人は誰でも価値――クオリティを持っている。
一生の中で、人はその身分相応のクオリティを発揮して、死んでいく。
いわゆる『偉人』や『天才』と呼ばれる人は、自分の持つクオリティを十二分に発揮して成功したタイプ。
勝ち組だ。
一方、自分のクオリティを見出すことすらできない人もいる。
つまり負け組。
そして彼も、負け組だった。
暗闇の中に沈んでいた意識がだんだん戻ってくる。
「……また失敗、か」
ありとあらゆる鍵が締まった息が詰まる密室の中、フローリングの床にはこぼれた水。
無機質なテーブルの上には怪しい錠剤が転がっていた。
テーブルに突っ伏した顔を上げ、握りっぱなしだったコップを手放した。
「睡眠薬の多量摂取でも死ねないとなると……やっぱり飛び降りかな」
どこから取り寄せたのか、自殺マニュアルなる本をめくり呟く。
彼こと陸佐には、大きな自殺願望がある。
小中高と人並み以上というべきか異常な能力を発揮し、周囲からは羨みと妬みの目で見られ続けてきた。
人より優れているという理由であらゆる重圧が来ることに耐えられない。
僅か16歳という短い時間で生涯を絶とうと思うのも無理はない、と自分で訳のわからない自信を持っている。
彼は自室の鍵を開け、新鮮な空気を軽く吸って吐くと気分転換に外へ出た。
「死ぬことすらできないなんて……」
この世の全てに偏屈を持った彼の呟きは重く彼自身にのしかかるだけだった。
少し歩くと市街地に着く。
左右には様々な店が立ち並ぶ中、陸佐は俯き黙々と歩き続けた。
雑踏をよけながらただ行く当ても無くふらふらと歩いていく。
「どこへ行ってるんだろ俺」
それすら考えなければ答えの出ない頭に苛立ちを覚える。
彼の肩と誰かの肩がぶつかる。
「おいてめぇ、ぶつかっといて謝りも無しとはどういうことだ?」
彼の肩を掴んで止めたのは、よりによって四,五人のチンピラグループだった。
周りの人々はこちらをちらちらと見るも、自分が関わるのはゴメンだと言うように目を逸らし去っていく。
陸佐のほうは俯いたままで何事も無かったかのように進もうとする。
「聞いてんのか? 謝れっつたんだよ」
「ハァ、こんな頭の悪い奴らに絡まれるなんて……ほんと生きててもいいことねーな」
小声でボソッと呟く。
それがチンピラ達の怒りを助長させまくった。
「ふざけやがって……オラこっちこいよ」
いつの間にか後ろにいた奴らの仲間に捕われ、裏路地へと拉致された。
「あ、死ねるかも」
後ろは高いフェンスで上ることはまず不可能だ。
前はガタイのいい奴やちゃっちいナイフを持った奴もいて、突破も今の精神状態じゃ無理だろう。
左右は冷たいコンクリート。 人間じゃ通り抜け不可。
まさにお決まりのシチュエーションに、身を拘束されていた彼はボロ雑巾のように投げ出された。
「慰謝料。 金くらい持ってんだろ?」
ポケットを探るが、あるのは睡眠薬とメモ帳とボールペン程度。
相手が納得するようなものは無い。
「持ってないっす。 てか殺すならとっとと殺せ」
「ふざけた事言ってるんじゃねぇぞ!」
物分りの悪い奴と当たったことをひどく後悔しながら彼はボーッと次に何が起こるかを考えていた。
「お困りのようだね」
チンピラの後ろから若い男の声がした。
「ああん?誰だてめぇ!」
チンピラはその男の胸倉を掴んできた。
「用があるのはそっちのほうだよ」
自分がいかに危機的状況かを理解していないのか、涼しい顔で男は俺のほうを指差した。
その瞬間、男の指先から青白い光が漏れ出す。
「う、うわあああっ!」
目先二センチメートルでそれを見たチンピラは思わず掴んでいた手を離す。
他の奴らもたじろぎ、俺のことなど眼中にない。
「だから邪魔だって」
男が発行した指を自分の後ろへと振った。
すると、チンピラが四人まとめて同じ方向へ吹っ飛んだ。
「ぐあ……ば、バケモノオオオオオオオ!!」
一目散に逃げ出した。
「さて邪魔も消えた。 君とゆっくりお話できそうだ」
数秒の間逃げる姿を見ていた男は、ゆっくり起き上がった彼のほうを見た。
じとっとした視線が男を捉えている。
「今のは一体何なんだ?」
彼の目の前で有り得ない現象が起きたので、一応聞いてみる。
「それは後で教えよう。 それよりも大切なことがある」
陸佐の顔と男の顔がくっつきそうになるまで接近してきた。
「これから、ある『ゲーム』に挑戦してもらう。
単純なバトルロワイアル方式、最後まで生き残った人間は死んでもらう」
えらく大真面目な顔をしているのに、内容が追いついていない。
「宗教勧誘はお断りしてます」
くだらない話だと思い、陸佐はポケットに手を突っ込み男の横を通り過ぎようとする。
「お前には 価値 があるか?」
ちょうど横に来たときに男が言う。
「クオリティ――俺らはそう呼んでいる。
人が誰でも持つこいつを、お前は持っているか?」
男は言葉の意図を考え止まっていた彼の腕を急に掴む。
手首には、生々しい傷跡が何本も刻まれている。
「生きているのも仕方ない、そんな考えしか持たないカスにクオリティなんてあるものか。
俺はお前に『生きる価値』を与えようとしてるんだがな」
始めてみた時とは全く違う、荒々しい笑いを彼に向ける。
「だから、生きてるのも仕方ないって行ってるじゃないすか」
「俺の言ったことが分からないのか? 優勝者は無条件で殺される」
その跡や全身から微かに漂う薬の匂いのせいで完全に見抜かれている。
「最後くらい、己の持つクオリティを爆発させてから死にたくはないか?」
誰もが持つ、心の奥に眠るどす黒い欲望。
男はそれを知った上でこんな事を言っているのが彼にはよく分かる。
彼だって、奥底には持っている。
「……悪くない、話じゃないですか」
幾度と無く死ねないを繰り返した陸佐は、勝ち残れば確実に死ねるというこの話がだんだんうまい話に聞こえてきた。
男はそれをYESの返事として受け取ったらしく、掴んでいた手を離す。
それと同時に彼は答える。
「出場する。
クオリティを爆発させて、死ぬために俺はそのゲームに参加します」
「上出来だ」
男は彼の中のクオリティを見出し始めながら応答する。
結局、誰も自分の欲には逆らえない。
彼は男の後ろについて狭い袋小路から出てきた。
外は赤い夕日が差していた。
「あんたは何者なんだ」
どこに連れて行かれるかも分からないまま歩き続ける中、聞いてみた。
「俺は日比代。 このゲームの主催者の一人」
「他にも主催者はいるっつーことでいいんすね」
「物分りがいいのはいい事だが、あんまり他人の事情に首突っ込んじゃねえよ……
さて着いた」
日比代と名乗った男は立ち止まる。
周りは広い空き地で、人が通る気配は全く無い。
「まず、このゲームに参加するにはクオリティの覚醒が必須条件だ」
また日比代の指先が青白く光り始める。
「クオリティ――つまり己の価値を具現化したものだ。
俺のクオリティは『操作』」
さっきのように指を後ろへ振る。
すると、陸佐の体に思いっきり引っ張られる感覚が走る。
「うあ」
成す術も無く後ろへ放り投げられる。
日比代は微動だにしない。
「まずは己の価値に気づけ。 そして具現化してみろ」
「無理言いますね」
