Neetel Inside 文芸新都
表紙

VIP学園生徒会邪気眼奮闘記
戦いの夜④

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SIDE5 待つ者共



VIP学園の三校門で戦いの幕が上がってからしばらく。
田中の守護する高等部A棟、
通称中央校舎内部にて続けられていたことも、
ある種の戦いではあったのかもしれない。

「大丈夫よ。モナーちゃんにはモナーちゃんだけの魅力があるわ。
 ギコ君だってモナーちゃんのことは気遣っているんだし、まだ勝利の目はあるわよ」
「ほ、本当かモナ? 嘘じゃないモナ?」
「うむ。モナー先輩は自分にもっと自信を持つべきだな。
 古人に曰く、命短し殺せよ乙女。
 男女の駆け引き、男に近付く女の排除、男の監視。
 恋愛の基本は戦争、恋した異性という世界で唯一の資源の奪い合いだ。
 籍を入れない限りは法的な縛りがない以上、それは常に奪い奪われる可能性がある。
 そんなに及び腰では戦いに勝てないぞ。もっと気を強く持つんだ」

互いに少々熱のこもった目を近づけて言葉を交わす女子が三名。
夜の校舎という非日常空間と、知人と過ごす深夜という稀な時間。
気分は差し詰めパジャマパーティー。
開花の前後にある花が三輪、囲いを作って談笑する。

「それに、私はモナー先輩を羨ましいと思うぞ?
 何だこのもち肌は。正直言って反則ではないか。
 こう、外見的には全く変わりないのにぷにぷにしてる中にも絶妙のタレ具合があって、
 幾ら触っていても飽きさせない理想的な肌だ。これは武器になるぞ」
「うん。確かに、これはちょっとズルイわよね。
 アタシだって、お肌の手入れは欠かしていないのに・・・・・・てりゃっ」
「モナ!?」

金色に近い髪を縦に巻いてサイドから垂らす女性、ツンが指を突き出した。
指先が対岸の、
桃色の髪の塊を二つ、動物の耳のように三角形に立たせた少女の頬に突き刺さる。
御前 萌奈(おまえ もな)という少女の頬はぷにん、と震えながらその指先を沈ませた。

「ああ、やっぱりいーわーこの感触。クセになっちゃいそう」
「おお、本当に気持ちよさそうだなツン先輩。では私も・・・」
「モナ!? ちょ、二人とも止めるモナ! モナナ!?」

隣に居た黒の長髪、他の二人より高い位置に頭を置いた少女、
恋塚 空(こいづか くう)も面白がって参戦する。
萌奈、愛称モナーは両サイドから頬を突かれて叫ぶが、二人の指は止まらない。

「てりゃてりゃ」
「それそれそれ」
「モナ!?
 ちょっ、いい加減にしなモナっ、いと本気で怒モナっ、
 ちょモ!? 二人と────────もげふっ!?」

ぷにぷにぷに。
高速の指突(しとつ)に切れたモナーが怒鳴ろうと口を開け、
拍子で広げられた面積に二人の指が突っ込まれる。
少女らしからぬ声を上げてモナーが咳き込んだ。

「ご、ごめんなさいモナーちゃんっ!」
「す、すまないっ!」
「げほっ! げほ!
 ひ、ひどいモナよ二人とも・・・」

ちょっと濡れた指先を後ろに隠しつつ頭を下げる両者に、
薄く雫を浮かべた目で抗議の視線を送るモナー。

「ご、ごめんなさい」
「・・・すまない」

全面的加害者が低頭。
素早い謝罪にモナーはむう、と唸ると、
下げられた顔の辺りから自分の態度を気にするような見えない視線を感じて溜息を吐いた。

「・・・・・・分かったモナ、許してあげるモナ。二人とも顔を上げるモナよ。
 何だかモナーの方が悪いことしてるみたいで落ち着かないモナ」
「本当に?」
「いいのか?」
「モナ」

