Neetel Inside ニートノベル
表紙

猫太郎はもういない
01 Opening①

見開き   最大化      

正義のせいで私は死んだ。
ああ、やっぱり、ろくなものじゃない。
『正義の味方』なんて。
……それでも、私は――




 いわゆる“正義の味方”が好きだった。
 見るだけで腹が立って拳を握りしめるような悪党を、理屈じゃなくて信念で立ち向かう彼らに、幼かったかつての私は共感した。
 弱い者を助けるためには自らの危険を顧みない姿勢に感激したし、そのせいでどんな窮地に追いやられても、それでも自分の正義や優しさを持ったまま、その主張を曲げない強さに、私は感動したものだ。
 今思うと、その幼かった頃よりももっと小さかった時、おじいちゃんの家で時代劇を見たのがキッカケだったのかもしれない。
 キッカケ、あるいは、刷り込み、より強い言葉を使えば洗脳だろうか。……強すぎるか。洗脳は言い過ぎだった。反省。
 ともかく私の両親はその当時から今に至るまで厳しい人で、幼い頃はより厳しく、普段はテレビを見ることも許してくれなかった。だから余計にあの時の私は、見慣れない時代劇に強い影響を受けたのかもしれない。
 テレビの中で、言葉にせずとも正義を標榜する彼らに、影響されたのかもしれない。
 それからの私はいつもあの四人を引き連れては、正義の味方ごっこに明け暮れたものだ。
 夏休みなんかは特にそうで、朝早くから日が落ちるまで、私とあの四人はいつも一緒になって正義を遂行しようと、わちゃわちゃと遊んでいた。
 遊びのような正義で、幼稚な行いをそれと意識せずに行っていた。
 まさに子供。今思うと苦笑も出来ない。
 あの時子供だった私は、本当に子供だった。
 それを知ったのは、私を含めた五人組が四人に減ってしまった後のこと。
 取り返しの付かない過ちを犯し、私は正義を貫くことを放棄した。
 放棄して、逃げ出した。
 だからあの頃五人組だった私たちは、もう五人でもなければ四人でもない。
 一人で、独りだ。
 一人一人がバラバラになって、もう会うこともない。
 仮に道で会っても軽く挨拶する程度。仲間によってはそれもしないくらいだろう。
 会えば気まずく、会話すればよそよそしく、笑い合えば寒々しいに違いない。
 だから、私はかつてのあの仲間達と顔を合わせにくい。
 いや、正しく言えば、もう顔を合わせたくない。
 そう思っていた。あの時からほんの今まで。数年間ずっと。
 でも、そうはいかなくなった。
 やんごとない事情が、私のその数年間の逃避を続けさせなくさせた。
 だから、私はまたあの時の四人……、いや、三人に会いに行かなくちゃならない。
 どうしても。
 どうしてもあの三人に会いに行って、彼らの願いを知り、それに助力し叶えなければならなくなった。
 願いを叶え、友情を再確認し、そして――

 かつての仲間達の顔面を、思い切り全力で殴る。

 そうしなければならなくなってしまったのだ。
 …………。
 ? は?
 いや、訳分からんよ自分でも。何言ってんだか。
 なんでこうなったんだろうね、ホント。
 なんで? 神様さん。

 ◇ ◇ ◇

「止めなよ。その子嫌がってるじゃん」
 私はそう言いたかった。
 私の席の近くで、数人の女子が取り囲むように、あるクラスメイトの机にたむろってる。
 その女子達の顔は笑顔だった。笑顔だったのに、雰囲気からして友好的じゃないのは一目瞭然だ。
 女子達はしつこく、そのクラスメイトを何かに誘っているようで、誘われているクラスメイトも笑っていたけど、でも困ってもいるようだった。
 女子達はそんなクラスメイトにあくまで笑顔だ。言われているクラスメイトも笑顔なのに、でも、だからこそどこか歪な空間だ。
 女子達はどこか強要するような、強制するような、脅迫しているような言葉を笑顔のままで言っている。そこから生じている空気が気持ち悪い。
 私は思わず、その悪臭漂う空間を眺めてしまう。
 そこを眺めて、彼女たちへ咎めるような視線と共に、さっきの言葉を口にしそうになる。
「何見てんの」
 取り囲んでる女子の中で、一際強い態度をとってる女子が、私が見てるのに気がついて、訊ねてきた。
 でも、その声は訊ねてくる、というよりもそれこそ咎めるような口調で声質。
 そのキツく沈んだ声に、私は反射的に目をそらし、目を伏せ、小さく首を横に振った。
 私がそうすると、その女子はふんと小さく鼻で音を出し、そのあざ笑うような声に、私は居心地が悪くなる。
 そのやりとりに気がついた女子達に、その強い態度の女子は「瀬名が睨んできてるだけど~」なんて冗談交じりに告げた。女子達は「マジで~」とか「怖~い」とか「誤解されてんじゃ~ん」とか、言葉通りの心境を持ってはいないだろう事を、あざけるように口々に笑いながら言い、私は肩が縮こまるように緊張する。
 女子達はケラケラと楽しそうにして、結局、取り囲まれていた女子はその女子達に連れられて、教室を去って行った。
 声の大きな彼女たちがいなくなって、教室の中に安堵したような、弛緩した空気が満ちる。
 遠巻きに見てた他の女子達や、男子達が少し明るくなった声で、取りなすように、仕切り直すように会話をし出し、私はいよいよこの教室にいたくなくなった。ただただ居心地が悪い。
 もうすでに学校は下校時刻、教室の中に人の姿はまばらだ。私もこれから塾に行かないといけないし、他の子達も似たような予定を組んでいるらしく、バスの時間や電車を使う関係上、教室で思い思いに放課後の時間をつぶしているようだ。
 次第に元気を取り戻すようにクラスメイト達の声は大きくなり、私はどうにもいたたまれず、教室から抜け出すことにした。
 席から立ち上がり、鞄を両手で持って扉から出る。そうすると、クラスメイト達はいよいよ元気になったように、弾んだ声を出していた。気まずい空気を作った私がいなくなって、心の底から安心したんだろう。そのクラスメイト達の小心から来てるだろう保身を私は不快にも思わない。私もそれを持っているからだ。
 持っていて、それ以上に、私は恐れている。
 正しいことを、ただ正しいと思って実行できていた幼い頃の自分を思い出し、心が重くなる。
 そのせいで私は大事な友達を失い、かつての仲間達と顔も会わせない。
 正義を貫く強さなんて、今の私は……いや、今の私“も”持ってなどいないのだ。
 だから、今はクラスメイト達の声を聞いて、共感する。
 正しいことを正しいと言えない。そんな弱い自分たちをあからさまではない言葉と取りなすような態度で口々に弁護し、仕方ないと慰めている。
 その様子に、私はただひたすら自分もそうだ、と納得する。
 納得し、でも心の底から、それが出来ているのだろうか。
 あの時の私だったら、きっと――。
 そんな思考は意味が無い。あの時の私なんてものはもうどこにもいない。
 だから、私はもう考えない。
 首を横に振って、廊下を歩き出す。今日は塾で英語と数学の小テストだ。
 私は学校で習った公式と英文を頭に浮かべることで、色々な感情を消した。
 上手く消せた、と思い込んだ。