体中に走る衝撃を咳き込むことで誤魔化しつつ立ち、彼は早速諦めの姿勢に入る。
「死にてえならやってみろ。 ほら早くしないとマジで死ぬぞ」
また指が青白く光り始める。
「……ちっ。 早く殺せよ……」
今度は全力で踏ん張ってみるも、同じように飛ばされてしまった。
「これで87回目」
日比代の指がまた光り始める。
陸佐のほうはボロボロで、もう転がったまま立つことも出来なくなっていた。
「やっぱり薬の副作用って……厳しいな……」
体力がかなり落ちていることを実感する気力も無い。
「生殺しはきついか? いっそ殺してやる」
日比代がひときわ大きく指を後ろに振る。
彼の体は高い放物線を描きながら飛んでいく。
「……ちくしょう」
今まで出来ないことなど何も無かった彼が、いとも容易く遊ばれている。
「何か……嫌だ……」
次第に、驕りで埋もれていた劣等感が顔を出してくる。
陸佐に人間として持つべき欲望が戻ってきた。
ちょうど放物線の一番高いところにさしかかった所だった。
「ちくしょう! 何で勝てない!」
大きく叫ぶ。
手から、パチパチと音がする。
粒子状のものが弾けるような感触が彼の右手からする。
「……」
彼の頭の中に一つの単語が浮かぶ。
『反抗』
無意識に落ち始めた体を丸め、右手を地面へ向ける。
すると、右手に溜まっていた粒子が下へと猛スピードで落ち、真下の地面へ張り付いた。
体はどんどんスピードを上げるが、何故か不安は感じていない。
「反抗する……」
「ん?」
粒子の張り付いた地面と手が近づく。
すると、バチバチッと大きな音がして、彼の体にかかったスピードは0になり、少し跳ねるとゆっくり立った状態で着地することに成功した。
「俺の価値って……『反抗』なのか。
嫌な響きだ」
弾けつづける右手を見ながら呟く。
「ほぉ、やりゃあ出来るじゃねえか」
日比代は指先を立てず、手全体を彼に向ける。
手も同じように青白く光りだした。
「じゃぁ、次は手加減しねぇぞ」
「たぶんこうかな」
陸佐も手についている粒子を自分の足元へとばら撒く。
「88回目……!」
日比代が同じように手を後ろに振る。
すると、彼には今までとは比べ物にならない力が体に加わる。
しかしそれは払い除けられ、彼は日比代向かってとんでもないスピードで加速しながら突進してくる。
「んっ?」
後ろに振った手を横方向に振る。
すると、日比代の体がその方向へずれた。
「逃がさない……」
陸佐は自分の少し前に粒子をばら撒く。
そしてそこに差し掛かると、壁を蹴るようにその粒子を踏む。
方向がきっちり変わり、彼の体は日比代の体にジャストミートした。
「ってぇ…………」
お互い倒れ、彼はそのまま気を失ってしまった。
暗闇の中に沈んでいた意識がだんだん戻ってくる。
「『反抗』、ねぇ……お前にぴったりのクオリティだな」
さっきまでいた場所に寝転んでいた。
右手を見るが、粒子は消えていた。
「本当、俺の価値って無いに等しいんじゃないのか」
「覚醒した価値は絶対に忘れれるな。 少しでも価値が無いなんて思えば一瞬でパァだ」
日比代がきっちり忠告をする。
「さて、明日も同じ時間にここに来い。 ゲームのルールを教えてやる」
陸佐の顔と男の顔がくっつきそうになるまで接近してきた。
「死ぬために参加する奴なんて始めて見た。 お前には期待してるぞ」
そういうと、日比代は青白く光った手を掲げどこかへ『操作』されていった。
「……ここまで来ても期待されるのか……嫌だな」
彼も立ち上がって、自宅を目指す。
自分が、このゲームに自分の生きる価値を見出しつつあるのは気づかないまま。