顔が上がるのは同時。
期待するように自分に向かってくる視線に、モナーは簡潔に頷いた。

「そうか。ありがとう、モナー先輩。それと、改めてすまなかった。悪乗りが過ぎたな」
「本当にごめんね、モナーちゃん。ちょっと調子に乗っちゃったわ」
「もう別にいいモナよ・・・・・・あんまり気になるなら、
 六花(りっか)堂の宇治金時大玉アイスクリーム乗せで手を打つモナ」

六花堂、とはVIP学園の近くに居を構える人気の甘味屋。
純和風の佇まいではあるがマナーに五月蝿いということもなく、
雪の異称である六花の名を冠するだけあってかき氷系を中心に甘味が充実している。
VIP学園生徒、特に女生徒には放課後に集合する場所の代名詞的スポットであった。

「そう、だな。考えればこの面子だけで行ったことはないし、そうさせてもらおうか」
「アタシたちが一緒に動く時はいつも生徒会で、だものね。たまにはいいんじゃないかしら」
「・・・・・・そういえば、モナーも最近は行ってないモナ。
 ギコは甘いもの好きじゃないし、モナ」

女三人、顔を見合わせて表情が緩む。

「では」
「今度の放課後に六花堂に集合ってことで」
「決まりモナ!」

以心伝心、阿吽の呼吸。
流れるように言葉までが一繋ぎとなって決定された。

「楽しみね」
「そうだな。そういえば、近く新メニューが出来るという話も聞いたが」
「あそこは毎年、この時期にはメニューを追加してるモナからね」

つい先程のやりとりも何処へやら。
恋愛も友愛も拗れてから結び直した方がより固く深くなるとは言うが、
何事もなかったかのように談笑が再開される。
モナーの言葉に、ツンがうげっ、と顔をしかめた。

「あそこの新メニューって、
 どういう基準で選んでるのかは知らないけど必ず変なのが入るのよね・・・」
「む? ツン先輩は去年、外れを引いたのか?」

例年、六花堂は夏前に数種類の新メニューを投入し、
人気を見てそこから厳選された物が夏を迎えても提供を続けられる。
この時に必ず一品以上のキワモノが混ざるのが特徴で、
新メニューから選んだ時の当り外れでその夏の恋が決まるというジンクスまであった。
ツンの縦ロールが揺れる。

「・・・うん。『恋の滝氷』っていう、諺とかけたメニューだったんだけどね」
「モナ? 恋の、かモナ?」
「ああ。鯉の滝登りか」

モナーの疑問に空、愛称クーが答えた。

「うん。まあそれで、それは大き目のボウルくらいの器に山盛りでかき氷が入ってる、
 っていうカップル限定のメニューだったんだけど」
「カップル限定か。なら私は注文したことがないはずだな」
「うう・・・モナーもだモナ」

約一名、敗北感にうな垂れる者を余所にツンが続ける。

「これがまあ、鯉が滝を登ったら、
 とかにちなんでこの量を二人で食べきれたら二人の恋は成功って謳い文句だったの。
 それで、アタシもブーンもちょっと張り切って頼んじゃったのよね。
 で、ちょっとして目の前に出たそれには、
 山盛りのかき氷の中に何故か凍ったタイヤキが円状に突き刺さっていたわ」
「うわあ・・・だモナ」
「それも、頭を下にしてね」

