Neetel Inside 文芸新都
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コスモスの名付け親
#7 アンダンテ

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 覚悟はしていた。
していたのだが、本当に、茫漠たる荒野に一人で投げ出されたような気分だった。
勢いよく啖呵をきったのはいいものの、何から着手すればいいか。

コスモスを潰す。

途方もない。だができることはある。手札はまだ、残っている。
決意は濁らない。どれだけかかってもいい。
なぜなら、ここは最底辺で、かつスタート地点だ。
だから、自分に新しい風を吹き込むために、「あの人」にこの決意を知らせるために、
自分の贖罪を・・見届けてもらうために・・・俺はここへやって来た。
「ふう・・・」
風を受けながら、一息つく。
うちの学校は都心近郊に位置していて、屋上に来ればビル風を一身に受けられる。
「さて・・」
屋上を囲う鉄柵に身をあずけながら、腰を下ろす。
おそらく、想定しうる範囲での、有効な計画は二つ。
まずコスモスの中で秘密裏に、機関に対して反旗を翻せるような派閥を作るか。
あるいは最も手っ取り早いのは、コスモスの頭にダメージを与えるか。
その前にそいつが、俺のような反乱分子を放っておくかどうかだが。
だが、どちらを実行に移すにしても、現段階では・・
「知らないことが多すぎるな・・」
機関に入った今なら、黒峰からもらえる情報も増えるだろうか。
何も黒峰から引き出そうとしなくてもいいか。
しかしその他のメンバーについても、無知なことに変わりはない。
あの場にいた二人にしか面識はない。いや、できれば他の奴にも会いたくはないが。
機関の構成、構成員、機関の・・掟。あるいは“おしおき”。
「・・・・・」
いくら決心に猛っているといっても、やはり、できることは少ない。
どんな正義をかざすにしても、どんな日常を守るにしても、力がいる。
その力は・・今の俺には、ない。
今になって、不安が押し寄せてきたのも事実。女々しい。不甲斐ない。
一人で・・何をやっているんだろうな・・俺は・・

「こんなところにいたんだ」

ふと、後ろを振り向くと、彼女は、少し、笑って立っていた。
「何をやっているんだ、委員長」
「入谷君こそ」
そして彼女は、俺の横に腰を下ろす。
「ずっと探してたんだよ」
昨日の、あの部屋での表情とはうって変わって
「何故?」
「何故って・・・お礼を言うためだよ・・」
俺から、目線を逸らさずに
「あと・・謝るためだよ」
ゆっくりと、言葉を紡ぎ出していく。
「ごめんなさい、入谷君。あたしのせいで・・」
「勘違いだ」
やはり・・そう捉えていたんだな。まあ、彼女の性格からすれば無理もない、か。
「え?」
「俺は、あんたのために、ああ言ったんじゃないってことだ」
彼女の目線は・・逸れた。
「いずれ、どんな形になろうと、ああなっていただろ・・」
「・・・どういうこと?」
「あいつらが活動の範囲を広げれば、いずれ俺の視界に入っていた」
俺は柵に首をもたげる。
「いずれ・・俺の世界を・・汚していた」
青空が見える。澄み切った青空。この景色も、そこから吹く風も、俺の世界の一部。
「言っただろ。俺は自分の日常を壊されるのが、大嫌いなんだよ」
委員長は黙って耳を傾けていた。
「その代償は、あいつらからせしめる必要がある」
大丈夫だ・・。決意は、濁っていないはず。
「そんなことよりも、あんたは」
「・・・?」
「相川の方を気にしたほうが・・いいんじゃないのか?」
彼女にその気があれば、の話だが。
「・・・・・」
ビル風がもたらした沈黙。
それがビル風とともに去る、というわけにはいかなかった。
「・・・・」
人のことは言えない。俺も、蒸し返すのが好きだったんだな。
「・・・」
彼女の罪悪感を再発させる意図は、なかったのだが。
「あたし」
俯き加減でつぶやく。
「一時間目からサボっちゃうなんて、初めてだよ」
話を逸らすつもりで、それとも、俺の発言はもう受け止めた、という意味で言ったのか
「サボリ自体・・初めてなんだけどね」
彼女は、どこか自嘲的な笑みを浮かべる。
「そう・・か」
どう答えていいか、どう会話を進めていいか、わからなかった。
大体今は確か・・二時間目。ということは・・・
「ちょっと、調べものしてたんだ」
そう言って、何かメモのようなものを取り出す。
「調べもの?」
「うん。コスモスの、こと」
おいおい・・・・
「おい・・」
「ん?」
ん?じゃないだろ・・この女・・
「あんたは俺の尽力を無駄にする気かよ・・」
「・・・」
「俺があんたを機関から遠ざけてやったのに・・・」
「ふふっ」
「・・・!」
言ってから、気付く。はっとなって口を押さえる。
さっき俺は、あんたのためにやったんじゃないと、格好つけたばかりだった。
「ふふふ」
「・・・・何だよ」
委員長に上手を行かれるとは、不覚だった。少し、あせりすぎていたのかもしれない。
何に対して?というのは、愚問だ。
「ううん」
委員長はまた、こちらに目線を戻してきた。
「あたし、入谷君のそういうとこ、好きだよ」
戻ってきた目線は、わずかに、柔和で、
「冷めてるようで、実は結構、正義感があって」
仄かに、温かい雰囲気を、帯びていた。
「正義感って・・俺はいじめを止めなかっただろ・・」
「ちょっと、前みたいに、戻ったみたいだね」
前・・前って何だよ・・・。
もしかして・・・
「あんたは・・俺なんか見てる暇、あったのか?」
彼女とは、去年も同じクラスだった。それだけの義理なのに・・
「うん・・見てたよ・・お姉さんのことが、あってからも」
「・・・・・」
今度は、蒸し返しただなんて咎めない。
それは、彼女なりの、やさしさなんじゃないかとも思ったからだ。
「でもね・・特に何もわからなかったんだよ。
 図書館で校報とか卒業文集とか見てみたんだけど、何も載ってなかったの。
 このメモにも、大したことは書いてないの」
ああ、コスモスの話か。
「役に立てなくって、ごめんね・・」
「いや・・」
余計な無茶をするなよ、と言ってやりたかったが、それも無粋か。
「ただね・・伝えたかったの」
目線は、俺から、外さない。
彼女の凛とした表情を、風が撫でていく。
「入谷君は・・一人じゃないんだよって・・伝えたかったの」
「・・・・」
その風は、俺の中にも吹き込んでくる。
「困ったことがあったら、言って欲しいの。
 あたしじゃ役に立てないかもしれないけど・・。それでも!」
俺の鬱積した感情を、さらっていく。
「償いとか・・そういうのだけじゃなくて・・・」
俺を、俺の中の何かを、すすいでいく。
「頼って・・ほしいの」
すすぐと同時に、沁み込んでいく。
「・・・わかったよ」
そう返事をして、腰を上げた。
「がんばってみるよ。じゃなきゃ、何も始まらない。困ったら、言うよ」
本当に・・不覚だったな。委員長に、上手を行かれるとは。
「立ち向かってやるさ」
少しだけ・・・
救われた感じがしたのは、気のせいじゃないんだろうな。

       

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