Neetel Inside 文芸新都
表紙

妄想ハニー
与党編-11【オートマティック】

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今、もっとも会いたくない女に、アキラは出会ってしまった。
まだ、彼女に対してどう接すればいいのか整理がつかない。
だからこそ、練習以外の時には避け続けてきたのに。

「何? 誰かと一緒なん? 奥手なアキラ君にも彼女候補っているのかな?」
雨宮ハルキは、そんなアキラの心中など何処吹く風でそう言ってきた。
さすがは真性のKYだ。
「そう言うお前こそ、何観に来たんだよ? 『きりん男』っていう柄か?」
「『デトロイト・メタル・シティ』に決まってんでしょうが。 クラウザーさんの勇姿を劇場で拝まないなんてギタリストとしてあり得ないっしょ?」
「……信者か、お前は」
「あっ、アンタ今、クラウザーさんを侮辱したわね!? SATSUGAIするわよ!?」
そのやり取りに、横でエミリが苦笑していた。
おそらくハルキに無理やりつれてこられた口だろう。
気の弱いエミリは、ハルキの舎弟のようについて回っている。
その時、アキラはふと思い立って、カマをかけてみる事にした。

「なんだ? お前もクラウザー様みたいな変身願望でもあるのか?」

もし、ハルキがユラであるなら。
ハルキが“ユラ”という別人を演じているのであれば、その言葉に何らかの反応を示すはずだ。
そうアキラは期待した。
しかし―――――――

「変身願望がなきゃ、バンドマンなんかやってないっしょ? バンドマンなんて基本目立ちたがり屋なんだから」
「―――――――――」

拍子抜けするほどあっさり、ハルキは答えた。
一瞬、アキラの確信が揺らいだ。
もしかしたら、あれは自分の勘違いで、ハルキは本当にあの日たまたまハードケースを持っていただけなのではないだろうか?
そんな疑念がアキラの中に湧いて出る。

その時、パンフレットを持ったツジコが戻ってきた。
「あ」
「あ」
先のアキラと同じように、ツジコとハルキ達が出会い頭に間抜けな声をあげる。
「ツジコ…?」
「ハルキ先輩…?」
ハルキは、意外な場所で出くわしたというよりも、納得がいったという風だった。
あっけにとられたその表情が、やがてニヤニヤとした好色な笑みに変わってゆく。
「ふっふーん? アキラの映画観に来た相手って、ツジコだったんだ? ふーん、それも『きりん男』ね~? いやー、甘ったるいねー。 ストロベリーだねー。 なに? つきあってんの、アンタら?」
「あ、いや…」
アキラは言葉に詰まる。
正確に言えば、二人はいわゆる『告白』というプロセスを経て、明確に『恋人関係』という契約を結んだ訳ではない。
二人を結ぶのは、『秘密の共有』であり、『共依存』なのだ。
アキラの逡巡を読み取ってか、ツジコはアキラの腕を取ると、その慎しまやかな胸のふくらみを押し付けてきた。
「えへへ、そうなんです。 つきあってるんですよ、私達。 あ、でもまだ全然清い関係ですよ? これからはどうなるかわかりませんけどねー」
その言葉に、ハルキとエミリが若干引いているのがわかった。
アキラの額に、脂汗が浮く。
ツジコは、笑顔を装ってはいるが、まったく笑っていない。
むしろ、その笑顔がアキラを戦慄させた。
ツジコは、アキラがハルキ達に『つきあっている』と明言しなかった事に腹を立てているのだ。
あるいは、それは自分の雄を他の雌に取られたくないという、動物的な独占本能から来る嫉妬かもしれない。
「へぇ~、いいなー。ドーテーとヴァージンでお勉強か~。 いいからゴムはつけろよ、お前? てゆーか、もしアンタらに子供出来たら間違いなく将来はドラマーだね。 第二の菅沼サトコ目指してみる?」
そう言ってハルキはカラカラ笑った。
その時、『デトロイト・メタル・シティ』の開演のブザーが鳴り響いた。

「あ、ハルキ先輩、映画始まっちゃいますよ」
エミリがハルキの袖を引く。
「あ、ホントだ。 じゃ~ね~、お幸せに~♪」
そう言い残して、ハルキは立ち去って行った。
通路には二人が残された。











『出身地? アフリカです』

山田きりんがスクリーンの中で答える。
どここからどう見てもジラフだった。

Lサイズのコーラとキャラメル・ポップコーンという、いかにも体に悪そうなテキサス・コンボを膝の上に。
臨場感溢れる音響と、世俗から切り離された緩やかな空気。
その雰囲気が、アキラにとって何よりのリラクゼーションだった。
―――――自分の真横に、異様な威圧感をもつその存在さえいなければ。

「あの……ツジコさん?」
何故か敬語でアキラは囁いた。
「何ですか?」
「その…怒ってる?」
「怒ってませんよ」
「やっぱり、怒ってる」
「怒ってませんよ。 そうですよね。 アキラ先輩にとって、あたしってただのドラムの後輩ですもんね。 気にする事ないですよ」
言葉の端についた棘が、ちくちくとアキラを刺す。
(女の子って難しいな…)
おかげでアキラは、スクリーンに集中する事が出来なかった。
だがしかし、冷静になって考えると、ツジコの嫉妬にも一理ある。
自分があの時、『つきあってる』と答えるのを躊躇ったのは、果たして本当にその関係の微妙さの為だけだろうか。
もしかすると、自分はツジコと二人で映画館に来ているという事実を、ハルキに知られたくなかったのではないか。
アキラは、ハルキに対し、疑念と同時に恋慕を抱いている。
まだ、ツジコとハルキを天秤にかけているのだ。
そう考えると、ツジコに対して罪悪感の湧くような気がした。

指が、触れた。
それは、どんな作為もない、全くの偶然だったが。
ツジコの冷たくて、柔かい掌が、びくりと悴んだ。
一拍置いてツジコの掌を握ると、やがてゆっくりと向こうも掌を握り返してきた。
ああ――――――
アキラは、心の中で嘆息する。
誰かに触れている事で、こんなにも安心するなんて。
肌に包まれる事で、こんなにも安堵するなんて。
ツジコの横顔を見ると、暗闇の中でもそれとはっきり分かるほど、紅潮していた。
目が合う。

「先輩……」
ツジコが、小さく呟く。
アキラは目を閉じた。
「まだ、許してないんですからね…」
ゆっくりと、下唇を噛む。
暗闇の中で、アキラとツジコはゆっくり唇を合わせた。














「 ゲットアップ・ルーシィ!! ゲットアップ・ルーシィイイ!!」
「「ゲットアップ・ルーシィ!! ゲットアップ・ルーシィイイ!!」」
チバのシャウトがスタジオ中に鳴り響く。
その破壊的な嘶きは、より凶悪さを増しつつある。
あの痩身から、何故こんなにもクレイジーな声量が吐き出されるのか。
アンプの返しからは、スタジオのスタッフから追い出されそうなギターとベースの爆音が吐き出されている。
しかし、それと比肩してなおその声量は尋常ではなかった。
そのかすれ方にも拍車がかかっている。
こんな歌い方をしていれば、近い内にこいつは喉を潰す。
そう聞いている者に確信させるものがある歌い方だった。
しかし、それを指摘したところでこいつは決してその歌い方を変えないだろう。
人生は太く短く、短距離走のように。
そいつが、このヴォーカリストの信念であり、行動哲学だった。
端的に言えば、こいつは生き方がパンクそのものなのだ。
オリジナルの制作も軌道に乗りつつあったが、やはり一番多い持ち曲はミッシェルだった。
シンプルでハスキーでパンキッシュな曲調が、この『ZAN党』というバンドのスタイルにかちりと嵌るのだ。
中でもとりわけ目覚ましい成長を遂げているのが、トーヤとタカヒロだった。
もともとトーヤは、リズム感に関しては度外れたものがあったので、練習さえすれば成長する土壌は整っていたのだ。
単純にこいつの場合、ベースのネックを握っている時間よりチンコを握ってる時間の方が長かっただけなのだ。
タカヒロにしても、赤井のムスメを師事する事で、少なくとも人並みのドラムには発展しつつあった。
バンドの格を決めるのはリズム隊だ。
リズム隊の成長は、そのままバンドの成長と言える。
そういう意味で、『ZAN党』は今まさに高度成長期を迎えようとしていた。


「新曲の名前は、『ロスト・マジック』だ」
曲が終わるなり、チバは言った。
「曲は出来てたけど、歌詞がまだだったろ? 昨日書いてきたんだ。 気に入らない奴を片っ端から消せる力を得た魔法使いの、孤独なストーリー・ソングだ。 まぁ、ドラ●もんの『独裁スイッチ』の話読んでて思いついたんだけど」
「……いや、別にネタばらしを自分からする姿勢は正直でいいと思うんだが。 …この歌詞のどこにそんなストーリー性があるんだ……?」
タカヒロは、A4の紙に書かれたペン書きの歌詞に目を通したが、『くだらないこの世界!くだらないこの世界!』という叫びがえんえんと繰り返されてるだけだった。
歌詞という前置きがなければ、どっからどう見てもメンヘラの書き殴った落書きだ。
「深いだろ? そいつをどう解釈するかにこの歌の要諦があってだな…」
「凄まじいポジティブ思考だな。 ……いや待て、あるいはお前って天才なのかもしれんな。 常識の範疇を超越してる」
「おぅ。 今頃気づいたか」
誉めてるのか貶してるのか分からないタカヒロの言葉に、何故かチバは鼻を高くする。
「俺にとって、音楽はテロだ。 かつてプロレタリアート達が体制への不満をパンクに込めて投げかけたように、残党達の言葉で世の与党共を席巻するんだ。 だからパンクに小難しい歌詞は必要ねぇ。 浮かんだフィーリングをそのまま抑制かけずに吐き出しゃいいんだ」
「………うーむ…理論は立派なんだが…イマイチ説得力が……」
講釈を終えると、チバが自分のギターを奏で始める。
その音作りはギャリギャリのグランジ・サウンドだ。
独学で学んだだけあって、チバの音作りの感性に関しては疑問視せざるを得ない。
「とりあえず、一発録りで音源作ろうぜ。 学園祭まで期間もねぇ。 本番までに二曲は欲しいところだからな」
「あと三週間ちょいか。 『イスカンダル』のライヴの時に比べたら、余裕だな」
「コピーの方は増やさへん? ロッソの『1000のタンバリン』演りたいんやけど」
「ギター二本いらねーだろ。 コピーするなら、オリジナルのバンドに忠実に演りたいんだよ、俺は」
と、トーヤの意見を即座に却下するチバ。
「増やすならミッシェルだろ。 『G.W.D』とか『世界の終わり』とか」
「『G.W.D』ええやん。 演ろーや」
「じゅあ、学祭は新曲一曲に『G.W.D』だ。 決まりだな」
「そうと決まれば、とっとと完成させるか。 早くやっといて損はねぇ」
タカヒロがシンバルカウントを入れる。
ギターとベースが同時に入った。








飽きるほど聞いたミッシェルだ。
音取りはしてないものの、『G.W.D』の方は雰囲気だけで一応合わせる事は出来た。
新曲『ロスト・マジック』の進行状況も悪くはない。
テンションが上がるとリズムが走るというタカヒロの悪癖を除けば、完成度は『カタストロフィー』を凌ぐ出来映えだ。

「帰り、吉牛寄ってかねぇ?」
と、メタボリックに拍車をかけたユゲが誘う。
ちょうど練習で腹の空いていた頃合いだ。
チバもトーヤもタカヒロもその意見に賛同した。
最寄の吉牛は、歩いて五分だ。
タカヒロ達は、各々の楽器を担いで、そちらに歩き出した。

その時だった。

「おい。 アレ、津島じゃねぇ?」
チバが、対向車線でアイドリングしている車を差して言った。
黒のマツダ・アテンザ。
運転席には大学生らしい垢抜けた男性が、そして、助手席には私服のナオコが座っていた。
そのメイクの気合の入れようは、どう見ても家族とのお出かけという様子ではない。
タカヒロの背筋が、ゆっくりと強張るのが分かった。
「年上の彼氏かよ。 なんかなー、やっぱ女は年上が好きなんかなー」
「年上のが金持ってるしな。 てゆーか、単純に与党好きなんだろ」
「うーわ、これからシケこみに行くとこかよ。 マジ与党死ね!」
と、残党達が妬み嫉みのたっぷりの呪言を吐くが、それさえタカヒロの耳に入っていなかった。
タカヒロは、ただ目の前の光景が受け入れられず、呆然としていた。
やがて、信号が変わると、アテンザはタカヒロ達とは逆の方向に走り去っていく。
「………タカタカ?」
チバは、ようやくタカヒロの様子がおかしいとに気づき、声をかける。
しかしタカヒロは、ただその場に立ち尽くす以上の術をその時知りえなかった。














       

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Neetsha