Neetel Inside 文芸新都
表紙

妄想ハニー
与党編-04【ザ・バードメン】

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「音楽の至上課題は、何だと思う?」
ユラは歌劇か何かの一説のように、大仰な仕種で呟いた。
中性的なボーイ・ソプラノの声。
それは声の高い少年のようであり、声の低い少女のようでもある。
とにかくユラと名乗るそいつは、格好から何から、何もかもが奇妙だった。
「決まっている。 自分の存在証明の為だ。 自分という存在の自己実現。 それ以外に何がある?」
アキラは、自分の音楽に対する行動哲学を簡潔に述べる。
しかし、対するユラは、嘲るような、哀れむような笑みを浮かべただけだった。
「アキラ。 それは、音楽の至上課題じゃない。 キミという一個の人間が、音楽を利用して為そうとしているものだ。 音楽は個人の遺産じゃない。 累々として積み積まれていく先人達の屍の絨毯、アカシック・レコードだ。 全ての音楽人達の系譜の総算として、それは存在する」
「―――――――……?」
アキラには、ユラの言っている言葉が啓蒙的過ぎて理解出来なかった。
ただ、何となく音楽は個人の資産ではなく、人類の共有財産であると、そういう意味らしい事は理解できた。
「音楽をやり続けるという事が最終的に到達する目的は一つだよ。 バベルの塔の建設さ」
「音楽の最終目的が、バベルの、塔?」
その二つの言葉の間にどういった脈絡があるのか。
ユラの言葉は、アキラには支離滅裂過ぎるように思えた。
「バベルの塔の神話を知ってるかい? 人類は元々単一民族だったんだって。 人類は皆、同じ言葉を使い、同じ哲学を持っていて、同じ宗教を信奉していた。 あらゆる思想のベクトルが、同じ方向へと向いていた。 だから、人間に恐れるものは何もなかった。 思い上がった人間達は、いつしか自分達を神と同格であると錯覚するようになっていった。 そして、自分達も神様の御許に辿り着こうと、天まで届くバベルの塔を建設しようとした。 その行為が神様の逆鱗に触れた。 怒り狂った神は、雷光を落として、人間がみんな違う言葉を使うようにしてしまった。 お互いに言葉の通じなくなった人間達は、同じ言葉を使う者同士に別れ、そこから違う哲学、違う宗教が派生していった。 そして、人類は、自分と異なる者を差別し、貶めるようになってしまった……」
その話は、アキラも聞いた事があった。
古代バビロニアの神話だ。
人類が異種族間で争う様を痛烈に風刺した寓話で、古代の人間の倫理意識の高さを示す例としてよく挙げられる。
「それから数千年にも渡って、人間は争い続けてきた。 だけど、この百年で人類は音楽というものを飛躍的に進化させた。 白人達のクラシックや、ロック。 黒人達は、ブルースやジャズ。 ボサノヴァ、サンバ、管弦楽器、オペラ。 かつては一民族の固有資産に過ぎなかったそれは、互いに研鑽し、あるいは融和し合い、全ての人類の共有資産となっている……」
「――――――――」
「音楽っていうのはね、バベルの塔をもう一度作る作業なんだよ。 違う場所に生まれ、違う肌の色をしていて、違う言葉を使い、違う宗教を信奉している人間達が、もう一度一つになる為の。 音楽には貴賤も国境は無い。 音楽という行為の目的を極限まで純化し、突き詰めてゆけば、人類が単一民族として融和するというその一事に辿り着く。 すなわち、バベルの塔建造以前の人類に還るという事だよ」
それは、極言あり、妄言であり、戯言だった。
現実味の乏しい、荒唐無稽な観念論。
だが、それ故それは理想論だった。
