Neetel Inside 文芸新都
表紙

狂人戦闘舞踏祭
プロローグ

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――プロローグ――



月明かりが街を照らしていた。深夜、この田舎の街に人通りは全くない。
少年は乗っている車の窓から、その街を見ていた。対向車線から来た軽自動車とすれ違う。曇り一つ無い窓越しに運転手を一瞥した。何の意味もない、ただ、何となく見ただけだ。
それからまた、街の様子を見ていた。深夜零時を回った今、この街の中央ともいえるメインストリートは冷え切っていて、殆ど物音がしなかった。
その中を進む彼と、運転手を含めて四人を運ぶ軽自動車だけが、まるで別世界の存在のように、冴え渡っていた。
微風が窓を打つ。寒い冬の中、この風は堪えるだろう。かすかに曇った窓。窓越しに、外気が伝わってきた気がした。しばらくボーッと窓を見つめてから、彼は目線を、窓から前に移した。
「もうそろそろだ、今日の仕事場までね」
運転席からそう、良く通る男性の声が聞こえた。良く知った声だ。それから、これもまた知った凜とした女性の声がした。
「はやく終わらせたいものです」
それに「そうだね」と運転席の男は答えた。それから男の声が、少年の名を呼ぶ。
「殿内君?」
「……何ですか?」
少年――殿内武彦は、聞き返しながら、着込む藍色のロングコートのポケットに手を突っ込んだ。
直ぐに硬いグリップに手が触れた。彼をそれは、悴んだ手で握る。指先からしっくりと感じる、重量感。黒く、長いバレルが容易に想像できた。武彦の愛銃、ベレッタ92FSVertec。彼はそれを強く握りながら、男の反応を待つ。直ぐに、運転席の男は言った。
「前の傷、本当に大丈夫かい?」
「ええ、完治してますから。ご心配なく」
そう答えて、武彦は押し黙る。元々口数は多い方ではない。何かを聞かれた時に、やっと何かを答える、といった具合で、殆どの場合会話が話しかけられる事でしか成立しない。
極端に無口。そして、頼りになる。それが、仲間内での彼の評価だった。
「ほんとかぁ? 嘘はつくなよ」
武彦の真横に座っていた、茶髪の少年――彼の仲間であり、親友の武智拓真がにこやかに聞いてきた。覗かせる白い歯、輝く黒の瞳。親からの遺伝の茶髪もあって、彼自身が完璧なイケメンだった。教養もあって、かなり優美な印象だが――実際の彼を知ると、誰もが縁を切りたくなる。
高校二年生にして女好き。この仕事にも興味本位で参加し、頭角を見せているが、最中にはしょっちゅうスラングを吐く。品が無い、と言えば、その通りだった。
「そうだ。前に喰らったのは、かなり深かったのだろ?」
助手席から凜とした声が聞こえた。少女――皆から”委員長”と呼ばれる、良峯桜の声だった。武彦は、ただ「大丈夫だ」と答えて、また押し黙る。華麗に無視された拓真は、「ちぇっ」とつぶやいて、窓に目をやった。それから、拓真は静かに外を見つめていた。時たま、「おっ」だの、車外で何かを見つける度につぶやいていた。
「うん、それなら良いんだけどね」
間を大きく取って、締めくくるように運転席の男――明智慎司が締めくくった。それから、しばらく沈黙が車内を支配する。
また武彦は、窓から外を見た。二階建ての小さなビルの窓が、月明かりを受けて煌びやかに光っている。夢のような一瞬の光景に目を奪われながらも、彼はまだベレッタのグリップを握っていた。
コートに手を入れ、しかもグリップを力強く握っている。少し汗ばんできた手で、それでもしっかりグリップを握っていた。
LAMを標準装備。十五連マガジンには九ミリのパラベラム弾がしっかり詰まっている。後はスライドを引いて、ハンマーを戻せば、引き金を引いている間は弾が乱射される。それこそもちろん、ダブルアクション故に射撃精度が高い、という訳ではないが、こういった仕事には向いている。どうしても精密射撃をしなければいけないなら、撃鉄だけ起こして、LAMで照準すれば簡単に撃ち抜ける。そういった利点から、彼はこの拳銃を十年前――六歳の頃、手にした。
