Neetel Inside 文芸新都
表紙

VIP学園生徒会邪気眼奮闘記
百鬼夜行

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要塞。
その場所を一言で形容するならばそうなるだろう。
天井に並ぶ人工照明が投げかける眩し過ぎるほどの光に照らされる壁面には窓がなく、
閉め切れられた室内は唯一、今は閉ざされた鋼鉄の扉で外界と繋がる。
壁と言わず床と言わず平面には夥しい数のケーブルが蔦の如く張り巡らされ、
電力と情報を吸い上げる無数の血管はそれぞれの母体(マシン)へと接続されていた。
数少ない高低差を生む台の上には液晶の画面が並列し、電光を照明の中へ溶け込ませている。
画面上でチカチカと自己主張をする文字は時折増殖し、
見るものに何らかの変化を教えていた。
もっとも、それは見るものが見なければ無価値なものでしかなかったのだが。
ケーブルの血管とマシンの臓器群。
それらを統括する電脳の支配者が、電子の要塞の中央にふんぞりかえっていた。
電灯に照らされた顔立ちと控え目な胸の膨らみが彼女の性別を示している。
革張り肘掛つきの椅子に腰掛けた彼女の背後には、
彼女に比して随分と高い位置に金色の輝きがあった。
ふわりと、彼女に寄せられた顔に伴って金糸の流れが空中に踊る。

「ふーむ。まだ時間かかりマスカ?
 そちらから呼んでおいて相手待たせるの、日本人のマナーに違反していますヨ?」

カタカタと鳴るナイピングの音に混じって、少し発音のズレた日本語が紡がれた。

「ワビサビ、ハラキリ、ブシドー、ヤマトナデシコ、ゴオンとホーコー。
 日本人の美徳はマジメさにありマス。日本人は時間にもマジメ。ネ、間違いありまス?」
「・・・・・・五月蝿いわね、この日本かぶれが」

彼女が振り向くと、至近に金色の頭髪を載せた碧眼がある。
少し視線を落とせば、そこには随分とボリュームに優れた膨らみがあった。
彼女の黒髪黒瞳に、咎めると言うよりは懇願の色を帯びた視線が注がれる。

「ワタシ、急がないといけませン。愛する生徒が待っていマスから。
 それとも、【演算群体(マシン・フォートレス)】の異名はマサムネですカ?」

どうせなら名字の方で言うべきだろう。
そんな心中の非難を伏せて、彼女は深く息を吐いた。

「あのね? トリィ。
 普段ならともかく、私は最近ヤバイ仕事が多くって、それこそ血反吐でも吐きそうなのよ。
 そこを、アンタが急かすもんだから、
 こっちに来れば情報を渡す手間の分早く済むって親切にも教えてあげたワケ。
 私に出来ることはやったし、あとは時間待ちなのよ。それも説明してあげたでしょ?
 それとも、もう忘れたの? ねえトリィ?
 もしかしてアンタは、まさか、
 またお得意のトリ頭で脳みそからトコロテンしちゃったのかしら?」
「おおうっ! それはノーね。スイ────スミマセンでした」
「ったく・・・」

何でそういう細かな日本語の違いは理解出来るのに、いつもこうなのか。
彼女がもう一度溜息を吐く。
そこで、彼女の前に設置されたパソコンがポーン、と軽快に報告をする。

「や、やっと来「はいはい、取り合えず黙っててね」────失礼しましタ・・・グスン」

彼女がしばらくマウスを走らせ、指先で命令を下しながら画面上の推移を見詰める。
めまぐるしく視線を巡らせた後に一枚のディスクを取り出し、
挿し入れたとデータのコピーを開始した。
15秒程で仕事を終えた機械が円盤を吐き出す。
さっとケースに入れて背後の人物に渡し終わると、彼女が漸く、と言った風に肩を回した。

「っはー・・・これで漸く30時間位は眠れるわ。あー疲れた疲れた。
 ったく、生徒のためだか何だか知らないけど、
 どうせ大したことでもないんだし、飛び込みの依頼はこれっきりにしてよ?」
「ハイ。ありがとう、恩に着マス」
「わわっ! ちょ、ちょっと!」

彼女より一回り以上も大きくて白い手に両手を包まれて、慌てたように叫んでしまう。
手を握った側はと言えばよく分からないという顔をしていたが、
にこりと微笑んでからディスクケース片手に姿勢を戻した。

