Neetel Inside 文芸新都
表紙

シヴァリー
肆『決着』

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 必殺の間合いから放たれた、瞬速の弾丸を逃れたシヴァリーに、バジレオはしばし呆然とし
たが、その膝が、がくがくと小刻みに震えている様を見て、いやらしく唇を吊り上げた。

 あの瞬間シヴァリーは、完全に避けられぬと知るや、その礫目掛けて剣の軌跡を変え、そし
て見事、逆袈裟に礫を切り裂くことに成功した。(礫に袈裟もなにもあったものではないが、
軌跡を想像しやすいように、敢えてそう使う)
 それは確かに人を超えた絶技と言って良い行動であったが、しかし、二つになったからと言っ
てバジレオの武器は止まるものではなく、片方は左耳を掠めただけで済んだものの、もう片方
は、彼の右腿を深く抉る結果となったのだった。
「勝負、あったな」
 バジレオが呟く。シヴァリーはそれを受けて、目を、閉じた。
 間合いは再び最初と同じ十間。しかしそれは足を潰されたシヴァリーには、遠すぎる、絶望
的な距離だった。
「……だがお前はよくやった。これは、俺のジョーカーだったからな」
 目を閉じ、死を覚悟したようなシヴァリーの態度に気を良くしたのか、バジレオは優越感も
露に語り出した。
「冥土の土産に教えてやるよ。俺はな、こうして――」
 言って、何を思ったか両手の魔洞を腰に戻した。会場から、ブーイングが起こる。
「――銃を持つ、と言う動作を、省略することが出来る」
 しかし、空手で上げたはずの手には、しっかりと魔洞が握られていた。
「ちゃちな手品じゃないぜ? 俺の研鑽、ってやつの賜物さ」
 バジレオはうそぶくと、にやりと笑って、右手の魔洞に口付けした。
 今度は、一転拍手が起きる。

 神域に達した技術とは、今バジレオがやって見せたようなものを言い、これを持つが故に、
人間はヴァルハラに招集される。
 彼の技は、彼の言うごとく手品などではなく、『ある場所に、物体Aがあるという可能性を
完全否定し、逆に別の場所でこれを肯定する』という、まさしく神にしか、いや、神にすら実
現し得ないからくりの下、成されている。
 折角のショーにしかし、シヴァリーは目を閉じたままピクリとも動かなかった。それに少し
だけ拍子抜けした様なバジレオだったが、気を取り直して照準を合わせなおし、
「お前の技は、大方あの移動法だったんだろうが……残念だったな。切り札は、先に見せた方
が負けるんだよ」
 上機嫌に、唄うように言いながら、
「じゃあな。『次』はうまくやれよ……って言っても覚えてないのか」
 人差し指に、力を入れた。
 観客席のそこかしこから、悲鳴が上がる。それは言うまでもなく怖いもの見たさの人間が上
げるのと同じおざなりなものであり、彼の身を案じたものではない。しかし、皮肉にもそれが
シヴァリーの死を飾る、唯一の唄となった。

 ――なった、筈だったのだが。
 バジレオが指を引ききる前、そのほんの一瞬の間に、空気が凍り、そして動いた。
しかして動いた世界には、些細な、だがひどく特異な変化が現れていた。
「……?」
 その奇異な光景は、観客全てと、もちろんバジレオ本人を呆然とさせた。
 シヴァリーから扇状に、バジレオのところまで、黒い面――画用紙のような、鉄板のような。
薄く、広い面だった――が広がっていた。
 黒い面は、ただ宙に浮いていた。浮いているだけであった。いや、むしろそうであるが故に、
それは異質なものだった。
 バジレオは、自分の視界から自分の腕や地面が消え、変わりに黒い面が広がったことを正し
く認知することが出来ず、どうして自分の銃が発動しないのかと、いや、それどころかどうし
て首から下の感覚がないのかと訝しく思った。
 目標を見てみれば、いつの間にか目を開けたシヴァリーが、先程と変わらぬ格好でこちらを
見据えている。
「……本当だな。まさしく、貴殿の言うとおりだ。切り札は――」
 どすん、と自分の後ろで何かが倒れた音がした。混乱し続ける頭はしかし、それがなんであ
るかを正しく認知していた。それは疑うべくもなく、彼の。
「――先に見せた方が、負ける」
 シヴァリーが言葉を締めるなり、バジレオの視界の下半分を支配していた黒い面は跡形もな
く消え去った。
 バジレオは何故かそれに伴って、落とし穴もないのに下に落ちる。
上に流れる景色の中で「ちくしょう」と呟いたつもりだったが、空気を送り出す機構と分離さ
れていた唇は既に、ヒュウとすら鳴ることがなかった。
 シヴァリーが目を閉じたのは死ぬ覚悟でなく精神統一のため。それを見抜けなかったバジレ
オは、己の有利に酔い、勝機をまんまと逃したのだ。

 そうしてバジレオは、蛙などの小動物と同じくらい低くくなった視界の隅に、自分の足の裏
を見た。
 黒い皮で出来た靴には、コロッセオの砂が微量についていて、そのなかの幾つかの砂粒が、
太陽の光を受けてきらりと輝いた。

 それが、そのきらりと光る砂粒が、彼の見た『今生』最後の光景だった。

       

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