あの頃手に大きかったはずのグリップは、今や手にしっかりと収まってくれている。彼は仕事前にする、いつもの高揚感を必死で押さえながら、大きく息を吸って、吐いた。少し気分が落ち着く。
仕事。そう、殺し。と、いっても、人を殺す訳ではない。闇が産んだ、”奴ら”を始末する。
武彦はその瞬間を考えると、また気分が高揚し始めているのに気がついて、無理矢理また、気分を落ち着かせた。
落ち着け。今は、落ち着いておけ。彼はそう自分に言い聞かせて、特に何も思わずに、外を見続けていた。
車のエンジン音までが体を介して、彼の頭に響いてくる。静寂。沈黙。彼はその中で、やっとの事落ち着いて、窓の外を見つめていた目を閉じた。
特別眠い訳でもない。寝る気も無かった。だが彼はそうやって、落ち着いた気持ちを保った。
「……そうだ」
突然、静寂を破って慎司の声が車内に響く。
「何すかぁ?」
外を見ていた拓真が慎司の方を見て、聞き返す。慎司は前を見ながら安全運転を心がけつつ、言った。
「もし次に、”あいつ”が現れたなら、その時は、僕に一通連絡をくれると嬉しいんだ」
「うぃっす。んでも、何で?」
「いや……そのためにペーパードライバーだけどがんばって運転してるのさ。重いからね、”あれ”持ち歩くと」
まさか。拓真がそんな目で慎司を見た。「ははっ」と笑って済ます慎司に、半ばあきれ顔で拓真が聞いた。
「ライフルなんて持ってきたんすか?」
「そうそ、M4カービンとM16をね!M4に至っては M203(グレネードランチャー)も、もっちろん装備さ。今回は僕も張り切っていくよ」
殆どあきれた声で、拓真が「うぃっす」と答えた。慎司の低い笑い声が、しばらく続く。
ライフル、拳銃。それらを持つ日本の高校生と、日本の社会人。それは異常な事だ。だが、それは彼らにしか、出来ない事。

――ライフル、拳銃。それら凶器を用いなければ、倒せぬ敵。世界の闇、それらを彼ら”狩人達”は、”魔”と呼ぶ。数世紀に渡る、狩人達と魔の戦い。これは、その一握りをかいつまんだ物語である。


十八世紀、ヨーロッパの人々は、魔法と錬金術、それらに成功し、飛躍的な技術進歩を得、それによる富の獲得を考えていた。
どこの研究者か。いや、団体だったのかもしれないが、それは定かではない。ともかく、どこかに居たその人物、もしくは人物達は、戦争にそれを転用する事で富を築こうと考えた。
魔。生み出されたそれは、神話の生物を模し、時に独創性あふれるアートとして、作り上げられた。
そこからは定かではないが、こう伝えられている。
戦争に投入されたそれは、人々に魔法と錬金術の恐ろしさを伝えた。十六対一。圧倒的な戦闘力を有した魔は、戦争のみならず、ただ人を殺す、その概念だけを有した、失敗作として誕生し、人々を殺していったという。
人々は魔法と錬金術の存在を否定し、一挙に忘れ去り――後生、人類が滅びぬために、願いを込めて、”狩人達”を結成した。それは、未だに存在する。
魔は、全滅したはずだった。しかし、それは偽り、表際に全滅されたと発表されたはずの魔は水面下にとけ込み、夜な夜な、人を襲い続けた。
狩人達の今だの存在意義はそこにある。 十八世紀から三世紀続く、戦いの歴史。魔の存在が公に出来なくなった今、彼らの様な少年少女から、大人、老人に至まで、戦士としての適正を持つ物達は、未だ戦い続けているのだ。
そう、今宵もそうだ。数週間に一度の、魔の活性化する日。武彦は、廃棄された工場の前で止まった車から降りると、肌に当たってくる風を鬱陶しく思いながらも、辺りをうかがった。
警戒は怠ってはいけない。二週間前の事、この町に潜む魔が活性化した時、彼はそれを怠って、酷い怪我を負った。幸い幼少時代から、孤児だったために狩人達に引き取られ、陰たる技術の魔法を掛けられている彼は回復が常人の十倍近く、二週間で直ったが、まともな常人だったらそれは年単位かかっていたかもしれなかった。
それをふまえて、武彦は辺りを念入りに警戒して、魔の気配も探り――やっと車内の仲間達に安全を報告した。戦闘力がおそらくこの中でもっとも高いだろう武彦が、まず現場では初期索敵を担当する。いつもの事だった。
「全く、冷えるな、冬は……」
