Neetel Inside 文芸新都
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妄想ハニー
残党編-06【フリー・デビルジャム】

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翌日、『マジック・マッシュルーム』のCDを買いにいった。
さすがに地元バンドだけあって、駅前のCDショップに行ったら、インディーズバンドとしては破格のプッシュのされ方でコーナーが設けられていた。
コーナーのフォトには、ニューヨークのスラムを彷彿させるウォール・アートの前でメンバー三人がスカしている姿が写っている。
が、しかし、最初は3人の内のどれが赤井のムスメか判別できなかった。
左から、ドレッド・ヘアーにフレア・ジーンズ、上半身はビキニというセクシーファッションなBガール。
太股から大胆にカットされたホット・パンツにタンクトップという、ステレオタイプなアメリカン・ファッション・ガール。
迷彩ズボンに黒のTシャツにレザーグローブという、半分コスプレにしか見えないようなミリタリーファッション・ガール。
真ん中のアメリカン・ガールが赤井のムスメである事に気づくまで、30秒近く時間がかかった。
普段の、ポロシャツ・メガネ・黒ジーンズという文学少女の三種の神器を纏っている赤井のムスメとはえらい違いだ。
アイシャドーのせいか、人相まで変わって見える。
ああ、これが“キャラを作る”って事なのか、と妙に納得してしまった。
どうやら店の店員が作ったとおぼしきPOPを見たところ、どうやらこのミリタリー・ファッションがギターボーカル……つまり、アキラやエノケン達の先輩らしい。
軽音の先輩だというから、てっきりチャラい感じの男を想像していた。
そう云えば、マドカが『ガールズ・バンド』って言ってたっけ。
CDのジャケットは、3人の演奏姿をポップアート化したような感じのイラストだった。
なんだか、見た目だけだと、セクシー路線で売り出してるように見えなくも無い。
しかし、プロであるからには、それなりに腕前もあるのだろう。
とりあえず、俺は視聴機にCDのバーコードを読み込ませて聴いてみる事にした。
「――――――――」
戦慄する。
何だ、コレは?
俺が今まで、あまりちゃんと聞いた事の無いジャンルの音楽だった。
3ピースバンドなのにまったく音が薄くなく、各パートが掛け合いをするようにソロを奏でる。
チョッパーを連発するファンキーなベースに、チョーキングとワウを多用するブルージーなギター。
ドラムはそれらを引き立てるようなシンプルなフレーズながら、オカズやソロパートに来ると、ここぞとばかりに音数を詰め込んでくる。
何よりヴォーカルの中性的な声の心地よさが印象的だった。
俺は、女ヴォーカルというとどうも耳にキンキン来る感じが好きじゃなくて敬遠していたのだが。
ダンスチックな跳ねたリズムの中にも、どことなく哀愁の漂うこの感じ。
テクニカルにはテクニカルだが、それが嫌味じゃない、耳に心地いい音楽。
『地元発のハードコア・ファンクバンド、インディーズを席巻!』と店員の書いたPOPにはある。
ハードコアもファンクもどういうジャンルなのかよく分からなかったが、こういう音楽なのか。
なんだか、世間への不満を書き綴る刺々しいパンク・ロックとは対極にあるような音楽だった。
俺はまだ自分の事に精一杯で、人を想う余裕なんて無い。
だから、俺にはきっとまだこんな音楽は出来ないだろう。
サリナは、アキラとエノケンはファンクをやりたがってると言っていた。
彼らは、きっと、この『マジック・マッシュルーム』のような音楽に憧れているのだろう。
そう云えば、どことなくこの『マジック・マッシュルーム』のドラムには、この間のアキラのドラム・ソロに似通った部分がある。
これが、あいつらのやりたがってる音楽――――――
確かに、このジャンルをやるにはかなりの技術が要求されるだろう。
いや、技術というのは何か違う。
おそらく純粋にテクニックというのならば、メタルやハードロックの方が遥かに高い事をやっているだろう。
ただ、このジャンルに必要なのは、もっとこう感性というか、人の心に訴えかける情念というか、そんなもののような気がする。
一曲目、一分間の視聴時間が終わる。
もっとこの音が聴きたかった。
俺は夢中で視聴機の音に意識をやった。





赤井のムスメに教わる事のほとんどは、ルーディメンツ、要するに基礎練習だった。
8ビートのあらゆるパターン、タム回しのあらゆるパターン、バックビートの要領、力の抜いたフォーム。
正直、実際にやる曲の上で使わないフレーズが多かったが、基本という土台がすっぽ抜けている俺に必要なものはまず基礎力という事らしい。
基礎が確立されれば、おのずと全体の演奏力が底上げされる。
スラムダンクで言えば、今アヤコさんにドリブルとパスの基礎を延々とやらされてる辺り。
FFで言えば、アビリティを身につける為に経験値集めをしてる辺りらしい。
しかし、こんな練習を何時間もやっていると、本当に演奏力が上がっているのかもどかしく思えてくる。
基礎練習は得てして退屈なものが多いからだ。
それなら、直接演奏力を上げる練習をした方がいいのではないか。
そんな疑問が俺にもたげてきた頃に、赤井カナメは言った。
「音楽において、テクニックは語彙よ」
いつに無く真剣な面持ちに、俺は気圧され、活目してその言葉に耳を傾けた。
「必ずしも語彙は必要なものじゃない。 シンプルな言葉の方が、人の心に届く事も多い。 ただ、テクニックの引き出しが多くないと伝えられない感情もある。 だからみんな技術を身につけるの。 自分の気持ちが伝わらない事がもどかしいから」
俺の語彙は、まだ赤ん坊と同じだ。
感情を口にする事さえ出来やしない。
でも、きっと。





赤井のムスメに師事して三日目、個人練習をみっちりした後、バンド練習が入っていた。
三日ぶりの全体練習。
この三日間、常に俺の頭の中にはメトロノームのリズムが流れ続けていた。
あの、聞いてるとノイローゼになりそうな機械的なリズムが、耳に染み付いて離れない。
これは、リズムキープが大の苦手の俺に課せられた荒療治だ。
まずはリズムキープを身につけなければ話にならない。
それはリズム隊に課せられた第一課題からだ。
いつものように、トーヤが遅れてくる。
ジャージ姿だった。
寝起きなのは間違いない。
セッティングは例によってすぐに終わった。
チバが意味もなくシャウトする。
なんかもう最近こいつの行動が動物に見えてきた。
俺は適当にそれに合わせカウントを入れる。
上手い事それに合わせてユゲがギターソロを始める。
この辺の連携はさすがだと思う。
ベースと同時に曲に入るドラム。
その時、俺は以前とは違う昂揚感を感じた。
背中が、ビリビリ震える。
ハイハットを刻む右手が、スネアを貫く左手が、ペダルを踏む右足が、リズムを刻む左足が、自分のモノではない何者かに操られるような。
自分の感覚が、ベースのメロディーの中に溶け込む感覚。
音の海に呑まれる。
ああ、そうか。
これが。
“グルーヴ”。
ってヤツなのか。
メトロノームのリズムが耳朶から消えた。
代わりに入ってきたのは、ベキベキのベースラインに爆音のギター、ダミ声のシャウト。
相変わらずクソのような騒音だったが、その騒音の中に溶け込んでいる自分がいる。
ユゲのリズムが走り始めた。
プレイに入り込み過ぎて、自己陶酔モードに入ってきてる。
俺は音に引きずられそうになりながらも、必死でテンポをキープした。
ユゲが暴れ出す。
『狂ったチャーシュー』はいまだに健在のようだ。
棒みたいな剣をブスブス刺された闘牛的な動きで、ユゲはスタジオ内を縦横無尽に転げ回る。
