫びも虚しく、クローレンは攻撃の手を緩めようとはしない。

「へっ……! 残念だったな! 正気に戻るも何も、今じゃこれが本当のオレ自身だからな! やめるつもりはねーっぜ!!」

 クローレンは冷たくそう言い放つと、レキの心臓めがけて剣を突いた。

「……ッ!」

 迷う事なく真っ直ぐに心臓へとのびる剣先に、レキはクローレンの本気の殺意を感じとり、衝撃を受けながらも、危なく心臓を貫かれるギリギリのところでなんとか体を翻した。

 しかし完全には攻撃を避けきれず、その際に左胸あたりの服が若干破け散る。


「レクシス!!」

「大丈夫……、かすっただけだよ」

 心配して叫んだシーラを安心させるようにそう言うと、レキはバックに数度回転し、クローレンと間合いをとる。

「惜しいな、もう少しで心臓にグサリ! ……といくところだったのによぉ」

 クローレンは残念そうにニヤリと笑うと、再び殺意に満ちた目でレキを睨み、剣を構え直した。



「ホホ……! まったく楽しいショーだねぇ」

 二人のやり取りを少し離れたところで見物しながらイズナルは不気味に笑っていた。
 これ以上おもしろい見せ物は滅多にないとでも言いたそうな様子である。

「一体どちらが勝つのやら……。まぁ、ワシにとってはどっちが勝とうが大した問題じゃないがね。ワシの人形が勝てばそれはそれでオーケー、負ければ金髪のボウヤをワシの手で殺すだけだからねぇ」

 そう独り言を呟きながら、イズナルはレキを観察した。

「しかしそれにしても、あのボウヤ。さっきからシーラが叫んでいるが……名前をレクシスというのか。……なんかどこかで聞いたような名前なんだよねぇ」

 イズナルは何か引っかかるような表情で首を捻る。

「年をとるとダメだねぇ……、なかなか思い出せないよ」

 そう呟くと、イズナルは再び動き始めたショーのほうへと気を取られた。




「レキぃ! いい加減逃げ回るのはヤメにして、攻撃したらどーなんだよ!」

 クローレンが再び剣を振り回しながら間合いを詰める。

「……シーラ! 本当にクローレンを元に戻す方法はないの!?」

 レキはクローレンの攻撃を避けながら、シーラに向かって叫ぶ。


「……残念ですがレクシス、一度モンスターの心を植え付けられた人間は決して元に戻ることはないでしょう……。今のところ、方法はありません」

 シーラはレキの心中を察し、心から残念そうに言った。

「もう彼は完全にモンスターと同じです。……私達ができる事はただひとつ。かつて人間であった彼に最後の敬意を表して、罪を犯す前に彼を止めること、それだけです……」


 ………

 ………それって……



「……オレに、クローレンを殺せって言うの……?」

 レキは信じられない思いで、その言葉を口にした。
 口に出してみても、それはあまりにもありえないことで全く現実的なものではない。


「…………」

 レキの問いかけに、シーラは答えなかった。
 しかしその無言の訴えが「肯定はしたくないが、それしか選択の余地はない……」という苦渋の思いを表しているかのようだった。


「………ありえないよ」

 レキは力なく呟いた。

 たとえ自分が死ぬ事になっても、クローレンを殺す事なんてできないだろう。
 本当にそれしか方法がないのなら、この勝負の行方はもうはっきりと見えている。

 レキが勝てる可能性は完全に「ゼロ」だ。

 クローレンの攻撃を受けていたレキのその剣からも一気に力が抜けていくようだった。


「どうしたどうした、レキ! もう諦めたのか!? 闘る気がねぇなら望み通り、とっとと終わらせてやるぜ!!」

 クローレンが叫ぶと同時に、激しく剣を振り抜いた。
 その攻撃により、握りの甘くなっていたレキの剣が勢い良く後方へと弾き飛ばされる。


「………!」

「終わりだ、レキ」

 魔力を練る時間も、攻撃をかわす気力もなかった。
 クローレンはにやりと笑うと、とどめの一撃をレキに向かって撃ち込んだ。


「——レクシスッ!!!」

 クローレンが攻撃を繰り出すのとほぼ同時に、シーラの悲鳴に近い声がすぐそばで聞こえた。
 そしてまさに剣を振り下ろされる寸前だったレキは、そのままおもいっきり何かに突き飛ばされる。


 ——ザシュッ……!!!


