Neetel Inside 文芸新都
表紙

今日から家族
静良のいる日々(仮)-4

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 校門は、盛大に装飾されていた。
 そしてその装飾に見合うほどの、いるわいるわ人、人、人。
 在校生や新入生は当然のこと、おそらくは父兄であろう大人の人達や、教員かもしれない中年の男女が、所狭しと犇いている。
 門には、紅白の登りが立ててあった。「入学式」と記載されているその上の文字は、この学校がどれだけの歴史を誇っているかを証明していた。

 私立秀逞学園(しゅうたくがくえん)大学附属高等学校。

 創立者直々なのか、それとも署名で決まったのか、随分と思い切った名前だ。それも今となっては、名に恥じない名門校となっているわけだが。
 煤けた外壁が表現するは、草臥れではなく誇り。
 欠けた大理石が表現するは、疲れではなく軌跡。
 青々とした草木花が表現するは、若さではなく歴史。
 校舎の中心には、叡智の象徴であるかのような、錆と金で輝く校章。
「うむ、私は実に満足である! やはりこうでなくてはな。我々があれほどまでに苦労して、ようやっとこ掴むことの出来た今だ、これくらいの栄えはあって然りである!」
 お前が苦労しているように見えたことなど一度も無いがな。──などと言うことも、今は無粋だ。
 やっとここまで来た、という気持ちだった。ここから進まねば、という気持ちでもあった。
 初めて、自分自身の力で何かを掴むことが出来た。
 これまでの道の中、願ったことや目標としたことは、決して少なくはない。
 だがしかしそれらは今まで、無条件に与えられるか、無条件に道を遮断されるかの二通りでしかなかった。
 願い。
 定め。
 歩み。
 悩み。
 苦しみ。
 到達した。
 これらすべてのシーケンスを、初めて自分の力だけで担うことが出来たのだ。
 僕は、知らなかった。
 自分自身で何かを得るということは、こんなにも達成感に溢るるものなのか。

 チャイムがなった。予鈴である。
 歩けるところまで、とは言っていたものの、結局合流した場所からここまでの道のりをすべて徒歩で進んできたため、到着した頃には、長針が一周するほどの時間が経過していた。
「会場へ行こう、確か体育館だった。土足で良かったんだったか?」
「知らぬし存ぜぬ。土足厳禁であれば、然るべき対処が成されていよう」
 遠足の結果、すっかり泥を吸ってしまった革靴を鳴らしながら、僕と豪流院は体育館へ向かった。


                    ・


 詳細な説明はいらない。
 人が、ごった返していた。
 以上だ。いちいち前述済みのことを反復する必要は無いだろう。
「凄い人の数だ。ここにいる人達、全員生徒か?」
「何も新入生や在校生だけではないであろうよ。父兄の人間や、中には何の関係も無いのに呼び出しを喰らった気の毒な附属大生もいるはずだ」
 そう豪流院に言われて辺りを見回せば、成る程確かに、気だるそうに顎を皮製のジャンパーに埋めている若者や、早くも新入生女子に粉をかけようと右往左往している繁殖心旺盛な整った顔立ちの青年が、ちらほらと混じっている。
「いかにも長き学園生活に目標を置き忘れてきてしまったかのようなツラをぶら下げている人間ばかりであるな、愚かなことである。尤も真に愚かなのは、真に重要なものとは肩書きではなく肩書きに見合う実力であると気付かぬことであるのだがな」
「おい声が大きい、聞こえるじゃないか」
「貴殿は時に理解の出来ないことを言うな。他者の耳に届かぬ発言ほど無意味なものは無い。大きな声でハキハキと元気良く、小学生でも知っている三原則であるぞ?」
 どうやら豪流院の辞書には「陰口」とか「密談」なる単語が存在しないらしい。本来なら感心するべきところなのだろうが、今この場のこの発言後には、例え豪流院が褒めて伸びる子であろうとも褒める気にはならない。
 すぐ隣にいた、どうやら附属大生であろう青年の痛い視線を一身に浴びながら、豪流院を新入生待機席へと引っ張って連れて行く。

 入学早々、目をつけられるのは避けたかった。
「ここから」のラインを正確に引くことは出来ないが、少なくとも「ここまで」僕と豪流院の日々を閲覧していた方々がもし居るとするならば、想像は付くだろう。
 この豪流院ときたら、中学校時代からこのように、慇懃無礼など知ったことかとばかりに日々を生きるものだから、上級生や同級生、ひいては下級生や職員に至るまで、それはそれは奇異の目を送られていた。
 当然、このような男であるからして、そのような視線に怯んだり戸惑ったりするはずもない。
 一度、豪流院が上級生に呼び出されたことがあった。

 ──ぬぅ、難儀な。私は彼の求めるような特殊な性癖は持ち合わせていない。友よ、知恵を享受したい。如何としてこの誘いを断ったものか? このまま何の下準備も無く場へ赴けば、私は明日の排便に打ち震えて今日という日を生きねばならぬかもわからん──

 何か壮大に勘違いしている豪流院を、僕は何の心配もせずに見送った。
 心配する必要が無かったからだ。

 次の日。
 上級生総勢八名が、原因不明の入院を遂げることになる。
 意識がはっきりしたものなど一人として存在せず、その中の一人が、震えた声で寝言のように、こう呟いていたらしい。

 ──ち、違う! そこは入り口じゃない、出口ですぅ! ひっ!? そ、そんなの入らな……ひぎぃぃいい!!──

 その日、何食わぬ顔で大きな声でハキハキと元気良く挨拶をしてきた豪流院に、遂に僕は「どこに、何を入れたんだ?」と聞くことは出来なかった。ちなみに今を持ってして尚、その日その時その場所で何が起こっていたのかを、僕は知らない。
 学校生徒のネットワークとは中々馬鹿に出来ないもので、結局犯人を特定することが出来なかったこの事件においても、生徒の間では、どこから流れたか「どうやら豪流院の仕業らしい」という、真実以外のなにものでもない噂が、瞬く間に広まった。
 以来、それが事実の基づくものなのか、はたまたただの虚言なのか、豪流院には、一つの異名が付いた。

『ゲイ流院』

 頭二文字の音を一つ上げただけの粗末なその異名は卒業まで続き、かくして豪流院とその巻き添えを食った僕は、全校生徒の間でも、「関わってはならない奴ら」として恐怖の対象の地位を揺ぎ無いものにすることになる。
 ──こうして思い返してみると、もしかして僕に友達が出来なかったのは、僕自身の価値観や性格の問題ではなく、「豪流院の友達なのだから、きっと普通の奴じゃないに違いない」という冤罪を被せられた結果なのかも知れん。
 それに加えて、だ。
「見よ、友よ。あの場で一つのコミュニティを作成している新入生淑女一同が、こちらに交通事故現場を見るような目を向けながら何か密談をしているぞ。まっことけしからん! 伝達すべきことがあるのであれば、直に物申せば良いのだ。ホウレンソウの原則を知らんのか、嘆かわしい! こうなれば私自ら、用件の程を聞くべく足を運ぼうではないか、努々感謝の念を抱くことに疎かにならぬことだな。さぁいざ行かん!」
「止めてくれ、頼むから。せっかくの好印象を、お前の削岩機トークで粉々に打ち砕くことはないじゃないか」
 新入生用に用意されたパイプ椅子にコートを叩きつけながら勇足を踏まんとする豪流院を、全力で止めながら僕が懇願する。
 豪流院の視線の先では、豪流院の視線を受け止めた女子一同が、キャイキャイ騒ぎながらこちらを……正確には豪流院を、その発情した目で姦しく見続けている。
 そう。
 無駄に、イイ男なのだ。……そこにはどうしても「黙っていれば」という前置きが鎮座するのだが。
 バスケットボール部員やバレーボール部員の前に差し出せば、餌を放り込まれた金魚のように群がるのではないかと思うような長身。
 スラリとした、しかし触れてみれば鉄のように硬くスマートに発達した筋肉で覆われた男性的な体格。
 彫りが深く、眼鏡の相乗効果で尚際立つ理的な瞳とその面持ち。
 そして何もかもを万能にこなすそのセンスと、このような学校にさほど苦労せずに進学することが出来る頭脳。
 ──天は二物を与えず、とは正にこのことなのかもしれない。
 或いは、二物を与えられたのだろう。そしてその片割れが、とんでもない地雷だったという線もある。

 そのような地雷が所構わず暴発した結果として、とても後ろ暗い青春の一ページとなってしまった中学校時代があるからこそ、目立つ行為は避けたい。
 確かウチの中学でこの高等学校に進学したのは、僕と豪流院だけだったはずだ。
 つまり、「中学校時代の僕ら」を知っている人間が、いない。
 このようなチャンスが巡ってきたからこそ、この高校生活においては、中学校生活の二の草鞋は踏みたくはなかった。
 ──変態じゃなかったらなぁ。


《会場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより……》

 スピーカーから漏れる心地良い声に、意識を取り戻された。
「随分長い間、物思いに耽っていたな。何を思案していたのかね?」
 お前のことだよ、とは言わなかった。聞く人が聞けば、とんでもない勘違いを引き起こす発言だ。
《……回、秀逞学園大学附属高等学校入学式を行います。新入生、在校生の皆さんは、各々に用意された場に着席して下さい。保護者一同様は、後ろ側の席へご着席下さい》
「お前のお姉さんは来ていないのか?」
 僕が尋ねると、珍しく豪流院が苦い顔を作る。
「来るつもりであったらしいが、私が止めた。放って置けば、新入生一同に混じる私の姿を見るなり所構わず感涙しそうだったからな。尤も、同行拒否を宣告した時点でも大泣きしたが」
「入学式くらい良いじゃないか、可哀想に。保護者として来てくれる人がいるだけ幸せだと思うがな」
「本心かね?」
「いや、全然」
 さもどうでも良いと言う風に言いながら、ふと思い出した。

 静良は今、何をやっているのだろう?
 そういえば、僕が学校に行っている間、静良はどうするのだろうか?
 別に、何をしようが止めるつもりは無い。静良には静良用のクレジットカードが用意されているようだし、買物をするにしても不備は無いだろう。指紋認証も既に済ませてあるから、部屋の施錠や開錠も問題無い。要は、僕のスタイルを崩してくれなければ良い。
 つまり、どうでも良かった。
 どうでも良かったから、すぐに考察は終わった。


 しかし、だ。
 どうしてこう、眠くなるものなのか。
 最初の方は良かった。プロジェクターから壇上のスクリーンへ映し出される学校概要の説明は、興味をそそられるものばかりだった。
 生徒の自主性を重んじる校風。それに伴う、生徒の知識や興味の証明や発散に適応出来るだけの最新鋭設備。清潔とメニューの抱負さに定評のある学生食堂。図書館も裸足で逃げる蔵書の図書室。通常の学校とは異なった、コンピュータを使用してでの授業風景。驚くことに、この学校ではノートの代わりにUSBメモリースティックを使用するらしい、パソコンの操作に慣れていないものにとって、これは酷だ。
 そこまでは良かったのだ。だがしかし、その後が頂けなかった。
 保護者代表による、井戸端の奥様方も耳を塞いでしまうような長ったらしい話に、大学院生代表による、サークルコンパの女性方も耳を塞いでしまうような長ったらしい話に、学園長による、新人熱血教師も耳を塞いでしまうような長ったらしい話。
 船を漕ぐ失態を責めるより、舟を漕がない忍耐を賞賛すべきだ。
 今現在、在校生代表、つまり生徒会長による新入生への賛辞の言葉と称した、随分と良い声で発せられる子守唄に、僕の睡眠中枢は刺激される一方だった。
 豪流院は、何がそんなに面白いのか、相変わらずその卑猥な笑みを崩すことなく聞き入っている。
 ──あかん。
 もう、無理だ。
「次だ」
 何がだ。
「次の新入生代表挨拶にて、私のこの学園生活最大のライバルとして君臨するであろう者が、その姿を露にする」
 そりゃ結構なことだ。
「新入生代表は、入試試験にて最も高成績を残したものに与えられた称号である。にも拘らず、私は今ここで、『新入生代表以外の新入生』として着席しているのだ。この意味が解るかね?」
 静かにしろ。場の空気的にも、僕の都合的にもだ。
「私よりも優秀な人間が存在する、ということだ。素晴らしい、これは喜々として然るべき事態である。よもや高等学校新入生というレヴェル内において、このようなライバルが発生することになろうとはな。宣言しよう、私はこの高等学校生活の中で、必ずこの新入生代表と称された者よりも優秀な人間というレッテルをその身に纏ってみせる」
 そうか。

 言葉を選ぶ余裕も、実際に発する気力も無くして、僕は目を瞑った。
 これだけ、同じ場所に座る人間がいるのだ。一人二人居眠りをしたところで、早々バレはしまい。
 一つ。
 二つ。
 首を縦に振り回しながら、遂に僕はその睡魔の毒牙にかかり、抗うという行為を放棄して、さながら某童話に搭乗する木彫り人形のように成り下がろうとした。
 その時。


《新入生代表挨拶。新入生代表 芥静良さん》


 子守唄が、僕の意識の胸倉を掴み、入学式へと引き摺り戻した。

       

表紙

六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha