Neetel Inside 文芸新都
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夜行
導入

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 理不尽なわがままに振り回されることには慣れている。無理な時間に呼び出されてがために身支度を整える時間がなかったのに、無精ヒゲを生やしているなんて最低、と罵られたこともある。寂しくてたまらないから会いに来いと、AM0時を過ぎてから召喚されたことも一度や二度ではない。後者のようなわがままは、俺を愛すが故だろうと可愛くもあったが、前者のようなわがままには辟易している。そして、今朝の電話での要求は後者に属するわがままだった。
 
 今朝はPHSの着信音で目が覚めた。今春より、俺は大学院に進学し、彼女は某電気メーカーに就職した。彼女の勤務地は大学の所在地からは程遠く、いわゆる遠距離恋愛という状態になった。最初は自由な時間が増えるかと思っていたが、通話料金が定額のPHSの存在は、空いた時間のほとんどを電話の相手に使わされる結果を生み、自由な時間はむしろ減った感すらある。ここまで支配されて、嫌な目にあっていても、別れるという選択肢を選べないのはそれだけ相手が自分にとって重要だからなのだろうか。それとも、俺にMの気質があるせいなのか。恐らくは両方なのだろう。
 
 今朝の電話は最初から甘え声だった。子犬が人に甘えんとするときの鳴き声に似ている。理由を詳しく聞く時間はなかったがどうしても寂しいらしい。この要求を却下することはた易い。しかし、そうして要求を断ったあとのケアに要する労力は、要求を飲むのに必要な労力より概して大きいことを、遠距離恋愛が始まってから数ヶ月で十二分に学んだ。
 
 朝の電話終了後、即時に研究室に向かい、必要な作業を追え、まだ作業が必要なタスクは研究室外で対処できるだけの処理を行い、更には当日の夜行バスの手配までを終えて夜行バスの集合場所である駅へと向かった。既に何度か経験した事態であるだけに、各種処理も迅速で、手馴れたものだ。
 
 駅前のロータリーには大型車用の駐車場が完備されている。冬季にはスキーツアーのバスもこのロータリーを中心として多数集まるらしい。集合時間まであと、30分ほどある。とりあえず、コンビニで雑誌でも読んで時間を潰そうと思った。
 
 「やっすいバスだから、席が狭いんだよな。隣の奴がピザじゃないといいんだが…」

       

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