 次の瞬間、剣で体を切り裂く鈍い嫌な音が、後方へと倒されたレキの耳に入ってきた。
 同時に、耳をつんざくような痛々しい女性の悲鳴があがる。


「……シーラ!!?」

 レキは自分の上へとさらに倒れ込んできた女性の名を叫ぶ。

 どうやらレキが攻撃をかわしきれないと判断したシーラは、咄嗟に後方へと突き飛ばし、自分の身を挺してレキを護ったようである。

「……シーラ!! しっかりして!!!」

 すぐさま状況を理解したレキが必死に呼びかける。……しかしシーラの反応はない。

 レキを庇い、攻撃をまともに受けたシーラのダメージは一目見ただけでもかなり深刻なものであった。
 抱きかかえたシーラの背中は深く切り裂かれており、服が一瞬にして赤く染まり始めている。


「……ホホ! 先にシーラのほうが片付く事になるとはね。……まぁ順番はどうだっていい、どうせシーラも始末する予定だったんだ」

 イズナルが佳境を迎え始めたショーを間近で見物するため、少し近づきながら愉快そうに言った。

「さぁ、あとは金髪のボウヤだけだよ。さっさと片付けちまいな!!」

 イズナルがクローレンに向かって言い放つ。
 しかし、そう命令されたクローレンの様子は何か少しおかしかった。
 頭を抱え苦しそうに顔を歪めながらクローレンは声を絞り出すようにして途切れ途切れに呟く。

「……うッ、くそ……! オレは、なんてことを……。レキ、シーラを連れて……逃げろ……!」

 シーラを傷つけてしまった事への罪の意識が、クローレンの心を再び蘇らせたようである。必死に自分の中の魔物の心と葛藤していた。


「なッ……! こんなこと、ありえないよ。一度魔物の心を植え付けられた人間が、かつての意識を取り戻すなんて……!」

 イズナルが驚いた顔でクローレンを見る。

「やっぱり、術にかける時間を短くさせ過ぎたことが原因かね。まだ少し人間の心が残っていたようだよ……」

 イズナルは忌々しそうにそう呟くと、クローレンに向かって妖しい目をカッと見開いた。

「さっさと、金髪のボウヤをやりな!!」

 その命令を聞いたクローレンの体がビクッと動く。
 次の瞬間、かろうじて意識を取り戻していたクローレンは、再び魔物の心に支配されてしまった。

「ふ~……。まさか“以前のオレ”の心がまだ残っていたとはな……。全くしつこいぜ」

 そう呟くとクローレンは、シーラを抱きかかえているレキに向けて再び剣を構えた。

「レキ……! 次こそ本当に覚悟しろよ。今度はもうお前を庇ってくれる奴は誰もいないぜ!!」


 しかし、レキはその声に答えなかった。

 この極限の状況の中、レキの心で激しく巡る様々な感情の中に「怒り」が強く大きく燃え上がり始めていたのだった。
 シーラを抱く手に、力がこもる。


「レク……シス……、あなたは決して……死んではならないのです……。この場は、逃げて……」

 かろうじて意識を取り戻したシーラが、苦しそうに呟いた。


「………はは。こんなこと、前にもあったな……」

 レキの中の抑えきれない何かが今にも爆発しそうだった。



 ——三年前のあの日……。


 オレはもう二度と、誰かに守られるのはゴメンだって……そう誓ったはずじゃなかったか……?


 こんなんじゃあの日……、オレのために死んでいったエレメキアのみんなやニト、そしてティオに、


 会わせる顔がないじゃないか……。





「ホホホ……! どうしたんだいボウヤ!! もう立ち上がる気力さえないのかい!? ……それならシーラと仲良く、一瞬であの世へ送ってあげるよ!!」

 イズナルの、勝利の高笑いが聞こえた。

「……やりな!!!」

 その声を合図にクローレンがレキに飛びかかる。
 しかし、レキはシーラを抱えたまま動かなかった。


「……ちくしょッ……! レキぃ!!! 逃げろぉお!!!!」

 この絶体絶命のピンチに、再び意識を取り戻したらしいクローレンが飛びかかりながら叫んだ。
 しかし体の自由までは効かないらしく、そのまま剣を振り上げレキへと突っ込む。


「……シーラ、……クローレン」



 ———オレは、どっちも助けたい。


 レキは心の底から強くそう思った。



 ———グランドフォースなのに、オレは今まで何もできていない。


 大切なものだって何一つ、守れていない……。



 ……もう、


 目の前で誰かを失うのは



 嫌だ……。




 絶対に嫌だ……!!!!!







「……さぁ、やれーーーーぃ!!!!」

 レキの思いが最高潮に達したその時、飛びかかるクローレンの後ろで、興奮して叫ぶイズナルの姿がレキの目に飛び込んできた。

 その邪悪に笑い叫ぶ、まるで悪の根源のような姿をとらえた瞬間、ついにレキの中で何かがはじけ飛ぶ。


「……イズナルーーーーーーーーッ!!!!!」



 叫んだレキの体から、溢れんばかりのまばゆい白い光がまるで爆発したかのように一気に解き放たれ、オーラとなって辺り一帯の全てを飲み込んだ。

 その光の輝きは通常ではありえないほど強く、あっという間に街を包み込むと、ジルカール全体を白く輝かせた。


「……な、なんだ!? ……うわあぁ!!!」

 レキのすぐそばまで迫っていたクローレンはまともにその白い光の波動を受け、吹き飛ばされた。
 そのまま少し離れた場所に倒れ込み、ゴロゴロともがきながら苦痛の声を上げ始める。


「うぅぅ……! 光が……!!」

 クローレンにとって、その光の輝きは堪え難いものであるかのようだった。
 苦しみながら頭をかかえ、地面を転げ回る。

 しかし、彼の体から発散されていた邪悪な闇のオーラは、輝く白い光に包まれ、徐々に弱まり始めていた。



 また、その光の輝きに、レキの腕の中で抱かれているシーラもかすかに目を開ける。

「これは……伝説に聞くグランドフォースの聖なる光……? 眩しいのに、不思議と心地良い……なんて優しい光……」


 街全体が輝き、ジルカールの人々は皆、何事かと顔を見合わせていた。
 大通りを歩いていたたくさんの町人や旅人達、魔法屋の店主や酒場に集まっていた魔導師たち……。

 皆、なにが起きているのかは分からなかったが、一つだけ人々の心にはっきりと浮かびあがっていることがあった。


 “この街で今、何か大変なことが起こっている……!”


 誰もがそんなことを一瞬にして確信するほどに“光り輝く街”の光景は尋常ではなかった。

 しかしその普通でない状況にもかかわらず、なぜだか人々の心に恐怖は全くない。

 なぜなら街を包み込む聖なる光の輝きはとても心地良く、不思議と人々の心を安心させていたのだ。


 “この街で一体……、何が起きているんだ?”


 その真相を確かめるため人々は一人、また一人と、光の中心へと集まっていくのだった。




 ——しかしそんな光の中で、一人だけ、もがき苦しんでいる人物がいた。

「……ギィヤァァアアア!! なんだこの忌々しい光は……!!! あのボウヤから放たれていると言うのか……!?」


 魔導師イズナルは突然の出来事に訳が分からず、怒り狂っていた。

 聖なる光はモンスターであるイズナルにとって、浴びるだけで凶器だったのだ。
 体のあちこちがまるで火傷でもしたかのように熱く、激痛が走り、ところどころが光に耐えられず、溶けていくようだった。


「ぐぬぬぬ……!!! あのボウヤは一体……!」

 そこまで叫んだところで、イズナルはハッとする。

「こ、この聖なる光……まさかあのボウヤは……! いや、しかしそんなハズは……」


 爆発的に放たれた光は徐々に収まり始めた。
 ジルカール全体を覆っていた光は、その中心である、一人の少年の元へと集う。

 まばゆい光が収まり、ようやく視界のはっきりしたイズナルは鋭い視線でレキを射抜いた。


「キサマは……もしや……」

 イズナルはレキの放つ不思議な力の正体に気づいたような、しかしそれでいて認めたくないような、複雑な調子で呟く。

 対するレキは無言のままシーラをそっと地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がり、イズナルの視線を真っ向から受け止めた。



「……覚悟はいいか、イズナル……!」

 言い放ったレキの左胸からは、白い光でキラキラと輝くグランドフォースの紋章がのぞいていた。

 少し前にクローレンの攻撃によって破られた服が、さっきの光の解放により、さらに裂け目が広がったためだろう。


「……——ッッ!!!!」

 イズナルはその紋章を目にした瞬間、最も認めたくなかった事実をついに否定することができなくなった。
 そして同時に確信し、怒りに震える声で狂ったように叫んだ。


「……~~キサマァーッ!! やはりグランドフォースかぁぁーーーーーッッ!!!!」


       

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