氷の山の中心を犬神家状態で取り囲む凍りついたタイヤキの群。
確かに、第一印象から食欲は薄れるかもしれない。

「とまあ、値段も変に高かったし、
 ここまではアタシとブーンも耐えられたんだけど・・・」
「それだけではなかったと?」

尋ねたクーと視線を合わせ、溜めを作るように一つ呼吸。
ツンはゆっくりと頷いた。

「そのタイヤキは、中身がチーズだったわ」

頷いて、そういった。
沈黙。
場に重苦しい空気が流れる。

「それは・・・ないな」
「ない、モナね」

肺を圧迫されたような声でクーとモナーが言う。
大判焼き辺りなら普通だし、まあタイヤキの中身も今やアンコだけとは限らないが。

「でしょ?」
「凍ったタイヤキ、ましてかき氷と一緒ではな」
「拷問、いや冒涜だモナ」

ここにやる夫がいれば『あるあ・・・ねーよw』とでも言って爆笑したことだろう。

「具がチーズの凍ったタイヤキ。色々な意味で歯が立たなかったわ・・・」
「う、うむ」
「モナ・・・」

どんよりと空気が濁る。
それに気付いたのか、慌てたようにツンが顔を上げた。

「あ、で、でも、
 それを食べ切れなくてもアタシとブーンはまだちゃんとその・・・アレだしっ!
 所詮はかき氷!
 六花堂の新メニューで夏の恋がっていう噂も、
 アタシとブーンのあ、ああ、アレの力を前にしてはどうやら無駄だったようねっ!?」

微妙に恋する男女の関係や気持ちを表す語句をぼかして高く言うと、
空気の圧力が減じられた代わりに生暖かくなる。

「そ、そうだな。流石はツン先輩と内藤先輩だ」
「ま、まったく羨ましいモナねっ」

それでも空気が固まったままよりはマシと考えたのか、二人が続く。
無理やりなことありありだが、取りあえずツンもそれに乗っておくことにした。

「そ、そう・・・? そうよね。
 アタシとブーンってばこれ以上ないくらいのあ、ああい、あ────アレで結ばれてるし!
 かき氷くらい目じゃないわっ!」

自分でも空回りというかイタさを感じつつあえて続ける。
見詰める二人も含めて三人が三人とも心中で涙ぐんだ。

「モ、モナーも羨ましい限りだモナっ。
 どうすればそんなになれるのか、ひ、秘訣でも教えて欲しいモナねっ、クー?」
「えっ? あ、ああそうだなモナー先輩。
 恋愛の先輩であるツン先輩には、この機会に是非ともご教授願いたいものだなっ!」

決戦の夜。
かくして談笑は続く。










その一方で。
女三人、別に姦しいわけでもなく話し続ける近くで蟠る影があった。
待機用に色々と持ち込んだ教室の一角、彼は心持ち顔を俯かせて座っている。
今回、生徒会+外部協力員の合計人数は八名。
そのうち、迎撃戦力として出払っているのがドクオ、ジョルジュ、やる夫、田中の四名。
残った四人のうち、女性同士で話に華を咲かせているのがツン、クー、モナーの三名。
とすれば、必然的に残るのは一名。
治療役として後方待機を望まれるツンのために配置された、
拠点防衛に特化した邪気眼能力の持ち主。
今もツン達と同じ部屋に居ながら空気のように隅っこで無言でいる者。
女の中に、男が一人。名前は誰か、内藤 ブーン。

(こ、これはちょっとした拷問だお・・・)

濁りを通り越してダークサイドに堕ちそうな曇り具合の心中でブーンは呟いた。
現状は必然的なものであるし、自身も望んだ通りであるとは言え、
如何にも青春真っ盛りの三人の横でひたすら時間の流れを待つのは憂鬱の一言に過ぎる。
【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】襲撃にあたって彼に任された役目は、
重傷レベルの負傷者が出るまでのツンの安全確保と、出てしまった場合の彼女の運搬。
彼の保有する邪気眼“悠久境界(ホライゾン)”は『法則型(ルール)』に分類され、
『指定した一定範囲内における自身以外の出入りを禁じる』という能力を持つ。
ただしそれは自身を中心に展開されるため、
彼は現在、ツンの傍で能力を展開しつつひたすら待機するという状態にあった。
それならそれで会話に加わることも出来そうだが、
先ず彼は待機中も常に邪気眼を展開していなければならないし、
更にはその中で通信用に展開されているモナーの邪気眼、
“魂合一体(ソウルリンク)”だけは遮断しないよう調整し続けなければならない。
性質的にモナーより高威力であるせいで邪気眼の維持が彼女より難しいというのもある。
が、何より彼はツンを愛する彼女の恋人。
会話で盛り上がる余り気を緩めて能力を解除してしまい、
たとえ一瞬でも彼女を危険に晒すという可能性を発生させないよう、
孤独に耐えつつ努めて健気に邪気眼を展開しているのであった。
とは言え、

