Neetel Inside 文芸新都
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Melt

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●Melt

 午後四時。一日中人々がせわしく歩き回る駅構内を、私は制服のまま気の合いもしない女友達二人と肩を並べて歩いていた。私を除いた二人はなにやら囁きあうようにしてぼそぼそと言葉を交わしているが、彼女たちにしか解らない話題なので、私は仕方なく前を見て彼女たちに歩調を合わせることに集中した。本当はひとりで歩きたいのに、無理をして歩調を合わせるというのはとても難しいことで、私は彼女たちが歩くのが遅いことと何かあるとすぐに立ち止まることに内心ものすごく苛々していた。―ほら、また立ち止まる。目をやると改札の陰に黒猫が一匹。彼女たちは揃って手を伸ばしている。
 私は彼女たちの背中から静かに離れた。人込みに流されるふりをして足早に彼女たちを置いて歩き始める。そして電車の走る音とかゲームセンターから流れる音楽といった騒音に包まれて、やっとひとりになれたと安堵する。
 私はいつも待っていた。恋のきっかけを。私を誰かと間違って声をかけてくるとか、転んでぶつかってくるとか、そんなんじゃなくてもいいから、この薄汚い世界から腕を掴んで連れ出してくれるようなひとを、恋のきっかけを、私は待っていた。とにかく非日常が欲しかった。恋愛は非日常だと信じていたのだ。私くらいの年頃なら普通のことなんだろうけど。
 十二月となると日が落ちるのが早い。さっきよりまた増して暗くなった空を仰いで、冷たい風に頬をさらす。駅の近くには背の高いビルが並んでいて、この時間になると暗い空に窓から漏れる光が浮き上がり、よく映える。ああ、綺麗だな、と思った。
 自分でも気がつかないうちに長いこと立ち止まっていたらしく、私は携帯の着信音とバイブ音ではっと我に返った。
「もしもし」
『優?真央だけど』
 聞き慣れた低い声。幼稚園からの幼なじみの真央である。
「何?」
『今どこ?』
「駅周辺」
『だからどこ?』
「千葉駅周辺」
『ワオ、俺もそのへんだったりして』
「だから何」
『お前…何だ、生理中か』
「切るよ?」
『もしかしてさ、スターバックスの前にいるのお前?』
 視線を横にやると硝子張りの喫茶店。看板にはスターバックスの文字。私は辺りをぐるっと見回した。真央の姿はどこにもない。
『あ、やっぱりそうだ』
「どこにいるの」
『俺ね、上』
「上?」
 つい、と見上げると、スターバックスの入っているビルの屋上―といっても二階建てくらいの高さ―から、真央が口元を少し釣りあげて私を見下ろしていた。白い顔が浮き上がって見える。
『すぐそっち行く。待ってて』
 電話を切ると言葉通り真央はすぐに私のところに降りてきた。小学校のときは私の方が背丈も大きかったはずなのに、中学に入ったころから真央がぐんぐん背が伸び始めて、高校になった今じゃ私と真央の身長差は三十センチくらいになってしまった。軟弱だった手足もすっかり男らしくなっていて、最近はなんだか少し真央を遠く感じてしまう。通う高校も違うのでますますだ。
「二週間ぶりくらい?」
「そうかもね」
「優、香水変えた?」
 私はドキッとした。今日は先月の誕生日に真央にもらった香水をつけていたのだ。「Melt」、甘ったるすぎない心地良い香り。
「…なんで分かるのよ」
「なんか前会ったときと違う匂いだから」
 私はすごくドキドキしていた。真央からもらったやつをつけているのが本人にばれたら恥ずかしすぎる。それとも、分かっていて言っているのか。
「もしかして彼氏でもできた?」
「そうだったらどれほど良いことか」
「だよな」
 くつくつ笑う真央の顔だけは昔とちっとも変わらない。私は少しホッとした。
「なんであそこにいたの?」
「俺?これからバイト。っていっても二時間くらい後からなんだけど」
 真央は得意のテニスのコーチのバイトをしていた。ほとんど小学生が相手だそうで、給料はなかなか良いらしい。
「え、場所この辺だっけ?」
「いや、違う」
「じゃあなんで」
 真央は大きく息を吐き出した。
「優がここ通るかなー…と」
「はあ」
「思い、まし、て」
 真央は後頭部を掻きむしっている。照れたときの癖であることを私は知っていた。
「テニスコーチ、給料良いんでしょ」
「え、まあ」
「お腹空いた。なんか奢れ」
 真央ははにかんだように笑った。「Melt」の香りに包まれながら、恋愛は非日常じゃないのかもしれないな、と少しだけ思った。

       

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