適当を前提にお付き合いください
中間
俺達はそれぞれのバイクに跨り、家を目指して走っていた。
既に日付は変わり、太陽もとっくに昇っていた。
ん?何か忘れてないか?
信号に捕まり、止まる。
「あーーーーーーーー!!」
唐突に俺は大声を上げた。
「何よ、イキナリ大きな声出さないでよ。びっくりするじゃない」
ユウの声は俺に届かない。返事をする前に、俺は自分のバイクにつけてある時計を見た。
8時10分。
ヤバイ。これはヤバイ。
「俺!テスト!」
「は?」
そもそも、昨日事故に遭う前は中間テストのために大地の家に向かったのだ。
テストの開始時間は9時。今から直接向かえばギリギリ間に合う!
「俺そのまま学校行くから!一人で帰ってくれ!」
「え?ちょ―――」
ユウの返事を聞く前に、信号が青になったので俺は全速で学校へ向かった。
8時40分―――ま、間に合った。
とりあえず一服をするために喫煙所に向かう。すると、そこには大地の姿があった。
「おうりょっち―――って、お前その格好どうした」
どうした。と言われて自分の格好を見てみる。
ジャケットこそ綺麗なものの、その下に来ているシャツやジーパンはずたぼろだった。
あー、そういえば俺もコケたんだっけ?
昨日の顛末を話そうとして、思い留まった。
ワタルが達也に大怪我をさせた。伝え方を間違えれば面倒なことになりかねない。
「あー、なんだ、そのちょっとベジータ星の王子とやり合ってな。ファイナル・ビックバンアタックを喰らった」
「いや、技名ごっちゃになってるぞ」
大地にしては、ズレたつっこみだったが、今はそれがありがたかった。何とか誤魔化せそうだ。
「そんなことよりも、さっさと教室行こうぜ。テスト始まっちまう」
「そんなことって、お前なぁ」
まだ何か言いたげな大地だったが、俺はそそくさと教室に向かった。
教室につくと、そこそこ席は埋まっていた。
普段は過疎っている講義だが、皆中間テストだと聞きつけてやっていたのだろう。
並んで座れる場所はなく、大地が俺の前という感じで前後の席に座った。
「りょっち、その様子じゃ勉強してないだろ」
俺の今の状態をどういう風に予想をしているのかは分からないが、少なくともそれは当たっていた。
「まぁ、気合いでカバーだ」
「気合いでカバーできる問題じゃないでしょうが」
この授業はノートパソコンの持ち込みが可能だった。
テストで出される仕様のプログラムの出力結果や、どのような処理が行われているかを答える形式なので、自分のノートパソコンでプログラムを書いて確認して答えるためだ。
問題は、勉強していないので、どうすればそのプログラムが書けるのかさっぱり分からない点だ。
そうこうしているうちに、テストは始まってしまった。
(・・・・・・まずいな、気合でカバーってレベルじゃねぇぞこれ)
さっぱり分からなかった。
前の大地はサクサクと問題を解いているようだ。
カンニングしようと大地のパソコンの画面を覗くが、文字が小さすぎて確認できない。
万事休すか・・・・・・そう思った時、前の席に座る大地がイキナリソリティアをやりだした。
ソリティアというのは、大抵のゲイツOSに備えられている一人遊びのトランプゲームだ。
確かに、外部のネットワークに接続する以外は、テスト中パソコンで何をしてもいいとは言っていたが・・・・・・
(くそう・・・・・・こいつ余裕ぶっこきやがって・・・・・・ってあれ?)
しばらく眺めていると、実は大地がソリティアをやっているのではないことに気付く。
ソリティアのように見せかけているが、どうやらそれは画像編集ソフトで、ソリティアのような画面を作っているだけのようだ。
トランプの並び方がおかしい。
(まてよ・・・・・・もしや)
間違いない。これは俺に解答を見せてくれているのだ。
左上と、その隣に表示されたトランプの数字が該当する問題のナンバー。
その下に並べられているのが解答の数字だろう。
(大地・・・・・・!グッジョブすぎるぜ!)
俺は該当する問題の解答を写し終わると、シャーペンをコツ、コツと机に二回叩きつけ『写し終わった』ことを大地に伝えた。
察しのいい大地は、俺の合図を理解したのか、トランプを並びかえ始めた。
こんな感じで、俺達のカンニングは行われた。
「いやー!大地先生!ホント助かりました!」
テストが終わり、俺達はまた喫煙所に集まっていた。
「え、何々なんの話?」
他の場所でテストを受けていた友人達に、大地のファインプレーを教えてやった。
「まじかよ!?ずりーよりょっちだけ!俺もそっち行きゃよかった」
口々に他の友人達から不満の声が上がる。
しかし、大地は悪びれたふうもなく
「お前らじゃ多分気付かなかったよ。それに、りょっちはちゃんと勉強すれば出来るからな。今回は何か事情があったみたいだから特別だよ」
確かに、あの偽装ソリティアには他の友人達では気付かなかったかもしれない。
「まぁ、単に俺と大地だから成し得た連携プレーというわけだ」
「りょっちも調子に乗らない」
怒られた。
「つーかお前その格好どうしたんだよ?」
テスト前に大地にされた同じ質問をされる。
「ちょっと、ベジータ星の王子とな……」
「は……?ベジータ星の王子って、その……」
「まあまあ……、そこから先は…大地に聞いてくれ。聞くほうは初めてでも……俺は今日何回も同じことを話していて、いささか食傷気味なんだ…。頼むよ……」
「コラ、一回しか話してないだろ。それにそんなコアな福本ネタ誰もわからねぇよ」
でも大地は分かってくれたようだった。
「つーか、マジで俺はこれからバイトなのでお先に失礼!」
おつー、おつかれー。そんな友人達の声を背に、俺はまたそそくさとその場を離れようとした。
しかし、そこに大地の声がかけられた。
「りょっち、話したくないことなら聞かないけど、言いたくなったらいつでも言えよ。あんまり、一人で抱え込もうとするなよ」
何があったのかはきっと知らないだろうが、何かがあったのは、同じ講義を取っているワタルや達也の不在で感じ取っているのだろう。
それでも聞かないでいてくれている大地は、いい奴だった。
「あぁ、そうするよ」
それだけ答えて、俺は逃げるようにその場を離れた。
「・・・・・・りょっちは、ベジータからファイナル・ビックバンアタックを喰らったそうだ」
背後からは、律儀に俺のボケを繰り返している大地の声が聞こえた。
既に日付は変わり、太陽もとっくに昇っていた。
ん?何か忘れてないか?
信号に捕まり、止まる。
「あーーーーーーーー!!」
唐突に俺は大声を上げた。
「何よ、イキナリ大きな声出さないでよ。びっくりするじゃない」
ユウの声は俺に届かない。返事をする前に、俺は自分のバイクにつけてある時計を見た。
8時10分。
ヤバイ。これはヤバイ。
「俺!テスト!」
「は?」
そもそも、昨日事故に遭う前は中間テストのために大地の家に向かったのだ。
テストの開始時間は9時。今から直接向かえばギリギリ間に合う!
「俺そのまま学校行くから!一人で帰ってくれ!」
「え?ちょ―――」
ユウの返事を聞く前に、信号が青になったので俺は全速で学校へ向かった。
8時40分―――ま、間に合った。
とりあえず一服をするために喫煙所に向かう。すると、そこには大地の姿があった。
「おうりょっち―――って、お前その格好どうした」
どうした。と言われて自分の格好を見てみる。
ジャケットこそ綺麗なものの、その下に来ているシャツやジーパンはずたぼろだった。
あー、そういえば俺もコケたんだっけ?
昨日の顛末を話そうとして、思い留まった。
ワタルが達也に大怪我をさせた。伝え方を間違えれば面倒なことになりかねない。
「あー、なんだ、そのちょっとベジータ星の王子とやり合ってな。ファイナル・ビックバンアタックを喰らった」
「いや、技名ごっちゃになってるぞ」
大地にしては、ズレたつっこみだったが、今はそれがありがたかった。何とか誤魔化せそうだ。
「そんなことよりも、さっさと教室行こうぜ。テスト始まっちまう」
「そんなことって、お前なぁ」
まだ何か言いたげな大地だったが、俺はそそくさと教室に向かった。
教室につくと、そこそこ席は埋まっていた。
普段は過疎っている講義だが、皆中間テストだと聞きつけてやっていたのだろう。
並んで座れる場所はなく、大地が俺の前という感じで前後の席に座った。
「りょっち、その様子じゃ勉強してないだろ」
俺の今の状態をどういう風に予想をしているのかは分からないが、少なくともそれは当たっていた。
「まぁ、気合いでカバーだ」
「気合いでカバーできる問題じゃないでしょうが」
この授業はノートパソコンの持ち込みが可能だった。
テストで出される仕様のプログラムの出力結果や、どのような処理が行われているかを答える形式なので、自分のノートパソコンでプログラムを書いて確認して答えるためだ。
問題は、勉強していないので、どうすればそのプログラムが書けるのかさっぱり分からない点だ。
そうこうしているうちに、テストは始まってしまった。
(・・・・・・まずいな、気合でカバーってレベルじゃねぇぞこれ)
さっぱり分からなかった。
前の大地はサクサクと問題を解いているようだ。
カンニングしようと大地のパソコンの画面を覗くが、文字が小さすぎて確認できない。
万事休すか・・・・・・そう思った時、前の席に座る大地がイキナリソリティアをやりだした。
ソリティアというのは、大抵のゲイツOSに備えられている一人遊びのトランプゲームだ。
確かに、外部のネットワークに接続する以外は、テスト中パソコンで何をしてもいいとは言っていたが・・・・・・
(くそう・・・・・・こいつ余裕ぶっこきやがって・・・・・・ってあれ?)
