Neetel Inside 文芸新都
表紙

妄想ハニー
与党編-02【チキン・ゾンビーズ】

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登校日があるとはいえ、夏休み四十日という日は長過ぎた。
そうやって、久しぶりに校門で顔を鉢合わせる級友達の顔を見ると実感する。
日に焼けた奴。 痩せて精悍な顔つきになった奴。 また逆に、頬の肉が弛んだ奴。 
就職前に一花咲かせようと髪を染めた奴。 進学の為に落ち着いた奴。
途端に綺麗になった女の子を見ると、一夏の経験があったのか疑ってみたり。
気分はプチ浦島太郎といった感じだ。
校門を抜けて、下駄箱を昇って、廊下を抜けて教室へ。
見慣れた教室、見慣れた教壇、見慣れた机。
そして、見慣れた窓からの光景。
今日は始業式が終わったら、席替えをして、掃除してすぐに終業だ。
放課後に部室に行けば、多分いつもの面子に顔を合わせる。
『ステロイド』のメンバーには始終顔を突き合わせていたが、他の連中はどう変わっているか、楽しみになってきた。
机に座ると、一気に朝の眠気がやってきたので、MDのイヤホンを耳に当てて、肘を枕にする。
寝る時の音楽は、静かなインストゥルメンタル(ヴォーカル無し)に限る。
そうしてうつらうつらとしていると、この夏休みに顔見知りになった連中が登校して来た。
タカヒロに、トーヤ。
徹夜で宿題でもしていたのか、トーヤの方はげっそりと痩せこけている。
二人は軽く会釈して席に着く。
そこに、サリナ、ナオコ、ユキ、マイのグループが登校してくる。
続いて、リュウジがダルそうに制服を着崩してやってきた。
ジャガーとエノケン、チバ、ユゲは他のクラスだが、放課になればこちらに現れるだろう。
いつもの面子。 見慣れた教室。
こうして二学期は始まる。





体育館に集まって、退屈な校長先生の話を長々と聞く。
こうした始業式の言葉も、大体教師生活の中で培ったテンプレートみたいなものがあって、毎年内容も代わり映えしない。
今日の話の内容も、どっかで聞いた事ばかりだった。
教室に戻ると、一ヶ月ぶりのホーム・ルーム。
一ヶ月ぶりに会う、担任教師。
アキラ達のクラスの担任は、安東水菜という大学上がりたての女性教諭だ。
さばさばした姉御気質で、「ミズナちゃん」と呼ばれて親しまれている。
男勝りの性格が幸いしてか災いしてか、そっちの気のある女生徒に人気があるらしい。
「おーす、みんなー。 元気してたー? それじゃ、堅苦しい話は抜きにして、お待ち兼ねの席替えタイムだよー。 お目当てのあのコの隣に座れるように、願いを込めて引いて頂戴さー」
席替え。 始業式から始まって、一番最初の楽しいイベントだ。
といって、戦略性も駆け引きもなく、純粋なる運任せのイベントなので、ヒートするのは一瞬。
辟易していた席の奴は喜び勇み、気に入ってた席の奴は気が重くなる。
アキラは無難に教室の中盤辺りの窓際の席に決まった。
隣の席はマイ。
知らない人と一緒になるよりは無難なセレクトだ。
前の席がトーヤ。
確か、成績は常に下から数えた方が早いという噂だから、カンニングは期待できそうもない。
タカヒロとリュウジ、ナオコは随分と席が離れている。
サリナはというと、ちゃっかり廊下側最後尾の特等席をキープしていた。
この辺の悪運の強さはさすがだ。
あとは適当に、ミズナちゃんが受験に向けての心構えを講義してホーム・ルームは終わった。




下校前の掃除の時間。
事件は起こった。
ホーム・ルームが終わってすぐ、隣のクラスのエノケンが、自分のクラスの掃除をサボってアキラの教室にダベりに来た。
相変わらず、真っ金々の目立つ頭だ。
この時期になっても色を戻す気はサラサラ無いらしい。
音楽にかまけて学業も疎かにしているので、プロになれなかったら、このままフリーター・コース一直線だ。
しかし、この男の豪放磊落さを見ていると、進学とか就職だとかが些細な事に思えてくるから不思議だ。
まぁ、もっともそれは錯覚で、全然些細な事ではないのだが。
エノケンはチバと同じクラスで、何でも席替えで前の席になったらしい。
エノケンは、前のライブでチバの事をえらく気に入ったらしく、嬉しそうに奴の事を話す。
「あいつが軽音だったら、一緒にバンド組めたのにな」
と、少し寂しそうにエノケンは言った。
確かに、チバは就職組なので、社会人になってしまうと一緒にバンドを組むのは難しくなるだろう。
あれだけの声量とパフォーマンス能力を持っているのに、惜しい事だ。
「ちなみに、組むとすると何のバンドのコピーをやるつもりなんだ?」
「ニルヴァーナだ。 あいつがフェンダーのジャガー買ったのも、ニルヴァーナの影響らしいしな。 それに、あいつの自虐的なとことか奇行癖とか、まさにカート・コバーンそのものだろ?」
「確かに……あの自虐的な言動は、グランジっぽく見えない事もないな」
「だろう? 社会性がないってのは、あっちの世界じゃ個性じゃねーか?」
と、エノケンが誉めてるのか貶してるのかよく分からない事を言う。
思った事をそのまま口にするのは、こいつの美徳だが同時に欠点でもある。