(正直いって暇だお・・・・・・今日はまだニコ動のチェックもしてないお)

ωの口から溜息が漏れ出るのは仕方がない。
敵の襲来を告げるバイクの排気音が聞こえなくなってから、
もうそれなりの時間が経過している。
普通に邪気眼を展開するだけなら慣れた者の場合はそれ程の集中も要らず、
よって時間を忘れる程に集中するでもなく、
かと言って集中を解くわけにもいかない微妙な状態でブーンは時を過ごしていた。
その上、

(ツン・・・またかお。ブーンのことはいいから、モナーたちと楽しくしとくお。
 どうせブーンにはツン以外の女を楽しませる話なんて出来ないお)

時たま、彼の恋人であるところのツンが彼に目をやっては、

『ねえ、ブーン。
 ちょっとくらいならお喋りしてもいいんじゃないの? ブーン、寂しくない?』

みたいな気遣いを視線で向けてくるのが堪らない。
それに首を振って断る度に彼女が申し訳なさそうな顔をして会話に戻るのも罪悪感。
万が一にも恋人を危険に晒さないために会話に加わるわけにはいかず、
しかしそれが恋人に無用の心配をさせ、
なのにそれさえも断らねばならないというジレンマ。
これもまた孤独ながら、一つの戦いである。

(おっおっお・・・・・・別にいいお。
 どうせツン以外にはモテたことのない人生だお。
 今更ちょっとくらい、
 女と会話しない時間があっても寂しくなんか・・・・・・寂しくなんかないお)

床に目をやってから、照明の光る天井を仰ぐ。

(それに、このくらい外の皆に比べれば大したことないお。
 ドクオもやる夫もジョルジュも、もう戦ってる・・・・・・。
 田中も一人で来るか分からない敵を待ってるんだお。
 ブーンがここで弱音を吐いたら、皆に申し訳ないお)

同じ照明の光が照らす先、学園の各所で既に戦闘は始まっている。
戦力を分けたために、
仲間も横にいなければ増援も期待できない、それぞれの戦場に立つ四人。
彼らに比べた自分の立場を思う方が、むしろブーンの気を沈ませる。

(そうだお。ブーンの邪気眼は守るための力。
 戦いが終わるまで、相手が諦めるまで、
 皆が相手を倒すまで、ひたすら守って耐え抜くための力だお)

ブーンは暴力が嫌いである。
防衛等の理由で振るわれる場合まで否定するわけではないが、
武力と暴力を区別したりはしないし、
どんな理由があっても自分でそれを振るいたくはない。
外の四人が必要さえあれば躊躇なく力を振るえるのとは異なり、
ブーンだけは生徒会男子メンバーの中でも唯一、必要があっても暴力に躊躇する。
流石に皆の前でまでそれを言い出したりはしないが、
そこがツンと気が合い、彼女と恋人であり続けられる理由の一つだ。
彼の邪気眼の性質も、彼の性格に由来するのかもしれない。

(皆・・・どうしてるかお。
 モナーが何も言わないからまだ心配なさそうだけど、相手もBクラス。
 上の方には簡単には勝てない相手もいるはずだお。やっぱり心配だお)