回りくどい表現を用いてはいるが、彼の言っている事はつまり、音楽による世界の統合という事ではないのか。
そしてそれは、かつて存在したロックの偉人達が幾度となく口にしてきた事だ。
「しかし――――――――」
その時、アキラは、ぞくりと肌が粟立つのを感じた。
ユラの視線に、底冷えのするような禍々しさを感じたからだ。
陰惨とした冷気。
それは、間違いなくアキラに向かって発せられていた。
「鷲頭晃。 今のキミの音楽は醜悪だ。 あの音楽では、バベルの塔の麓にさえ辿りつけないだろう」
「何……」
ユラが、くすくすと含み笑いを始める
やがてそれは大きくなっていき、破瓜哄笑と化した。
「キミは本当に、あの音楽が、演りたいのかい? あの醜悪な、腐臭漂う破壊と略奪の音楽が?」
「それは……」
それは、アキラの持つ逡巡の正鵠だった。
あの音楽は、リュウジのものだ。
観客の破壊衝動を煽りたて、盛り上げる為だけのものでしかない。
しかし、それはアキラの演りたい音楽とは対極にあるものなのだ。
「確かに、あの音楽は俺の意向とは違うものかもしれない。 だけど、機を待てばいずれ、俺達の持ち味を生かした音楽も作っていけるはずだ。 曲を作っているのはリュウジだけじゃない。 俺には俺の音楽性がある」
「嘘だな」
アキラの言葉を切って棄てるように、ユラは断言した。
「今の音楽は、メジャーに進出する為の手段、か? いいや、違うね。 それは、キミが自分を納得させる為の、詭弁だ」
「――――――――」
どくん、と心臓が掴まれたような感覚があった。
全身に身震いが走り、肌に汗が浮き始めていた。
止せ。 いけない。
アキラの中、何かが警告を上げようとしていた。
こいつは、今、アキラ本人でさえ知らなかった領域にまで足を踏み入れようとしている。
「キミは、心の中ではあの音楽に賛同しているんじゃあないのか? 本当のキミは、とても心が醜い。 中学の頃、自分を苛めた奴らを怨んだだろう? 憎んだだろう? キミの本質は、何も変わっちゃいない。 過去は変えられない。 だって、“アレ”はキミが生きている限り、ずっとついて回るんだ。 そう、生きている限り」
「………なんで、お前が“あの事”を……!」
何故、こいつは自分の中学の頃の事まで知っているのか。
いや、それよりも、何故“あの事”を知っている?
それは、タカヒロが知り得ない事のはずだ。
一体、こいつは何者なのだ?
あの事実を知っている者は、今はもう限られている筈だ。
それとも、こいつは中学時代の自分を知っている誰かなのか?
「お前は、誰だ?」
ユラの、冷ややかな嘲笑。
「言っただろう? 妄想だよ。 キミの脳に情報としてのみ存在する、何処かの誰か」
「答えになっていない」
「なら、答えは一つ。 ボクの名前はユラ。 それ以上でもそれ以下でもない」
ユラはそう言い残すと、ハードケースを抱えて、足を翻した。
「また、会おう。 キミが、バベルの頂を目指すのであれば」
小柄なユラは、馬鹿でかいハードケースも持ちながら、ふらふらとロータリーの方へ歩いてゆく。
アキラは、ふと我に返ると、慌ててその後を追った。
「お、おい、ちょっと待てよ―――――」
追おうとしたその時だった。
道路を走っていた原付バイクが、いきなり転倒して、乗っていた女性は派手に路上へ投げ出されていた。
後ろを走っていた車が、慌ててハンドルを切って、路上に車を停車させる。
運転席の会社員らしき男性が車から降りてくると、大丈夫かと言って女性に駆け寄っていた。
女性はすぐに起き上がる事ができたなので、大事には至らなかったようだ。
それに一瞬目を奪われていたアキラが、再び目を戻すと、ユラはすでに居なくなっていた。









始業式の翌日からもう授業は始まった。
大抵、どの授業でも、最初は受験に対する心構えとやらを切々と語られ、講義の入り口に立つ辺りで授業が終わる。
休みボケした生徒達には非常にありがたい一日だが、しかし、中にはそういった精神論抜きにいきなり授業を始める空気の読めない教師も居る。
五十分間も集中力を維持するという作業に、また慣れ直すのは大変だ。
ライヴなら五十分などあっという間に終わるのに、何故授業だとこんなにも気だるく感じるのか。
しかし、何とかその拷問にも耐え、最後の終礼が終わるまで凌ぐと、生徒達は解放された様にわっと沸いた。

「あ~、やっと今日も終わりや~。 マジ授業とかだりーわー」
と、トーヤは伸びをした。
トーヤの場合、宿題からもようやく解放された意味合いもあるので、解放感もひとしおだ。
周りの生徒達も、もうこんな教室に様は無いとばかりに、一斉に帰る準備をする。
「おい、タカタカ、帰ろうぜ~。 チバ達誘って、麻雀でもやろうや」
そう言ってタカヒロに呼びかけるが、タカヒロはMDを耳にしたまま、見事に机で寝入っていた。
「おいコラ、タカタカ」
トーヤが、MDのイヤホンをタカヒロの耳から外す。
すると、イヤホンから、今日の昼放課にチバから渡された新曲の音源が流れてきた。
相変わらずの宅録で音質はよくなかったが、心なしかチバのギターが様になってきているような気がした。
今度の曲はかなりアップテンポなナンバーで、『カタストロフィー』の時よりも要求される技術が高い。
トーヤも、コード進行だけはとりあえず教わって、あとはまぁ適当にやれとかなりアバウトな指示を出されていた。
その辺があのチバと云う男の感性だ。
その癖、作ったフレーズが気に入らないとすぐキレるので始末が悪い。
どうやら、タカヒロも授業中、寝ながら音源を聴いてフレーズを考えていたようだ。
トーヤはゆさゆさとタカヒロの身体を揺すったが、一向に起きる気配がないので諦めて帰る事にした。

タカヒロが目を覚ましたのは、午後四時を回ってからだった。
もうすでに帰宅部組や受験生組は下校してしまっている。
部活組も今は部活動の時間真っ最中だ。
教室にはもうタカヒロしか残っていない。
机にうつ伏せになって寝ると、額と腕が痛くなって仕方がなかった。
とりあえず、タカヒロは帰る準備をする為に教科書を鞄の中にまとめ始めた。
と、その時、自分の物ではないノートが一冊、教科書の中に紛れ込んでいるのを見つけた。
表紙にチェックの柄を使った可愛らしいノートで、断じてタカヒロの物ではない。
名前のところには、丸っこい筆跡で「大河沙里奈」と書いてあった。
そして、思い出す。
今日の三限、世界史の授業で眠りこけてしまった為に、サリナにノートを借りていた事を。
当たり前だが、すでに教室にサリナの姿はない。
「あちゃ~、まずったなぁ…」
夏休み最後の一週間は宿題強化期間でバイトを休んでいた為、シフトを見に行っていなかったので、近くにバイト先でサリナに会う保証はない。
念の為、今日ミスドにシフトを見に行って、その時にサリナがいたらそのままノートを返そうと思い立ち、荷物をまとめて昇降口に向かった。
上履きを脱いで靴に履き替えていると、そこでばったりとクラスメイトのユキとマイに出会った。
二人とも、何処かでダベっていたのだろうか。
なんという僥倖。
この二人は、サリナと同じ女子グループに属している。
彼女が何処にいるのか、この二人なら知っているかもしれない。
「あ、あのさぁ」
「うん? 何か用、高梁?」
マイの方が、だるそうに聞いてくる。
この二人は外見がギャルギャルしている上に、話し方もギャルいので、タカヒロにとっては苦手な部類に属する人種だった。
「サリナ、何処に行ったか知らない? もう帰っちゃったかな?」
「あー、サリナだったら、部活に顔出しに行ったよ。 まー、もう引退だから軽く流す位らしいけど、さすがにまだ残ってるんじゃね?」
「あ~、じゃあテニスコート行けば会えるかな?」
「多分ねぇ~。 てゆーか、アンタ、サリナとどういう関係?」
「バイトの同僚だよ」
「ふ~ん…」
それ以上妙な詮索を受けるのも嫌だったので、タカヒロはさっさと二人と別れた。



テニスコートに向かうと、やがてパコパコとボールを打ち合う音が聞こえてきた。
サリナから聞くまで知りもしなかったが、この学校は硬式テニスの強豪らしく、設備もなかなか充実している。
男子と女子で、数えると合計十二面ものテニスコートがあった。
ちょっとした運動場並だ。
その一面で、ひと際大きな女子がラケットを握っているのが見えた。
サリナだ。
女子で身長170超えなど早々いない。
女子ばかりのテニスコートの中だと、サリナの高身長は頭一つ抜き出て見える。
サリナのスコート姿は初めて見るが、あのサバサバした姉御肌のサリナがスカートを穿いてるのは妙な感覚だった。
とりあえず、それを見たタカヒロの感想は、
「あいつ、脚、綺麗だよな……」
という事だった。
完全に出歯亀だったが、女子の生脚が乱舞するテニスコートでそれを目で追うなという方が、健全な男子高校生にとっては無茶な注文だ。
そのテの嗜好の持ち主なら、足だって充分なフェティシズムの信仰対象なのだ。
そんな風に、タカヒロがテニスコートのフェンス越しにサリナの脚に見とれている時。
サリナが、ボールを上に投げ上げ。
サーブを打った。
瞬間。
――――――――
ボールが、タカヒロの視界から消えた。
気づいたら、次の瞬間には相手側のコートの上に、音だけを残してボールが跳ねていた。
弾丸のようなサーブ、とサーブを形容する事があるが、正にそれがそれだった。
安全装置を外す事も、遊底をコッキングする事も、照準を定めるのも、引き金を定めるのも、目で追う事は出来る。
だが、銃弾が銃口から飛び出し、螺旋の軌道を描いて標的に着弾するのを、目で追う事は出来ない。
それは正に、弾丸のようなフラット・サーブだった。
その軌道は僅かな丸みも許さず、打点から着弾点まで、鋭角的な直線で結ばれている。
サリナの身長を生かした、高い打点からの一撃。
風切り音さえ置き去りにするような、高速の一打。
これが、全国レベルだというフラット・サーブなのか。
さっき抱いた邪な感情など、何処かに吹き飛んでしまっていた。
完成された動きには、形象的な美しさが伴なう。
おそらく、何千回何万回と繰り返されたであろうそのサリナのサーブの動きには、あのアキラのドラムと同じ類の美しさがあった。
圧倒的に本物であるそれは、ジャンルなど関係無しに見る者を釘付けにするのだ。
タカヒロは、自分の用事の事を忘れて、しばしそのラリーに見入っていた。
というか、よく見ると、相手側のコートにいるのはナオコだった。
ナオコもまたサリナ級の実力者なのか、とタカヒロは克目して見たが、見たところナオコは一本もサーブを返せずに、「ふぇえ~」とか何とか呟きながら右往左往しているだけだった。
自身のサービス・ゲームでも、打つサーブは初心者かと言わんばかりの山なりサーブである。
でもって、それがまた容赦のなさ過ぎるサリナのレシーブで打ち返される。
後半、もうナオコは涙目だった。
だがそれがいい。
そのいじられる様に、タカヒロはひたすらいい笑顔で萌えた。



その時、ふと、フェンスの反対側の方にも、人影がいるのに気がついた。
それは知らない顔ではない。
大柄な二人組の男子生徒。
つい昨日の放課後にも見た顔だ。
ツイストパーマの巨漢・リュウジと、鳥の巣頭の長身痩躯・ジャガーだ。
奴らもテニスコートに出歯亀に来ていたのか。
その視線の先を目で追うと、その先にはサリナの姿があった。
確かに容姿だけ見れば、サリナは美人の部類に入る。
妙な出歯亀の一人や二人いたとしても、不思議は無い。
しかし、何でよりによってあの二人かな。
そんな事をタカヒロが考えていると、リュウジの方がタカヒロの視線に気づいたようだった。
リュウジは、見えるように大仰に舌打ちをすると、その場から去っていく。
よほどタカヒロは嫌われているようだ。
その場に、ジャガーだけが残る。
お互い気づいてしまった以上、知らぬフリも出来ない。
タカヒロは、罰の悪そうにジャガーに向かって呼びかけた。
「よ、よぅ…」
「ああ。 うっす」
ジャガーは力無く返事を返す。
ジャガーこと住谷鉄男とは、いまだプライベートで絡んだ事は無い。
いや、バンド関連でもよくよく考えたらちゃんと話した事はなかった気がする。
『ステロイド』と自分達の間で確執が起こった時も、その時の当事者は大抵エノケンかリュウジで、ジャガーはいつも傍観者だった。
何かしらこの男は飄々としていて、物事に積極的に関わろうとしていないように見えた。
しかし、この男のギターテクニックは紛れも無く本物だ。
そのやる気の無い風体とは裏腹に、正確で理知的な弾き方をする。
獣のようなユゲのギタープレイとは、ある意味対極にあるスタイルだ。
とりわけ、そのスクラッチ奏法は賞賛に値する。
「なぁ、アンタ…」
「うん?」
「なんで、“ジャガー”なんだ?」
タカヒロは、以前から疑問に思ってた事を思い切って聞いてみた。
持ちギターはレスポールだし、音楽性からしてローリング・ストーンズが好きとも思えない。
かと云って、たて笛科の方のジャガーに似ている訳でもない。
何故、“ジャガー”なのか。
「ん~、ああ、何で俺が“ジャガー”って呼ばれてるのかって? まぁ、アレだ。 それはな……」
言って、ジャガーはショルダーバックを肩から下ろし、地面に置いた。
ジィィとジッパーを引いて、鞄の口を開ける。
―――――――
「ジャガリコ好きだから」
そこには、サラダ味、チェダーチーズ味、ジャガバター味、のり塩味、コーンポタージュ味……あらゆる味のジャガリコが入っていた。
教科書類を鞄の隅に追いやり、ジャガリコが内面積の半分を占めている。
「ぷっ」
あまりのくだらなさに、タカヒロは声をあげて笑った。
ジャガーはギャグのつもりは無かったのか、何故笑われてるのか分からずにぽりぽりと頭を掻いていた。

「変な奴だな、お前」
「キミに言われたくないよ、ZAN党。 何、キミも覗き?」
「『も』って何だよ。 やっぱり、お前らも覗きだったのか?」
「ああ、うん、まぁ。 別に俺はスコートとか興味ないけど、リュウジに付き合って」
「はぁ?」
リュウジが何故テニスコートの覗きを?
タカヒロはふと考え込んで、さっきリュウジ達が見ていた対象の事を思い出した。
サリナ。
「まさか、リュウジ……」
「あー、多分、そのまさか。 リュウジの奴、大河の事、狙ってるらしいのよねー。 あんなフィジカル強そうな女の何処がいいのか分かんねけど」
「はぁ~、リュウジがサリナをねぇ……」
タカヒロは嘆息すると同時に、何かもやもやしたものを感じた。
別にサリナと付き合っている訳ではないが、親しい女が嫌いな奴に狙われるというのは気分のいいものではない。
「大河って、エノケンの幼馴染だろ? だから、そのツテ使って色々しようとしてるみたいよ。 合コンとか」
「へぇ、昨日見た限りじゃ、リュウジとエノケンて仲良くなさそうだったけど?」
「まぁ、どっちも我が強いからな~。 どっちも喧嘩強いから、中学じゃガキ大将みたいな感じだったらしいし。 まぁ、俺は喧嘩弱いし、どっちかに付くと面倒な事になるから、仲裁とかする気無いけど」
「よく、それでバンドが崩壊しないな?」
「喧嘩する程仲がいいって言うだろ? 下手に仲裁して禍根残すぐらいなら、気が済むまで喧嘩させた方が後々の為なんだよ」
「そんな無責任な……」
「『矛盾』って故事成語があるだろ。 何物でも貫く矛と、何物でも貫けない盾の話。 あの話聞いた時、おかしいと思わなかった? 何でどっちかが壊れるまで、矛と盾を戦わせなかったのかなぁって」
「確かに、言われてみればそうだな。 実践してみれば、どっちが上か分かるのに」
「そこでビビって止めて、矛と盾が白黒つけなかったから、『矛盾』が生まれちまったんだよ。 余計な事せずに戦わせれば、そんなのは生まれないんだ。 だから、俺はいつも傍観に徹して、奴らが争うに任せてんの。 どっちかが勝って、バンドの主導権握るならそれはそれで良し。 負けた方も納得するから、バンドは安泰ってもんだ」
「――――――――」
何というか、このジャガーという男は、タカヒロが今まで接した事のないタイプの男だった。
責任を持って無責任な事をしているとでも言うか。
バンドの方法論が、自分とはまるで違う。
だがその考え方は、おそらくこいつの経験論に基づいているであろう奇妙な説得力を持っていた。
我の塊であるリュウジとエノケン。 傍観者のジャガー。 まとめ役のアキラ。
あの『ステロイド』というバンドは、危ういように見えて、絶妙のバランスの上に成り立っているのかもしれない。
「ところで」
ジャガーは、その眠そうな三白眼をじとりとタカヒロの方に向け直して言った。
「お前は誰見てた訳? 単純にスコート・フェチ?」
「え、いや、あっ」
タカヒロは、慌ててナオコの方に目を戻そうとしたが、そこに既にナオコの姿は無かった。
気づけば、いつの間にかさっきのコートから、サリナ達が引き上げている。
もう引退がどうのこうとマイ達が言っていたので、軽く流す程度で切り上げたのか。
そう思ったら、コートを覆うフェンスの入り口から、汗をタオルで拭うサリナ達が出てくるのが見えた。
ちょうど、これから引き上げるところのようだった。
間の悪い事に、話し込んでたタカヒロとジャガーに鉢合わせる。
言い訳のしようもない、出歯亀の現行犯だ。
「何してんの、タカヒロ、ジャガー……」
じと目で見てくる、サリナ、ナオコを始めとする女子テニス部員達。
かなり不味い空気だ。
ヒンシュクの予感を隠し切れない。
このままでは非難の嵐に巻き込まれる。
タカヒロは、頭を急回転させ、そもそも自分が何故ここに来たのかを思い出した。
「ちょ、ちょっと待てって、サリナ。 俺は、その、借りてた世界史のノートを返そうと思って……」
「あっ、そっか。 貸したままだったっけ。 忘れてた~」
サリナの顔から、険が抜ける。
ひとまず、火事場は凌いだようだ。
ツンツンと、背後からジャガーがタカヒロの背中をつついてくる。
「何でお前が大河のノート借りてンの? ひょっとして付き合ってる?」
「違うって。 バイト先の同僚だっつーの」
タカヒロは、サリナ達に聞こえぬよう、小声で呟いた。
本日、二度目の質問だ。
ノートの貸し借りぐらいで大袈裟な。
「あっ、タカヒロ君。 この後、サリナとマック行くんだけど、タカヒロ君も来る? シャカシャカチキンのタダ券、お母さんがコーラまとめ買いしてきたからいっぱいあるんだよね」
と、さっきまであの凶悪なサリナにいじめられていたナオコが誘ってきた。
バーベキューの一件以来、結構距離が縮まってきた気がする。
無論、この誘いを断る理由はない。
「あ、ああ。 勿論、行くよ。 レッドペッパー味、結構好きなんだ」
「うん? こないだ食べたけど、レモンペッパー味も美味しかったよ。 住谷君も行く?」
「ん~、タダだったら行こっかなー」
ジャガーは相変わらず飄々として答えた。
はっきり言って邪魔者だったが、とりあえずコイツは悪い奴ではなさそうだ。



そんな感じで、この日は四人でマックへ寄って帰った。




       

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Neetsha