「なんだぁ? 随分、あの『ZAN党』を買ってるみたいじゃねぇか」
と、横からリュウジが口を挟んできた。
こいつは確か中庭の掃除の係だったはずだったが、サボるつもりなのか。
「俺は、いいものはいいって言ってるだけだぜ、リュウジ」
「所詮、アマチュアのレベルの話だろ。 これからメジャーに行こうっていう俺達と同じ土俵の話じゃねぇ」
「そうかねぇ。 少なくともチバの奴には、同じ土俵に立つ器があるように見えたけどな。 そういうお前も、そのアマチュアレベル相手に、随分せこい真似したみたいじゃねぇか」
「手前……」
エノケンが言ったのは、前のライブの時に、リュウジが仲間内で『ZAN党』を祀ろうとした事だ。
誰が言わずとも、リュウジが策を弄したのは明らかだ。
ジャガーはZAN党を敵視している訳じゃない。
……というかそもそも眼中に無いので、そんな小細工を弄する理由が無い。
リュウジとエノケンが剣呑とした雰囲気になりかかったところに、教室にぞろぞろと入ってくる人垣があった。
タカヒロ、トーヤ、チバ、ユゲという『ZAN党』の面子に、何故かジャガーが一緒にいる。
ジャガーはイメチェンなのか、鳥の巣を盛ったようなギャル男ヘアーになっていた。
もっとも、この男の場合は服装面にやる気が見られないので、ギャル男ヘアーというよりは壮絶な寝癖のようにしか見えない。
「……変わった面子だな」
アキラが呼びかけると、「よくわかんねーけど、こいつ等に呼ばれたんだよ」とジャガーがたるそうに返事をした。
この年中睡魔に取り憑かれてる無気力男は、プロになれなかったらニート確定だろう。
「何の用だ、手前ら?」
「………ちっと、顔貸して貰えねーか」
敵意丸出しのリュウジに、チバが顎で外の方を指した。
表に出ろ、という事らしい。
何のつもりだ?
訝しむも、チバ達には否応言わせぬ雰囲気があった。
アキラはエノケンと顔を見合わせると、互いに頷いて返答した。
「よし、いいよ。 行こう」





