Neetel Inside 文芸新都
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KERBEROS
プロローグ〜この世は人大杉〜

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「この世界には人間が多すぎる・・・・貴様はそうは思わないか?」

足音が聞こえた。世界が暗転している。瞼を閉じているわけじゃない。視界がハッキリしない。
驚きの余りか戸惑いか。何はともあれ今はそんな問い掛けに答えている状況ではなかった。
左手で右腕を押さえる。なのに右腕がない。肘から先がない。肘から先が、吹っ飛ばされた。
俺の右腕を吹っ飛ばした張本人はゆっくりと足音を立ててアスファルトを陽炎のように進んでくる。
そうだ。あれはこの世のものなんかじゃない。何が起きているのかわからないけど、そう、あれは『違う』。

「わたしに言わせれば世界中に人間はわたしを含め二人でいい。それ以上は多すぎて目障りなだけだ。そもそも人間なんていうものは多ければ多いほど腐っていくものなんだよ。だから適度に誰かが掃除しなきゃいけない・・・そうは思わないか?」

悲鳴を上げることも出来なかった。赤黒く流れ続ける血が止まらない。腕がない。壮絶な痛み。
ああ、思考すら全て赤に染まっていくようだ。ゆっくりと立ち上がる。何とか逃げなくちゃ。逃げなきゃ、死ぬ。
そいつは漆黒だった。まるきり黒。首から下は全て黒一色の服装。両手だけが銀色に光っている。
肌が発光しているわけではない。両手に握り締めた巨大な拳銃が太陽の光を反射して鈍く輝いているのだ。
長い、とてつもなく長い真っ白の髪が風も吹いていないのに不思議と揺らめいている。その純白の影から除く赤と青の瞳と引き攣るように歪んだ頬、鮮やか過ぎる唇の色。
ああ、思考が持たない。まともに考える事が出来ない。白と赤と青と銀と黒が俺を追いかけてくる。
振り返って走り出す。背後から聞こえた巨大な銃声。次の瞬間には俺は地べたにはいつくばっていた。
さっきまであったはずの左足がない。足首から先がない。痛くて何も考えられない。悲鳴も涙も出なかった。
血ばかりが流れている。ああ、紅い。何もかも赤だ。俺という存在はこんなにも紅かったのか。

「どうした?もっとあがいて見せてくれよ。もっともっと、もっともっともっと無様に逃げ回ってくれよ。ああ、足を撃ったのはこちらのミスだ・・・腕から・・・そう、逃げるのに支障のない部分から吹っ飛ばしてやるべきだった」

低い声で笑っている。肩を震わせながら、心底楽しそうに。
何でだ。何でこんな真昼の繁華街のど真ん中でこんなことが起きているんだ。俺が何かしたのだろうか。
ああ、くそ、もうこうなったらやけだ。意地でも逃げてやる。残った腕で体を引き摺る。
アスファルトに紅いペンキをぶちまけながら、ずるずる、ずるずると。ただひたすら必死で這って行く。

「ああ・・・・・いいな、それ・・・ゾクゾクする・・・背筋から何か脳まで上ってきそうだ。素晴らしい・・・素敵だ、本当に」

銃声が聞こえた。残っていた足が吹き飛んだ。血と肉が道路を汚している。汚いな。
ああ、あれ・・・俺の身体か。分けがわからない。あんなに汚いものだとは思っていなかったんだがな。

「あと何発だ?何発撃てば死ぬ?そうだ、試してみようか。一気に殺すというのもなかなか楽しそうだ、そうしよう」

うつ伏せに倒れている俺を無理矢理仰向けにひっくり返してそいつは俺の胴体に拳銃を向けた。
そこからは早かった。意識が消えていくまで僅か数秒だった。繰り返し執拗なまでに引かれる引き金と飛び出す薬莢。
口も鼻も全部血の匂いで一杯になって胴体がめちゃくちゃに吹っ飛ばされて手足も?がれて悲鳴も上げられない。
楽しそうに数字を数えながら引き金を引き続けている。もういい、早く死なせてほしい。
薄っすらと開かれた視界の中、笑っている。赤々とした舌で自分の頬についた返り血を舐めながら。
笑い声が聞こえる。ずっと笑っている。ああ、くそ、こんな風に死ぬんならもっと色々な事をしておけばよかった。
明日やればいいとか、どうせいつかやるからとか、そんな風に考えるんじゃなかった。
後悔したって遅い。だから俺は死の直前、ありったけの呪いの念を込めてそいつに呟いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・して・・・やる」

「あん?」

「・・・・ころ・・・・して・・・やる」

女の表情が凍りつく。しかしそれは怒りでも悲しみでもなく、心の底から湧き出る幸福を抑えきれないのだと気づいた。
小刻みに震える両肩を抱きしめて恍惚とした表情で俺を見下ろす。
だから俺はそんなそいつに言ってやった。ああ、言ってやったとも。

「地獄に落ちろ・・・・・変態・・・・」



ああ、家に帰ってマンガ読んでネットしてそれから寝る・・・それだけの予定のはずだったのに。

ついてない時は、本当についていないもんだなあ。



何もかもが見えなくなる暗闇の中、最後までそいつの笑い声が耳にこびり付いていた。

       

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