心配性、とブーンはツンによく言われる。
暴力を厭うがゆえに人が傷付くこと、
特に仲間がそうなる場合の可能性を非常に恐れるからだ。

『結局さ。ブーンって、優しいのよね。アタシにも。皆にも』

ツンは、彼に対してそうも言う。
仲間やその実力への信頼と、彼の心配は矛盾しない。
ブーンも生徒会メンバーとして過去、
後方の人間でさえも血塗れになるような戦いに身を置いてきた。
邪気眼使いの戦闘に絶対はないし、負傷する可能性というなら更に上がる。
100%のうちで1%でも仲間の傷付く可能性があれば、
その程度と笑い飛ばすことなく真剣に仲間の身を案じる心。
それは確かに、優しさと呼ばれるべきなのかもしれない。

(ブーンには待つしか出来ないお。
 だから全力で、ツンたちを守りながら待つお。
 皆、ちゃんと無事で帰って来るんだお)

果たして、その願いに何かが呼応したのか。
ブーンの視界の端、桃色の髪を耳状に尖らせた少女の肩が揺れた。










「皆の場所に新しく誰か来たモナ。多分・・・・・・敵の幹部クラスだモナ」

ふるりと。
談笑の最中、不意に視線を虚空へとさ迷わせたモナーは、身を震わせてそう告げた。

「来た、のね」
「そう・・・か」

華やいでいた空間に、刃を滑らせたような緊迫が下りる。
散った和やかさから反転、身を切る冷たさの静寂に包まれた。
小さく、ツンとクーが声を漏らす。
離れたブーンも、無言なままに緊張と不安、祈りを混ぜたような視線を向けていた。
モナーの桃色の頭髪が微かに左右へと揺らされる。

「ジョルジュに二人、やる夫に二人、ドクオに・・・・・・四人!?」

周囲から投げかけられる視線による質問に答えようとして、
驚きに身を固める。

「大方、雑魚を先に出して様子を見てから真打登場で自分が大手柄、か。
 邪気眼使いの考えそうなことだな」
「それにしても正面だけで四人、か。ちょっと多いわね。
 ジョルジュたちの話だと質はそんなに高くなかったから、
 そんなことする連中は五人くらいだと思ってたのに」

計算違い。
視線を下げたモナーが、そう言ったツンに向き直る。

「そうモナね。でも・・・・・・え?
 ちょっと待つモナ! ドクオ、今なんて────────」

同意しかけて、後半、声を張り上げて別の者へと呼びかけた。
姿の見えない遠方、戦場に立つ者へと。

「影に沈んだ・・・? 二人。
 分かったモナ、うん、すぐに。気をつけるモナよ!」

言い終えて、緊張と疑問を増した周囲へと顔を戻す。

「ドクオは何て?」

簡潔にツンが聞く。

「ドクオの相手が二人、消えたモナ。
 影に沈んで消えたって・・・移動したみたいモナ。
 残った方のセリフから、多分こっちに来るってドクオは言ってるモナよ」
「そう。とすると・・・・・・田中とぶつかるわね」

その答えに、ツンがクーを向く。
彼女を含め、実は生徒会メンバーもそれほどクーと田中の仲は知らない。
ただ、二人が幼馴染と教えられ、普段の言動からそうだろうなと判断しているだけである。
それだけに、ツンも何を言うべきか咄嗟には計りかねての行動だったのだが。

「・・・・・・」

既にクーは立ち上がり、教室の窓へと向かっていた。
照明の中に背まで垂らした黒髪の毛先が踊り、照らされる夜気を引く。
言葉もなく突き進んだクーは窓枠の一つに辿り着くと、
金属の冷たさに指を置いて眼下を望んだ。
田中はA棟、
中央校舎に配置されているとは言っても移動をしないわけではないし、
彼自身をおいて他に詳細な場所は知りえない。
クーの見下ろした先に、果たしてその姿はあったのか。

「────────田中」

呟いた声は硝子に小さく反射して、微かに他の者へと届いた。

     