「ありがとう、感謝を。お金はいつもの通りにしマスから、後で確かめて下さイ」

そう言って深く礼をすると、ブロンドをかき上げて背を向ける。
静かに扉を開け、ノブを回したまま閉めることで極力音が立たないように気をつけながら、
それでも足早に去っていった。

「何なのよ、もう・・・」

来る時も去る時も唐突な相手に、一人残された彼女が呟く。
しばらくして、黒髪が左右に振られた。

「やめやめ。
 休みが終わったらまたキツイ仕事があるんだし、考えるだけ無駄よね」

言いながら、画面上、
先ほどコピーしたばかりのフォルダにふと視線を落とす。
何となく、とでも言いたげな緩慢な動作でそれを開いた。

「ま、今時、あんないい教師はそうそういないかしらね。
 一昔前はモラルハザードとか騒がれてたものだけど・・・それとも、
 いいのは教師だけでもないのかしら?」

何度かクリックを繰り返してから画面をスクロールさせて行く。

「VIP学園、ねえ?
 そんな簡単に潰されるような場所じゃあないと思うけれど」

ある文字が表示されたところで、ぴたりと彼女の指が止まった。
数秒見詰めてから、嘲るように口元が歪む。

「まあ、相手にとって不足あり。
 ・・・と言っても、自業自得と言うかご愁傷様よね?」

視線の先には、僅か一行分にも満たない文字列が光っている。


そこには、【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】と書かれていた。

     










VIP学園生徒会の拠点である元廃教室は、普通の部と違って部室棟や一般校舎とは離れた位置にある。
その理由としてはたまに邪気眼使いが襲撃してくるために周囲の被害を少なく、
また壊れても場所を変えればいいだけという配慮等があったりするのだが、
そういった諸々の事情はさて置いて、
校舎の密集地帯から離れている生徒会室では風通しがいいために窓を開けると大変に涼しく、
梅雨を前にした心地良い春風がそよそよと室内に吹いていた。
夏の訪れはまだ先であるために暑さはなく、前髪や書類を飛ばすこともない微風が心地いい。
僕が先日の保守任務でちょっとばかり死者を出しかけたことや、
そのせいでツン先輩が倒れかけたこと、
更には怒ったブーン先輩によって必殺のブーン・ラリアットを食らいかけたこと等々、
日々の疲れや鬱々とした気持ちが洗われるようだった。
僕の横、いつもと変わらない表情で書類を片付けるクーも心持ち機嫌が良さそうである。
纏めた書類の角をトントンと叩いて位置を揃えながら、思わず平和だな、と呟きが漏れた。

「はー、マンドクセ・・・・・・マジでマンドクセ」

そんな、気だるくもふと幸福を覚えそうな一時は、
相変わらず八の字を左右に離したような斜線の目をしているドクオ先輩の登場によって終わりを告げる。
ドクオ先輩は、
もう重役出勤から会長出勤の域に差し掛かった遅さでガラガラと扉を開けて生徒会に姿を見せ、
専用の椅子に背を預けたかと思うと、
挨拶を終えた僕達が書類の山へと視線を戻すタイミングで徐に言い放った。

「オイ。オメーら、ちょっと戦争すっぞ」

その時の皆の反応は多種多様である。
僕とクーはしばし会長の顔を見詰めた後で紙面の文字列へと目を戻し、
やる夫先輩はピンクな瞳でパソコンを見詰めたまま動じず、
長岡先輩はやる夫先輩の横からその画面を覗き込んだままでおっぱいおっぱいと呪詛のように唱え続け、
ブーン先輩とツン先輩は相変わらずキャッキャイチャイチャテレデレしていた。
つまりは多種多様に無視していた。

「ちょw オマエらww スルーとかヒドスwww」

言われて、全員顔を上げる。

「おっおっおw ドクオが急にワケワカメなことを言い出すからだお」
「そうよそうよ。今、ブーンと今晩の献立について話し合ってたとこなんだから邪魔しないでよね。
 主────女にとってスーパーの安売りは戦場なんだから」
「戦争どころか、
 ダンボールハウスが作れそうな書類の山と格闘する毎日は捕虜への拷問真っ青だお」
「すまないねドクオ君。ちょっと夢中になってて、つい聞き逃してしまったよ。
 もう一度言ってくれないかな?」
「いやなに、
 脈絡のない発言にドクオ先輩がKYになったのかと案じる余り思考停止しただけさ。
 気にせず続けてくれ」
「まあそんなところで。取り合えず会長、もう一度お願いします」

別段、悪気はない。

「オメーら・・・・・・はあ。マンドクセ」

どんよりと肩を落とした会長が、ごそごそと携帯電話を取り出す。
視線が集まるのを確認してから、深く溜息を吐いた。

「いやさ。さっき、トリちゃんから緊急連絡があったんだよ」
「トバゴ先生・・・ですか?」

うぃ、と頷く会長。

「トリちゃんからかお?」
「ふーん。確か、
 一週間位前に伊賀忍者の隠れ里を見つけるとか言って日光に旅立ったんじゃなかったっけ?」
「トリ先生か・・・・・・そろそろ懐かしいなあ、あのおっぱい」

約一名が不穏当な発言をしているが、それは脇に置いておくとして。
トリ先生、
というのは生徒会メンバーの愛称であり、フルネームはトバゴ=トリニダード。
VIP学園高等部でも有名な金髪碧眼の女性外人教師にして、この生徒会の顧問である。
もっとも、
先生は放浪癖と三歩でモノを忘れる鳥頭という稀に見るミラクルな合わせ技の保有者なので、
もしも生徒なら留年確実と言えるほどに姿を見かけないのだが。
それでも個性派と実力者揃いの生徒会メンバーを監督する立場にある人物であることには変わりなく、
その先生からの緊急連絡というのは穏やかではない。
実際、僕とクーは初めて聞いた。

「まあ兎に角、ケータイが六限中にやたらオレのケツをバイブで刺激するもんだから、
 何かと思って開いてみたら伝言と着暦が全部トリちゃんで埋まっててな。
 見てみたら、どうもトリちゃん、
 オレらに喧嘩売ろうとしてるチームがあることを掴んだみてーなのよ」
「ほう。それは穏やかではないな」

クーの言うこともむべなるかな。
チームと言えば、それが示すものはVIP学園生徒会では一つしかない。
学園外部に存在する邪気眼使いの集団のことだ。
とは言え、
いくら邪気眼使いと言っても普通は生徒会とチームなんて単語は関係がなさそうなところ、
何故そんな情報を顧問が寄越してくるのか言えば、話はちょっと面倒になる。

VIP学園の存在するこの地、新都(にいと)。
ここは邪気眼使いにとってはある種の聖域(メッカ)だ。
新都上空には十数年も昔から邪神が存在し、
ラミ○ルばりの変形を続けながらただそこに存在している。
邪神と邪気眼の出現がほぼ同時であることから両者に関係性があることは常識だが、
邪神を頭上に頂く新都の地では余所に比べて知覚できる邪気の濃度が濃く、
そのせいか邪気眼の発現率も非常に高い。
数が増えれば徒党を組むのは四足歩行時代からの生物共通の常識で、
基本として他人に攻撃的な邪気眼使いでも気の合う相手となら連携したりする。
結果、
新都では邪気眼使いが大小様々な組織────チーム────を作り、さながら戦国時代。
初期はそれでも良かったのだが、
時が経って新都での邪気眼使いの抗争が外部に伝わるにつれて、
余所からも新都で一旗揚げようという連中が流入、カオス極まる状況を作り出すこととなる。

さて。
話が面倒になるのはここからだ。
そうやって新都で邪気眼使いの抗争が激化して行くにつれて、
彼らの中にある話が蔓延することになった。
それがVIP学園生徒会のことである。
VIP学園生徒会は、
中等部から数えれば学内1000を数える邪気眼使いの頂点であり、抑え役。
当然ながらその面子は一騎当千の猛者揃いだと外部の人間でも推測できる。
では、
そんな猛者がいるのだと『一旗揚げにやって来た連中』が聞きつけたらどうするか。
簡単だ。
腕試しのつもりで喧嘩を売る馬鹿が必ず出る。
特に外部の人間で、
VIP学園に入って中から上り詰めるという思考を出来ない連中にはこれが多かった。
学校にさえ通っていない奴も多いからやりたい放題だし、
そういった連中が攻めて来たら来たで対応しない訳にもいかない。
生徒会が守るべき治安とは、学外からの脅威にも適応される。
事実、
僕も『VIP学園に手を出した族』を狩るのを手伝いに学外へ出たことがあった。
そんな防衛・迎撃・反撃を繰り返すうちに、
いつしか新都ではVIP学園生徒会に対してもう一つ噂が加わる。
曰く、『VIP学園生徒会を倒した奴が新都最強を名乗れる』と。
対邪気眼使いとしての側面が加わってより以降、VIP学園生徒会が敗北したことはない。
それが噂の蔓延と信憑性に拍車をかけたらしい。
今でもたまに、名を上げようとして襲ってくる連中がいるのだ。
学園の治安を守るための生徒会が反って危険を招く要因になるというのは何とも皮肉な話。
おまけに邪気眼使いを一人二人相手にするのとは勝手が違うから、
会長がいつになく面倒臭がるのも無理はない。

「それは・・・確かに面倒な話ですね。
 それで、襲ってくるのはどこのどんなチームなんですか?」
「あー?」

会長が携帯電話を開いて残像を残す親指連打。
呼び出した画面を見詰めて、数秒。

「トリちゃんは【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】って書いてあんな。
 ジョルジュ、どんな連中か分かるか?」

パタンと二つ折りにしてから長岡先輩を向く。
VIP学園生徒会では、対外的な場合において書記は情報収集の役割を持つ。
長岡先輩は思い出すように天井を仰いでから頷いた。

「うん、【百鬼夜行】ね。
 確か先代達の残した資料では危険度Bクラス、邪気眼使いの数は100人近くだったかな。
 規模でB+、質でB-、質よりは規模で勢力を誇っているタイプだね」
「ついでに言うと少し前にトップが代わってるお。
 それから余所から流れてきた邪気眼使いを積極的にスカウトして、
 どうも戦力を底上げしているみたいだお。
 ・・・・・・お?
 コイツら、
 先月にそれが原因でモメた他のチームと喧嘩して潰してるお。危ない連中だお」

長岡先輩に続いて、パソコンを見詰めるやる夫先輩が補足した。

「Bクラスのチーム相手にすんのは今年度始まってから初めてだな。
 はー、やっぱマンドクセ」

深々と溜息。
ふと思ったが、この会長、普段はやる気なさ過ぎである。

「それで、ドクオ、どうするんだお?」
「まさか放っておくつもりじゃないわよね?」

非難、ではなく単に確認するだけのようなブーン先輩達の質問に、
会長は珍しくぶんと素早い動作で首を振った。

「バッカ、んなワケねーだろ。
 生徒を守り、学園を守り、新都の平和を保守すんのがVIP学園生徒会の理念だろーが」

会長はそのまま、ぐるりと僕らを見回して、決まってんだろ、と笑った。

「だから最初に戦争するっつったんだよ。
 VIP(ウチ)に喧嘩売ろうってバカを、生かして返すワケねーじゃねーか。
 連中が来るのは三日後の夜、せいぜい派手な祭りにしてやろうぜ。
 会長命令だ。オマエら黙ってついて来い!」

前言を翻すつもりはないが。
それでもこの会長、こういう時にはノリがいい。
そして、いつも面倒臭がりながらも仕事はするし、
決める時は決める男だということも此処にいる全員が知っている。
誰に促されるでもなく、皆が一斉に立ち上がった。

「おっおっおw 会長命令なら仕方ねーおw」
「そうね。ブーンもやる気みたいだし、怪我した時はアタシに任せなさい。
 箱舟に乗ったつもりでいるといいわ!」
「やれやれ。
 今度もまた、つまらぬモノを斬る仕事が始まるお」
「うんうん。
 ここはトリ先生のおっぱ────────学園のためにも頑張らないとね」
「うむ。しかし夜か、場合によっては夜食がいるな。田中、何かリクエストはあるか?」
「クーが作ってくれるなら何でもいいよ。・・・・・・じゃあ、決まりですね」

国連も真っ青の満場一致。
全員、異議も異論も異存もなし。

「っしゃ、じゃあ決まりだな。
 【百鬼夜行】だか珍走団だか知らねーが・・・」

賛成の手だけが上がる中で、会長の手が強く握り締められる。

「ぼっこぼこにしてやんよ」

今期生徒会初の大仕事の、これが始まりだった。

       

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Neetsha