Neetel Inside 文芸新都
表紙

怠慢な粗粒子
上手な宿し方

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 これまでに、百を越える女を抱いた。
 百を越えるというのは、百以降を数えていないという意味である。実際の所、本気で日本に存在する女の半分を抱いたのではないかと考える時もある。
 西に可憐な娘がいると聞けば、行って口説き落とし、東に妖艶の美女がいると聞けば、行って装飾品を持たせた。
 どれもこれも、ホテルの丸みを帯びたベッドに押し倒すまでに一週間かかっていない。失敗する時も度々あるが、今現在ではまだ両手の指で数えられる程度の回数だ。概ね、休憩を共にした女は、満足して帰路についている。

 中学の二年だったと思う。
 国語が良く出来る娘だった。確か、視聴覚室だったと思う。視聴覚室は滅多に使われないため、人通りが極端に少ないのだ。
 秘部から滴る赤い体液と、尋常ではない苦悶の表情に、始めは哀れなほど狼狽したものだ。それが本来在るべき形であるという予備知識はあったが、俄かに学ぶのと、実際に目の当たりにするのとでは、圧倒的に差がありすぎた。
 結局ほどなくして、その娘とは縁が切れた。性格の不一致だっただろうか。もう、どちらが先に交際を要求したのかも覚えていない。期間は三ヶ月ほどだったと思う。交わった数は、五を越えなかった。

 自分が他者よりも感受性に長けていることを理解した。高校の二年だった。
 個を上げるとキリが無いので、人数だけを公表する。一年・二年・三年をすべて含めて、百……ええと、あとちょい。全校生徒女子の数の、六割に相当する……くらいだったと思う。
 自分の、神掛り的な性交への才能に気付いた。またそれと同時に、様々なリビドーと向き合った時代でもある。中には、もはや性交とは呼べないような行為でオルガズムに達する女もいた。
 指で触れるだけで、女の内部に潜む欲望とリビドーの形が、正に言葉通り、手に取るようにわかった。
 発汗・皮膚の熱・瞳孔の色形・どちらを向いているか・どこを見ているか・液・味・色・濃さ・足の指手の指の曲がり具合・声色・その大きさ・オクターブ……挙げればキリが無いのでこれくらいにしておくが、そういった「ヒント」のようなものをかき集めることに、爆発的な才能があるらしいことに気付いた時代だった。

 大学に進めば、僕の才能は如何無く発揮された。その才能は、主に教授連中に向かって放たれたものである。おかげで、主席とは言わずとも、単位を落とすという失態を犯すことなく、ベルトコンベアーに乗せられた貨物のように、本来あるべき形である卒業を迎えられた。
 遊び呆けていても、教授と何度か床を共にすれば、それだけで二日分の徹夜レポートと同等の価値を認められたので、お言葉に甘えて、遊んだ。遊んだ先で、また抱いた。中には、名前も知らない女もいた。年齢もわからない女もいたので、もしかしたら知らず知らずのうちに犯罪に手を出している可能性もあった。そちらの懸念は、今だに忘れてはいない。

 強者が、現れた。
 同じ大学で、同じ科目を選考していた奴だった。背丈格好もそれなりに整っていたし、何かと気が回る、スタンダードなタイプの「格好良い男」だった。

 子供が、出来たらしい。

 一発一中。
 たった一度の過ちで、狙いもしなかった的にドンピシャリと当てたようだ。
 相手は、サークルの合コンで知り合った女らしい。相手の好きな食べ物も、好みのアクセサリーも、何をしている女なのかも、当時の彼は知らなかった。僕から言わせれば、それらの情報を得ることなくご休憩へ持ち込めたその才能にも、目を見張るものがある。
 ほどなくして、彼は大学を辞めた。父親が経営している工場の手伝いをして、子供を養うことに決めたらしい。周りの連中は憐れんだ。「たった一度の過ちがねぇ……」と。
 その頃から、僕の中に燻るものが芽生え始めた。

 それ以降、年を重ねるごとに、過ちを重ねる奴が増えた。中には、狙うべくして狙った的に当たった、つまり「めでたい」というカテゴライズに分類する奴もいたが、概ね「過ち」にカテゴライズされる奴がほとんどだった。
 同じ時期に、高名なアダルトビデオの男優をモデルにした本が出版された。キャッチフレーズは「三千の女を抱いた男」だった。
「へぇ……」と思っただけだった。熟練だとは思うが、それだけだった。その頃の僕は、一日に必ず三人以上の女を抱いた。そうしたいと思ったわけではなく、そうせざるを得なかった。今でこそ、もう慣れたものではあるが、当時は本気で「過労死」を覚悟したものだ。

 一度も。
 受精の危険に遭遇したことは、無い。


         ・


 避妊に敏感になっていたわけでも、知識があったわけでもない。ただ、出来なかった。
 周りの男連中は、心底羨ましそうにしていた。口から漏れる言葉も、心の声そのままだった。
 若かった僕は、その羨望の眼差しに見合う誇りを持っていた。当時は虚栄ではなく、本気でそれが誇りだった。

 ある日。
 大学時代の「彼」に、偶然ばったり再会した。子と妻を連れていた。
 今年から、保育園に通うらしい。稼ぎが少ないので、欲しい物も買ってやれないで不憫だ。と彼は漏らしていた。妻も、苦笑いをしながらも、その話題に参加した。
 その時の、不謹慎な話題をしながらも、彼の作った表情を、僕は忘れない。

 心底、幸せそうな表情だった。


         ・


 今、僕の横では、一人の女が失神している。
 珍しいことでは無かった。僕と床を共にした女の七割が、この状態に陥る。
 煙草を吹かしながら、ぼんやりと考えた。
 それは、気付いてしまってからそれ以降、こうして女を抱く度に思ってきたことだ。
 考えれば惨めになってしまうので、考えないようにはしてきたのだが、どうしても払拭出来ずにいる。

 僕はおそらく。
 世界規模で順位付けしても、相当高順位に位置づけされるほどに。

 性交が、下手糞だ。

       

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