しばらく眺めていると、実は大地がソリティアをやっているのではないことに気付く。
ソリティアのように見せかけているが、どうやらそれは画像編集ソフトで、ソリティアのような画面を作っているだけのようだ。
トランプの並び方がおかしい。
(まてよ・・・・・・もしや)
間違いない。これは俺に解答を見せてくれているのだ。
左上と、その隣に表示されたトランプの数字が該当する問題のナンバー。
その下に並べられているのが解答の数字だろう。
(大地・・・・・・!グッジョブすぎるぜ!)
俺は該当する問題の解答を写し終わると、シャーペンをコツ、コツと机に二回叩きつけ『写し終わった』ことを大地に伝えた。
察しのいい大地は、俺の合図を理解したのか、トランプを並びかえ始めた。
こんな感じで、俺達のカンニングは行われた。
「いやー!大地先生!ホント助かりました!」
テストが終わり、俺達はまた喫煙所に集まっていた。
「え、何々なんの話?」
他の場所でテストを受けていた友人達に、大地のファインプレーを教えてやった。
「まじかよ!?ずりーよりょっちだけ!俺もそっち行きゃよかった」
口々に他の友人達から不満の声が上がる。
しかし、大地は悪びれたふうもなく
「お前らじゃ多分気付かなかったよ。それに、りょっちはちゃんと勉強すれば出来るからな。今回は何か事情があったみたいだから特別だよ」
確かに、あの偽装ソリティアには他の友人達では気付かなかったかもしれない。
「まぁ、単に俺と大地だから成し得た連携プレーというわけだ」
「りょっちも調子に乗らない」
怒られた。
「つーかお前その格好どうしたんだよ?」
テスト前に大地にされた同じ質問をされる。
「ちょっと、ベジータ星の王子とな……」
「は……?ベジータ星の王子って、その……」
「まあまあ……、そこから先は…大地に聞いてくれ。聞くほうは初めてでも……俺は今日何回も同じことを話していて、いささか食傷気味なんだ…。頼むよ……」
「コラ、一回しか話してないだろ。それにそんなコアな福本ネタ誰もわからねぇよ」
でも大地は分かってくれたようだった。
「つーか、マジで俺はこれからバイトなのでお先に失礼!」
おつー、おつかれー。そんな友人達の声を背に、俺はまたそそくさとその場を離れようとした。
しかし、そこに大地の声がかけられた。
「りょっち、話したくないことなら聞かないけど、言いたくなったらいつでも言えよ。あんまり、一人で抱え込もうとするなよ」
何があったのかはきっと知らないだろうが、何かがあったのは、同じ講義を取っているワタルや達也の不在で感じ取っているのだろう。
それでも聞かないでいてくれている大地は、いい奴だった。
「あぁ、そうするよ」
それだけ答えて、俺は逃げるようにその場を離れた。
「・・・・・・りょっちは、ベジータからファイナル・ビックバンアタックを喰らったそうだ」
背後からは、律儀に俺のボケを繰り返している大地の声が聞こえた。
-----------------------------
「アタシはりょっちが学校へ向かってとすっ飛ばして言った後、一人で部屋に戻ってきたのであった」
部屋のドアを開けた後、空しい独り言を言ってベッドに腰をかけた。
と言うより、ベッドの他に腰を下ろせる場所がないほどこの部屋は散らかっているのだ。
一人になったところで考える。
『んで、お前いつまでここにいるの?』
ちょっと前に、りょっちに言われたことである。
確かに、いつまでも居座っているのは迷惑だろう。
食費こそ払っているが、家賃を払っているのはりょっちなワケだし。
半分持てばいいような気もするが、今のアタシにそれはキツイ。
ギャンブルだって、少しはするが、長く続けて勝てる気はしない。
それに、家賃を払うといっても受け取らない気がする。
『ホントは居て欲しいくせに』
そんな挑発をしたが、実はアタシが出て行けないだけである。
あの日だって、行く当てがなかったからここに転がり込んだのだ。
アタシは、卑怯だ。
でも一人で落ち込むのは性に合わないので、とりあえず行動することにした。
とりあえずは、この汚い部屋をどうにかしなくては。
自称A型としては、こういう散らかってるのは気に食わない。
散らばっている漫画や、洋服、トイレやら風呂場やらを完膚なきまでに掃除しよう。
今アタシに出来ることはそれぐらい。
そこで、はたと気がついた。
そういえば、りょっちはまったくを手を出そうとしない。
ふざけてすらそういうことを言わない。
家賃払わないなら、体で払えよ。とか言ってもよさそうな状況なのに。
実際言ったらぶん殴るけど。
アタシってそんなに魅力がないのか?
いや、手を出されたら手を出されたで困るんだけど、何もアプローチがないってのは寂しい気がする。
なんていうか、嫌いな友達がいて、その友達がいろんな人をカラオケに誘っているんだけど、自分が誘われないとなんか寂しいみたいな。
でも誘われたところで、やっぱり嫌いだから断るんだけど。
そんな時と同じ心境だ。
ま、とりあえず片付けしますか。
「我ながら、完璧」
綺麗になった部屋を見て、思わず自分を賞賛してしまった。
洋服は全て洗濯し、乾燥機にかけて一気に乾かし、全てたたんでクローゼットに。
あちこちに散らばっていた漫画は本棚に。
ゴミは全て処分。
ベッドの下に溜まっていたティッシュの量にはいささか引いたが、全て処分。
掃除機をかけ、埃の溜まっていたところには雑巾がけ。
クローゼットの上にある収納にあった、ダンボール箱いっぱいに入っていた同じ漫画は邪魔くさいし沢山あったので、一個だけ残して処分。
こうして、この部屋は生まれ変わった。
うん、人間の住む環境だ。
アタシがそうやって一人満足していると
「りょっちー。昨日の達也とワタルの件で話があるんだけどー」
背後でドアの開く音がした。
「えっと・・・・・・すいません、部屋間違えました」
イキナリ現れたその女性はそういってドアを閉めて
「やっぱり間違ってませんでした」
もう一度入ってきた。
「ここ、りょっち・・・・・・白石君の部屋ですよね?」
「あーっと、そうですね」
アタシも白石ですが。
「どちら様?」
至極最もな質問だった。
アタシにはこの人が誰なのか、最初に入ってきた時に言っていた言葉で分かる。
『達也とワタルの件』
これは恐らく昨日の事故のことだろう。
大学に行ったりょっちが、他の人に喋っていなければ、彼が事故のことを伝えたのは一人しかいないはずだった。
赤羽 智恵、りょっちの想い人。
まぁ、誰であれ本当のことを説明するのは面倒くさかったから、本当のことは説明しなかっただろう。
アタシがこれから嘘をつくのは、別にりょっちのためではなく、面倒くさいからだ。
「幼稚園くらいの時からの友達で、白石ユウって言います。ちょっとこっちの方に用事があるので、今泊めさせてもらっているんです」
スラスラと嘘が出た。
「あー、なんか聞いたことあるかも。幼なじみさん?あれ?でも同じ苗字?」
嘘の中に何割か本当のことを混ぜたほうがいいって、何かで読んだ気がした。
しかしこれは混ぜるもののチョイスをミスったな。
「そうなんですよ、それで小さい頃は良くからかわれたんですよ?」
「へぇー」
なんて嘘の雑談に感心しているが、この人何か用事があってきたんじゃないのか?
「あ、私赤羽智恵。大学の友達。今りょっち居ないの?」
初対面の割りに、慣れなれしい気もするが、なんかそれが嫌な感じがしないタイプの女性だ。
しかし、居ないの?と言われてもりょっちのスケジュールなんぞアタシが知るわけがないのだ。
「帰ってきてないですね。アルバイトじゃないですか?」
「そっか。まぁ別にいっか。あ、ごめんねなんか急に現れて」
「いえいえ」
「それじゃお邪魔しましたー」
それだけ言って赤羽智恵は帰ろうとした。
「あ、待って!」
「え?」
「あの、聞きたいことがあるんですけど・・・・・・」
赤羽智恵は快くアタシの『聞きたいこと』に答えてくれた。
その後、赤羽智恵はすぐに帰っていった。
これはイマカノ(仮)とモトカノが出会ったことになるのだろうか?
そもそも、向こうは私が彼女(仮)だということも知らないし、(仮)だし。
むしろ嘘ついたし。
腹減ったし。
うん、腹減った。
丁度いい、自分でご飯を作ってみよう。
「アタシはりょっちが学校へ向かってとすっ飛ばして言った後、一人で部屋に戻ってきたのであった」
部屋のドアを開けた後、空しい独り言を言ってベッドに腰をかけた。
と言うより、ベッドの他に腰を下ろせる場所がないほどこの部屋は散らかっているのだ。
一人になったところで考える。
『んで、お前いつまでここにいるの?』
ちょっと前に、りょっちに言われたことである。
確かに、いつまでも居座っているのは迷惑だろう。
食費こそ払っているが、家賃を払っているのはりょっちなワケだし。
半分持てばいいような気もするが、今のアタシにそれはキツイ。
ギャンブルだって、少しはするが、長く続けて勝てる気はしない。
それに、家賃を払うといっても受け取らない気がする。
『ホントは居て欲しいくせに』
そんな挑発をしたが、実はアタシが出て行けないだけである。
あの日だって、行く当てがなかったからここに転がり込んだのだ。
アタシは、卑怯だ。
でも一人で落ち込むのは性に合わないので、とりあえず行動することにした。
とりあえずは、この汚い部屋をどうにかしなくては。
自称A型としては、こういう散らかってるのは気に食わない。
散らばっている漫画や、洋服、トイレやら風呂場やらを完膚なきまでに掃除しよう。
今アタシに出来ることはそれぐらい。
そこで、はたと気がついた。
そういえば、りょっちはまったくを手を出そうとしない。
ふざけてすらそういうことを言わない。
家賃払わないなら、体で払えよ。とか言ってもよさそうな状況なのに。
実際言ったらぶん殴るけど。
アタシってそんなに魅力がないのか?
いや、手を出されたら手を出されたで困るんだけど、何もアプローチがないってのは寂しい気がする。
なんていうか、嫌いな友達がいて、その友達がいろんな人をカラオケに誘っているんだけど、自分が誘われないとなんか寂しいみたいな。
でも誘われたところで、やっぱり嫌いだから断るんだけど。
そんな時と同じ心境だ。
ま、とりあえず片付けしますか。
「我ながら、完璧」
綺麗になった部屋を見て、思わず自分を賞賛してしまった。
洋服は全て洗濯し、乾燥機にかけて一気に乾かし、全てたたんでクローゼットに。
あちこちに散らばっていた漫画は本棚に。
ゴミは全て処分。
ベッドの下に溜まっていたティッシュの量にはいささか引いたが、全て処分。
掃除機をかけ、埃の溜まっていたところには雑巾がけ。
クローゼットの上にある収納にあった、ダンボール箱いっぱいに入っていた同じ漫画は邪魔くさいし沢山あったので、一個だけ残して処分。
こうして、この部屋は生まれ変わった。
うん、人間の住む環境だ。
アタシがそうやって一人満足していると
「りょっちー。昨日の達也とワタルの件で話があるんだけどー」
背後でドアの開く音がした。
「えっと・・・・・・すいません、部屋間違えました」
イキナリ現れたその女性はそういってドアを閉めて
「やっぱり間違ってませんでした」
もう一度入ってきた。
「ここ、りょっち・・・・・・白石君の部屋ですよね?」
「あーっと、そうですね」
アタシも白石ですが。
「どちら様?」
至極最もな質問だった。
アタシにはこの人が誰なのか、最初に入ってきた時に言っていた言葉で分かる。
『達也とワタルの件』
これは恐らく昨日の事故のことだろう。
大学に行ったりょっちが、他の人に喋っていなければ、彼が事故のことを伝えたのは一人しかいないはずだった。
赤羽 智恵、りょっちの想い人。
まぁ、誰であれ本当のことを説明するのは面倒くさかったから、本当のことは説明しなかっただろう。
アタシがこれから嘘をつくのは、別にりょっちのためではなく、面倒くさいからだ。
「幼稚園くらいの時からの友達で、白石ユウって言います。ちょっとこっちの方に用事があるので、今泊めさせてもらっているんです」
スラスラと嘘が出た。
「あー、なんか聞いたことあるかも。幼なじみさん?あれ?でも同じ苗字?」
嘘の中に何割か本当のことを混ぜたほうがいいって、何かで読んだ気がした。
しかしこれは混ぜるもののチョイスをミスったな。
「そうなんですよ、それで小さい頃は良くからかわれたんですよ?」
「へぇー」
なんて嘘の雑談に感心しているが、この人何か用事があってきたんじゃないのか?
「あ、私赤羽智恵。大学の友達。今りょっち居ないの?」
初対面の割りに、慣れなれしい気もするが、なんかそれが嫌な感じがしないタイプの女性だ。
しかし、居ないの?と言われてもりょっちのスケジュールなんぞアタシが知るわけがないのだ。
「帰ってきてないですね。アルバイトじゃないですか?」
「そっか。まぁ別にいっか。あ、ごめんねなんか急に現れて」
「いえいえ」
「それじゃお邪魔しましたー」
それだけ言って赤羽智恵は帰ろうとした。
「あ、待って!」
「え?」
「あの、聞きたいことがあるんですけど・・・・・・」
赤羽智恵は快くアタシの『聞きたいこと』に答えてくれた。
その後、赤羽智恵はすぐに帰っていった。
これはイマカノ(仮)とモトカノが出会ったことになるのだろうか?
そもそも、向こうは私が彼女(仮)だということも知らないし、(仮)だし。
むしろ嘘ついたし。
腹減ったし。
うん、腹減った。
丁度いい、自分でご飯を作ってみよう。
-----------------------------
「ただいまー・・・と」
バイトが終わって部屋に帰ってくると、電気が消えていた。
バイクも靴もあるので、寝ているのだろうか?
昨日は徹夜だったし、まぁ無理もないことだろう。
っていうか、起きてる義理もないしな。
暗いままなのもキツイが、昨日つき合わせたのは俺のせいだし、起こしたくないので電気は消したまま部屋の中へ入る。
物音を立てないよう、自分の脳みそをフル回転させ地面に置いてあるものの位置を思い出し、それを回避して歩く。
運がいいのか、俺の脳みそが優秀すぎるのか、目的の寝袋まで何も音を立てずに到着した。
腹は減ってはいたが、俺も眠かった。
ユウを起こすわけにはいかないので、そのまま寝ようと寝袋を広げようとしたところで、気配に気付いたのかユウが起きてしまった。
「あー・・・・・・お帰りんこ」
「ただいま」
「りょっちノリ悪いぞー。そこはただいまん「うるさいだまれあほ」
起こしてしまったので、電気をつける。
そして愕然とした。
あるはずのもの・・・・・・っていうか全てがない。
「こ、これは!?」
「片付けた」
ピシャリと言われた。
「でも本棚とか入りきらなかっただ・・・・・・」
そこまで言って本棚を見る。
床に落ちていた本は、本棚に入りきらないから床に置いていたのだ。
それが本棚に入っているということは・・・・・・
「俺の性の参考書がない!?」
ジーザス!
振り返ってユウを睨むと、ユウは机の上を指差していた。
そこには、数枚の千円冊と小銭が置いてあった。
本を売るならブック○フ。というわけか。なんてこった。
「あれ?でも洋服だって冬物は入りきらなかったからそこらへんに置いておいたんだけど」
今度は、クローゼットの上の収納を指差した。
な、そこは確か・・・・・・
「先輩から預かった、売れ残った先輩の同人誌が置いてあった場所じゃないか・・・・・・!」
自分の描いた同人誌を実家に置いておけないという先輩に頼まれ、預かっていたのだ。
内容が内容だ。家族にはオタクということは伏せているだけに見つかった時のリスクは高すぎる。
「あー、確かにあの内容じゃ売れ残るわ。ダンボール一個は作りすぎだよ」
「しかも見たのかよ」
「セックスして発電するメイドロボって発想はともかく、トーンとか結構適当だったし」
因みにタイトルは『じかはつでん』。
別に邪魔だったし、取りに来る気配もなかったから構わないのだが、勝手に捨てるとは・・・・・・A型恐るべし。
「あ、そうそう」
俺がA型に恐怖を感じていたら、ユウが思い出したように言った。
「なんだよ」
正直、まだ何かあるのかと思うと俺はちょっと泣きたくなっていた。
「使用済みティッシュをベッドの下に放り込むの止めたほうがいいよ」
アアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああ
落ち着け・・・・・・落ち着いて素数を数えるんだ。
1、2・・・・・・あれ?2って素数だっけ?偶数だから、いやいや偶数がダメなのは2で割れるからで2は落ちつかねーよちくしょおおおおおおおお!
何か、何か良い言い訳は・・・・・・
「あぁ、鼻かんだティッシュはちゃんと捨てないとダメだよな、うん。次からは気をつける」
良しッ! ディ・モールト ディ・モールト(非常に 非常に)良いぞッ! 良く学習してるぞッ!俺ッ!
「りょっちてさ、鼻かむ時綺麗に折りたたむよね」
「あぁ、それが?」
「ベッドの下にあったティッシュはさ、こうぐしゃって」
「どう見ても使用済みティッシュでした本当にすいません」
全然言い訳は通用しなかった。
とりあえず、飯でも作って早々にご機嫌を取らなきゃ、いつまでもこのネタでいじられそうだ。
と、その時机の上に、お金以外にも雑誌が一冊置いてあることに気付いた。
「あ」
俺がその雑誌を手に取ろうとして、ユウが声を上げた。
「なんだ、食いたいものでもあったのか?」
恐らく、邪魔な本を売りに言った時に古本屋で買ってきたのであろう。
それは中華の料理本だった。
「ち、違うわよ!」
「ハハハ、今更ハラペコキャラを否定せんでもいいだろう」
「だから、違うっつってんでしょ!」
「ハイハイワロスワロス」
俺はそういいながら、料理本片手にキッチンへ向かい、あるものを見て固まった。
「だから・・・・・・夕飯作っておいたんだって」
そこには、少し焦げた炒飯があった。
「ど、どうよ」
いや、どうよって言われても。そんなガン見されると食べにくいんですが。
「ん、うめぇよ」
モグモグと炒飯を口に運びながら答える。
「いやいや、お世辞とか良いって。まぁりょっちが食えるって言うならいっか」
「いやいや、お世辞とかじゃなくって。まぁ味は普通だけどな」
「どっちだよ」
「だからさ、味は普通なんだけど、普段料理なんてしない人間が作ってくれたものだから、なんつーの?レア?そういう感じで美味いと感じてる気がする」
まぁ、気持ちの問題という奴だ。
「なんか褒められてるのか、けなされてるのか分からないわね」
実はけなしてるんだけどね。
「アタシは少ししょっぱい気がするけどね。まぁ、炒飯好きなら気にならないのかもね」
「は?別に俺は炒飯のこと特別に好きでもないけど」
いつそんなこと俺が言った。
「え?だって―――」
そこまで言ってユウは黙ってしまった。
そして、笑っているんだか、泣きそうなんだか、よくわからない表情をした。
「なんだよ」
「いや―――アンタもアタシも、難儀な性格してるな、って思って」
「意味わからねぇよ」
「いいよ、別に分かってもらえなくて」
「なんなんだよ」
と、帰ってくるのはなんだか張り合いのない返事。
いったい何なんだ。イキナリ飯作ってみたり、変な返事だったり。
そこで、俺は一つの可能性に辿りついた。
「そうか」
「何?」
「いや、ジェントルはこんなことを口にしない。黙って察するのがジェントルたるものの務め」
「だから何よ」
「いや別に、お前が今日はアレの日だからって様子が変なげぼーーーー!」
ちゃぶ台返しなんて、いまどきどんな頑固親父でもやんねーよ・・・・・・
という俺の心の反論は、どこにも届くことはなかった。
-----------------------------
せっかく人が評価を改めてやろうと思ったら、とんだジェントルである。
アタシがりょっちが炒飯を好きだと勘違いした理由。それはちょっと前の話に遡る。
赤羽智恵に、帰り際にアタシが聞いたこと。
『手土産も持たずに来ちゃったから、何かご飯でも作ってあげたいんだけど、りょっちって今どんな食べ物が好きなのか知ってる?』
というものだ。
コレに対し、赤羽智恵はまずこう言った。
『とりあえず鮭ね』
あぁ、それはなんとなく知ってた。
『でも鮭って料理にするにはちとめんどくさいわよねぇ』
赤羽智恵はそう言ってちょっと考えた後に
『あ、そうそう。炒飯好きだって言ってた気がする!
炒飯ならアタシが作れるくらいだし、あなたも作れるっしょ!』
掌をポンと打つ古風なジェスチャーをしながらそう言ったのだった。
では、なぜりょっちは炒飯は好きではないと言ったのか。
これは別に赤羽友恵の勘違いではない。
りょっちは確かに赤羽智恵に言ったのだ。
『炒飯好きだよ』
と。ただし、頭にもう少し言葉が入る。
『お前の作る』
そういった筈だ。
赤羽友恵は多分そんなに料理は出来ないのだろう。
炒飯なら作れる。そう言っていた。
炒飯くらいしか料理の作り方を知らなかったのだろう。
多分、りょっちは『炒飯が好きだ』ということよりも、『お前の作る料理ならなんでもおいしいよ』みたいなことを伝えたかったんだと思う。
皮肉にも、それは逆の印象として伝わっていたようだ。
やれやれ、どうしてこうりょっちはうまくいかないのか。
そして、アタシも似たようなものだ。
お互い、それでも相手のことが忘れられないのだ。
まったく、難儀な性格をしている。アタシも、りょっちも。
「ただいまー・・・と」
バイトが終わって部屋に帰ってくると、電気が消えていた。
バイクも靴もあるので、寝ているのだろうか?
昨日は徹夜だったし、まぁ無理もないことだろう。
っていうか、起きてる義理もないしな。
暗いままなのもキツイが、昨日つき合わせたのは俺のせいだし、起こしたくないので電気は消したまま部屋の中へ入る。
物音を立てないよう、自分の脳みそをフル回転させ地面に置いてあるものの位置を思い出し、それを回避して歩く。
運がいいのか、俺の脳みそが優秀すぎるのか、目的の寝袋まで何も音を立てずに到着した。
腹は減ってはいたが、俺も眠かった。
ユウを起こすわけにはいかないので、そのまま寝ようと寝袋を広げようとしたところで、気配に気付いたのかユウが起きてしまった。
「あー・・・・・・お帰りんこ」
「ただいま」
「りょっちノリ悪いぞー。そこはただいまん「うるさいだまれあほ」
起こしてしまったので、電気をつける。
そして愕然とした。
あるはずのもの・・・・・・っていうか全てがない。
「こ、これは!?」
「片付けた」
ピシャリと言われた。
「でも本棚とか入りきらなかっただ・・・・・・」
そこまで言って本棚を見る。
床に落ちていた本は、本棚に入りきらないから床に置いていたのだ。
それが本棚に入っているということは・・・・・・
「俺の性の参考書がない!?」
ジーザス!
振り返ってユウを睨むと、ユウは机の上を指差していた。
そこには、数枚の千円冊と小銭が置いてあった。
本を売るならブック○フ。というわけか。なんてこった。
「あれ?でも洋服だって冬物は入りきらなかったからそこらへんに置いておいたんだけど」
今度は、クローゼットの上の収納を指差した。
な、そこは確か・・・・・・
「先輩から預かった、売れ残った先輩の同人誌が置いてあった場所じゃないか・・・・・・!」
自分の描いた同人誌を実家に置いておけないという先輩に頼まれ、預かっていたのだ。
内容が内容だ。家族にはオタクということは伏せているだけに見つかった時のリスクは高すぎる。
「あー、確かにあの内容じゃ売れ残るわ。ダンボール一個は作りすぎだよ」
「しかも見たのかよ」
「セックスして発電するメイドロボって発想はともかく、トーンとか結構適当だったし」
因みにタイトルは『じかはつでん』。
別に邪魔だったし、取りに来る気配もなかったから構わないのだが、勝手に捨てるとは・・・・・・A型恐るべし。
「あ、そうそう」
俺がA型に恐怖を感じていたら、ユウが思い出したように言った。
「なんだよ」
正直、まだ何かあるのかと思うと俺はちょっと泣きたくなっていた。
「使用済みティッシュをベッドの下に放り込むの止めたほうがいいよ」
アアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああ
落ち着け・・・・・・落ち着いて素数を数えるんだ。
1、2・・・・・・あれ?2って素数だっけ?偶数だから、いやいや偶数がダメなのは2で割れるからで2は落ちつかねーよちくしょおおおおおおおお!
何か、何か良い言い訳は・・・・・・
「あぁ、鼻かんだティッシュはちゃんと捨てないとダメだよな、うん。次からは気をつける」
良しッ! ディ・モールト ディ・モールト(非常に 非常に)良いぞッ! 良く学習してるぞッ!俺ッ!
「りょっちてさ、鼻かむ時綺麗に折りたたむよね」
「あぁ、それが?」
「ベッドの下にあったティッシュはさ、こうぐしゃって」
「どう見ても使用済みティッシュでした本当にすいません」
全然言い訳は通用しなかった。
とりあえず、飯でも作って早々にご機嫌を取らなきゃ、いつまでもこのネタでいじられそうだ。
と、その時机の上に、お金以外にも雑誌が一冊置いてあることに気付いた。
「あ」
俺がその雑誌を手に取ろうとして、ユウが声を上げた。
「なんだ、食いたいものでもあったのか?」
恐らく、邪魔な本を売りに言った時に古本屋で買ってきたのであろう。
それは中華の料理本だった。
「ち、違うわよ!」
「ハハハ、今更ハラペコキャラを否定せんでもいいだろう」
「だから、違うっつってんでしょ!」
「ハイハイワロスワロス」
俺はそういいながら、料理本片手にキッチンへ向かい、あるものを見て固まった。
「だから・・・・・・夕飯作っておいたんだって」
そこには、少し焦げた炒飯があった。
「ど、どうよ」
いや、どうよって言われても。そんなガン見されると食べにくいんですが。
「ん、うめぇよ」
モグモグと炒飯を口に運びながら答える。
「いやいや、お世辞とか良いって。まぁりょっちが食えるって言うならいっか」
「いやいや、お世辞とかじゃなくって。まぁ味は普通だけどな」
「どっちだよ」
「だからさ、味は普通なんだけど、普段料理なんてしない人間が作ってくれたものだから、なんつーの?レア?そういう感じで美味いと感じてる気がする」
まぁ、気持ちの問題という奴だ。
「なんか褒められてるのか、けなされてるのか分からないわね」
実はけなしてるんだけどね。
「アタシは少ししょっぱい気がするけどね。まぁ、炒飯好きなら気にならないのかもね」
「は?別に俺は炒飯のこと特別に好きでもないけど」
いつそんなこと俺が言った。
「え?だって―――」
そこまで言ってユウは黙ってしまった。
そして、笑っているんだか、泣きそうなんだか、よくわからない表情をした。
「なんだよ」
「いや―――アンタもアタシも、難儀な性格してるな、って思って」
「意味わからねぇよ」
「いいよ、別に分かってもらえなくて」
「なんなんだよ」
と、帰ってくるのはなんだか張り合いのない返事。
いったい何なんだ。イキナリ飯作ってみたり、変な返事だったり。
そこで、俺は一つの可能性に辿りついた。
「そうか」
「何?」
「いや、ジェントルはこんなことを口にしない。黙って察するのがジェントルたるものの務め」
「だから何よ」
「いや別に、お前が今日はアレの日だからって様子が変なげぼーーーー!」
ちゃぶ台返しなんて、いまどきどんな頑固親父でもやんねーよ・・・・・・
という俺の心の反論は、どこにも届くことはなかった。
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せっかく人が評価を改めてやろうと思ったら、とんだジェントルである。
アタシがりょっちが炒飯を好きだと勘違いした理由。それはちょっと前の話に遡る。
赤羽智恵に、帰り際にアタシが聞いたこと。
『手土産も持たずに来ちゃったから、何かご飯でも作ってあげたいんだけど、りょっちって今どんな食べ物が好きなのか知ってる?』
というものだ。
コレに対し、赤羽智恵はまずこう言った。
『とりあえず鮭ね』
あぁ、それはなんとなく知ってた。
『でも鮭って料理にするにはちとめんどくさいわよねぇ』
赤羽智恵はそう言ってちょっと考えた後に
『あ、そうそう。炒飯好きだって言ってた気がする!
炒飯ならアタシが作れるくらいだし、あなたも作れるっしょ!』
掌をポンと打つ古風なジェスチャーをしながらそう言ったのだった。
では、なぜりょっちは炒飯は好きではないと言ったのか。
これは別に赤羽友恵の勘違いではない。
りょっちは確かに赤羽智恵に言ったのだ。
『炒飯好きだよ』
と。ただし、頭にもう少し言葉が入る。
『お前の作る』
そういった筈だ。
赤羽友恵は多分そんなに料理は出来ないのだろう。
炒飯なら作れる。そう言っていた。
炒飯くらいしか料理の作り方を知らなかったのだろう。
多分、りょっちは『炒飯が好きだ』ということよりも、『お前の作る料理ならなんでもおいしいよ』みたいなことを伝えたかったんだと思う。
皮肉にも、それは逆の印象として伝わっていたようだ。
やれやれ、どうしてこうりょっちはうまくいかないのか。
そして、アタシも似たようなものだ。
お互い、それでも相手のことが忘れられないのだ。
まったく、難儀な性格をしている。アタシも、りょっちも。