Neetel Inside 文芸新都
表紙

VIP学園生徒会邪気眼奮闘記
戦いの夜②

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SIDE3 やる夫



VIP学園東門。
とうに日も暮れた宵の時刻、
普段ならこの時間には閉ざされているはずの門の間に佇む影があった。
八角形を崩したというかおにぎりを握り損ねたというか、判断に困る形状の頭部。
生徒会書記の一人、やる夫である。
彼はごく標準的な学生服の上に一回り大きいサイズの頭を乗せ、
何か考え込むように顎に手を当てていた。
その背中には鞘入りの刀が一本、紐でくくりつける形で背負われている。

「さて。どうするかお」

視線の先にはつい先程到着した招かれざる客の団体、【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】。
校門とやる夫越しに数十のライトを構内へ投げかける彼らを見据えて、
やる夫は割とどうでもよさそうに呟いた。

「お?」

と、集団の中から一人、
照明を背に受けながら真っ直ぐにやる夫に向けて歩んで来る者がいる。
カラコロと高い足音を鳴らしながら近付くと、
話すには少し遠い、というくらいの場所で立ち止まった。

「VIP学園生徒会書記、やる夫殿とお見受け致す。
 拙者は剣士、砥石 刃金(とぎいし はがね)」

彼────男だった────の姿を端的に表すならば、侍か浪人という単語が最も近い。
着古した印象の紺の着流しをそよと夜気に垂らし、
髪は汚れてこそいないが纏められてもおらず、下半身は素足に下駄で、腰には刀。
時代錯誤という点に眼を瞑ればそこそこ統一された格好だ。
が、違和を覚えるとすれば一つ、顔だけが若い。
服装に合わせて評すなら元服の前後と言ったところか。
童顔とでも補足しなければ実年齢十台前半で通るだろう。
本来の時代なら貧相に見えただろう衣装も、そのせいでどこか小奇麗な印象を受ける。
下駄のせいで分かりにくいが、実際の身長も高い方とは言えなさそうだ。

「夜分にこのような人数での訪問、先ずはお詫び申し上げる」

顔と逆、衣服に正しい古めかしい口調。
死語と言えば死語過ぎて、周囲も正否の判別が出来ない。

「しかし、ここに立っているからには事情を理解した上でのことと存じ上げる。
 ならばこれも天下に己が名を知らしめんとする男子の本懐を遂げんがためゆえ、
 どうか許されよ」

声は抑揚に乏しく、実直とも言い難い印象を受ける。
本心の判断に困る口調で、彼────刃金はやる夫に向けて頭を下げた。
本人としては謝れば義理や義務を果たしたことになるのか、
三秒で姿勢を戻すと相手の反応も見ずに口を開いく。

「とは言え、多勢に無勢は剣士の本意に非ず。
 ついては、
 邪気眼使い有数の剣士と名高いやる夫殿に拙者との一騎打ちを願いたい」

やる夫は珍妙なものでも見るかのような顔をしているのだが、
それにも頓着せずに話が続く。

「拙者とて彼らとは同じ釜で炊いた飯を横に並んで食った仲ゆえ、
 拙者に勝てばVIP学園に手を出さぬ、とは言えぬ。
 されど、一騎打ちに応じていただければ剣士に相応しい扱いは保障いたす所存」

そこまで言って、刃金が腰の鞘からすらり、と刀を抜いた。
バイクのライトと校舎の電灯、月と星の光を浴びて刀身が輝く。
邪気眼によって具現化された物体という可能性はあるにせよ、
少なくとも銃刀法に真っ向から切ってかかるような代物を引っさげて、
彼はその切っ先をやる夫へと向けた。

「もとより剣士が敵として出会えば死合うのみ。
 拙者の邪気眼“斬鉄剣(コテツ)”の威力、披露致す。
 さあ、其方も刀を抜かれよ」

そこで初めて、やる夫の体が震えていることに気付く。
やる夫は何かを堪えるようにして体を小刻みに震わせながら、
驚いたような顔で彼を見ていた。
刃金が怪訝そうな顔をする。

「どうされた? やる夫殿。
 死合いを前にして武者震いか?
 VIPにこの人ありと言われた剣士が、
 よもやこの程度の状況と人数に怖気づいたわけでもあるまい。
 さあ、早く刀を抜かれよ」

ほんの少し、刃金の声に脅しつけるような色が滲む。
ずい、と刀身が迫り、促されたようにやる夫の手が動いた。

「・・・・・・プ」

震えながら、ゆっくりとやる夫の手が上がっていく。
それで柄を握れるのかと言いたくなる様な頼りなさで揺れる手を動かしながら、
やる夫の口から吐くような声が漏れた。

「?」

刃金の表情が微かに動くも、
その手の緩慢な動きを追って目は離さない。
遅々とした動きでやる夫の手は上がって行く。
そして柄まで半分────胸から少し離れた所でぴたりと止まった。
同時に、震えも消える。刃金が口を開いた。

「どうしたやる夫殿? この期に及んで何を躊躇うことがある。
 その背に負った剣の刃は飾りではなかろう?」

ずずい、と向けられた刀身にもやる夫は応じない。
ただ、睨みつける刃金と数秒ほど視線を合わせ、

「────────プ」

やがて、かっと口を開け放った。





「m9(^Д^)プギャーーーーーーーギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッwww」





握り拳の状態から伸ばされた人差し指が、ビシィィイイイ! と刃金を指す。
背後に控える者達も含めてぽかんとする刃金に、
やる夫は台があればばんばん叩きそうな勢いで両手を上下させて見せた。
ブーッ、と唾を吐き散らしながら滅茶苦茶に笑う。

「こ、こいつはおもしれーおw いまどき侍気取りにもほどがあるだろおw
 着流しに下駄に刀で『拙者』とか・・・バロスwww
 ちょw マジで腹いてーおww
 しかもわざわざ『仕合』を『死合』とか言ってるおw
 あるあ・・・・・・ねーよw オマエはいつの時代の人間かと小一時間ww
 お前の居場所はここじゃなくて日光江戸村だおw
 そんな衣装どこで揃えたのかkwskwww」

堪え切れない、という風にどすどすと地を踏みつけた。
夜空に遠慮のない爆笑が響き渡り、右手で相手を指差しながら左腕で腹を抱える。

「ふ、腹筋が断裂しちまうおw ありえねーおw イタイおw
 ごっこ遊びが許されるのは小学生までだよねーだおww 厨房のコスプレワロスwww」

ちょっと腰を引きながら口を覆って、ぶふっ、と指の隙間から息を漏らす。
くの字のような体勢で意味もなく爪先立ちだった。少し、カマくさい。

「な、な、な・・・っ!」

自分を指差しながらぷるぷると震えるやる夫に、刃金の肩が揺れた。

「こ、このっ! 拙者を愚弄するか貴様!」

怒気が大気を打ち鳴らすも、やる夫の笑いは止まらない。

「き、きき、『貴様』とかギガオカシスw いきなり二人称を変えるなだおww
 剣士だけにキレやすい若者・・・・・・上手いこと言っちまったおww
 m9(^Д^)m9(^Д^)m9(^Д^)ジェットストリームプギャーーーーーwww」

ビシ、ビシッ、ビッシィィィイイイイイイッッ! と三段に分けて指を差す。
刃金の怒りは、むしろ燃料の投下に終わったようだった。

「お・・・・・・おのれぇぇえええええっ!」

怒りが不発に終わり、反って馬鹿にされる羽目となって目を血走らせる。
左手の邪気眼の瞳も赤く濁り、
刃金は怒髪天を衝くが如く刃を掲げた。切っ先の鋭さが星明りを斬り返して輝く。

「もう我慢ならん・・・! 
 死合う気がないのならそれもよし────そこに直れ!
 我が“斬鉄剣”の錆としてくるわっ!!」

刀を上段に構えたままで背を傾斜させて腰を沈め、跳躍のように疾走を開始。
強く下駄を地面に噛ませながら飛脚の速さで駆け、やる夫に迫る。

「ワンパターン乙ww」

興奮に染まった鬼気迫る顔を見ても動じず、むしろやる夫は一層おかしそうに言った。
果たして、
それを挑発と受け取ったのか刃金が加速する。

「我流・斬神っ!」

口にする間もあればこそ、
やる夫が刀を抜いていれば間合いと言える距離まで接近し、
爛と月光を照り返す刀身で夜気を両断した。

「ちぇええりおおおおおっっ!!」

裂帛の気合の中、その声が届いたのかどうか。



「ちなみに、オマエ相手に自分で刀を抜くまでもねーお」



斬撃は、剣士なればこそ予期し得ない方向から襲ってきた。
刃金自身の手元。
愛情を、執着を、夢を、自信を、必殺を込めた己の剣。
そこから襲い掛かった一撃が、深く刃金の肩を薙いだ。

「ぎ」

叫ぶ間もない。
己で踏み込んだ間合いから咄嗟に身を引くこと叶わず、
慮外の痛苦に硬直した足元をやる夫に払われて後方へ倒れこむ。

「ほいっとだお」
「ぃあっ!?」

滞空の間に更に蹴りを食らって強かに打ちつけられてから、ようやく声を吐き終えた。
反射的に傷口に手を当てようとしたせいで余計に体勢が崩れ、切り裂かれた肩からぶつかる。
刃金の体が声もない痛みに痙攣した。

「うーん。思ったよりよく斬れたお。
 この感じだと『具現型(アームズ)』・・・・・・物質の構造を切り離すとか、
 空間を切り裂くみたいな能力の邪気眼かお?」
「っぐうぅ・・・!」

悔しさと驚愕を足したような顔を向ける刃金に、至って平静にやる夫が尋ねる。
刃金の手に自慢の刀はない。
肩口に生じた灼熱感に身を捩る相手に、
質問に答えない不快感を切り払うようにやる夫が言う。

「『刃を操作する』邪気眼、“剣刃舞刀(ソードダンス)”」

剣士にとって命とも言える武器は、やる夫の傍らに浮いていた。
言い終わって、つい、とその切っ先が刃金に照準される。

「返すお」

剣士と言うよりは弓兵。
矢のように放たれた刃が空間と刃金の肩を射抜いた。
結果、刃金の上体には裂傷に続いて穴が穿たれる。

「ぐおああああ!?」

刃は体を貫くに止まらず、舗装された平面に標本の如く刃金を縫い付ける。
刃金は痛みに悶えるが、悶えるほどに突き立てられた刀身が傷口を抉り、
更なる激痛に夜空へと吼えた。

「うるせーお」

咆哮の源を踏みつける。
やる夫の足の下で、着流しから覗く四肢が跳ねた。

「実力のほどは身にしみたかお?」

返事はない。
しばらくして痙攣の幅が弱くなったのを見て取ってから、やる夫は足をどけた。
興味なさげに身を返し、
刃金が事前に言い含めてでもいたのか、
今の今までバイクの傍で棒立ちになっている【百鬼夜行】の面々に向かって歩き出す。
途中、ふと足を止めた。

「それから、オマエは一つ勘違いをしているお」

割とどうでもよさそうに背後の剣士へと振り返る。

「『ちぇりお』は『さよなら』で、『ちぇすと』が掛け声だお」

そう言って────────やる夫は顔を戻しながらパチン、と指を弾いた。
瞬間、夜空の星、天で輝く光源の数が減った。
やる夫に相対して以降、
敵を前にして空に目を向ける余裕のなかった彼らには気付けなかっただろう。
今もやる夫の動きにこそ集中していて周囲には気を配っておらず、故に気が付かない。
群と煌く天上の星々。
その過半が、既にやる夫の敷いていた必殺の布陣であったなどとは。

鋭く弧を描く刃がある。
反りの中途で分岐した刃がある。
ただ真っ直ぐに伸びた刃がある。
長く柄を持った刃がある。最小の握りしか持たない刃がある。
機能の究極を突き詰めた切れ味に、芸術を宿す刃がある。
装飾を以て権威を知らしめす刃がある。
古今東西、種々様々、集め束ねて鉄の雨。
そこには、およそ刃と聞いて人が思い浮かべる全てがあった。

光景はさながら流星群。
今まで遥か上空で星々の光を反射しながら待機していた刃達が、
主の命令の下に地上へと降り注ぐ。
剣、刀、槍、ナイフ、包丁、薙刀、斧、銃剣、鋏、くない。
合計数十種、三桁の刃が【百鬼夜行】を取り囲んで布陣した。
たった一人の邪気眼使いに支配された武器の軍勢が空間に静止し、
星の明りとバイクのライト、後方の校舎の照明に煌く刃が包囲を完了する。

「陣刀指揮・剣山、だお」
「「「っっっっ!?」」」」

頭上、
人間にとっては絶対の死角とされる位置さえ含めて展開された全方位の内部攻撃陣形。
百を軽く越える数の剣群が、内に捕らわれた獲物に向けて牙を揃えていた。
その殆どが殺傷を目的に鍛えられた武器達。
その威力は近接、間合いの内側に対しては比類ない。
心境としては同数の野獣に囲まれた方がまだましか。
統制された獣は主の声一つで解き放たれる。
彼らも全員が邪気眼使いとは言え、
待機する刃の全てが先の刀と同じ速度で射出されれば、果たして何人が無事で済むか。

「やれやれだお」

一人欠けて、おおよそ三十人。
彼らがここに来るにあたり、その数の差を頼りにしていたのは間違いない。
だが、今や自分達の三倍を越える数の敵に取り囲まれ、
声を失うのも無理のない相手に対して、溜息のようにやる夫が口を開いた。

「お前ら弱すぎだお。奇襲かけて戦力削ってやる必要もなかったお」

現状、やる夫にその気があれば、
彼らが到着した瞬間に全滅させることも可能だったのは間違いない。
言外にそれを匂わせて、
やる夫が初めて、ただ馬鹿にするのとは違った嘲るような冷笑を見せた。

「だからオマエらは時間をかけて徹底的に潰してやるお。
 二度とVIP(ウチ)に手を出す気がなくなるように、泣き叫んでも刻んでやるお」

すっ、と手が上がる。
刃金を前にした時のような震えはなく、
たったそれだけの動作に百を超える武器を従えた者の威圧が溢れていた。
中指と親指が、擦るように合わされる。

「それじゃあオマエら────────ぼっこぼこにしてやるお」

パチンと。
星と刃の光の下、小気味良い音と絶叫が響いた。

       

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Neetsha