校庭に着く。
どこの学年ももうホーム・ルームを終わって、掃除の時間に入っている。
どの学年かよく分からない生徒達が、竹箒を持ってぽつぽつと校庭に現れ始めていた。
「用事って何? 俺も自分のクラスの掃除あっから、とっとと戻らないと女子達からヒンシュク買うんだけど」
と、ジャガーが心にもない事を言う。
どうせ戻っても掃除に参加する気などサラサラ無いだろう。
とっとと部室に行って寝たいから、適当に理由をつけて抜け出したいだけなのだ。
「まぁ、待てよ。 すぐに済む」
チバが右掌を突き出して、言葉を遮った。
「俺らは残党だが、約束は守るタチでな」
約束……?
「あのライブ、確かに俺らも善戦したとは思うが、どうひいき目に見ても、盛り上がってたのはお前らの方だった。 賭けは俺達の負けだ。 そんな訳で、敗者のペナルティを実行しようと思う」
あ。
思わず、そんな感嘆詞がアキラの口をついて出た。
いやまさか。
口先だけだと思っていたのだ。
約束した本人達ですら忘れていた、そんな形骸化した罰則をまさか律儀に実行しようなどと。
リュウジも、エノケンも、ジャガーも思い出したらしかった。
あの、リハーサルの前に勢いで交わした賭けを。
『ZAN党』四人の両手が、一斉に制服のベルトに掛かった。
ベルトを一気にズボンから引き抜き、脱皮でもするかのように一気に、カッターシャツとズボンを脱ぎ捨てる。
そして、あろう事か彼らは、その下とタンクトップとトランクスすら余計な不純物とばかりに脱ぎ捨てたのだ。
生まれたままの姿になった四人の男子高校生は、燦々と輝く太陽の下で、もはや俺達を縛るものは何も無いとでも言うかのようにダッシュを始める。
客の盛り上がりを比べて、負けた方が全裸で校庭十周。
確かにそんな取り決めをした。
だが普通に考えて、元々固定客のいる『アナボリック・ステロイド』が負けるはずがないのだ。
お目当てのバンドがいる客は、その出演時間に合わせてライブハウス入りする者も少なくない。
トッパーの『ZAN党』とは、その時間帯の客の絶対量からして勝負にならないのだ。
ゴルフで言えば、アマチュア・ゴルファーがプロを相手に、さらにハンデを課している様なものなのだ。
しかし、それでも約束は約束だ。
奴らは覚悟を決めたかの様にストリーキングを実行した。
ああ。 確かにこいつらの生き様はロックンロールかもしれない。
最初は、何事かと校庭で目を見張っていた掃除係達が事態に気づき、部活の準備をしにきた面々から、やがて校舎の方にまでその動揺は波及していった。
女子の黄色い悲鳴に、男子生徒達の囃し立てるような喧騒。
多分、奴らが校庭を十周する前に、教師側に知れて止められるだろう。
リュウジはその光景に腹を抱えて笑い転げていた。
あのジャガーさえ、呆けたようにあんぐりと口を開けている。
それはまぁ、まともな社会的通念を持ち合わせてる者なら常識的な反応だろう。
「ひゃはっは! 馬鹿でぇ!! マジでやるか、普通!?」
『ZAN党』一味は、歯を食いしばって運動場のトラックの周りを走っている。
全員、ホーケーだった。
チバは可哀想なぐらいガリガリに痩せており、ユゲは出っ張った腹の肉が走る度にたぷたぷと揺れる。
校舎の方から、こちらの方まで笑い声が聞こえてくる。
見ると、どの教室の窓も、窓に張り付いてこちらを見物する生徒でいっぱいだった。
完全に、晒し者だ。
「はっはっ、マジウケる!! アホだ、こいつら! ハナっから勝負になる訳ねーのに、チョーシこいてっからだよ!」
リュウジが、ケータイを取り出して、『ZAN党』四人の走ってる方に向けた。
写メールを撮る気だ。
その指がケータイのボタンに掛かった瞬間、すぐ脇から、野太い腕がその手首を掴んだ。
エノケンだった。
「ああ? 何だよ、お前」
「くだらねー真似してんじゃねーよ、リュウジ」
「は? 意味わかんねーし。 手ぇ、放せよ」 
しかし、エノケンはその言葉に怯む事無く、一層力を込める。
力を込めた手の甲に、筋が浮かび始めた。
リュウジが痛みに顔を顰める
「男が、恥を忍んで罰に甘んじてるんだ。 同情も揶揄も俺が許さねぇ。 手前が負けた時に同じ事をやる覚悟が無かったんなら、お前にあいつ等を笑う資格は無い。 黙って見てろい」
「こ、この……」
リュウジも、空手の有段者だ。
体格だって、ボクシングでいうミドル級ぐらいはある。
まともに喧嘩すれば、エノケンにだって劣るものではない。
だが、一度掴まれてしまえば、無駄に鍛えまくったエノケンの握力がものを言う。
万力で締め上げられたようにリュウジの手首が軋みをあげ、たまらずリュウジはケータイを取り落とした。
リュウジは、ケータイを拾い上げるよりも先に、エノケンの胸倉を掴んだ。
「榎本ぉ……お前、誰に向かって喧嘩売ってんのか、分っかってんのか?」
「喧嘩売った覚えはねぇよ。 せこい真似すんじゃねぇって言ってるだけだ」
重々しい空気の密度。
両者、一触即発の空気が流れる。
ジャガーは相変わらず、我関せずとばかりに欠伸をかいている。
やはり、この場で止められるのはアキラしかいないようだった。
「お、お前らいい加減に止めろよ…」
そう言い掛けた時、校舎の方から数人の教師が血相を変えてこちらに向かってくるのが見えた。
学校の敷地内とはいえ、ストリーキングは軽犯罪には違いない。
ただでさえ現在は世間が不祥事にうるさいのだ。
災禍の種は早い内に摘まなければならない。
それを見て、リュウジも慌てて胸倉掴んだ手を引っ込めた。
「コラァ! 何やってんだお前ら、自重せんかぁ!!」
生徒指導部の萩本先生……通称ハゲモトが竹刀を振り回して叫ぶ。
旧態依然とした生徒指導部スタイルだが、体罰への目が厳しくなった今では、それは示威行為の意味合いしかない。
一分もしない内に、『ZAN党』達は教師群にとっ捕まった。