桜がそうボヤきながら、車から出てきた。黒髪の腰まで届く髪を粗めにポニーテールに纏め、二重の切れ長な目。発育の良い体に、この声。
町中を歩いていれば、それだけで視線が集中するだろうこの少女は、今他のメンバーと違って、クリーム色のハイネックにロングスカートと、かなりの薄着だった。何せコートをクリーニングに出しているというのだ。それは災難だが、こんな日に活性化した魔を呪うしかない。それを解っているのか、はやくも彼女半執念と怨念の籠もったLAR グリズリーを利き手の左手に持っていた。実戦では大きすぎる反動で殆ど役に立たないだろう四四マグナムを、魔法の術式によって反動を押さえ込み、使いやすくしたモデルだ。LAR グリズリーのガバメント・モデル。その魔法術式の煌びやかな金色の装飾がなされた、鈍く月明かりで銀と金に光る銃が、何とも彼女にミスマッチだった。委員長、の名前の元である風紀委員長、なのであるが、これではまるでモデルガンで遊ぶ不良のようである。
「っうぁ、さっみ!」
コートを着込んでいると言うのに、大げさに拓真が言って車を降りる。武彦と同じで、右手をポケットにつっこんでいた。
もちろん、つっこんでいる理由も武彦と同じだった。S&W M28。通称はハイウエイパトロールマンだ。とはいえそれは従来のハイウエイパトロールマンではなく、アメリカなどでは良く使われるシリンダーを改造する事で、細身の三五七マグナムを八発も装填出来る様にしていた。ただ、そこからが違っていて、桜と同じで四四マグナムよりか口径が小さいものの、それでも大反動の三五七マグナムを乱射するために、やはり術式が施されていて、煌びやかに鈍く光を発していた。
「寒いっつーか、なんつーかなぁ、俺としては委員長が寒そうすぎて暖めたいっていうか」
「殺されたいか?」
本気でグリズリーを構えようとする桜に、左手を大げさに振りながら「冗談だって!」と拓真は苦笑いを浮かべながら言った。冷ややかな目線を桜は送りつつ、グリズリーに添えた右手を離した。
「いつもの漫才かい?」
そう言いながら、運転席から慎司が姿を見せた。縁なしの眼鏡に、整っていないボサボサな黒髪。Yシャツの上からVANのブルゾンを羽織っていた。しかしお世辞にも気を遣っている、とはいえいえず、ジーパンに入れているYシャツは裾が出ていて、ネクタイはゆるみっぱなし。ブルゾンは至る所に小さな埃がついていた。
「いつもの漫才なら、先生はいつもの格好、っすよ」
拓真の声に、「少しは身だしなみ、というものにも気を配った方が良いかと」と桜も同意した。彼らの通う私立の高校で数学教師を務める彼だが、普段からこういった姿なのだ。
そういえば一年前、入学したての頃に、他の職員からのあまりの訴えに、校長に廊下で怒られていたのを見たのを武彦は思い出した。とはいえ、あの時は急いでいて、校長がなんと怒っていたかすら聞いていなかったが、ともかく身だしなみについて怒っていた様だった。
(確かに教師たるもの、か)
心の中で武彦はそう呟いた。それを見通した様に一瞬、冷ややかな目線が慎司から送られたが、彼は華麗に無視する。
「さて……んじゃあふざけるのもここまでにして」
慎司がそういいつつ、車の後部の方に歩いていった。手には鍵。トランクを開けるのだろう。
「ええと、今回はあの工場を陣取ってる魔を狩るんだけどね」
慎司がゆっくりとトランクを開けた。それから、「よっ」と小さく声を出して、重そうに巨大なケースを取り出した。
それを地面に置きながら、慎司は静かに言った。
「あの工場には、どうにも武彦君に大けがを負わせた奴と同等の”デカブツ”が潜んでいるらしいんだ。だからこうやってライフルも持ってきた訳なんだけどね」
慎司がM16A2アサルトライフルをかざして見せた。それからそれを右手に、持ち、銃身を肩に掛け、更に左手にM4カービンのM203グレネードランチャー付きのものを持ち、同じく銃身を肩に掛けた。
ふぅ、と息をつきながら、慎司は立ち上がった。両手にアサルトライフルを持った、だらしのない男。なにやら、異様な雰囲気を漂わせていて、どこかの映画に出てくるマッドサイエンティストの様だった。今までも何度かアサルトライフルを使って、いつもの無線機のサポートとは違って実戦に参加してきた慎司だが、両手にライフルを見たのは初めてだ。
