うはw急に新しい家族が出来たww
【第】うはw忘れておけばいいものをww【6話】
真っ暗だった。
暗い暗い、しんとした闇の中で、俺は泣いている。
鼻水だか涙だかわからないが、ぼたりぼたりと膝を伝って床に落ちる音を聴いた。
どうやっても開かないと分かっていながら、扉――ふすまを、俺は小さな手でがたがたと揺らす。
しかし、やはり、開かない。
俺は不安で不安で仕方がなかった。
小さな細いからだを自ら抱きしめるが、不安から逃れられはしない。
これは…夢か。俺が幼い頃の。
しかしこれは――。
…いい思い出ではないことは明らかだった。
俺は堪らなくなり、闇の中、
「あけて!おにーちゃ、あけ、あけてえぇ!」
――叫ぶ。
【第】うはww忘れておけばいいものをww【6話】
ばっ、と目を開く。
視界は、一面灰色だった。灰色の天井。
天井が、低い。
「…?」
心地よい揺れが俺の体をくすぐる。
1/Fの揺らぎとでもいうのか、これは。気持ちがいい。
…車か。
そうぼんやりと理解するが、同時に体が異常に重いことにも気付く。そのだるい体をゆっくりと起こすと、脳がぐらりと動いたような感覚に襲われた。うなりながら顔をあげると、運転席には華奢な青年の後姿があった。
「よ、起きた?」
「…みどりさん…?なんで?」
美登利さん。女顔の、鳴子さんの漫画のアシスタントだ。
…そう、鳴子さんの漫画の仕事、今日はどうしたんだろうか?
そう思い見るとその後姿の肩は、小刻みに震えている。笑っているようだった。
「それはキミ、熱がたっかいからだよ。あんまり良く寝てるから俺がおんぶして運んだの」
「それはどうも…。や、そうじゃなくて…」
「学校から連絡があって――でも鳴子と俺しかいないから。鳴子は車運転できないし、ということで俺が来た。まあ、『麦の学校から連絡くるかもだから頼む』って稲生に朝言われてたけど…、風邪ひいてたんだ」
「……は、あ…」
兄貴があ?
朝何か怒鳴っていたのはその辺のことだろうか。
アイツ、俺が風邪ひいたの何で知ってんだ?
あ…俺が外に出たことを知ってれば想像がつくか…。
「なん、どうした」
美登利さんは横目で俺をにやと意味あり気に、見る。
「…何でもないです」
くそ。なんだってんだよ、あいつは。自分でビールぶっ掛けといてよ。
…単に先回りしただけか。はいはい根回しのいい事で。
俺は眉間に皺を寄せついでに溜息をついた。
そう――賢いもんな、兄貴は。…仕事でも相当出来るみたいだし。ドラッグストアの店長やってるような器じゃねーんだよ、アイツ。
でも。俺を育てるために、俺のために、犠牲になるみたいにしてせっかく入った一流の国立大を中退したんだ。
おかしいんじゃないのか、と思う。国立なんだから金がなくたってなんとかなるかもしれないのに。
俺に何を言うわけもなく。「あの大学は合わなかった」などと辞めたあとに言って。
信男は「溺愛している」などと言っていたが、間逆だ。本当は間逆なのだ。弟のために大学を中退までし、懸命に働く…はたから見れば、これは愛がなければ出来ないと思うかもしれないが、それは違う。
目を閉じて俺は息をつく。
まぶたに先ほど夢でみた闇が蘇った。
「――あれは俺を憎んでる」
そうだ…俺を殺しにかかった事だってあるくらいなんだから。
*
ふらふらと美登利さんに支えられながら玄関にたどり着く。
玄関には…やはり琴美さんの茶色のローファーがあった。
今日も…いかなかったんだ、と思いながら家に上がるが、馬鹿が、と思い直す。
もうやめるんだ、こんな面倒くさいことは。
こんな家、とっとと出てやる。
そう俺が頑なに決心した瞬間、二階から――
悲鳴のようなものが聞こえた。
「やあーーーーーーッ!!!」
玄関の直ぐ近くにある階段から響く叫び。
これは――。
「琴美さんの声?!」
俺は鈍い頭の痛みに目をぎゅ、と一度つむってやり過ごすと、美登利さんの肩を借りて靴を急いで脱ぐ。しかし、玄関を上がり二階へ向かおうとすると、後ろにいる美登利さんが呟いた。
「うあ、また始まったか…」
また、始まった――?
「どういうことです」
「ああ…麦っこは知らないんだ。ちー、まずいな。稲生に口止めされてたんだった」
「!」
あのヤロウ…!
美登利さんまで丸め込んで俺に琴美さんのこと口止めしてたのかよ!
再び顔を歪めたが、そんな場合ではないのであいつを罵るのは我慢した。
その代わり、また同じ質問をする。
「どういうことなんですか?!」
「どうって言われても俺の口からは…なんとも言えないんだよ」
美登利さんは中々折れる素振りをみせない。
「…。じゃあ、俺、このまま二階に行って、琴美さんに問い詰めますよ?いいんですか!」
俺は頭に血が上っているらしい。脅しに入るしかない、と強行に走った。
「えーーーそりゃキミ、困るよ。やめておいた方が無難」
それでも折れない美登利さんに俺は相当頭に来てまた大声でつめよる。
「いいから訳を話してください!これじゃあキリがないでしょうが!」
「話せない。そのまま上に行くのもダメ。キミはここで待って。
――琴美を傷つけたくないなら」
「……!」
言葉に詰まる。
がなりすぎと風邪のせいで渇いた喉が動くのを感じた。
一体これは、どういうことなんだ?
俺が琴美さんに今会いに行く事によって琴美さんが傷つく、というのは。
「でも…」
心配だ。
一体なんでこんなに最近知り合ったばかりの他人を気にしているのか自分でも分からない。
世話を少ししただけで親鳥になった気分なのか? 既に意地になってるだけなのか。
「もう鳴子が琴美の部屋へ行ったよ。俺たちはお呼びじゃないさ」
「…でも…!
心配で仕方ない!今の悲鳴、普通じゃないでしょう?
何週間しか共にしてないけど、
同じ建物に住んでるだけの他人になるつもりで、彼女らの家政婦するためだけに
俺は同居を受け入れたんじゃないんだ!
分かるでしょう?!美登利さん!」
俺は息も絶え絶えに、なんだか恰好いいことを言った、と自分で自画自賛した。
ここは読者も感動するところ。なあそうだろう。そう思うのだが、美登利さんの口からは、
「…つまんねえ理由だこと」
などという言葉が笑顔で吐かれた。
なん…だと…?
俺は唖然として美登利さんを凝視する。
すると、彼は溜息をつきながらついに折れた様子で言った。
「まーいいか。そこまでいうんなら、俺の責任で琴美にあわせてあげるよ」
「え?!本当ですか?」
「ただし、俺の言う通りに出来るならね」
後悔するなよ、と捨て台詞を吐くと不敵な笑みでおもむろに廊下近くの物置部屋へ入っていく。
急いで彼に習うが、
――数分後、俺は後悔することになる。