騒動が沈静するのを待って、アキラ達は軽音楽部の部室に向かった。
チバ達は生徒指導室に直行だ。
始業式の午後からこってりと絞られる事になるだろう。
まったく、あの連中は退屈させてくれない。
部室に着くと、さっそく部室の片隅で、ドラム組がメトロノームに合わせてパッド練習しているのを発見できた。
「あっ、アキラ先輩、ちゃーす」
と、体育会系よろしく話しかけてきたのは、二年生ドラマーのマスオだった。
本名は増尾淳というのだが、顔が縦に長くて、銀縁メガネをかけた外見が『サザエさん』に出てくるマスオさんそっくりな為、気づいたらマスオと呼ばれるようになっていた。
高校に入ってからドラムを始めたのでまだまだ荒削りだが、夏にツインペダルを購入したらしく、希少なツーバス・ドラマーとして将来を嘱望されている。
上級生には礼儀正しいが、同期にライバルがいない為、天狗になりかけてるのが玉に傷だ。
「ご無沙汰してまーす。 あれ、肌焼けましたぁ?」
そう言いながらパラディドルの練習をしているのは、一年生ドラムのツジコだった。
まだ幼さを残す顔立ちに、肩まで伸びたセミロングの髪。
やや髪の色が明るくなっているのは、プチ夏休みデビューといったところだろうか。
本名は辻村蛍子という名前だが、ケイコという名前が同じ学年にもう一人いるので、ずっとツジコ、ツジコと呼ばれている。
アキラとは、中学の頃の吹奏楽部での先輩後輩で、同じ椅子でドラムを叩いてきた間柄だ。
吹奏楽部出身だけあって、ドラムの基礎がしっかりと出来ているので成長が速い。
アキラにとっては、可愛い妹のような存在であり、愛弟子でもある。
「アキラ先輩、ドラム教えてくださいよ。 もうすぐ学祭バンドの選考会があるじゃないですか。 やれるだけの事はやっときたいんです」
マスオが珍しく謙虚な姿勢を見せる。
アキラももうすぐ卒業だ。
それまでに教えられるだけの技術を後輩に伝えておくのもいい。
「よし、分かった。 じゃあ、夏休み中サボってなかったか、成果を見てやる。 パラディドルをやって、どの速度まで耐えられるか勝負だ。 BPM120からスタートで」
「了解です。 パラディドルならみっちりやってきたんで負けないっスよ」
「大口叩くなよ。 まだまだお前らに遅れを取る俺じゃないぞ」
こうして、アキラとマスオのパラディドル対決が始まった。

マスオは持ち前の力技で、BPM180まで粘ったものの、とうとうBPM190で音を上げた。
180までは力でも何とかなりものの、その先は技巧の領域だ。
技術との融和無くして、パラディドルで180の壁は越えられない。
「はっはっはっ、まだまだだな。 でもドラム暦2年で180まで行けるなら大したもんだ。 もっと腕の力抜けよ、力」
「くっそぉ~、190とかマジ無理っすわ。 ダブル・ストローク速過ぎて追いつかないっス」
腕に汗を浮かべながら、マスオが肩で息をしていた。
これだけ汗を浮かべているのが、まだまだ力が入っている証拠だ。
「凄~い。 ちなみにアキラ先輩って、パラディドル、どのくらいの速度まで行けるんですか?」
ツジコが、興味本位という感じで聞いてくる。
「そうだな、安定させてっていう条件だったら220くらいまでが限度かな。 無理すれば240ぐらいまで行けると思うけど、長時間やるのは無理」
マスオとツジコは「はぁ~」と驚嘆の声を挙げた。
BPM200越えとなると、そこらの安物のメトロノームで計れる上限を超えている。
日本でBPM200以上の曲なんて、そうそう演奏する機会など無い。
言ってみればアキラのこの技能は、進化し過ぎたサーベルタイガーの牙だ。
多分、使う機会はジャム・セッション以外で無いだろう。
そんなこんなで、とりあえず部活の総会前にドラム・パッドを叩いてダベっていると、じきとエノケンが廊下から顔を出した。
「おーい、殿がいらっしゃったぞ、殿が」
殿、というのはアキラの代の軽音楽部部長の俗称だ。
尊敬と揶揄の両方が込められた、あだ名。
やがて、コッコッと靴音が外から響いてくると、間も無く部室のドアがガラリと開かれた。
「おーっす! こんちゃー、軽音楽部部員諸君! そんじゃー、二学期最初の総会始めるわよー!」
セミロングの髪に、猫を思わせるような釣り目。
肩に背負った、フェンダー・ストラトキャスター。
経験者は多いが問題児揃いの世代のまとめ役として抜擢された、組織の頭。
彼女が、アキラ達三年生の世代の部長にして軽音楽部史上二人目の女部長、雨宮春輝だった。







       

表紙

牧根句郎 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha