Neetel Inside 文芸新都
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君の手は僕に触れない
第一話『再開は甘くない苺』

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『私立上坂高等学校・平成16年度卒業生同窓会会場』
 そう書かれた看板の前で、吉川譲(ゆずる)は立ち止まった。
 この中に入れば『彼』がいる。それを思うと、立ち止まらずにはいられなかった。
 何度も来るのを止めようかと思った。事実、卒業してからこの二年の間、あらゆる接点を避け続けてきたのだ。
 同窓会や飲み会が行われるたびに幹事にメンバーを確認して、『彼』がいれば適当に理由をでっちあげて逃げ続けた。今日だって本当は来るつもりなどなかった。
「おい、何してんの?」
 一緒に会場までやってきた中本光一が振り返ってきて歩み寄る。譲は光一を死んだ魚のような目で見返して言った。
「俺、やっぱり帰るわ」
「はぁ? ここまで来てそりゃあねぇだろ。お前だって、久しぶりにみんなに会いたいって言ってたんじゃねぇかよ」
「そうだけど、ちょっと具合悪いみたいでさ……」
「おいおいおい」
 光一はうんざりしたように腰に手を当てる。
「いい加減にしてくれよな、今日は卒業二周年の記念会みたいなもんなんだぜ? 担任だった先生も結構ムリして出てきてくれてるんだし、いつもみたいなズル休みは勘弁してくれよ」
 歩み寄った光一は、譲の肩を掴むと自分の方にぐいっと引き寄せた。
「ほら、行くぞ」
 そのままスタスタと歩きだそうとする光一の手を、譲は乱暴に振り払う。
 普段は気にも留めないようなその行為も、今だけは酷く癇に障った。不可解な顔で見返す光一に譲は乱暴に吐き捨てる。
「行くから。みんなの前でこういうことするのは絶対に止めてくれ」
「ハイハイ、分かった分かった」
 譲が真剣な表情でキツく言っても、光一の興味はすでに中の喧騒の方に向けられているようだ。呆れたように譲から目線を外すと、すいすいと一人で中に入って行ってしまう。
 譲は光一の、こういう無神経なところがたまにものすごく嫌になるのだ。


 集合予定時間にはまだかなり余裕があったはずだが、会場はすでにやってきた元同級生たちの歓談で賑わっていた。
久しぶりに顔を合わせた友人と近況について話し込むいくつかのグループが目に付く。
 譲は適当に仲の良かった数人に挨拶だけ済ますと、端の方の壁に寄り掛かった。
 のどが妙に粘ついて、話など出来る状態ではない。錯覚かもしれないがこめかみの辺りも痛いような気がする。
 正直、自分でも会場に来ただけでここまで体力を消費するなんて想定外だった。
 飲み物が欲しかったが、それはさすがに会が始まってでないと無理だろう。それまでは大人しくしていようと、譲は思った。
「はぁ……」
 部屋の中央の辺りで、光一が数人の友人たちとにこやかに話している姿が見える。
 光一は譲と同じ大学・同じ学部に進んだ数少ない級友の一人で、地方の大学に寮住まいで通っている譲にとってはかけがえのない友人であることは間違いない。
 世話焼きで、気に入った友人にはとことん構ってくれる。アパートを一緒に選んだり、課題をお互いに手伝ってやったり、進路についての相談に乗ってくれたり。
そのいった部分だけ見れば、光一はどこか『彼』に似ているのかもしれない。
「はぁ……」
 今日何度目か分からないため息。繰り返される後悔。結局『彼』について考えてしまう自分への嫌悪。
(今さらどうするんだ……って、どうもしないよな。あれからもう二年も経ってるのに……)
 譲は目の上に腕を被せた。軽い圧迫感が少し気分を楽にしてくれる気がする。
 何度も忘れようと思った。地方の大学を選んだのだって、自分の偏差値や一人暮らしをしたいといった要素よりも、『彼』から離れたいという点が本音だったかもしれない。
 でも、長いようで短かった二年間では、あれほど強く心に残る出来事をそんな簡単には消せなくて――――
「お、光一―。久しぶりー!」
 譲はビクッと体を揺らした。
 声を聞いただけで思い出してしまう。
 まるでホラー映画でも見るかのようにおそるおそる腕を下ろすと、ちょうど光一と肩を組むようにじゃれている『彼』の姿が見えた。見えてしまった。
 嫌になる。
 本当に気付かれたくないなら、ここからそっと逃げ出せばいいのだ。今ならまだ全然間に合う。光一には後で電話で詫びることにして、さっさとホテルに戻ればいい。
 でも、それをする気はさらさら無い。気付かれるのを待っているかのように足はピクリとも動かない。麻痺などしているわけではない、完全に自分の意思だ。
「なんだよ……もう」
 結局期待していたのだ。会えるんじゃないかと、言葉を交わせるのではないかと、そしてあわよくば――――
「あれ、そっちにいるのって吉川―?」
 顔を、見ることができない。
 譲は俯いた顔を上げられないまま、じっとしている『彼』が近付いてくるのを待っている。
 『彼』の足跡だけがハッキリと耳に響いて、鼓動とシンクロする。
「どうした、具合悪いの?」
(気軽に寄って来るんじゃねーよ……)
 本気で思っているわけが無い。頭に思い浮かぶのはさっきの光一とのツーショット。
もしも、自分にも向こうから同じことをしてきたら。
 それは、自分が望んだからではないと言い訳ができるのなら。
 顔を上げた。185センチ以上ある長身は、長時間話すと首が痛くなった。フレームレスのメガネ、無造作に伸ばした髪。
 何もあの頃から変わっていなさ過ぎて、もしも『彼』を見上げていなければ泣いてしまったかもしれない。
「おーい、聞こえてる? きっかわくーん?」
 譲の目の前で手をひらひらとする『彼』――村上健(たける)は、やはり変わっていない子供のようなおどけた仕草で、譲は声が震えそうになるのを必死に押し殺しながら言った。
「聞いてるっつーの、ガキっぽい事は止めろよな」
 強がりにしか聞こえないセリフにも、健は笑って返すのだった。

       

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