Neetel Inside 文芸新都
表紙

青春小説集「青春ドンドコドコドコ」追加
「スラムタンク」

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 本気で自身の青春を振り返って(バックルック)みようと思い立つ。部活の話はどうだろう。中学時代、私はバスケ部に所属していた。そこでの、仲間との切磋琢磨の様子、全国大会へ向けて一生懸命に練習した様子、他校とのライバルとの対決、などについて書こうかと思った。

 思えば一年生の夏休みに私以外の同級生が全員退部したので、全然切磋琢磨していなかったことを思い出し、書くことをやめた。そもそもバスケが好きだったわけではなくて、当時は何となく「文系クラブより体育会系クラブ」みたいなノリがあっただけだ。「スラムダンク」が流行っていた時期でもあった。バスケに対する情熱がゼロだった私は、シュートとドリブルとパスが得意ではなく、ジャンプ力もあまりない一部員として三年間を過ごした。途中で転入生が一人入り、学年で一人だけではなくなった。彼とはずっと音楽の話をしていた。顧問がNBAの映像を見せてくれたことがあったが、全く興味を持てなかった。

 なのでこの路線での青春小説は諦めることにする。スラム街にあると噂されていた戦車「スラムタンク」について書くことにしよう。

 私が中学生の頃となると、もう三十年前の話になる。その頃にはまだ先の戦争で使われていた戦車の残骸があちこちにあった。使える部品は持ち去られていたが、重すぎる車体を運べるものがおらず、残されていたのだ。それらを改造して走れるようにしたものが、スラム街に隠されている、というのは都市伝説のようなものだった。大方「馬鹿が戦車でやってくる」という映画に影響を受けたものだったのだろう。

「馬鹿が戦車(タンク)でやってくる」は「男はつらいよ」シリーズを手がけた山田洋二監督によるコメディ映画である。1964年に公開された。主演はハナ肇。

 うろ覚えだったのでChatGPTに説明を求めるとこんな答えが返ってきた。

「馬鹿が戦車でやってくる」は、1964年に公開された日本のコメディ映画で、監督は増村保造、主演はハナ肇です。三島由紀夫の原作を基に制作され、戦車という大きな存在を通して人間関係や村社会の滑稽さを描いています。

 監督名も違うし三島由紀夫原作でもない。訂正を求めると正確な情報を出してきたが、正確過ぎて面白くなかったのでここでは割愛する。

 当時私の住む家からスラム街は近かった。スラムといっても、そこから中学校に通う子もいたし、そこの住人がたびたび他の地域に迷惑をかけている、といった様子もなかった。銃声や悲鳴が聞こえることはあったが、内部での事件は報道されることはない。当時はそのような地域はそこかしこにあった。今も見かけだけは綺麗になっただけで、スラムの名残りはある。消そうとしても消しきれない、耳鳴りのような罪の音は、どこの都市でも響き続けている。

 先述した、バスケ部に途中入部してきた転入生こそが、そのスラム街の住人だった。当時の日本ではまだその兆しも知られていなかった、日本語ラップの創世期ともいえる音源の入ったカセットテープを貸してくれた。その頃の私にはピンとこなかったが、今思えばそこで歌われていた荒んだ光景は、まぎれもなく現実の一部を描いたものだったのだと思う。

「スラムタンク」はそんな中の一曲だった。歌詞の一部をいまだに覚えている。

ゴミ箱にダンク
ゴミ溜めにタンク
大砲の中はしけた爆薬
いつまでも発射されない砲弾(たま)
親たちと変わらないガラクタ
走り出せない
飛び出せはしない
歌で残すしかないこんな日々


 だがスラム街は私たちが成人する頃には更地にされ、こぎれいな住宅街として生まれ変わった。きっとその時に戦車も解体されたことと思う。そこに住んでいた同級生も、地元の郵便局で働いている。懐かしい名前を検索してみるとヒットした。音楽活動をしていた形跡はなく、サッカーチームの熱心なサポーターとしての一面も見せていた。

 映画のように誰かが戦車を走らせて、どこかに砲弾を撃ち込んでいたら、あのテープに吹き込まれていた歌が、今でも歌い継がれているだろうか、なんてことを思う。

 青春の記憶の改ざんには失敗したが、懐かしい歌の一節は思い出せた。

(了)

     


     

 あとがき

 真面目に青春小説を書こうとしました。中学時代の部活のことを書こうとしました。敗戦に涙、ライバルとの争い、マネージャーとの恋。全部ありませんでした。そこで「スラムダンク」からの連想で「スラムタンク」が生まれたというわけです。実話風に書いてますが実はフィクションです。当時そこら中に戦車は転がっていませんでしたし、近所にスラム街もありませんでした。同級生の特徴的な名前は覚えていたので検索したら、Jリーグの熱心なサポーターであるということが判明したところは事実です。映画のくだりもそうです。

「馬鹿が戦車でやってくる」は何年か前に当時入っていた動画配信サービスで観ました。昔観たかった映画をどんどんリストに入れていた覚えがありますが、結局ほとんど観ずに解約しました。なんだかめんどくさくなった記憶があります。先日家族で「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」を観ていたら、マリオたちがカートを選ぶ場面で、AC/DC「Thunderstruck」が流れていたので、一人ノリノリになって歌っていたら「おだまり」と娘に怒られました。

       

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