第8話『ミクのキモチ』後編
俺はなにも考えず頭が真っ白な状態で外をふらついていた。
ただ歩き、何度も曲がり角を曲がって同じ道ばかり歩く。そうしていると頭のなかのゴチャゴチャしたなにかが、すっきりするような気がしていた。
自分がどれだけ歩いたかも分からない。それほど俺の頭は正常ではなくなっていた。
何も考えずに道を歩いていると、バス停のベンチを見つけた。大学に行くときに使っていたバス停だ。
俺は特に意味もなくそのベンチに腰掛ける。
冷えた空気が俺の体温をさらっていく。しかし家に帰りたいとは思わない。
帰ればミクと対峙しなくてはならないからだ。
ベンチに座って歩くことを止めると、自分が冷静になっていく事を感じ取ることができた。
「なにやってんだろうな……。俺」
俺は一人でポツリと呟きながら、膝に肘を立ててうつむく。
ミクが俺に隠していた事は、自分が戦うことが出来ないって事だった。
ミクの目的は戦うこと。俺がミクの目的を果たせなくしたってのと同じだ。
きっとミクは俺がこうやって悩み傷つくことが分かっていたんだろう。だから俺に隠していた。
ミクは自分の目的を果たせないと知って、どんな気持ちだったんだろう……。
ミクにとって声を失うというのはどれ程、辛い事だったんだろう……。
俺の中でぐるぐると回るこの思考は、俺にとって辛いものばっかりだった。
考えれば考えるほど今まで感じた事のない感情が溢れ出してくる。
俺は深呼吸をして頭を真っ白にする。そのまま顔を上げ空を見上げる。
「…………」
なんなんだろうな。この感情は。
鼻から入ってくる冷たい空気が脳に流れ込んでくる。脳に直接来るこの刺激が俺の脳を活性化させてくれる。
そのお陰か俺はある事を思いだした。
そう言えば、あの日、ミクが涙を流した時……。
たしかあの時、ミクはテレビを見ていた。俺が合わせたチャンネルだった。
ミクが楽しめるだろうと俺が考えたんだ。あのチャンネルで放送していた番組……。
確かあのときの番組はアニメ、映画……、
「音楽番組…………」
……そうか。そうだったのか。
あのとき、ミクが涙を流していた理由は、俺が音楽番組をミクに見せたから……。
ミクは歌を聞くのが辛かったのか。だからあそこまでして、テレビを消して……。
俺は一体なにをしているんだ。あのときミクが涙を見せた理由に気が付かずに、またしても音楽番組を見せて……。ミクに辛い思いをさせて……。ミクを怒鳴りつけて…………。
あの涙の後のミクの笑顔にはどんな感情が詰まっていたのだろうか。
歌を歌えなくて自分が孤独に感じて、それでも俺に笑顔を見せ続ける事を約束して。
きっとあんな約束ではミクの傷を癒せなかったんだ。
ミクは俺と遊んでいたときに何を考えていたんだろう。楽しんでいなかったのか?
いや、そんな事はないはずだ、あんなに笑っていたじゃないか……。
「最低だな……。俺は」
いつまで言い訳をすれば気が済むんだ。
あのとき見せたミクの笑顔は、明らかに笑顔を見せる事に不安を感じていた。
俺に自分の感情を見せないように、俺に心配を掛けないように、強がって笑顔を見せたんだ。
ミクは俺の事を考えて行動している。そんな事分かっていただろう。
なら俺が今こうしてミクから逃げていることが、どれだけミクに心配を掛けている?
そう考えると俺はいても立ってもいられなくなった。
ミクに話す事なんて決めていない。でもミクをそのまま家に一人放置する事はいい事じゃない。
俺はミクから逃げようとする自分の意思を無理やり押さえ込み、家に向かって走った。
家の前に付いて扉を開ける為に、鍵を探す。
ポケットを探しても鍵は見つからず、自分が鍵を閉めずに家を出て行った事をすぐに思い出した。
こんな風に混乱している自分が情けないが、自分を責めている場合ではない。
俺は勢いよく扉を開けて、ミクを探す。なんて言っていいかなんて分からなかったが、ミクを一人にしては駄目だと考えたからだ。
俺は部屋の中に入り、部屋中を見回す。
しかし、俺の部屋のどこにも、ミクの姿は無かった――。
同居人ボーカロイド
第8話「ミクのキモチ」後編
「どういうことだ…………。何でいないんだよ」
俺の背筋に冷たいなにかか走る。
「なんでいないんだ! 考えろ。考えろ!」
ミクがこの家から出て行った? もう帰ってこない?
そんな訳ない。いや、そんなのは俺がいやなんだ。俺はまだミクになにも言ってないじゃないか。
考えろ。よく考えろ。ミクが出て行ったとしても移動手段は徒歩だ。
ならばまだ距離としてはあまり遠くには行っていないはずだ。
ミクが俺の家に帰って来ないつもりだったとしたら、ミクはどこに行く?
考えろ。徒歩で行ける範囲でミクが行く可能性のある場所。
「…………古本屋」
いや、ミクが古本屋に行く可能性なんてないだろう。
古本屋に行ってミクが何をするんだ? 店主のおじさんに泊めて貰う?
そんなことを頼むほどミクはあの人と打ち解けていないだろう。
いや、ダメだ。こんな事を考えている暇が合ったら動こう。
このままミクと永遠に離れる事になるなんて俺は絶対にごめんだ。
俺はまた鍵を閉めることなく、あのときミクと共に行った古本屋へと全力で走った。
すでに辺りは暗くなっている。
町中を全力で走りながら人がいないか探してみるが、こんな日に限って人がいない。
ミクを見た人がいれば確実に記憶に残っているはずだ。人を見つけたら尋ねようと思っていたが、どうやら期待は出来そうにない。
古本屋までの距離はそれほど遠くはないのだが、全力で走るなんてのは久しぶりで横腹がナイフでえぐられているんじゃないかと思うほどに痛む。
しかし俺にはそんな事で立ち止まっている余裕なんてない。
ただひたすらに足を動かし、普段は守る信号もすべて無視をする。
間に合わないなんて絶対にさせない。
俺が古本屋の前に付くと店主は店の前に立っていた。
俺が店主に話かける前に店主が俺に声を掛けた。
「おい! 兄ちゃん!」
俺は肩で息をしながら店主に頭を下げてすぐに店主に問い掛ける。
「はぁ、はぁ……。ミクを、いや緑の髪のあの女を……見ませんでしたか?」
息を切らしながらの俺の問い掛けに店主はすぐに答えた。
「おったよ! さっきおったよ! 緑の姉ちゃんは兄ちゃんのこと探しとったんじゃ!」
「なっ……。どうして!」
「それはわからんが……。わしんとこ来て『探してる』言いよるから、なにを探しとるんや? って尋ねたんや。でもそれ以上口開かんから、あの兄ちゃんか? って尋ねたらうなずいとった。やから兄ちゃんの事探してるんで間違いない」
そんな…………。なんでそんな事してるんだよ……。
無理に声を出して。俺を探して。なんで……。
「ミクはどこに行ったかわかりますか!」
俺は焦って大きな声で尋ねてしまう。
「はっきりはわからん。あのお姉ちゃん、たぶん泣いとったから、ウチで休むかって聞いたんやけど、結局首横に振って頭下げて公園の方に歩いて行ったわ」
「いつ頃!」
「今さっきや、いまやったら追いつけるかもしれん。はよ行ったれ!」
俺は店主に頭を下げてすぐに走り出す。
正直言ってもう限界だ。
息が切れて、心臓が裂けそうで、口からすぐにでも胃液が逆流して来そうだ。
なんでミクは俺を探すなんて事をするんだ。
そんな事を俺は望んでいない。ミクが不安になって俺を心配する事なんて望んでいないんだよ。
なんで俺なんかを心配するんだよ……。
いや、もういい、分かっているんだ。
ミクは俺の事を大切に思ってくれている。それがはっきり分かった。
ミクは今、俺を探す為にどこに行った? 誰に頼った?
たった一度、たった一回だけ会った事があるだけの古本屋の店主に頼ったんだ。
ミクが他に頼れる人なんていない。たった一度しか会ってない人に頼らなければいけないほどに、ミクには頼れる人間がいないんだ。
ミクが本当に頼りたかった相手は俺だったんだ。俺がミクに頼らせてやらないといけなかったんだ。
いまそれがはっきりと分かった。
俺は全力で走りながら考え続ける。
俺はミクに頼らせてやったか?
頼らせてなんかいない。
今までの行動を考えればすぐに分かることだ。
俺が傷つくことを避ける為に、涙を流して兄に楯突いたのは誰だ?
俺を守る為の嘘で、無理やりの笑顔を見せたのは誰だ?
許してくれと頼む俺に、手を差し伸べてくれたのは誰だ?
自分の声を奪った俺を、優しい笑顔で慰めたのは誰だ?
全部、ミクだ。
結局、俺はミクに守られていたんだ。俺がミクに頼っていたんだ。
じゃあ俺はどう考えていた。
ミクを楽しませてやってる。そんな風に考えて俺は一人で満足していただけだったんだ。
何がミクを黙って行かせてやるだ。何が覚悟だ。
俺がしてやれたことは、そんなくだらない覚悟をする事じゃない。ミクの不安に気付いてやることだったんだ。
そんな事も出来ずに、ミクは俺の事なんてどうでもいいだの、俺はミクにとってただの都合のいい人間だ、だの。
俺がいじけてミクを追い込んで……。
本当は俺が、ミクの頼れる唯一の人間なのに…………。
俺は公園に入って休む事無くひたすら足を進める。
ミクの名前を叫んで回りたいが、情けない事に叫べる程の余裕が俺にはない。
脇腹がえぐれ返りそうだ。乾燥した冷たい空気で喉がカラカラだ。
必死で周囲を見回しながら走っているが、未だにミクの姿が見つけられない。
走りながら考えて分かった事は、俺が今からミクにしてやれる事は、ミクの考えを全面的に受け入れて俺に頼らせてやることだ。
なんて言えばいいかなんて分からない。それでも俺はここでミクを見つけてやらなくてはいけない。
一分一秒でも早く。
俺はそう考えながら、噴水のある広場へと出る。
そこで何かの影が動いた事に気が付いた。
よく目を凝らしてそちらを見てみる。
「…………ミク」
ミクがいた。しかし俺はすぐにミクの前へと出る事が出来なかった。
ミクは辺りをきょろきょろと見回しながら、ゆっくりと歩いている。時折、二の腕で涙を拭いながら……。
まるで迷子の子供のようだ。俺を探しているはずのミクが涙を流している。その姿を見ると息が詰まるような感覚に襲われた。
俺はゆっくりと歩き、ミクの方へと近づいていく。
「ミク……」
俺が搾り出すように声を出すと、ミクはすぐに気がつき俺の方へと振り向いた。
ミクはこちらを向き涙を拭う。瞳には涙がたまっているが、俺に涙を見せないようにしている。
俺はなんて言えばいいのか、わからなかった。
探している時に散々考えた内容も、ミクと向かい合う事により頭から吹っ飛んだ。
「ごめん…………」
本当に情けない。ミクはこんな事を言われたいと思っていない。そんなの分かっているはずだ。
ミクは今にも涙を溢しそうな表情で小さくゆっくりと首を横へ振っている。
「いままで……、無理させてたな。本当にごめん」
「そんな……な……い……!」
ミクは必死で何かを叫ぼうとした。それでも俺にはミクがなんて言ってるかなんて分からなくて。どんどんミクを追い詰め始めている自分が本当に情けなく感じる。
ミクは涙を流し、首元を両手で押さえている。
俺だって言葉を発するだけで、胸に感情がこみ上げてくる。
情けない。自分が本当に嫌になる。
「こんな事……。こんな事言いたいんじゃ……ないんだ……」
俺の声は震えていた。感情が高ぶり自分でもコントロールが出来ていない。
悔しくて、情けなくて、俺は本当にどうすればいいか分からなくなってきた。
あんな事言いたくなかった。でも俺の口からはミクを追い詰める言葉が出てくる。
ミクに自分が考えていた事を伝えたい。
心からそう思った瞬間、俺は自分が泣いている事に気が付いた。
感情を抑えきることが出来ずに、目から涙が流れている。
俺がその事に気が付いた次の瞬間、ミクが俺の方へと駆けてきて俺に思いきり抱きついた。
ミクはそのまま俺の肩へ顔を埋めて涙を流し続けている。
俺は涙を止めようと必死で感情を落ち着けさせるが、止めることが出来ない。
ミクに抱きしめられるのはこれで二度目だ。でも今回は前とは全く違う。
ミクは痛いほどに俺を強く抱き締めている。
あの時のミクは、自分への不安に耐え切れず俺に抱きついた。
今のミクは、俺に対しての不安に耐え切れず俺に抱きついている。
「……ミク」
俺は自分の感情が高ぶらないようそっと声を出す。
ミクはただひたすらに俺の肩に顔を埋めて泣き続ける。
「俺、喋るの苦手だからさ……。もうこれ以上なにも言わない」
この言葉にミクは頷いている。ミクが頷いている事を視認出来るわけじゃないが、肩に感じるミクの動きではっきりと分かる。
「ただ、一つだけ約束しよう」
ミクはなにも答えることなく、俺の肩で涙を流している。
俺はミクの笑顔の意味に気付くのに、どれだけ遠回りをしたんだろう。
俺がミクの不安に気付かなかったことで、どれだけ辛い思いをさせたんだろう。
だからこそ、俺は今、この場でミクと約束をしなくちゃいけない。
「ミク……俺を信じて俺に頼ると約束してくれ。俺はミクの不安とか、考えた事とか、絶対に受け止めてみせるから」
この言葉を言うまでに長い遠回りをしたけど、今やっと、俺はミクを救ってやれたんだと思う。
ミクは俺の肩が痛みを感じるほどに、力強く、ゆっくりと何度も何度も頷いた。
俺は気持ちを落ち着かせて、ミクが泣き止むのを黙ってジッと待つ。
なかなか泣き止む事はなかったが、しばらく経つとミクは自分で俺から離れた。
俺はミクの涙が止まっている事を確認して、ミクの目を見つめてゆっくりと声を掛ける。
「帰ろうぜ。俺達の家に」
俺がそう言って微笑み掛けると、ミクは瞳に涙を溜めたまま笑顔になって大きく頷いた。
カイトが来て戦いに向かってから何時間が経っているのだろうか。
すでに辺りは真っ暗で、人っ子一人いない。
今冷静になって考えて見れば、人がいない方がよかったな。ミクが見つかって騒ぎになる方が、大変だ。
ミクはしばらく涙目のままだったが、今はよそよそしく俺の後ろを歩いている。
俺の歩く三歩ほど後ろをミクがついて来ている形だ。
俺は古本屋の店主にお礼を言うためにも、古本屋へと向かう。
古本屋に到着すると店主はまだ外で立っていた。
俺が声を掛ける前に店主が俺達に気付いた。
「お、仲直りできたんか」
「えぇお陰様で」
俺がそう言って答えると、ミクは少し恥ずかしそうに店主へと頭を下げている。
「本当に感謝しています」
俺がそう言って感謝の言葉を言うと、店主は
「気にすんな。夫婦喧嘩はしちゃいかんで」
とまったく笑えない冗談を言ってゲラゲラ笑いながら店内に入って行った。
俺が苦笑いをしてミクの方を見ると、ミクは顔を真っ赤にして俺から視線を逸らして歩き始めた。
また拗ねやがった、なんて事を考えていると、ふとある事を思い出した。
そう言えば俺はまだミクに言ってなかった事がある。
「おいミク」
俺が呼びかけるとミクがキョトンとした表情でこちらへ振り向く。
「怒鳴ったりして、ごめんな」
俺がそう言うと、ミクは一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐにポケットをまさぐりはじめ、「腹減った」のカードを俺に見せつけた。
「そうだな。晩御飯食べなきゃな」
俺が笑いながらそう言うと、ミクも笑顔を見せて、俺に向かって手を突き出した。
あのスーパーの時と一緒だ。
でも今回は迷わない。
俺がミクの手を掴むと、ミクはそのまま元気良く歩きだし、俺達は家に着くまでその手を離すことはなかった。
家に帰ると、ミクはどうやらお疲れのようで、すぐにベットでごろごろし始めた。
さすがに俺も走り回ったせいでヘトヘトなわけで、晩御飯はピザを取る事に決めた。
始めはミクに選ばせようとメニューを見せたが、ミクはいつまでたっても「あれだ、これだ」と決める事ができないようだったので、俺が適当に選んで注文した。
どうやら今日はピザ屋は暇だったようで、頼んでから三十分もしない内にピザは届いた。
コタツ机の上にピザを広げて食べながら、俺達は色々と話をした。
今までと一緒で俺が一方的に話し掛けるだけの会話だったが、今までとは充実感が全く違っていた。
腹を割って話しているという感じだろうか。ミクに言葉はなかったが、今まで俺が経験したどんな会話よりも中身があったように感じた。
「ってことはミクは、テレビを見ながら将棋を覚えたのか?」
ミクは当たり前のような表情でコクリと頷く。
「それは驚いたな。リンが言ってたミクが馬鹿ってのは嘘だったのか」
俺がそう言うと、ミクは変な顔をして怒った事を表現する。
「ははっ。なんだよその顔。みっともないから止めろってっ」
俺がケラケラ笑いながら突っ込みをいれると、ミクも一緒になって笑う。
こんなやり取りは初めてだったし、本当に楽しい。
「でもさ、そんな知識でよくあんな難しい詰将棋が解けるな」
この言葉にミクは苦笑いで返した。
「解けないのか?」
ミクはそのままの表情でゆっくりと頷く。
そうか、ミクにとってあの難易度は高すぎたのか。考えて見れば一回でも俺が勝てたレベルの腕なのに、あんな高難易度の問題を解けるはずがないよな。
なんでそんなに難しい物を買ったのか。
今ならはっきりと分かる。ミクは解き切るのに時間がかかる物を選んだんだ。
やっぱりミクは優しいボーカロイドだ。
少し前の俺ならば、きっとここでミクの優しさに、自分が情けなくなっていただろう。
でも今は違う。
「そうか。んじゃあまた今度簡単なのを買いに行こう」
俺がそう言って笑い掛けると、ミクは微笑み頷いた。
そうして俺がミクに違う話題を振ろうと思ったその時、インターフォンから音が鳴った。
「ん? 誰か来たのかな?」
ミクは不思議そうに俺に向かって首を傾げる。
こんな時間に誰かが来るなんて、何か変だが出ないわけにもいかないだろう。
「ちょっと見て来るわ」
俺はミクにそう言って玄関へと向かう。
玄関の覗き穴から外を見てみる。
俺はドアの前にいた人物を見て驚く。
「カイトじゃないか。 ちょっと待ってろ、すぐに開ける」
「すみません。お願いします」
俺はすぐに鍵を開けて、扉を開く。
俺は扉を開いて今度は絶句した。
「リン、レン! どうしたんだ!」
リンとレンはカイトの両脇に抱えられて、ピクリとも動かない。
俺の動揺をよそに、カイトは俺に言葉を掛ける。
「大丈夫です。命に別状はない。とにかく今は中へ入れてください」
俺はすぐに玄関の端により、カイトを中に入れる。
扉を閉めて、カイトを奥へ行くように促す。
入ってきたカイトを見て、ミクも絶句していた。
ミクはすぐにカイトの方へと駆け寄ろうとするが、俺がミクを止める。
「大丈夫だ。命に別状はないって言ってるから。今は落ち着け」
俺がミクを抑えたまま、カイトに二人をベットへ寝かせるように進め、カイトは俺の言った通りにした。
ミクは唇を噛みしめている。自分の知らないうちに仲間が傷ついた事が悔しいんだろう。
「落ち着け。ミク」
俺はそう言ってミクの肩を叩き、続けてカイトに問い掛ける。
「なにがあったんだ」
カイトはベットに腰掛けながら、ゆっくりと口を開く。
「リンとレンは、具現化ソースと修復プログラムを奪われました……」
「そんな…………!」
「私が侮っていました。メイコの強さは予想以上だった。リンもレンも自己破壊プログラムを起動する暇もなく、一瞬にして……」
カイトはうつむき、ミクは額に手を当てて立ち尽くしている。
「カイトはなにも奪われていないんだな」
「はい。リンとレンが奪われてすぐに、あらかじめ決めていたポイントへと退避しましたから。リンとレンはそのポイントまで移動をして力を使い尽くしました」
だから徒歩で俺の家に来たのか……。
「リンとレンは大丈夫なんだな?」
「えぇ。今は眠っているだけです。力が溜まれば目を覚ますでしょう」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
俺がそう言うとカイトは不意に立ち上がり、俺に問い掛ける。
「リンとレンをお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ」
俺がそう答えると、カイトは俺に背中を向けて、
「私は再びメイコを見張ってきます。二人をお願いします」
と言ったが、カイトのその声は震えていた。
「お前は大丈夫なんだな?」
俺がそう問うと、カイトは一瞬沈黙した。
「……えぇ。大丈夫です。またなにかあったらここへ来ます」
カイトは俺に背を向けたまま、続けて「ありがとう」とだけいい残し、光となって消えていった。
リンとレンはうなされているような表情で寝ている。
リンは戦うと言っても殺し合いではないと言っていた。
確かに殺し合いではないのだろう。
でも俺はうなされる二人の表情をみて、分かった。
俺は殺し合いじゃないと言う言葉で、何処か簡単に考えていた。
戦いはあくまでも戦い。俺はその事をはっきりと認識させられた――。
第8話完