あー、これは女子が見たら確実に引くな、と確信めいた予感がよぎった。
しかし、アルペジオなんかの細かい技術こそクシャクシャなものの、コード弾きは意外にしっかりしている。
目を凝らして見れば、とこどこに研鑽の跡が見て取れた。
サビに来ると、叩きつけるようなチバのシャウト。
相変わらずしゃがれ声で誤魔化してるものの、声量はハンパ無い。
ドラムの音を通しても、声のデカさで意識が持ってかれそうになるのだから。
奴らの音に気圧されぬよう、俺はペダルに思い切り体重を乗せて踏み、スネアの連打には思い切りリムを利かせて叩いた。
リム・ショット特有の、硬く鋭角的な音が突き抜ける。
この三日で、死に物狂いで体得した技だ。
耳に心地よいとは到底言えないが、このZAN党の刺々しいサウンドには合っている筈だ。
俺達は休む事無く、持ち歌7曲を続けて演奏した。













「オリジナル、やるか」
またチバが思いつきでモノを言い始めた。
「「はぁ!?」」
俺とトーヤは声をハモらせて聞き返した。
当たり前だ。
明々後日には本番という状況でもう一曲、しかもオリジナルをやろうなどと正気の沙汰じゃない。
しかも、ウチらはまだオリジナルなど作った事がないのだ。
「三日でオリジナルなんか出来るわけ無いやろ、マジで頭イッとるな、お前」
トーヤがもっともな台詞を吐いた。
「楽勝だよ、オリジナルなんか。 大体コピーバンドなんか世間的にはファン活動の一環だろ。 同人誌と同じだ。 せっかく外の箱でライヴやんのに、コピーだけとかサム過ぎじゃね?」
「それがウチらの身の丈なんだろ。 オリジナルやるってポンと言われて出来るもんじゃないし」
俺はさすがに呆れ返って言った。
そんな簡単にオリジナルが出来るもんなら、世の中にはオリジナルが溢れかえってるだろう。
その時、チバはにやりとして、自分のアディダスのバッグをごそごそやりだした。
中から出てきたのは、一枚のMD。
―――――嫌な予感がした。
「こないだユゲと宅録したんだ。 ギターと歌詞はもう出来てる。 構成もAメロとサビを3回繰り返すだけのパンク構成だからすぐに出来る。 あとはベースがルートを拾うだけだ」
「ドラムは?」
「Aメロは普通のの8ビート、サビはシェイクパターンでいいわ。 オカズは変拍子で無ければ何でもいい。 そこはお前のセンスに任せるわ」
要するにドラムのオカズまで考えるのは面倒臭かった、という事らしい。
まぁオカズくらいならすぐに考え付くだろう。
「じゃあ、とりあえずその音源ってやつを聞かせてくれよ。 話はそれからだろ?」
チバは、もったいぶった動作で備え付けのコンポにMDを入れる。
スイッチを入れると、まず最初にノイズのような音が入ってきた。
しばらくの間、何も入ってない時間が続き、やがてギターの音がフェードインし始めた。
宅録だけに音響がよろしくないので、どうにも音がしょぼい。
やがて、照れがなくなって来たのか、音が安定しだした。
ユゲらしい、刺々しい攻撃的なギターフレーズ。
そこにチバの声が乗っかり始める。
Aメロからいきなりシャウト。
……というか。
歌詞というより、これは同じフレーズを連呼してるだけだ。
歌詞の中にストーリー性や詩的表現とかがまるで感じられない。
そこにあるのは、妬みだとか嫉みだとかいうものよりも、もっと根源的な渇望。
社会という閉塞的な檻に適応できない残党達の叫び。
知的なリリックなど小賢しいと言わんばかりに、語彙の修飾を究極まで削ぎ落とした裸の言葉だった。
曲が終わる。
その間、2分40秒。
パンクというよりも、もっと刺々しい、グランジ・テイストな曲だった。
「曲名は『カタストロフィー』だ。 多分、曲的にもカタストロフィーするだろうからな」
「そういう意味か!?」
上手い事言ったつもりのチバに思わず突っ込む。
『ZAN党』ってバンド名にしろ、どうもコイツの感性は狂ってる。
お前の感性が一番カタストロフィーだろ。
「一回適当に合わせてみようぜ。 構成は今言った通り。 ベースは適当に拾ってくれ」
「うーっす」
カウントを始める。
ユゲの凶悪なギターが入る。
なるほど、宅録だとイマイチしょぼかったが、これぐらい音量があると曲調にハマって聴こえる。
ベースはベンボンベンと本気で適当に弾いてる。
いきなりベースの入ってない音源聴いて、それに合わせて弾けってのも無理な話か。
そしてチバのシャウトが始まる。
単純な歌詞だが、そもそも回りの楽器もかなりシンプルな構成になってるので、シンプルな歌詞の方がしっくり来るのかもしれない。
しかし、これは曲というよりも、音のカオスだ。
普通、曲という者は音のハーモニーを愛でるものだと思うが、この曲はまるで音というものをミキサーにかけてシェイクしているような、そんな曲なのだ。
聴いてるやつの脳みそをこねくり回すような爆音の嵐。
確かに、“カタストロフィー”だ。
これ以上無い単純な構成なので、初合わせでも一応終わりまで通す事が出来た。
しかし、完成度は他の曲に比べるべくも無い。
「は~、なかなかええやん。 気に入ったわ。 ノリ易いリズムなのが気に入った」
そう言ったのはトーヤだった。
「まぁ、完成度はクソ中のクソやけど、これはこれでええんちゃう? 音拾うのはめっちゃ面倒やけど、お得意のルート弾きでやれば一晩でいけるわぁ」
「まぁ、合わ易さ優先で作った曲だからな」
「要するに、インスタント・オリジナルって事やん」
「あ~、その曲名の方が美味しいな。 クソバンな感じで」
「さすがにそれは止めとけ」
と、見かねた俺が突っ込んだ。
放って置くと本当にそういう曲名になり兼ねない。
俺としては気が乗らないものの、俺よりも作業が大変なトーヤが乗り気な以上、俺としても反対意見が出しにくい。
なし崩し的に、俺達は三日で曲を作る事になった。





練習が終わった後、俺達は『笑竜軒』にラーメンを食いに行った。
『笑竜軒』はユゲの兄貴の友達が何年か前に始めた中華飯店だ。
店主は自分が丹精込めて作った自慢の鶏白湯麺を売りにしたいらしいが、やたら坦々麺のバリエーションが豊富な為にそちらに人気が集まってしまった。
そして、残念ながら俺達も全員坦々麺シリーズを注文した為に、アフロヘアーの店主は「お前ら…」と拳を震わせていた。
実際、ここの坦々面は美味い。
ゴマダレがよく効いていて、白髪ネギのピリリとした辛味が後を引く。
店主自慢の鶏白湯麺とやらも一度食べてはみたものの、化学調味料を一切使わずに作った淡白でお上品な味わいはジャンク・フード世代の俺達の舌とは相容れないものだった。
どうもこの店の店主のこだわりと客層のニーズには若干の誤差があるようだ。
「なんで俺の鶏白湯は出ないのかねぇ。 仕込みに他のラーメンの倍の時間掛けてるってゆーのに」
「こだわりと売れ線は別モンなんですよ。 思い入れのあるモンが必ずしも売れるとは限らないっす。 今は坦々とかトンコツとかこってりした奴じゃないと客はつかねーんですよ」
「チクショウ、ガキに俺のラーメンの繊細な味が分かってたまるかってんだ!」
「一般人にわかんねーような高尚な味を一般人の客相手に作ってもしょうがないっしょ。 売れ線に走りましょう、売れ線に」
ユゲの奴は、ギターを奏でてる時と飯を食ってる時だけは本当に生き生きしている。
普段はただのチャーシューなのに。
『一生に出来る食事の回数は決まっているから食事には妥協しない』というのがヤツの持論だ。
ヤツ曰く、一日の24時間という時間の中で確実に幸福が約束されているのは食事の時間だけ、という事らしい。
その結果が、あのメタボリック体系なだが。
「ったく、口が減らねぇんだから。 そういや、おめぇ、兄貴は元気か? 最近あんまり店に来ねぇけど」
その一瞬、ユゲの表情が曇ったのを、俺は見逃さなかった。
「ああ、あの人は色々忙しくて、家でもあんまり顔合わせないっスから」
「そうか? たまには俺のラーメン食いに来いって伝えといてくれや。 今度、新メニューのドテ煮ラーメンってのを作ろうと思ってんだ」
「あー、まずそれは俺が毒見した方がいいような気がしますわぁ。 竜さんの新メニューは玉石混交だから」
「ぎょく……? おめぇ、高校中退の俺にそんな難しい言葉使うんじゃねぇ!」
ユゲはそうして、適当に話題を変えた。
ユゲのギターはあんなんだが、あいつの家はバリバリの音楽一家だ。
親父は世界的に有名なクラシック・ピアニストで、兄貴はチェリスト……要するにチェロの奏者で、それで飯を食っている。
ユゲも昔はピアノを習わされていたらしいが、クラシックとは肌が合わなかったらしく、嫌気が差して辞めてしまったのだそうだ。
そのユゲが今ではギターをやっているという事は、血は争えないという事か。
しかし、父親と同じピアニストとして将来を嘱望されていたユゲに、家族の風当たりは冷たいらしい。
クラシックの“音楽家”様にしてみれば、ロックなど箸にも棒にもかからない低俗な音楽だという事だろう。
不謹慎な言い方だが、ユゲは学校でも家でも“残党”なのだ。
ユゲの、耳をつんざく程の爆音ギターは、高尚な音楽一家に対するささやかなレジスタンスなのかもしれない。





帰り道の中で、俺はずっと、チバとユゲの作った音源を聴いていた。
テクニックは語彙だと、赤井のムスメは言っていた。
その言葉からすると、チバもユゲも、語彙は赤ん坊のように少ない。
赤ん坊に出来る事は、何かを求めて泣き叫ぶ事だけだ。
あいつらは、一体、何を求めて泣き叫んでいるのだろう。
何を思って、泣き叫んでるのだろう。
世の中には、ミュンヒハウゼンという病気がある。
人の気を引く為に、自分を傷つけたり、奇行に走ったりする病気だ。
人目を引く為にホラを吹き続けたホラ吹き男爵ことミュンヒハウゼン男爵の名に由来する。
俺達は、ホラ吹き男爵と同じだ。
人目に触れない事が、寂しくて仕方がない。
残党でいる事が辛くて仕方が無い。
誰かに俺達を見て欲しい。
誰かに俺達を理解して欲しい。
きっと、心の中でそう思ってる。
俺は、何故チバが急にオリジナルをやりたいと言い出したのかが分かる気がするのだ。
コピーバンドは、結局どこかのアーティストが作り出した、借り物の言葉に過ぎない。
どこかの誰かの作った言葉だから、その言葉はリアルじゃないのだ。
俺達四人のなかでも、チバとユゲは一番付き合いが長い。
あいつらは、一体何を思いながら、このフレーズを作ったのだろう。
よく聴いてみればわかる。
刺々しいこのギターフレーズは、どこか寂寥感に溢れていて、どこか物憂げで―――――
音の鋭利さは、まるで触れば折れてしまうような脆弱さを秘めた鋭利さなのだ。
「“カタストロフィー”………か」
そんな風に、作曲した奴らの気持ちに思いを馳せると、不意にドラムのフレーズが浮かんでくるような気がした。
確かに、俺のドラムも語彙は少ない。
奴らの思いをフレーズという言葉に変える事は出来ない。
だが………一緒に泣き叫んでやる事ぐらいは出来るはずだ。
俺の頭の中で、次々にドラムのフレーズが湧いて出て、形を成し始めた。
それは俺の耳の中で、ギターとヴォーカルだけのMDと一緒になり、曲の形を成す。
赤井のムスメに教わった、役に立たなかったルーディメンツのフレーズが、今すべて俺の語彙に変わる。
ああ、こういう事か。
“引き出しが増える”っていうのは。
俺は、無性に今すぐこのドラムが叩きたくなった。
しかし、もう赤井楽器は閉まっている。
仕方がない。
マドカに近所迷惑だと言われてもいい。
今夜は心行くまでドラムパッドを叩こうと思う。




       

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