クーライナーカ
『二』
あさひが教室に立ち寄ると、あおばが窓の外を見ていた。
それは別に彼女とあさひにとっては特に珍しい光景ではない。
しかし彼がどうしても見過ごせない点があった。
「お前。イヤリングは?」
あさひが見つめるあおばの背中。開けられた窓から
風が入り込んであおばの髪を左右に揺らしている。
黒くて細いあおばの髪は風に従い、隠れていた耳を
あさひに見せ付けた。
そしてその耳にはそれがぶら下がっていなかった。
もしも今あるとすれば、
差し込む陽光を全身に浴びて銀色に強く光るはずの
あおばのイヤリング。
若葉のような形をしているそれはあさひのなかで
彼女と等しい価値を持ってもおかしくない物だった。
水平線に沈みそうな太陽が最後の悪あがきのようにまばゆいほどの光線を飛ばしてくる。
それは窓を容赦なく突き破り教室に強烈な黒と赤のコントラストを作っていた。
まるで教室をいくつのもブロックに分解しているようだ。
あさひにはそれがあおばと自分を隔てているように見えていた。
あさひの問いにあおばがくすりと笑って答える。
あおばがその笑いに何かを込めたのかは
確かなのだがあさひはそれが何であるのかは見透かすことができなかった。
「ここから投げた。」
答えは簡潔だった。そして短すぎた。さらに乾いた声をしていた。
気を抜いたら聞き逃してしまいそうだった。
あさひはそれが気に入らなかった。すごく不快だった。
理解できそうになかった。
「どうして!!」
あおばに言う言葉はこれぐらいしか思いつかない。
声を張り上げてあおばに詰め寄る。
肩をつかんで振り向かせようとした寸前のところでその手を引いた。
少し落ち着きを取り戻してこみ上げてくる自己嫌悪を
紛らわすために軽く舌打ちを放つ。
対するあおばはあさひの行動とは打って変わって落ち着いていた。
あおばはピクリとも動かない。
あさひを無視しているのではなく、
その場にいることを気づいていないかのようにずっと立ち尽くしていた。
あおばは無言だった。
あさひも無言だった。
風はもう吹いてない。誰も訪れない。何も起こらない。
辺りははっとするほど無音だ。耳が痛いぐらい。
あさひはその中で、少しきつい言い方だったのかもしれないと
心の片隅で少し後悔していた。
イヤリングを捨てたことにあおばなりの正当な理由があるのかもしれないしそこから投げたということも嘘かもしれない。
しかしなにがどうであれ初めに感じたいらだちがあさひの正直な感情だった。
あおばはあれをつけることを誰よりも望んでいたはずだ。
あおばはあれが命より大切な物だと言ったはずだ。
あおばがあれをつけていないなんて考えられなかった。
それをつけていないあおばがこうも平然としているのは見たくなかった。
目の前にいるあおばの行動一つ一つがあさひの知るあおばとかけはなれている。
そうか。あさひはやっと分かった。
いつものあおばとは違うからあさひはこんなにもわずらわしい思いをしているのだ。
頭では冷静さを取り戻すために落ち着こうとしているのに体がいうことを聞かない。
足はせわしく動き、指は机を小刻みにこすっている。
頭は熱を持ったように熱くなり何かが焼ききれそうだった。
頭がどうにかなってしまいそうで、それでも
むき出しになっているその耳が脳裏からはがれない。
両方何もつけていない左右対称の耳をあさひはすごくアンバランスに感じていた。
「昔から、知っていたはずなのに、ずっと分かっていないふりをしていた。
でももう認める時が、きたみたい。」
一言一言呟きながらあおばはゆっくりと振り返る。
実際は一秒に満たなかったはずだ。しかしあさひの目にはそう移った。
逆光であおばの顔がうまく見えない中、
丸く大きく開かれた目だけがはっきり見えたのが不気味だった。
「あのイヤリングは私には要らないものだった。今までもこれからも。」
あさひに反論をさせない速さですらすらと喋る。
あさひは何も言えなかった。
