Neetel Inside 文芸新都
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新ジャンル「ストーカー萌え」
エピローグ。今年初めての雪

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■エピローグ。今年初めての雪

 12月24日。世のカップルを祝福するかのように、分厚い雲は雪を降らせた。僕の家の周りもみんな、飾り付けをしたもみの木を出し、住宅街だと言うのに周りはクリスマスカラーに溢れていた。住民は家族団欒で聖なる夜を過ごし、外にいるのは僕くらいのものだ。
 先月買った黒いダウンジャケットは、こんな夜のせいで目立つ格好になってしまい、僕は知らずに舌打ちを漏らした。
「くそー、白いの買えばよかったかなぁ……」
 今更ごねても仕方がない。僕はきっぱりと諦めると、電柱の影から折りたたみ式の双眼鏡を覗いた。
 レンズ越しに映るのは、暖かい光に照らされ、優雅に食事を楽しんでいる直樹の家族と伊達さん。いつもはそろそろ帰ろうかという時間だが、部屋着のようなお互いの服装を見る限り、今日はお泊りなのかもしれない。
 みんなで食べているのは、シチューだろうか? 温かそうな湯気が伊達さんの顔の前に立ち込める。
「くそー、美味そうだなぁ……」
 僕は空腹に耐えながら、双眼鏡を覗き続けた。
 やがて、クリスマスケーキのようなものが運ばれてきて、伊達さんは飛び上がるように喜ぶ。そんな伊達さんを見て、直樹が微笑む。二人して、顔を見合わせて笑う。そんな光景を見ても、もう僕はなにも感じなかった。感情を込めず、ただ眺めるだけ。
 遠くの方から、何かの足音が聞こえた。
「やべ」
 僕は双眼鏡を素早く折りたたんでポケットにしまうと、数メートル先にある自動販売機に歩いていった。財布を取り出し、缶コーヒーを買う。
 プルタブを開け、飲みながら足音のする方を見ると、やはり巡回中の警察だった。
「お、また君かぁ。よく会うねぇ」
 警官は僕に気付くと、帽子を少し持ち上げて挨拶する。僕も頭を少し下げて、会釈した。
「こんな日にまでパトロールなんて、ご苦労様です」
「君こそこんな日にまで缶コーヒーを飲むなんて、ご苦労様だよ」
「いやぁ、このコーヒーだけは毎日飲まないと、どうも体調が悪くて」
「それはコーヒー依存症だよ。もう抜けられんなぁ」
 ハッハッハ。恰幅の良さそうな笑いをする警察のおじさん。つられて僕も笑う。名前も知らない人だけど、今では笑いあうほどの仲になってしまったのか、などど、妙なところに感心してしまった。
「それじゃ、外出は控えて君も早く家に帰るんだよ」
「おじさんも、風邪引かないように気をつけてくださいね」
 警官のおじさんは、また少しだけ帽子を浮かせると行ってしまった。僕はおじさんの後姿が見えなくなるまで、ボーっと缶コーヒーを啜る。
 やがて曲がり角でおじさんの姿が消えると、僕は空き缶をゴミ箱に放り投げて、また電柱の陰に潜んだ。
 双眼鏡を覗くと、既にケーキは食べ終わったのか、机に頬杖を付いて談笑している伊達さんが映った。
「くそ、あのオヤジ、クリスマスくらい家帰れよな。毎日律儀に巡回しやがって」
 思わず悪態が口を突いて出る。
 しばらくして、直樹が伊達さんの肩に手を掛けた。二人は立ち上がり、食卓を出て行こうとする。これから直樹の部屋にでも行くのだろう。
 そろそろ僕も家に帰るか。そんなことを思ったそのとき、伊達さんと目が合った。
 窓の外、双眼鏡を覗く僕の方を見て、確かに微笑んだ。あの、感情の篭っていない、僕にだけ分かる表情で。
 確かに微笑んだ。ほんの一瞬。
 その後は、なにもなかったかのように、二人でリビングを後にした。
「……よかったぁ」
 僕は安堵の溜め息をつきながら、双眼鏡をしまって帰路に着いた。
 伊達さんは今でも僕のことが好きだ。間違いない。あの笑顔にはそんな意味が込められていた。
 家に着くと、階段を1段飛ばしで上がって部屋に入る。ジャケットを脱ぐと、僕はベッドにダイブした。
 うつぶせになり、伊達さんからの想いを噛み締めるように目を瞑る。
「お兄ちゃん?」
 僕が帰ってきたことを悟ったのか、扉の向こうから飛鳥の声が聞こえた。飛鳥は最近、僕の部屋に入ってこようとしない。扉越しに話しかけるだけだ。
「なに?」
「いつも、夜遅くにどこ出掛けてるの?」
「どこだっていいだろ。干渉するな」
 いつもの問い掛け。飛鳥はいつも通りの僕の返事を聞くと、消え入りそうな声で「ごめんなさい」とだけ言うと、また部屋に戻っていった。
 なんなんだあいつは。いつもいつも。これじゃあ喜びが半減だ。
 興が削がれた僕は、ベッドから立ち上がると、机に向かった。引き出しを開けて、伊達さんの写真を見つめる。
「やっぱ可愛いなぁ」
 可愛い。伊達さんは可愛い。この世のなによりも綺麗で、なによりも美しく、なによりも可愛い。伊達さんはこの世の全てだ。そんな伊達さんに好かれているなんて、僕は最高の幸せ者だ。

 あれから伊達さんと会話を交わしていない。直樹とも、瀬川とも。誰とも会話を交わしていない。学校の様子を見ると、直樹と伊達さんの交際は順調なようで、瀬川にも新しい彼氏ができたようだ。飛鳥は相変わらず部活に勤しんでいて、先月同じクラスの子に告白されたと興奮して母親に話していた。
知らぬ間に出来た接点は、こうして紡がれ、複雑に絡み合って、また新たな接点を生む。そうして人間は生きていき、死んでいくのだ。僕らが何をするでもなく、それは世の中の理不尽な力によって起こり、避けることはできない。
だから、これでおしまいだ。


 これで、おしまい。
                          【END】

       

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