SIDE5,5 ドクオ



「はー・・・・・・マンドクセ」

学園正門。
分裂したドクオ達は五十を超える邪気眼使いの体を適当に積み上げ、一人がそう息を吐いた。
数は数名減っている。が、相変わらず三桁近くの同じ顔が並ぶ様は異様であった。
戦闘開始から肉弾戦で臨み、敗れたと思えば増殖して出現、
催涙ガスを撒き散らして相手の大多数を無効化し、残りを逆転した数の暴力で圧殺。
ぼこぼこにした【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】を、
邪魔にならないようにどかしてからの一息。
生徒会長、日頃の苦労が滲み出る瞬間である。

「なるほど、なるほど。お見事なものですわ」

宵闇を通して楽しげな声が伝わったのはその時。

「あん?」

遅れて手を打ち鳴らす音が響き、
あるドクオの視線の先から人影が歩み出る。
主達が倒されて点けっ放しのバイクのライト群に照らされて、
光を浴びてもなお崩れない影色がドクオ達へ歩んで来た。

「初めまして、ドクオ様。
 私、【百鬼夜行】のリーダーを務めております、
 暗木 闇絵(くらき やみえ)と申します」

わたくし、という一人称で自己紹介をした者は、漆黒の女性。
塗りこめたかの如く黒いドレスに同色の薔薇の飾りを散りばめ、
指先から同じく影で編んだようなレースの手袋で肘近くまでを包んでいる。
ウェーブのかかった黒髪が絡まりそうに肩へと垂れてから幾筋も地へ向けて零れ、
頭髪の上には闇に同化した日傘を差していた。
黒、闇、影。
そういった概念を人の形に取ればこうなると、そう思わせるような姿。
対照に声と表情は明るく、言葉遣いはドレスと相まってどこか上流の人間を思わせる。
唯一、白い肌が彼女が闇へと溶け消えるのを防ぎ、その姿を浮かばせていた。

「今夜は随分と大勢で押しかけてしまいましたが、
 やはりVIPの門ともなると随分と狭いものですのね。
 残念ながら、彼らではその門をくぐる資格を満たせなかった様子」

しずしずと、それを教え込まれた人物特有の上品な足運びで近寄ってくる。
彼女の自己紹介が正しければ、
自身の配下を一人で打ち払ったドクオへと向かうはずのそれは、随分と自然だった。
急くでもなく躊躇うでもなく、無造作に無警戒に思える優雅さで距離を詰める。
自然すぎて、逆に不自然。

「ちょっと待ちな。アンタが【百鬼夜行】のボスだって?」

軽く身構えたドクオ達、一人が代表して声をかける。
闇絵、と名乗った女性は顔をしかめて歩を止めた。

「差し支えなければ、リーダーと呼んで頂けません?
 私、ボスという呼称はどうも男性を連想させるようで好みませんの」

言いながら、
くるりと、半円の軌跡で下げられた日傘が閉じられる。

「おk。じゃあマンドクセーからトップでいいな。
 で? アンタがコイツらの頭だって?」
「・・・・・・そうですが」

不満げな溜めの後で肯定された問いに、ドクオ代表は夜空を仰いだ。

「マジかよ。もったいねー。
 んな連中の頭なんざしなくても、幾らでも他の青春があんだろ」
「それは貴方の価値観に過ぎませんわ」

素早く否定。
冷たく満ちる夜気を経て、両者の視線が交錯する。

「そうかい。で、手下がやられた後で頭が出てきて、これからどうすんだ?」
「勿論、この夜に相応しい闘争の続きを」

月と星を仰ぎ見てから、闇絵は微笑んだ。
日傘の先端が鋭く地を突き、小さく、だが夜の静寂にはよく響く音が鳴る。
その余韻が闇の奥へ溶け去った頃に、彼女の背後に足音が生まれた。

「お相手、願えますかしら?」

言い終えて、彼女と同じくライトの下に立った人影は三つ。
一歩の距離で彼女の後ろへ位置を取り、足を止める。
対峙は一対四。
ドクオは一頻りその姿を見詰めてから視線を外した。
先頭を含め、全てのドクオが闇絵を見据える。

「「「「「「いいぜ。全員ぼこぼこにしてやんよ」」」」」」

受諾の斉唱。
夜を鳴らすような声を受けて、闇絵が笑みを深めた。

「あら? この人数をお一人でお相手なさるおつもりですの?」
「たりめーだろ。もう五十人も相手にしてんだ、今更変わらねー。
 こんな美人、一人だって逃がすかよ」

軽口染みたセリフとは逆に、ドクオの声は挑発的。
言い換えれば、学園への敵対者は一人たりとも逃がさない、と取れる。

「自信家なのですわね────でも」

くすくすと闇絵が笑い、軽く背後へと顔を向ける。

「過剰な自信は身を滅ぼしますわよ。
 貴方のお相手は私ともう一人で務めさせて頂きますわ。
 夜宵(やよい)さん、貴女達は奥へと行って下さいな」
「・・・了解」

佇んでいた人影が一人、小さく首肯した。
と、もう一人を巻き込んでその姿が沈み始める。
足元────────影の中へと。

「っ!? 行かせるかよっ!」

先頭のドクオと、横並びの数名が駆け出した。
先の戦闘で最初、
敵の邪気眼使いを圧倒した体術を誇る肉体で以て地を踏みつけ、
数歩のうちに距離の過半を詰める。
そこで、



「邪魔はさせませんわ」



彼女らの立つ光の中に、新たな影が立ち上がった。
闇絵の影から湧き上がるように出現した巨体、
2m半ばを越す漆黒の西洋甲冑が腕を一閃。
握られた鉄塊の如きランスが空間を薙ぎ払い、
ドクオを二人両断し、威力が減じてなお残りを吹き飛ばす。

「がはっ!」

両断された者が消える間に残りが地へ手足をついて体勢を立て直す。
が、立ち上がる前に膝を折った。

「っつ・・・・・・この野郎!」

先に喋っていたドクオは斬られて消え、代わりのドクオが役を引き継いで吼える。
次いで、怒気のこもった何十ものドクオの双眸が刺し貫くも、
影の巨体は小揺るぎもせず、背後の影も既に移動を終えて消えていた。

「あら?」

ドクオをあっさりと跳ね除けた闇絵は、不思議そうに日傘を回す。

「先頭で喋っていらした貴方が一際強い邪気を発していたので本体だと思いましたのに。
 それを斬っても消えないということは・・・偽装でしたのね。
 やはり、VIPの会長ともなると邪気眼使いとしても人が違いますわ」

その人物をたった今撃退しておいて、くじが外れた、程度の感慨で言う。

「まあいいですわ」

日傘の先が地を突いた。

「これでお分かりになったでしょう?
 ドクオ様は私ともう一人、そして私の従者でお相手致します」

金属音と共に西洋甲冑がランスを構える。
主と同様、槍の先端までが一色の闇に染まった巨体が身じろぎした。
と、その姿が分裂する。

「失礼」

まるで、ドクオがそうしたように。
影色の騎士の身から闇が滲み出し、傍らに蟠って同じ身を形成した。

「正確には、私の従者達、でしたわね」
「おいおい・・・・・・能力が被るとか、基本ダメだろ」

ドクオの呟きをよそに、二体。
分裂した甲冑が闇絵の左右を固めた。

「では、行きますわ」

中に何が詰まっているのかも不明な黒色甲冑が二体、金属の身をたわめる。

「私の邪気眼“百騎夜行(ナイト・ナイツ)”、お魅せ致します」

身構えるドクオ達を見詰め、闇絵が再度、日傘で地を突く。
立ち並ぶ群体へ向け、左右一対、漆黒の牙が解き放たれた。

       

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