彼女の言い方にただ圧倒され、考えることさえ忘れさせた。
それだけ言うとあおばは顔を伏せ手早く鞄を持ち、
すっとあさひの横を抜けていった。
セーラー服特有の色である藍色のスカートをはためかせながら
行儀よく歩いて、教室から自然に、静かに出ていった。
明るい声だった。未練など微塵もないようだった。口元はわずかに綻んでいた。
あさひはそれが納得できない。耳にしたとはいえ納得できるわけがなかった。
あおばが泣いていたのを確かに見たからだ。
鳥、といってもカラスの鳴き声が夕焼け映えしている空から
あさひのいる教室に窓を伝って届いてくる。
どことなく間が抜けてはいるがそれは鋭い刺激となって、
さび付いていたこの場をゆっくりとほぐしていく。
それでもあさひは何をしたらいいのか分からなくて喋れなかった。
糸人形ように意思なく動き、そっと窓のふちに手を伸ばして
あおばがみていたであろう景色を探してみる。
下には誰もいない校庭が広がっていて、
上にはさっとすこしの赤を含んだ雲があさひの思いとは関係なしに流れている。
昨日とは違いがまったく見られない。
しかし昨日と同じなわけがないことを知っている。知ってしまった。
一周を走るのに5分ほどかかる校庭の中に、一つまみできるほどの大きさの
イヤリングがどこかにある。
ここにあるということを知らされていることは逆に残酷なことにあさひは見えた。
「どうして………」
答えてくれる人など誰もいなかった。
昼休みの屋上があおばと二人になれる唯一の場所だった。
「おいっ」
「何?」
「顔が右に傾いている。」
あさひはちょんとあおばのこめかみをつつく。
あおばの顔がぐらぐらとゆらいでちょうどまっすぐのところで止まった。
「ごめんね。」
気恥ずかしそうに指を合わせながらあおばは赤面するけど
五分後にはまた右に傾いていた。
あさひはあおばの返答を無視した。
ありがとうと言えばいいのにあおばはいつも謝る。
自分が怒ってもいないのだから謝られたことに反応することは無いだろう。
「だいたいお前は少し変だ。」
「そうなの?」
あおばは心からこう思っているから始末に悪い。
あさひは何も言わずお茶であおばの言葉を濁す。
「毎日同じ弁当を食べているのは変だ。」
「そうなんだ。ごめん。」
「そのイヤリングだって綺麗でお前に似合っていると思うが
片方にしかつけていないのはおかしい。」
「ごめん。」
「だから話し相手がいなくてクラスから孤立しているのじゃないのか?」
口が止まらず台本を言うようにすらすらと言った後で
自分がすこし言い過ぎてしまったことに気づいた。
そしてあさひにとっては馴染み深い嫌悪感がちょっと襲ってくる。
謝った方がいいだろうか。しかしのどまで出ているのに
その言葉がのどに引っ付いてそこから上にいかない。
あさひはいつもそうだ。
勢いに任せて余計なものを付け足してしまう。
それを何度もやってしまい、
そのたびに今度は気をつけようと心がけるのにまたやってしまう。
そしていざ謝るとすると自分のプライドがそれを許さない。
特にあおばに対してはそのプライドが三倍増しになる。本当にくだらない欠点だ。
自分の短所のせいであおばを傷つけてはいないだろうか。
「それは違うよ。話し相手はあさひがいるから。」
あさひの隣であおばはあさひの方を向いてぽつりとつぶやく。
朗らかなまなざしからあおばの気持ちが伝わってくる。
あおばなりの正直な意見であさひには無防備な攻撃だった。
気恥ずかしくなってそれを悟られないように上を向く。
さっきまでいじっていたのはあさひの方なのに
いじられているのはいつのまにかあさひのほうになっていた。
空は青一色、雲ひとつない快晴としかいえないあさひの国語力のつたなさが
悔やまれるがそれ以外思いつかないのだからしょうがない。
こんなに天候がいい日で満腹の体という状態ではほどよい
眠気が押し寄せてくるのは間違いないだろう。
五時限はさぼりたくもなるのも当然だ。
大体サボらなかったといっても机を枕代わりにして寝ているのも間違いない。
どっちも同じならここから教室へと歩くエネルギーを天秤に上乗せすれば
おのずとこれから先のことは目に見えてくる。
あおばはそんなあさひとは違って授業のために教室に向かっていくだろう。
熱心でいいことに違いないのだがそんなあおばを見ると
あさひには殺伐とした不安定な感情が芽生える。
実際にあさひが言ったことに嘘は入っていない。
あおばのお弁当はいつも同じ献立だし、
片方の耳にしかイヤリングをつけていないし、
そしてあおばがあさひ以外に喋っていることをあさひは見たことがない。
あさひのクラスの生徒は全員で37人。席の並びは縦六列、横六列、あまり一。
その一があおばだった。
人間を一言で表すとすると答えは人それぞれだけど、
あえていうなら「矛盾」だという意見を
あさひは常に頭のどこかに忍ばせている。
吐く息で手を温めながらあさひは自分の意見に今まで以上に共感していた。
もう帰って寝たい自分が頭の中で文句を言っている。
それなのに今の自分はこうして堀を登り深夜の学校に侵入を試みている。
あさひは堀に手をかける。
この堀を越えたらもう後戻りできそうにない。
堀を伝ってとことこ歩いている猫の瞳がぎらりと光っている。
木々がいつもより過剰にざわめいている。
見えてもいないのに雲の向こうから届く威圧感があさひにひしひしと伝わってくる。
周りにある全てがあさひに警告しているようだった。
それをあさひは自分の耳には届いていないふりをして、堀を飛び越える。
ふわりと身に羽織っていたコートがまいあがり、あさひに一拍遅れて地にまいおりる。
懐中電灯を片手に暗闇を照らす。細い一筋の光が濃い闇夜を裁断のように切り裂く。
その様子に少しばかりの頼もしさを感じてあらじめに
あたりをつけていた場所に近づいていった。
目的地を目の前にして改めて自分のやろうとしていることの
難しさを改めて思い知った。
ため息がこぼれ出る。
あおばがあれをぶんなげたのか、それともただ手を離して
落としただけなのかは分からない。
しかしどっちにしても作業が困難になるのは必至だ。
今あさひが立っている場所。あさひの教室の下。成長力を見せ付けるように生い茂っている雑草があさひに教えてくれた。
風が吹いてどこからか飛んできたのか分からない紙くずが校庭をひらひらと舞っていた。それに合わせて雑草も皮肉げにゆらゆらとゆれている。
やめろ。
みつかるわけがない。
ばかなことはするな。
背後で誰かが叫んでいる。あさひは聞こえないふりをして
大きく深呼吸した後ぼそっと呟く。
「やっぱこれって矛盾しているよな。」
垂れ下がっていただけの手に力を込めて、あさひは目の前を照らす。
しとしとと針のように細い雨が降り始めている。
あさひの目には燃え滾るように赤い決意の炎が輝いていた。
あおばはあまり一。それは本当のことなのか。
その疑問がわきあがる前にあおばの答えに掻き消えていった。
「そうだったな。話し相手は俺がいたな。」
あおばは何も言わなかった。
ただあさひの顔を映しているその目が少しあさひを同情している。
自己嫌悪は薄らいだが
今はちゃんと謝れなかったことをほんの少し後悔していた。
あおばがあまり一というのはあさひが勝手に見ていたことにすぎなかった。
そしてあおばは普通に学園生活を楽しんでいたのを
あさひは確認できてほっと胸をなでおろす。
目の前で雀が二羽飛び交っている。空にはいつの間にか浮かんでいた白い雲が
風にのって気ままに流されている。
静かだけど辺りから生命感がみなぎっているこの雰囲気を平和だというのか。
欠伸をしてあさひはから揚げを2,3個口にほうばりながら
そのことに気づきそしてどことなく不満だった。
あさひにはこの平和はおだやかにしか見えない。しかし自分は毎日に追われている。
いつのまにか鳴り響いていたチャイムだって
『弁当を食べるのをやめてさっさと教室にもどれ。』と
高い声を出してキーキーわめいている。
うるさいことこの上ない。
自分の状況とこの世界の状況の違いがあさひの中で焦りになっている。
だからあさひは毎日昼に屋上へ足を運んでいるのかもしれない。
あおばと弁当をつつきあい、そしてたまにはからかったりしている。
それをしているとあさひが感じていた焦りを忘れることができたからだ。
いつからあおばと屋上で弁当を食べ始めたのだろう。
思い起こすともう昔のことでセピア色のようなフィルターをかけた
映像でよみがえっていくる。
しかしあさひにとって堪らないほどに心が和む時間であるのは間違いなかった。
あおばでなかったらここまで思わなかっただろう。
あおばはあさひの知らない人間だった。
今まであったどの人間にも似ていない。
あさひはあおばの全てを知ろうとして毎日顔を合わせているが
ちっとも知ることができなかった。
ミステリアスではなく正体不明といったほうがイメージ的にあっている。
「それにしても右耳にだけしかイヤリングをつけていないのは見過ごせない。
そのようだから顔が傾くのじゃないか?」
何度も指摘しているが良く考えるとあおばがこれに答えたことはない。
お得意の物腰柔らかい笑顔でいつも答えるのを紛らわしている。
今回だけは何が何でもその理由を聞き出してやる。
心の中でにやりと小悪魔的ににやりとほくそえんだ。
片方につけていることがいかに非常識か、こいつに思い知らせてやろう。
「でもこのイヤリングの対は失くしちゃったから。」
「じゃあつけなければいいだろ。それともどうしてもつけていたい理由でもあるのか?」
「これは大切なものなの。うまく説明できないほど。だからごめん。これははずせないの」
「じゃあお前はいつもつけているんだな。
夜寝るときも、着替えるときも、風呂入るときも。」
「うん。そうだけど。」
皮肉のつもりで言ったのにあおばには伝わらなかったようで、
あさひは次に言うはずだった言葉を詰まってしまった。
そしてあおばがいかにこのイヤリングを愛しているか逆に知らされてしまった。
「全く。」
このイヤリングを引き合いに出したならばあおばには到底かなわない。
弁当の蓋を閉めあさひは一人ぼやく。
目の前を飛び交っていた雀は体を並べて天高い場所でじゃれあっていた。
いつのまにか雨が本降りになっていた。
何度腕時計を確かめたかぼんやりとしか覚えていない中、
虚ろな目をしてあさひはただ校庭で寝転んでいた。
石のような雨粒が顔に容赦なしに打ち付けられ、
体がすこしづつ削り取られているかのように感じる。
背中に当たる感触は気持ち悪かったが汚れは気にならなかった。
雨がやむけはいはない。
このままあさひに何か変化がおきる兆しが見えなかった。
最後まで掴んでいた懐中電灯があさひの手を離れころころと零れ落ちる。
そのときだった。懐中電灯の光は雨で濡れ淡く変化しているその先に
一瞬だけちかりと光るものがあった。
今日まで見ていたのにものすごく懐かしく感じる。
あさひが求めていたそのイヤリングは月光をその身に取り込み鈍く輝いていた。
何も考えず四つん這いで近寄り、周りの土ごと握り締める。
冷え切っていて感覚も遠くなっている体に
あおばのイヤリングはぬくもりをいっぱい注いでくれた。
それが立ち上がる原動力になって徐々にあさひのなかに力が戻ってくる。
少しずつだが確実にあさひは体を動かし、
そして立ち上がった。手にはしっかりとイヤリングが握り締められている。
自分がひどく疲れているのも、
体が冷え切って寒気が押し寄せてきているのも忘れて、
遠くにある木陰に向かって懐中電灯の光を投げかける。
「ずっと前から見ていたのに手伝いもしないなんて何しに来たんだよ。」
ひとつの小さな影が幹のそばで揺れていた。
あさひはそこまで近寄っていく。いやみを言っていじめるためではない。
このイヤリングを渡すためだ。
思ったとおりあおばは泣いていた。
ここまで泣いていると泣いているのが特技のように見えてくる。
「泣くなよ。そんなに泣くなら捨てなければよかっただろ。」
雨の中なのにあおばが泣いているのがよく分かる。
顔をくしゃくしゃにして涙で頬を濡らしている。
目からあふれ出る涙の粒を止められなくて、
何かを言おうとがんばっているのに口から出るのは嗚咽だけで
堪えたくても堪えられないあおばの様子が
あさひにはどうしようもなくかわいく見えた。
黙ってイヤリングを渡そうと思いあおばの手を掴もうとして、
あさひの右手は空中をむなしく掴む。
その後あおばがあさひの手を掴んでイヤリングを静かに受け取った。
傘も何も持っていないあおばは顔以外どこも濡れていない。
それが何を意味するかはずっと昔から分かっていたことで
今はそれを言及するつもりはあさひにはない。
ただあおばにイヤリングを渡せた達成感が気持ちよかった。
「ごめんね……」
「ありがとうでいい。むしろありがとうがいい。」
あおばはありがとうと言おうとしたが
とうとう声を張り上げて泣きじゃくりはじめた。
あさひは指で自分の頬をぽりぽりとかく。
あおばの泣きじゃくる声は正直耳障りでやかましかったけど今は泣かせてやりたかった。自分が今できる最大限の気配りだ。
「いまさら聞いても遅いがどうして投げたんだ。」
タイミングを見計らってさりげなく聞いてみる。
絶対知りたいとは思わないがこれだけを知っておかないと
自分のしてきた行動に意義を見出せない。
「クーライナーカが私のところに来てこう言い放ったの。」
クーライナーカ?あさひはよく分からなかった。
あおばがその言葉を言ったのは初めてだった。
そしてそのことを聞こうとしたときに不意に目の前がまぶしくなる。
まだ夜が明けるには早すぎる。
それにその光源は地平線の先からではなくあおばだった。
あさひは目の前でやり広げられている光景に頭が対処できずに
口をぽかんと半開きにして突っ立っていた。
分からないまま混乱しているほうがまだましなのかもしれない。
あさひにとっては前から分かっていたことだ。
毎日献立が変わらない弁当。
あさひ以外に友達がいないこと。
そして雨が降っていて傘も差していないのに少しも濡れていないあおば。
しかしこのことだけは認めたくない。
よりによって今こうなることが起こるなんて誰かのいたずらかもしれない。
「『イヤリングに執着してさえも、あなたはもうここにはとどまれないんだ。だから覚悟 をきめてね。』って」
雨が激しくなる。あまたの雨粒が弾丸のように打ち寄せる。
その中であおばの声がはっきりと聞こえている。
見れば足首から朽ちていくようにはらはらとあおばが崩れていた。
「生きていても何も面白いことはなかった。
ここにとどまっていても何も面白いことがないと
思っていたけどあさひに会えてよかった。いつもいやみを言われていたけど
イヤリングを投げて始めてそれが分かったの。」
上半身だけになる。
「クーライナーカだけには気をつけて。あさひ。それから……」
服の袖で目をぬぐうと泣きはらして真っ赤の目があさひの顔を戸惑っている顔を映し出す。
その後で首だけになった。
あおばなりにはがんばったほうだろうが
その顔にははにかんだ笑顔が浮き上がっている。
「ありがとう。」
そこまで言ってあおばは光の中へと消えていった。暗闇がすぐにそれを飲み込んでいく。
あおばは消えていったように見えるだけでここら一帯に漂って
あさひを見守っているのかもしれない。
だがそれはただのあさひの願いなのを自身が良く知っていた。
「あおば………ごめん。」
あさひは笑ってあいつを送ってやるはずだったのにそれもただの願いに終わった。
無情にも落ちてくる雨に歯を食いしばって、こみ上げてくる衝動に耐えていた。
「なんだろう。泣いているのかな。分からないよ。」
雨の中あさひは一人呟く。この問いに答えてくれる人はいなく、
あさひの耳に入ってくるのは雨が降り滴る音だけだった。