いつもの精密射撃と違って、命中精度を考慮するのではなく、殆どばらまくという戦い方を選ぶ、という事なのだろう。その証拠に、いつも使用する二十連マガジンではなく、三十連マガジンが両アサルトライフルには差し込まれていた。
そんな様子の慎司をしばらく見つめていた桜が、突然問う。
「今回の敵はそんなに? 私の魔力で大丈夫なのでしょうか?」
魔力。即ち狩人に仲間入りするためには、人が誰しも持っている魔力が基準値より高くなければいけない。何故なら、かつて魔を作り出した者達がそうであり、その根絶する、という意味合いと、何より魔力を弾に込めるためには、基準値より高い魔力を持っていないといけないのだ。基準値より魔力の高い者は、引き金を引くと魔力が弾に自動的に込められる。通常の人間では魔が撃退することすらできないが、狩人達が魔を仕留められるのはそのためだという話だ。しかしそれも、万物に通用する、という訳ではない。その者が持つ魔力が込められたとして、その上を行く魔力を持った魔に対してその弾――魔弾が放たれたとして、相手の魔力に相殺され、中々有効なダメージは与えられないのだった。
「まぁ、大丈夫だろうね。使用弾強いし」
使用弾。即ち三五七マグナムや四四マグナムを使用するのは、弾の火薬量が多く、その弾が強力であればあるほどに、宿せる魔力が多いからだった――勿論マグナム程の要領にいっぱいまで魔力を込めたとしても、小さい魔力をマグナムにいっぱい、と、九ミリ弾に強い魔力をいっぱい、では、容量の小さい九ミリ弾でも、九ミリ弾の方が強力になるのだが――たとえ魔力に差があっても、大量の魔力をぶつけてやれば、相手にダメージを与える事が可能だ。とはいえ、それはその分装弾数が少ないし、更にはこちらの魔力があいてより圧倒的に低いことを逆に示してしまう、という事もある。とはいえ、桜も拓真も、武彦や慎司と違って、狩人としての歴はまだ二年程だ。マグナムタイプを使用するのは、仕方ないことである。慎司の様に七ミリ弾で実戦が出来るまでは、少なくとも十年。武彦の様に九ミリ弾にこぎ着けるまででも七年は掛かる。
「それでも撃ち抜けなかったら、バックアップ。後方支援の僕と一緒に、逃げ回りつつ撃つ。その場合の前衛は、殿内君になるね」
武彦はコクリと頷いた。思い思いに二人も、「うぃっす」だの「解りました」と答えた。
「内部構造図は至って簡単。あの工場は電化製品の工場だったらしいんだけれどね。ここからじゃ暗くて見えないんだけど、実はあそこ、結構広いんだよ」
そう言ってから、慎司は「う~ん」と唸って、続けた。
「だからね、結構僕も心配してるんだ。囲まれたりするかもしれないからね。敷地がさ、広い訳だよ? 工場が二つあってね、どっちにも魔が潜んでるだろうし、僕らが接近したら展開するだろうし……かといってまさか、対戦車ミサイルでも持ってくる、って訳にはいかない」
何で前もって作戦を考えておかなかったのか? 桜が一瞬そういう目をしたのを、武彦は見逃さなかった。
しかし、広域における魔の掃討戦。だとして、確かに囲まれた場合、こちらは一方的に不利になる。その場合の対策は、練っておかなければいかない。でなければ、魔が活動をやめる朝方になるまでに骨だけにされているか、それとも誰かが欠けている、という結末を迎える事になる。しかも曖昧な対策では駄目なのだ。各員がしっかりとこなせる役割で無ければ。
「まぁ、でも、臨機応変、なんて言葉もあるんだけどね。……あ、いやいや。冗談だよ」
臨機応変、という言葉を言った時に、キリッ、とにらみつけた桜に、微笑みながら慎司は誤魔化した。どう見ても言った時の目は本気だったのだが。
「とりあえず……うん。デカブツは、倉庫で待機だろうね。デカブツってさ、親玉だからさ、動かないんだよ、動かないの。前に遭遇して知ってると思うけど、あいつら雑魚操ってるだけだからね。まぁでも、その雑魚も数で攻められると、こっちはツラいんだけど」
そういって、苦笑を浮かべながら、慎司が何も言わずに、三人から少し離れた位置に歩いていく。それから、両手に持ったアサルトライフルを空中に向けた。
「防戦、って事で」
まるでゲームでもするかの様にそう呟いて、慎司は三点射に設定したM16と、フルオートに設定されたM4の引き金を引いた。
その瞬間――魔弾が空を切り裂いたその時、異変は起きた。遙か遠方。彼らの居る工場から数キロ後方を走る車が、ピタリと制止し――道を横切る野良猫が、その動きを止める。
《WAY》そう呼ばれる、狩人達の能力だ。彼らの放った銃弾の銃声や、その他魔を目撃されないため、狩人達の一人が銃の初弾を放った瞬間、それは発生する。
世界全土の時間が止まる。その中で活動できるのは、彼ら狩人達だけだ。また、どれだけ建造物や生物に、このWAYの中で弾丸を浴びせても、WAYが解かれた瞬間、何事も無かったかの様に動き出す。また、この時間を全世界の狩人達は例外なく体験しているが、まさか眠る事など出来はしない。遙か遠方。たとえば日本から離れた国で戦いが起こったとして、それは彼らには無関係とはいえない。狩人達が戦闘を始めると、希にだが、その日が活性化する日ではない魔も活性化してしまう事があるのだ。
おそらく今も、海外で飛び起きたり、周囲を警戒した狩人がたくさん居るはずだ。
ともかく、今、WAYは展開された。その中で、魔力を帯びた弾丸が幾発も、耳をつんざく鋭い銃声と、眩いマズルフラッシュとともに空を切る。
「とりあえず」
慎司が何事も無かったかのように、笑いながら振り返った。工場の方で大きな物音がする。魔が、こちらに攻めてくるに違いない。
「車を盾にしていいからさ、ドンと行こうか」
唖然。ぶっ飛んだ目で物を見る――と、でも言えば良いのか。武彦は心の中でこの男を形容する言葉を考えてみたが、浮かんできた『はぐれライフル使い純情派』も『渡る世間は殺し屋ばかり』もどうも違う気がして、ともかくぶっ飛んだ男、と定義しておいた。もちろん、前からその定義だったのだが。
「せ、せせ……先生ぃぃ!? 何してんすかぁ!?」
遅れて、拓真があわてながらつっこんだ。工場からは、既に異形者達が向かってきているのが解る。数だけ見ても、軽く五十は存在するに違いない。
「いや、だから、防戦――」
「つべこべ言ってる暇はないぞ!」
今にも言い争いになりそうな慎司と拓真を制して、桜が叫ぶ。グリズリーのスライドが引かれた。それを見て、拓真が舌打ちしながらコートからハイウエイパトロールマンを引き抜いた。
習って、武彦もベレッタを引き抜こうとして、自分がコートを着ている事に気づく。重い。そう思って、コートのボタンを一つ一つ素早くはずし、袖から腕を抜いた。コートの襟を左手で持ち、ポケットから右手でベレッタを抜いて、コートの内ポケットに仕込む二本の予備弾倉を引き抜いた。弾倉をズボンとベルトの間に差し込んで、コートの襟から左手を離す。
コートがそのまま地面に落ちた。着用者の魔力を浴びなくなったこのコートは、今後いかなる事があっても、WAYの中で汚れる事も傷つく事もない。狩人が手にしている武器や服装は、その狩人の魔力を浴びている事で、傷ついたり汚れたりしないが、このコートは魔力を浴びなくなった。そういう事である。
手慣れた手つきで、スライドを引き、ハンマーを戻す。射撃準備完了。左手を右手に添えて、構える。
「おっとと」
危うく取りこぼしそうになりながらも、M4を脇に抱え、M16の弾倉を慎司が換えていた。それを見ながらも、拓真はしきりに「無茶だ、絶対無茶だ。ファッキンな無茶だ」と呟いている。
武彦はふと、胸の鼓動が異様に高まっているのを感じた。落ち着け、でなければ死ぬ――そう思った。だが、それを許さず、魔が目の前に迫る。
アート。そう言っても良いかもしれない姿。ただしそれは、”世界一危険な美術品”なのだが。
真っ黒な、二メートルほどの長躯。膝程まである両手からは、更に足下までのびる鋭いカギツメを持ち、頭部、といえるのかは解らないが、その部分には五つの星が描かれた、奇妙な仮面が取り付けられている。
武彦は今までその敵を見たことが無かったが、体を異様にくねらせながら、鈍く歩いて迫る魔に向けて、躊躇無く引き金を引いた。
軽く一瞬引いた引き金。丁度一発が飛び出て、マズルフラッシュが眩く暗闇を切り裂いた時、パンッ、という音とともに、魔の仮面を割った。
敵が思い切りのけぞる。倒れる、と思ったが、そのまま制止した。続いて、武彦の周りで単発の銃声が一つ響き、それに続いて銃声が始まると、更には三点射とフルオートの耳をつんざく様な轟音が混じった。それにあわせて、武彦もベレッタの引き金を絞る。体、頭、脚。敵が次々と体の部位を撃たれていく。
奇妙だった。十数メートルまで迫った敵。しかしその魔達――目の前の視界はその魔でいっぱいだった――は、いっこうに鈍く歩くだけで、襲いかかりもせず、撃たれて。そして何より異様な光景なのは、目の前で撃たれたすべての魔が、のけぞった姿勢で倒れない、という事だった。
しかし意に介さず武彦はベレッタの弾倉リリースボタンを親指で押した。スライドが引き戻ってるのを見て、弾丸をすべて撃ち尽くしたのだと気づいたからだ。
腰から引き抜いた弾倉を、ベレッタに新しく差し入れる。スライドに手を掛けたところで、ふと気づいた。
ピクリ。かすかに、魔のカギツメが動いた。おかしい。そう思った時、武彦の近くで単発の銃声が二つ、響いた。どうやら後続にまだ、同じタイプの魔が居るらしい。目線をベレッタから前に戻すと、また波の様にユラユラと、体をくねらせながら魔が近づいてくる。
武彦はスライドを引いて、ハンマーを戻した。それからまた、照準しようと腕を持ち上げようとした。また、腕の隙間から魔の異変に気づく。今度は腕がかすかに動いていた。
「……先――」
先生。そう呼ぼうと思った時、大々的な異変が訪れる。体を撃たれた魔は、突然仮面にヒビが入り、仮面を撃たれた魔は、そのヒビを中心に、仮面が割れ始めた。
応戦していたらしき慎司と拓真が小さく声を挙げた。それから、桜がその様子を見て、目を見開く。まさか、と武彦は思った。前もこんなパターンがあった気がする。
調子に乗って戦うと、何故か毎回不幸に見舞われる。今回もそうらしい。敵は、どうやら一度倒されてから、まるで封印が解けたかの様に力を増して襲ってくるタイプだった様だ。
「何故我々は、こう……調子が良い、と思うと不幸に見舞われるんだ」
桜がぼやいたのに、すかさず拓真が言う。
「調子にのんな、って神様がいってるんだろ? ってか、まぢでウザイがな、そりゃ(まぁ、せんせーも一端は担ってるっつーか)」
「だとして、僕たちに降りかかる天罰って、死じゃないか。神様はどれだけお調子者に対する態度が厳しいんだい?」
「そこはまぁ……神様のノリ、じゃないすか?」
言いつつ、拓真がハイウエイパトロールマンのシリンダーを開け、ロックをはずして三五七のマグナムを排莢した。コートのポケットに入れた、手製のスピードローダーを取り出して、手早くそれで三五七のマグナムを装填する。
「ノリで殺されるなど、たまらんな」
言いつつ、桜はスライドを引いた。月明かりに照らされた彼女の苦笑は、本人に言えば「馬鹿をいえ」と言われるかもしれないが、無意識に見入る程魅力的だった。
「全く、嫌だね、そーゆーの。神様神様、なんまんだーなんまんだ~」
「あれ、なみあみだぶつじゃなかったすか?」
「なむあみ、だ! 全く、宗教関係をネタにするな」
「うぃうぃ。んま、ともかく、あいつらファックすりゃいいんしょ?」
「……言い方は気に喰わんがな」
変な漫才を繰り広げながらも、魔の仮面が完全に割れる。「ジャアア!」等と、奇怪な叫び声とともに、魔達が活性化を始めた。
「いいんちょ、いつものやつぅ」
「あぁ、確かに良いね。気が引き締まるよ」
「そればかりには、同意する」
武彦もうんうんと言いながら首を縦に振った。「全く」と呟きながらも、問答が始まった。
「覚悟は出来たか?」
桜が問う。
「ちなみに私は、とっくに出来ている」
「もちのろん」
「おっけーだよ、うん」
武彦も遅れながら、答えた。
「大丈夫だ」
続けて、桜が問う。それに応え、応じる形で、全員が姿勢を整えた。
「突撃は?」
『よろこんで』
銃火、銃声。乾いた夜に、それらが響いた。









       

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Neetsha