思案商店街
コンプレックス
自分の取り組んでいる研究の難しさを、夜も更けに更けた頃にその女性は悟った。
しかし、この研究を、この薬さえ作り出すことができたならば彼女の長年の夢がかなうのだ。
気分転換に、と彼女は一息つき洗面所へと向かった。
眠気を吹き飛ばすために、やや強めに顔を洗う。タオルで顔を拭く。鏡に映った自分の顔を見る。
傍から見れば何の変哲も無い行動だが、彼女はこの一連の動作にうんざりしていた。
頭は悪くない、むしろ人よりは勝っている方だった。
性格もひねくれていない。
体形も太りすぎず痩せすぎず、むしろ女性らしさを感じさせるものであった。
そして、顔も別段悪いわけではない。
ただ、彼女はあらゆることに対する劣等感の持ち主であった。
「完璧になりたい」
常日頃から、そう呟いていた。
この、『自分の願望を具現化させる薬』さえあれば…。
数日後、彼女は見事にその薬を作り出すことに成功した。
出来上がった薬をすぐさま飲んでやりたい、そんな気持ちを抑えながら、まずはラットにその薬を与えてみることにした。
ラットは薬を飲むのを抵抗している。
いつものことだが、今日は少しばかり状況が違う。夢が、追い求めてきた夢がかなうのだ。
かすかに私への怒りの表情が浮かんだ気がしたが、ラットは薬を口にし、その後もラットには変わりは無かった。
どうやら生物に害は無いようだ。
「成功だ。完全に成功した。これで私の望んでいたものが手に入る。」
そして彼女はすぐさまに洗面所へと向かった。
鏡に映るのは今までの自分。
しかし、完成した薬さえ飲むことができれば、鏡に映るのは完璧になった自分だ。
彼女は、鏡の中にいる自分に別れを告げ、薬を飲み干した。
五分ほどしただろうか、体に変化が現れはじめた。
顔も体も何もかも、自分の想像通りの完璧な姿がそこに映し出されていた。
「ついに私は成し遂げた。完璧な人間になることができたんだ。」
そう思うと同時に、彼女は頭に強い衝撃を受けた。
何が起きたかわからなかった、しかし自分はもう生きていられないのだと悟った。
彼女は薄れゆく意識の中で、巨大化したラットの姿を見た気がした。
こうして、彼女と、ラットの願望は具現化したのだ。