 …………。
 学校から塾へと移動した、その数時間後。
 すっかり暗くなった時間に、私は塾のトイレで鏡を見る。
 ハンカチを咥えた顔には金属フレームの眼鏡が掛かっていて、首の後ろまで伸ばした髪型は三つ編み。当然色は黒。無染色。
 今時どこの委員長だ、という感じだけどあまりオシャレには興味が無い。それに目立ちたくない、ともかく地味でありたい気持ちがこのスタイルを肯定してる。それが上手くいってるかどうかは私には分からない。ただ、親しい友人なんて人が一人もいない現実が、その企みの成功を保証してくれている、はずだ。
 アクセサリー類は身につけてない。校則で禁止されてるし、そもそも目立ちたくないんだから、装飾品は無意味だ。
 でも、持ってないわけじゃない。今もそうだ。
 スカートのポケットの中に、たった一つだけ持ち歩いているアクセサリーが収まってて、でも身につけない。いわゆるお守り代わり、というやつだ。それを持っているだけで安心で安泰、というわけじゃない。実際は持ち歩いてるのが億劫に感じることも多い。
 プラスチック製のリングの上に、猫を連想させるイミテーションの宝石がついてる。たぶん、その当時でも二百円もしなかったはずの駄菓子みたいな指輪だ。
 その指輪をプレゼントしてくれたのは、あの時の仲間達だ。
 だから、それを見る度に昔を思い出し、息苦しくなる。それでも持ち歩く。どうしてかは分からない。安っぽく子供っぽいそれを、私はどうしてか手放すことも出来ず、首をひねりながらも持ち歩き続けていた。
 首をひねっても答えは出ない。もちろん、今いるトイレに書いてあるわけもない。
 蛍光灯が青白い光をちらちらと落としている女子トイレ。白くシンプルな空間はどこか病院を連想させて、あまり長く居たい場所じゃない。
 早く戻らないと、と私は焦り、手を洗ってその場を後にしようとする。
 しようとして、何かが聞こえてきた。
 耳を澄ませてみると、その正体はすすり泣く誰かの声のようだ。
 思わずビクリと身体が強ばり、油が切れた機械のようなぎこちない動作で、声のした方へと振り返る。
 振り返って、もちろんそこには誰もいない。それは分かってた。
 そもそもトイレに私以外の誰かがいたなんて思ってなかった。だからこそビクリとしたし、今もビクビクしてしまう。心霊系の話は大の苦手だ。今も昔もそう。
 でも、今泣いている誰かは、心霊的な何かじゃないことが直ぐに分かった。
 生々しく聞こえる声は、生きている人間のそれのようだった。いや、そうだ。そうに決まっている。うん、そうそう。
 …………。
 ……いや、本当にそうだ。
 泣いている誰かは個室にいるらしい。微かに漏れるその音は、その薄っぺらい壁を越して弱々しくこもって聞こえる。私という他人がいることを音で知っているはずなのに、それでも我慢できずに嗚咽を漏らしてしまったのだろう。
 何があったのかは知らない。知るわけがない。誰が泣いているかも分からないし。
 ただ、泣いている誰かを私は知り、でも、どうすることもできない。
「大丈夫?」と聞いてあげればいい。余計なお節介だと分かってるけど、衝動的にそう言いたくなる。
 その泣いている誰かは明らかに大丈夫じゃない。だから涙を流してる。
 私はそれを放置したくない。
 したくない、のに。
 結局、私がとった行動は、素知らぬ顔で手を洗い終わり、何事もなかったようにトイレから出る、だった。
 関わらないこと、関わらないように逃げること。余計なお世話なんて焼かないこと。
 それが私の精一杯だ、と思い込むこと。
 それでいいんだ。それでいい。
 ただ、口の中がどうしてか苦々しい。私の方が泣いてしまいそうだ。訳も分からないけど、でも感情が昂ぶる。
 それも直ぐに消える。
 頭の中に、かつていた、今はもういない五人目の顔が浮かんで、私は自分の感情を消した。
 正しさなんて何の役にも立たない。正義を標榜する空しさ、優しさを実行する慢心。そのどちらも、私がそれを持って他人の世話を行うなどおこがましい。
 かつて正義の味方が大好きで、そうありたかった自分はもういない。
 だから、私はもう考えない。
 ……にしても、なんて日だ、とは思う。
 まさか一日で二度も、同じような感情と再開する日が来るなんて。
 私は力なく笑い、塾の廊下を歩く。
 窓の外はすでに真っ暗で、建物から漏れる明かりに寄ってきた虫の姿が目に入り、私はあわてて視線を逸らした。虫もあまり得意じゃない。得意だったあの時の自分が信じられない、と連想し、また凹む。
 虫も平気で、正義を口にする無神経さも持っていたあの時の自分。
 それからかけ離れた今の自分を比べそうになり、私はそれも止める。
 本当、今日はどうかしてる。いつもはこんなことは考えないのに、どうにも感傷的だ。
 私は小さく吐息を漏らし、色々を考えそうになる自分を戒めた。
 もうこんなことは考えない。
 いつもの、他人に関心の無い自分に戻ることにした。

 …………。

 いつもの他人に感心のない自分に戻った、はずなのに。
 二度あることは三度ある、ということだろうか。
 あぁ、もう今日という日は、本当になんて日だろうか、と私は頭を抱えたくなる。
 塾が終わり、私は家路に着いていた。
 塾から歩いて五分の駅から電車に乗り、そこから数駅通過した後、バスに乗り、最寄りのバス停から歩いて家に帰る。それがいつもの帰り道だ。
 近くにろくな塾がない、と母さんがこの遠い街の塾を選んだのだ。それに家からは遠いけど、学校からはそれほど遠くない。
 それでも学校からバスを使わないと移動できないほど、街中にある塾とは距離を隔ててるけど。
 とはいえ、もう今は特段遠い、とも思わない。この塾に通い出してすでに半年以上が経過してる。最初は面倒だったけど、慣れれば特に思うところも無くなる。むしろ、街中に出られて便利なことも多いから、悪くないと思うことの方が多くなった。
 うん、悪くない。駅周辺は発展してるし、便利だ。確かに悪くはない。
 駅前の混雑を歩いている、今この瞬間まではそう思っていた。
「ねぇねぇ、お姉さん、今ヒマしてなぁい?」
 そんな声を聞くまでは。
 その声はもちろん私にかけられたものじゃない。別の女性だ。
 軽薄な言葉は、同じように軽薄な声で発されていて、私は思わずその方向へと目を向ける。
 そこには数人の男性が、一人の女性の行く手を遮るように立ちふさがっている。男性達は大学生くらいの年齢で声と言葉によく似合うちゃらちゃらした印象の服装で、女性は対称的にキッチリとしたスーツ姿だ。
 肩に掛かってる鞄のひもを握り、女性はどうにかその場から逃げようとしてるみたいだけど、それは上手くいってない。むしろ、そのよそよそしさと素っ気なさを男性達は面白そうにからかっていて、下品にゲラゲラと笑い声を立てていた。
 どうやら声をかけてるのは面白半分で、そんな行為を行えている自分たちと、女性のリアクション自体が面白いらしい。楽しそうで結構だけど、女性はたまったものじゃないだろうと思う。
 ずっと無言で無視し続けている女性は、視線を落として逃げ出そうとしては、阻まれている。それが精一杯の抵抗なんだろう。ただ見ているだけの私にも分かる。それだけでも怖いはずだ。そう思うと、私の肩当たりに血が溜まったような熱さを感じる。強ばってしまっているのに気がつき、立ち止まってその様子に見入ってる自分にも意識が及ぶ。道の真ん中で何してるんだ、と私は気まずく思う。
 思って、でも動けない。
 放置自転車が幅をきかせてる駅前の道はそれでも広い。時間のせいか通行人も多い。スーツを着たおじさんや、派手な格好をしたおばさん。私と同じような学生達が、私が纏っているのとは違う制服姿で歩いている。
 通行人は多く、色んな人がいる。
 ……色んな人がいる、のに。
 誰も女性を助けようとはしない。彼女が困っているのは明白で、若い男性達は明らかにたちが悪いのは誰でも分かるだろうに。
 大きな声を出す彼らにギョッとして視線を動かすことはあっても、直ぐに逸らす。自分とは関係ない世界の出来事のように、そんなものは見えないし、見えないのだから無いのだ、と思い込むように足早にその場から立ち去る。
 迷惑にも道の真ん中で立ち止まる私は、その人々を咎めるように見てしまう。
 怖いのは分かる。私もそうだ。関わりたくないのは理解出来る。下手に余計なことをして状況を悪化させたくない、という言い訳にはある程度の説得力を認める。
 でも、納得できない。
 全然納得なんて出来ない。
 いよいよ女性は取り囲まれ、男性達は上機嫌だ。何をしたいのかはよく分からないけど、その上機嫌さは粗暴にも見えて、よけいに危うさを感じさせる。
 私は思わずそっちに駆け寄りそうになる。駆け寄って何が出来るわけでもないけど放っておけない。
 駆け寄ろうとして一歩を踏み出し、そこで動きが止まる。身体が固まってしまった。
 自分は一体、どうしようというのか、と冷静にさせられる。
 あの時に失ったあの子の顔が頭に浮かび、私はもう動けない。
 正しさなんてどこにもなく、正義なんてものは何の役にも立たない。
 それを思い出す。
 その正しさのせいで、正義のせいで。
 そんなものを信じていた幼い自分のせいで、その仲間は、かつての仲間達に“猫太郎”なんて呼ばれていたその子は、もういない。
 この世界の何処にも、もういない。いなくなってしまった。
 私のせいで。私があの子を。
 だから。
 一歩踏み込んだ私も、通り過ぎるだけの人々に混じる。
 見ない振りという賢明な行為にいそしみ、身の安全を優先する自分を許した。それが最良なのだ、と理解した。
 自分の事も守れない女性に責を問い、それに関わらない自分を弁護する。頭の中はそれで一杯になり、余計な思考をする暇が無い、ことにした。
 これから電車に乗り、家に帰って一人でご飯を食べる。それから食べ終わった食器の片付けもそこそこに、今度は学校の宿題を片付けないといけない。それが終われば今度は明日の予習だ。正直、私の頭脳はあまり明晰じゃない。実際、二年の一学期の終わりだっていうのに、今日行った小テストの結果は散々だった。ほとんど白紙で提出したし。分からなかったところ、もう一度復習もしないと、と考える。
 歩き出した私の背中に、ギャハハという下品な笑い声が遠く聞こえた。
 いよいよ盛り上がっている男性達。女性は無視できなくなったのか、何かを言っているようだ。仲良く談笑してるわけじゃないのは、内容が聞き取れないほど遠く距離を離した私でも分かる。
 駅前の喧噪が、その危ない空気をかき消すように辺りから響いている。まるでそんなことは日常茶飯事だ、というように、平気な顔をして誰も彼もがそれぞれに日常を過ごしている。
 私もそうだ。
 そうだ。――ったはずなのに。
「……ぁあ、っもう!」

       

表紙

めろぅ・いえろぉ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha