Neetel Inside 文芸新都
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今日から家族
静良のいる日々(仮)-8

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 後は、特に特筆すべき要素は無かった。
 教室でプレゼンテーションを受け、各々が自己紹介をし、その際豪流院が「ただの人間には興味~~~」……失敬、これは書き表すことが出来ないことをご理解頂きたい。解る人なら解るのだろうが、版権的な意味でだ。
 とにかく、どうあれ。
 その後の学園生活は滞りなく終了し、僕と豪流院は校門を潜り、学舎を後にした。
 後は普通に商店街のファストフードショップで食事を取り、普通に別れ、普通に家に帰り着き、既に帰宅していた静良と二言三言会話を交わして、
 最初に戻る、だ。

 以上、回想終わり。


                    ・


「面白いことになった、と公言させてもらおう」
 僕が脳内で朝からこれまでの出来事をリピートしている間に、静良は豪流院にあらかた説明を終えたようだった。豪流院が眼鏡を中指で持ち上げ、納豆のような笑みを浮かべる。
「家族愛か、正義殿も中々に粋な計らいをする。友よ、私の推測はあながち全く見当違いというわけではないのではないかね? 同じ年頃の、それもこれほどに容姿端麗の異性が家族となるべく貴殿の下に参上仕ったのだ。役得とほくそ笑む理由はあれど、そのように強欲なハムスターのような顔面を模る理由も無かろうに」
「別に、静良が来た事に関してむくれているわけじゃない。状況を説明しない上層と、状況を把握出来ない自分に対してだ」
 当然、静良が来たことに対して不満が無いわけではない。
 確かに、この広い部屋に一人で居ることに空虚を感じていないわけではなかった。家に帰っても明かりがついておらず、明かりをつければそこに映るのは朝と何一つ変わらぬ風景であることに、寂しさを覚えなかったわけではない。
 だがしかし、それなりに気に入っていたことも確かなのだ。
 この部屋は、身の上の理由で常々何かに縛られている自分にとっての、唯一の自由の場だった。ここにあるものすべてを、自分の操作したいままに操作し、移動したいままに移動し、食したい時に食すことが出来るのだ。
 そしてそれは、別に僕に限った話ではないはずだ。世界中に生きる人々とて、そんな自分だけの場を、大切にしているのではないのか?
 そんな、唯一の憩いの場に、突然第二の存在が現れて、有無を言わさず同居することになって、それを何の不満も無く受け入れられるだろうか?
 否、だ。
 だがしかし、それは静良のせいではない。
 静良は、従っているだけだ。何故、どこを、どうして、静良が芥財閥にそのような指示を受け取ったかは定かではないが、とにもかくにも、静良は従っているだけである。
 だから、静良に責められる謂れは無いのだ。
 しかし、ならば誰にこの不満をぶつければいい?
 拒否すら許されないのなら、不満をぶつけるしか無いではないか。
 誰に?
 誰が、この出来事の発端に近しい?
 ──当事者に、決まっている。

「ところで、だが」
 僕は、相当に悪い目付きをしているのかもしれない。静良の振る舞いは、あえて僕の視線から自分の身を逸らそうとしているように見えた。
「君は、誰だ?」
 ──あ。
「私は君に、私自身の説明をした。だが私は、君という人間についての情報を、統也の友人であることしか知らない。今度は君が自己紹介をする番ではないか?」
「うかつの極みである。すっかり失念していた、非礼を許し願いたい」
 そうだった。
 静良は、豪流院を知らない。
 豪流院は、僕が入学式で渡した情報があるから、それなりには、静良のことを知っている。そもそも新入生代表として壇上に上がった以上は、僕の説明など必要はなかったのだろうが。
 しかし、静良は違う。おそらくは「豪流院」という名前さえ知らないはずだ。
 ガタリ、と豪流院が立ち上がった。何ぞは高い所が好きとは良く言ったものである。
「一年政治経済学科Aクラス、豪流院修一! ただの人げ


 ──版権的事情により割愛──


──である! 以後お見知り置き願うぞ、静良嬢!」
 ありのままに書き記せば、ベルヌ条約が張り巡らせる地雷にど真ん中ストレートで突っ込んで行きそうな豪流院の横暴極まる自己紹介に、静良が目を瞬かせる。
「──統也」
「何だ?」
「随分と、愉快な友を持っているのだな」
「今頃気付いたのか?」
「いや、確かに豪流院修一がこの場に現れてからこれまでの行動に、違和を感じないわけではなかった。だがしかし、いざこうして人物像を本人談として聞くとなると……」
 瞳を左右に躍らせ、とりあえずと言った風に水道水を咽喉に当てた。うん、実に結構。それが正しいリアクションである。
 ぬぅ、と、豪流院のLサイズハンドが静良の前に差し出され、静良がビクリと身を震わせた。うんうん、大いに結構。それも正しいリアクションである。
「シェイクハンドだ。貴女が友の家族だと言うのなら、貴女もまた、私の友として認識して不備は無いと私は判断する。シェイクハンドは、世界中に散りばめられた様々な文化の中で唯一『友好』という統一の意味を持った動作だ。お手を拝借」
 恐る恐る、静良が手を伸ばし、豪流院の手を握ろうとする。おいよせ、ロクなことにならんぞ。
「恐れることは無い。私のこの掌は、百パーセント私の意思に従って動くものだ、よもや噛み付いたりなどしないさ」
 掴んだ。あーあ、やっちまった。
「今ここに、貴女と私の友の契りが交わされた。私は今後、健やかなる時も病める時も、貴女の友として共にあり、貴女が困難に直面した際は必ず力を貸すことを誓おう。必ずだ」
「あ、ああ」
 にぎにぎと静良の掌をとろろ芋のように握りながら、豪流院がお馴染みのネバついたスマイルを浮かべ、静良が核爆弾発射ボタンを見るような目で応答する。
 飴玉程度の大きさになった氷を奥歯で噛み砕きながら外を眺めれば、何時の間にか空は蜜柑色に染まり、夕日がタイムカード片手に月と業務交代をしようとしている頃だった。それくらいの長い間話し込んでいたのかと、三人分の空になったコップを流しに運びながら考える。

 静良が、豪流院と友達になった。
 また一つ。
 静良が、僕の領域に踏み込んできたのだ。

       

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