Neetel Inside 文芸新都
表紙

適当を前提にお付き合いください
エピロ−グⅠ

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 私は昨日、念願であった大型自動二輪免許を取得していた。
 そして、今日。大学に通学していた頃から貯めていた金で大型バイクを購入し、今そのバイクに跨っている。
 学生の頃は良く友人と無茶な走りをしたものだ。
 二人して大して上手くない運転であちこちの峠に行っては転び、大してない知識でバイクをいじっては出力を落とし。
 それでも、私達はバイクに乗るのを止めなかった。
 私達のバイクチームの名前は「陶酔の流れ」という意味を持つ名前だ。
 近い響きとして、前を走るバイクの真後ろに入ることで空気抵抗を減らすテクニックがある。
 『より速く走る』為のテクニックの名前とかけたチーム名だ。
 若かったな、そう思う。
 より速く、誰よりも速く、それが誇りであるかのように。
 今となってはいい思い出だ。
 今日は、私が大型免許を取った記念のツーリングである。
 その友人との交友は未だに続いている。
 チーム結成時に約束した『死ぬまで走る』という取り決めは、いまだ有効なようだ。
 さて、私は今その待ち合わせ場所であるとある道の駅に来ている。
 約束の時間までは後少しだけ時間がある、が。
 丁度そこで私の携帯電話が震えた。
 どうやら、私の予想は当たっていたようだ。
 携帯電話には、待ち合わせている友人からのメールが来ていた。
 砕けた文体で、かなり遅刻をすると書かれていた。
 私は思わず苦笑してしまう。
 もう社会人になったというのに、彼は相変わらずのようだ。
 私は変わったのだろうか。
 煙草も止めたし、あの頃のように馬鹿な真似をするのも少なくなった気がする。
 さて、どうやら時間もあるようだし、久しぶりに来たこの道の駅のある場所へ向かおうと思う。
 その場所とは、今から来る友人とこの場所へ来るたびに行っていた場所である。
 その場所へ向かう正規の道はない。柵を越えて、山を少し登る。
 そこからの景色は、いつも私達に感動を与えてくれた。
 しかし、と思う。
 私はあの頃と同じように、その景色に感動できるだろうか。
 感動する心を持ち合わせているだろうか。
 大学に在学中―――私だけに限った話ではないだろうが―――色々なことがあった。
 そして、色々と変わったと思う。
 私がその場所へ向かう理由、それはあることを確かめるためだ。
 私にまだあの頃の熱い心が残っているかどうか。
 もうすぐ、その場所へ辿りつく。
 鬱蒼と木々が茂るその先、開けた場所に―――
「おや、珍しい。先客がいましたか」
 一人の女性が立っていた。

     

 恐らく、普段の私なら声などかけずに引き返していただろう。
 これから久しぶりに会う友人とのツーリングなのだ。
 こんな辺鄙な場所にいる人間だ、面倒なトラブルになる可能性だってある。
 しかし、なんだか今日はそんな気分だったのだ。
 この場所がそうさせるのが、久しぶりの再開で気分が高揚しているのか。
 理由は色々とありそうな気がしたが、一番の理由はこうだ。
 その女性は、なんとなく私の知っている女性にそっくりだったのだ。
 そっくり、というのは語弊があるかもしれない。
 私の知っているその女性は、肩くらいまで髪を伸ばしていたし、赤みがかった茶髪をしていた。
 ライダースーツを着るような、本格的なライダーでもなかったし、言葉遣いも粗野で、溌剌という言葉が似合う女性だった。
 そして、今私の前にいる女性は正反対だった。
 髪は女性にしては短かったし、綺麗な黒髪だ。
 ライダースーツを着用し、その佇まいもなんだか清楚な感じがした。
 しかし、何故だろうか。私の知るその女性に似ていると感じたのだ。
「あ、あの・・・・・・?」
 目の前の女性は急に声をかけられ、戸惑っているようだ。
 この気弱なイメージも私の知る女性と重ならない。
 彼女はいつも強気で、怯むという言葉を知らなかった。
「あぁ、すみません。こんなところに人がいるとは思わなかったもので」
「はぁ・・・・・・」
 さて、どうしたものか。
 声を掛けたのはいいが、別に声を掛けた目的はない。
 しかし、考えの浮かばない私の頭とは裏腹に、口からはすらすらと言葉が出た。
「ここは、私と友人の思い出の場所でしてね。そこから見える景色はなかなかのものでしょう?」
「そうですね・・・・・・。綺麗です、それに、なんだか不思議な感じですが、元気をもらえるというのでしょうか・・・・・・あ、すみません変な事を言って」
「いえいえ、よくわかります。ここに来るつもりはなかったんですが、待ち合わせをしていた友人が遅刻するそうで・・・・・・私もその景色に元気をもらおうと思ってきたんですよ」
 そういうと、女性は少し驚いたような顔をして、笑った。
 清楚な、笑顔だった。
「そうなんですか。実は私もそうなんです。待ち合わせをしていたのですが、遅刻するそうで、その人から聞いていたこの景色を先に見に来たていたんです」
 この女性は、私と同じか、少し年上くらいの年齢に見える。この女性の待ち人というのもそう年齢は変わらないだろう。
 いくつになっても、だらしない人間というのは変わらないらしい。どうやらそれは私の友人に限った話ではないようだった。
「バイクでいらっしゃったんですか?」
 ライダースーツを着ているのだから、当然といえば当然だったが、話題が見当たらなかったので適当な質問をしてみた。
「はい、あなたもですか?」
 私もライダースーツを着ているのだから、向こうも分かっていただろうが、向こうも適当に返事をしたのだろう。
「そうです。何に乗っていらっしゃるんですか?」
「あ、えーと。CB400SSって言うそうです。すいません、人から譲り受けたものであんまり詳しくないんです。だから、整備の仕方とかもよくわからなくて、ここに来て動かなくなってしまったんですよ」
 女性はそういうと、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
 なんだか、そういう恥ずかしそうな顔をされると自分が悪いことをしたみたいだ。
「そうだったんですか。」
 この様子では、私のバイクの名前を言っても分からないだろう。
 しかし、ここでなんだかこのまま突っ立っているのも忍びない。暇を潰すつもりでここにきたのだから、ダメもとで私は提案した。
「立ち話もなんですし、少し行った先に座れるところがあるんですよ。よろしかったらそこに行きませんか、時間を潰すのに丁度いい話があるんですよ」
「そうですね。時間を持て余していました、是非聞かせてください」
 そう決まると、私はその景色を見ずに、私達がかつて勝手に置いたベンチへと足を向けた。

 そこには、あの頃と何も変わらず、少し汚れたベンチと、小さな缶があった。
 私は軽くそのベンチの汚れを払うと、ポケットからハンカチを取り出し、そこへ女性に座るように薦めた。
 かつての私ならば、そんなことはしなかっただろうな、と思う。
 それから、私は持ってきていた飲料水を小さな缶に注いだ。
「それはなんですか?」
「あぁ、これは吸殻いれなんですよ。私は吸わないんですが、なんとなく癖でして」
 見たところ、水分は蒸発していたが吸殻は少しだけあった。
 こんな場所には普通誰も来ない、私が最後に見た時はこの小さな缶は吸殻でいっぱいになっていた筈だ。
 どうやら私の友人は時々ここを訪れていたようだ。一度その吸殻を捨て、また持ってきたのだろう。
 缶いっぱいの吸殻を、奇異の目で見られながらも道の駅まで捨てに行き、新しい缶に変えようか迷って、結局変えずに戻ってきた友人の姿が容易に想像できた。
「どうかされました?」
 どうやら、いつの間にか私は笑っていたようだ。
「いえ、思い出し笑いです。当時は色々と馬鹿な事をしていたな、と思いまして」
 私は女性の横に腰をかけた。
「それで、どんな話なんですか?」
 あまり人に語ることなどなかなか機会がなかったが、こんな風に興味を持ってもらえるのは意外に気分がいいものである。
「さて、どこから話しましょうか。この話は―――そうですね、私の友人の話と言っておきましょうか。頭の悪い男と、変わった女。頭の悪い男の昔の女と、その女の男。それから奇蹟の蘇りを果たした女と、その女を支え続けた男の話です」
「なんだか、複雑そうなお話ですね」
「そうかもしれませんし、案外どこにでもありふれた話だったのかもしれません。つまらなかったら、いつでも止めてください―――」
 私はそう前置きをして、話を始めた。

       

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