Neetel Inside 文芸新都
表紙

同居人ボーカロイド
第1話「トランスフォーマーミク」

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第1話『トランスフォーマーミク』

 最近、インターネットでは「初音ミク」とかいうDTMソフトが流行っているらしい。
俺はそんなものに一切興味がない……、などと言えば嘘になってしまうが、あの流行り方は何か巨大な組織の陰謀を感じるのは確かだな。

 なんていう生きる為には100パーセント必要の無い事を考えている俺はなんなのかと言うと、親のスネをかじりながら暇を持て余しているダメダメな学生なのである。
 昨日から学校が長期休暇に入り、他の学生達はサークルやらバイトやらに精を出し、さらには性まで出しちゃったりしてるんだろう。
 しかしサークルなんて面倒だしお金は親から貰えばいいって考え方の俺にとっては、長期休暇なんて期間はこうやって馬鹿らしい妄想をする時間が余計に増えるだけなのだ。
「さて、どうしたもんかねぇ」
 せっかくの長期休暇をこんな妄想で終わらせるのは、いくらダメ人間の俺とはいえ少し気が引ける。しかし考えたところで答えなんて物は見つかりそうも無いのは分かりきっており、ただひたすらに脳内を探索するだけの「考える」という行動は、結局妄想と対して変わらないと気づくのにはそう時間はかからなかった。
 かくして考える事をあきらめた俺は「初音ミク陰謀説」を証明する為に、インターネットサーフィンに勤しむ事にした。
 だが「初音ミク陰謀説」なんてのは俺の妄想でしかなく、やはりと言うべきか証明する為のヒントなど見つかる気配はほんの少しも無かった。
 あてもなく「初音ミク」やら「ボーカロイド」などの単語をググっている時間に意外と充実感があるのは、俺がオタクである証明なのだろうか……。
「…………」
 本来証明する目的ではない事を不完全ながらも証明してしまい、若干落ち込んでいる最中に玄関の郵便受けに何かが入った音がした。

「ん? なんだろう」

 通販で何か買った覚えもないし、母親の仕送りが来るにしても少し時期が早すぎる。それにハカギやダイレクトメールじゃないのは聞こえた音で大体わかる。
 なにが入っているのか気になるが、正直言って取りに行くのがすごく面倒だ。
 こういう時は一人暮らしも不便なもんだな。実家では母さんに頼めば取りに行ってくれただろうし、自分の部屋から一歩も動く必要がなかったもんな。
 しかし面倒ではあるのだが宅配便なんかが届く事は嫌いではなく、むしろ嬉しい位である。
 何が届いたのか知りたい好奇心に負け、初音ミクを調べ尽くすという新しいライフスタイルを一旦中断して渋々玄関へ向かう。
 郵便受けの中には十五センチメートル四方の薄いダンボール箱が入っていた。
 しかしその段ボール箱は、不思議な事にどこの運送会社の伝票も貼っていない。それだけじゃなく差出人はおろか俺の家の住所すら書いていないのだ。
 伝票が貼っていないって事は運送会社から運ばれた荷物ではないのは確かだな。身内がなにかを持って来てくれたならきっと俺に一声かけるだろう。
「いたずら……か?」
 例え誰かのいたずらだったとしても、こんな小さな箱にどんなものを詰め込むいたずらがあるのだろうか。こんな小さな箱に入るいたずらに最適な物といえば虫ぐらいしか思いつかん。まぁ虫が入っているぐらいならちょっとした笑い話で済まない事はないが、人間のパーツが入ってたりしたらさすがに笑い事じゃないだろうな……。
 そんな恐ろしい事を考えてしまい、少しだけ不安になった。
 そのままゴミ箱へ直行させようか少し悩みはしたが、さすがにそんな事はないだろうと考えた俺は箱を開ける決心をする。
 おそるおそる箱を開くと、箱のサイズと丁度の発泡スチロールが入っていた。
 今度はその発泡スチロールを取り出してみる。
 その中身を見て不安がっていた自分が馬鹿に感じてしまった。
 なかに入っていたのは人の体の一部なんかじゃないし、虫でもない。
 中には発泡スチロール二つにはさまれる形で光ディスクが一枚入っており、よく見るとそこには見覚えのあるロゴが印刷されていた。

――初音ミク

 おいおい。まじで何かの陰謀か? 俺が初音ミクに探りを入れたからこのディスクを俺の家に持って来たとかか?
 んなわけねえか。ただの偶然だ。
 例えば何処かの組織の陰謀があったとしても、俺がさっきインターネットで調べた内容には重要と思われる情報なんてまったくもってなかった。
 それに偶然なにか見てはいけない情報を見てしまっていたとしても、こうも早く俺の家を特定する事なんて不可能だろう。アメリカの国防省にハッキングしたとしても、ここまで早く特定なんてされないぜ。まぁ国防省にハッキングしたら特定されてしまうのかどうかはよくわからんが。
 なんにせよこの光ディスクにどこかの組織の陰謀はないだろうが、いったいこの中身はなんなんだろうか。
 もしかして本当に初音ミクが入っているのだろうか。それともウィルスが入っている悪質ないたずらとかかな。
「んむむ、実に気になる」
 実は俺は初音ミクが欲しかった。
 しかし買うにしたって使いこなせる自信がないから、買うのは勿体無い気がするので止めておいたのだ。正直言って初音ミクに萌えてるだけだしな。
 だからもしもこのディスク内に本当に初音ミクが入っているならば儲けもんだ。
 さすがにメインで使っているパソコンにこのディスクを入れる気にはならないが、幸いな事に我が家には三台のパソコンがあるのだ。
 その中の一台は、OSの起動ぐらいならできるだろうが、初音ミクのような最近のソフトは絶対に動かないようなおんぼろノートパソコンだ。
 このおんぼろパソコンで試してみれば何も怖い物はない。ウィルスが入っていてこのノートパソコンが起動しなくなろうが痛くも痒くもないからな。
 さっそく俺は引き出しからおんぼろノートパソコンを取り出し電源を入れた。
 OSの起動にすごく時間はかかったが一応まだ使うことはできるようだ。
 俺はディスクドライブに「初音ミク」と書かれたディスクを入れる。
 パソコンのドライブからディスクを読み込む音が聞こえ、やがてデスクトップに一つのウィンドウが表示された。

――みくはたかいぱそこんにいれてね!

 なんなんだこれは……。
 今のところウィルスに感染した様子はまったくない。
 しかし開いたウィンドウに表示しているのは、この文と「インストール」と「キャンセル」のボタンだけだ。
 なにを伝えたいのかさっぱりわからん。この文章を書いた奴はすこし可哀相な奴なのか?
 恐らく「たかい」は「高い」だろう。大体自分なりに訳してみると、「初音ミクは値段の高いパソコンにインストールしろ」ってことか。こうじゃなきゃ意味が通らんだろう。
 なんでこんなに怪しいものをわざわざ良いパソコンにインストールせにゃならんのだ。
「本物だったらメインのパソコンにインストールしてやるよ」
 俺は皮肉たっぷりに言いながら「インストール」のボタンを押した。
 しかしインストールボタンを押したにもかかわらず、パソコンは何の反応も示さない。
 やっぱりウィルスだったのかと考えた俺はため息をついた。

 どんな症状がでるのかはわからないが、このまま放っておいても意味はないと考えた俺がパソコンの電源を切ろうとマウスに手を差し伸べたそのとき、すさまじい勢いでパソコンが震え始めた。
 おいおいおいおいおいおい。なんなんだこれは。もしかして爆発でもするのか?
 すさまじい勢いで震え続けるパソコンに身の危険を感じた俺は、すぐ近くにあるコタツ机をひっくり返してその影に身を隠した。
 コタツの影からパソコンの様子を覗くと、震えは一層激しくなっている。
「マジで爆発するんじゃねえだろうな……」
 しっかりとコタツに隠れなおした俺の頭に、パソコンにディスクを入れた事への後悔の念が押し寄せてきた。が、いまは後悔している場合じゃない。どうにかして被害を最小限に抑えなくてはいけない。
 そう考えもう一度パソコンに目をやった俺は信じられない光景を目の当たりにした。
「おい……。マジかよ……」
 なんと今にも爆発しそうな雰囲気だったパソコンがガチャガチャと分解、いや変身……、いやなにかイイ例えがあったはずだ。そうだトランスフォームだ。あの最近実写化されたロボットの変身にそっくりだ。こいつはサイバトロンなのかデストロンなのか。頼むからサイバトロンであってくれ。デストロンだったら殺されるかもしれない。
 大した人生ではないが死ぬのは絶対にお断りだ。というかトランスフォームするのを今すぐ止めてくれ。
 そんな願いをパソコンが聴いてくれる訳もなく、パソコンはトランスフォームをし続け、光を放った。その光はどんどん増していき、直視する事は出来ない程になった。

 ……。

 …………。

 光が収まった事を確認し、パソコンの方を見た俺はまたしても自分の目を疑うこととなる。
 なんだ、これは。
 信じられないんだが。
 思わず俺は言葉を漏らした。
「は、初音……ミク?」
 我ながらアホな声を出してしまったと思う。
 だがこんな声を出してしまった事を俺は恥じたりしないぞ。だってそこには、いつも俺が萌えまくっていた「初音ミク」が立っているのだ。誰だって驚くだろう。絶対に。
「き、君は初音ミクなのか?」
 これまたアホな声の俺の問い掛けに気づいた初音ミクは、ゆっくりとこっちを向き、ゆっくりと口を開いた。
「…そ………ょ」
 ん? なんていったんだ? 初音ミクの声はところどころしか聞こえず、激しく音とびのしたレコードのような感じだった。
 わけがわからない俺はもう一度問い掛けようと、初音ミクの顔に視線をやる。
 初音ミクは首元に手をやり、不安そうな顔をしていた。
「……どうかしたのかい?」
 考えなく口から出た俺の質問に、初音ミクは答えようとする。
「…………ぃ……」
 またなにを言っているのかわからなかった。
 今度は音とびしたレコードなんてレベルではなくほぼ無音だ。
 初音ミク自身も、自分の声が異常な事を驚いているようであった。
「もしかして、声がでないのかい?」
 初音ミクは不安げな顔をしながら首を縦に振った。イエスと受け取って良いだろう。
「言葉は通じるんだよね?」
 この質問にも初音ミクはゆっくりと頷いた。
 よかった。言葉が通じなければなにも対処方法がないからな。
 ただでさえ異常な事態なのにコミュニケーションも取れないようじゃどうしようもないだろう。
 これからどうすればいいのかと真剣になやんでいる俺の耳に腹がなる音が聞こえてきた。
 俺じゃないぞ。こんな時にこんな緊張感のない音を出すのは。
 音の主が誰かははっきりしている。今一度初音ミクに視線をやると、初音ミクは真っ赤な顔をしてうつむき腹を手で抑えていた。
「おなかが空いたのかい?」
 我ながら女性に対してデリカシーのない質問とは思うが、こんな状況にも関わらず、あれほどの音を聞かされれば尋ねざるを得ないってものだ。
 初音ミクはうつむいたまま小さく頷く。
「な、なにかたべるかい?」
 初音ミクは少しだけ顔を上げ上目遣いでこちらを見上げながら戸惑いの表情をしていたが、よほど腹が減っているのか結局は真っ赤な顔で頷いた。

 その返答を確認した俺はコタツ机を元に戻し座布団に座るよう初音ミクに勧めた。
 初音ミクが座るのを確認しキッチンへ向かう。
 鍋に火を掛けながら、インスタントラーメンの袋を棚から取り出す。
 いったい彼女はなんなんだろう。初音ミクだってことは一目見ればわかるんだが、ロボットなんだろうか。
 パソコンから変身したって事は無機物なのだと思うが、見た目で言えば完全に人間だ。
 さすがに触れて確認する事はできないから確かめようはないが、飯を食べるってことはもしかすれば有機物なのかもしれない……。
 いや、有機物とか無機物とか今はまったく考える必要がない。今一番考えるべきは彼女をどうすれば良いのかってことだ。
 追い出すか? いや、さすがにそれは可哀相すぎる。敵意はないようだし様子を見てみよう。
 そんなことを考えている間に鍋に入った水は沸騰していた。
 完成したラーメンと割り箸を初音ミクの前に差し出したが、ふと疑問におもった。
「箸はつかえるのか?」
 この問いが聞こえたのであろう初音ミクは、こちらを一瞥した後、返答をすることなく器用巧みに箸を使いラーメンを食べ始めた。
 首を振るのが面倒だったのか、早くラーメンが食べたかったのか……。なんだよ、ちくしょう、馬鹿にされた気分だぜ。
 しかしウマそうに食べるもんだ。ウマそうに食べてるだけならいいんだが、何も一回でそんなに口に運ばなくてもいいんじゃないか? 顔面がハムスターみたいになってるし、その勢いだと三口もあれば食いきりそうだぞ。
「そんなにあせって食わなくても誰も取ったりしないよ」
 さっきの復讐を兼ねて少し小馬鹿にした態度で言ってみる。
 彼女はラーメンを頬張りモグモグと噛みながらこちらを見つめる。
 なにか反応するのかな……。怒ってたらどうしようか。
 自分で言ったくせに少し不安になってきたぜ。飲み込み終わったら、なにかされるかもしれない。こんな事で不安になるなんてつくづく小心者だな。俺は。
 こちらを見ながら、ひたすら顎を上下に動かしていた彼女はやっとこさラーメンを飲み込んだようだ。
「…………」
 一瞬の沈黙が入ったが、彼女はなんの反応を示すことなく俺から視線を外し、次の一口を口へ詰め込み始めえた。
 俺は嫌われているのだろうか。ちくしょう……。
 まあいい。これが最後の一口だろうから、飲み込み終わったらいろいろ尋ねてみよう。
 彼女が完食するのには「待つ」と表現するほどの時間はかからず、最後の一口は三十秒程で飲み込み終えた。
「さっそくで申し訳ないんだが、ちょっと質問してもいいかな?」
 彼女はこちらを見て頷く。よかった。嫌われてはないようだ。
「君は初音ミクで間違いないんだね?」
 この問いにも彼女は頷く。
「んーと、それじゃあ君はどこかの最先端技術で作られたロボットかなにかなのかな?」
 彼女は少し考える顔をして、首を傾げた。
 やっぱり相手が話をできないとコミュニケーションは難しいな。
「わからないのか……。それじゃあ帰る場所とかはあるのかい?」
 彼女は若干うつむき、首を横に振る。
 参ったな、どうしたもんか。
 ここは少し親切にしてやった方が良いだろう。こんな美少女が外で夜を明かすなんて危険すぎるからな。
「泊まる所がないなら今日はうちに泊まっていけばいい」
「……!」
 そんなに顔を真っ赤にする必要ないだろう。少し失礼だぞ。
 勘違いしないで欲しいんだが、別にいやらしい気持ちなんかないぞ。
「まあいいや。その事は後で考えればいいさ。それよりまだ声は出せそうにない?」
「…ぁ……あ……」
 やっぱりダメか。
 彼女は歌う為に作られたはずなのに声が出ないなら意味がないじゃないか。どっかが壊れてるのかな。
「故障とかなにかなのか? …………」
 そう尋ねた直後に自分で解決してしまった。
 もしかして声が出ない原因は、あのおんぼろパソコンから生まれたせいか? 圧倒的にスペック不足のあのパソコンじゃあ「初音ミク」に歌を歌わせることなんてきっと不可能だ。
 だったとしたら彼女が声を出せず会話をする事が出来ないのは、俺のせいじゃないか。
 突然考え込み出した俺を見て彼女は少し不安げな表情をしている。
「もしかして、インストールしたパソコンが低スペックなのが原因で声が出ないのか?」
「…………」
 彼女は申し訳なさそうな顔をした。間違いないようだ。俺がおんぼろパソコンを選んだから、彼女は声を出せない。
「それじゃあスペックが足りているパソコンにインストールし直すってのはどうかな?」
 これにも彼女は同じ顔をした。
「それじゃダメなのか?」
 彼女は表情を変えることなく頷く。
「そうか……。申し訳ない……」
 情けないが俺にはこう言うぐらいしかできない。なぜかはわからんが罪悪感を感じた。今日会ったばっかりのわけの分からないアンドロイドに対して本当に申し訳ない気持ちになった。
 その言葉を聞いた彼女はゆっくりと俺の手を握り、ゆっくりと首を横に振った。
 初音ミクは声を奪った直接的原因の俺を責める事はせず、逆に慰めてくれている。ならば今俺が彼女に出来る事は、一つしかないだろう。
「ありがとう。償いと言っちゃなんだが家に泊まっていくかい? いやらしい事なんて考えてないからさ」
 俺のこの言葉を聞いた彼女はゆっくりと頷き、この世で最も優しく、そして美しいと思ってしまうほどの笑顔を見せ、俺の提案を受け入れた。

第1話完

       

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Neetsha