Neetel Inside 文芸新都
表紙

Sweet Spot!
15th.Match game2 《珈琲団》

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 ほったらかしにされた状態は幸いそう長くは続かなかった。貸し出しをしに来る空気よみびとしらずもおらず、カウンターに座って室内に掲げられた読書啓発のポスターやら案内やらをぼんやり眺めていると、何やらドアの向こう側から会話と足音がだんだんこっちに向かってきて、やがてノブの回転音が後に続いた。
「じゃあ後はお願いね、マキちゃん。」
「へいへい。全く、ここをデートに使うんじゃないっつーの。下校まで待てないわけ? 私だって使ったことないのに。あーうらやましいったらないわね。オイ、こっち向きな!」
「へ!?」
 高めのハスキーボイスが後頭部に向かって降ってきた。明らかに草原先輩とは異なる声質。
 後ろに振り返るのとほぼ時を同じくして、ギイィとたっぷり年季の入った感のある音を立ててドアが開き、草原先輩と赤縁メガネの女の子が部屋から姿を見せた。
「驚いた……まさか中にもう1人いるなんて考えてませんでした。」
 特に音も聞こえてこなかったし。つか2人で当番やってたことを今初めて知ったわい。
 2人の会話内容から簡潔に推するに、先輩の横でめんどくさそうに頭をポリポリ掻いているこのお方も図書委員なのだろう。会釈した俺をキッと見るその鋭い目つきはいささか怖めで、気のとても強そうな性格をお持ちの印象を受ける。うっすら茶色がかったショートの髪はナチュラルに撥ねていて、よく言えば無造作、悪く言えばボサボサだ。
 ただそばかす混じりのそのお顔が見目麗しいことに、俺は何の躊躇いも持たなかった。
 そばかすも武器になるんだなあ。これは新発見です。
「別にそんなんじゃないんだってば! さっきから何度も言ってるじゃない、今日はそこにいる渡瀬くんの大会の――。」
「あーあーわーったわーった。ほら、きみもボケッとしてないでさっさと変わる!」
「はあ……ってちょ、うわっ。」 
 返事を待たずマキと呼ばれた苗字不明のヅカ先輩は、体を投げ出してどかっとイスに腰を下ろした。そのまま背もたれを最大限利用した俗に言う殿様座りをしつつ、すいと足を組む。
 一切女を飾らないその仕草。しかしながら短めのスカートからは精一杯美脚が主張されており、このアンバランスさは何とも言えず破壊力抜群だ。その潔さたるは特筆に価するもので、160センチを裕に超えるすらりとした体型からはさながら宝塚の男役にでもなれそうな雰囲気が醸し出されている。
「さっさと入んなさいよ。私の気が変わらないうちにさ。特別大サービスなんだからね。」
 そのままタバコでも燻らしそうな風情のボーイッシュ・ビューティー、マキ先輩に促され、あやうく彼女のある部分を凝視しかけていた俺はふと我に返り、先輩の待つ後ろの部屋に入ることにしたのだった。

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 渡り廊下を踏破して突き当たりの角を左に曲がると、暑さを徐々に感じるようになってきたことにより上から選択権を与えられ、各々が自らの意思により纏った春服及び夏服の一団を確認した。いや、違うな。正確には確認されてそれに私が気づいた、だな。
「相変わらずよくやるわ。」
 見慣れた光景に思わず幾度目かの言葉が口をついて出る。私の姿を捉えた男(と一部女子)たちは早速こっちに駆け寄ってきた。
「ど、どうも皆様こんにちは……。」
「「「恵様っ!! 今日もご機嫌麗しいようで何よりです!」」」
 血気盛んに顔を上気させ『ファンなんです』と会員番号なる数字を名乗る有象無象の方々。
 彼らの行動は実に奇妙だ。校内にいる時に限り、私を追いかけ回す。朝靴箱で靴を履き替える所から夕方靴を履き替えるまでの間、少しはなれたところから私の様子を伺っている。たまに目が合うと、手を振りながらペコペコとお辞儀をされる。
 大まかな『団』の活動内容はこれだけであり、それ以上何かをしてくるわけじゃないので特に身の危険を感じることはない。それどころか誰か1人が抜け駆けして私に近づこうとするのを団で阻むような風潮すらあるようだ。何というか、ある種の節度を保った集団なのだ。
「ありがとうございまーす。」 
 私は彼らに今日も作り慣れた営業用の微笑を振りまく。それが一番事を荒立てない方法だと身をもって知ったからだ。あまりにしつこく付きまとうのでどうにも恥ずかしくなり、以前に1度怒鳴って追い散らそうとしたら、なぜか逆に萌えられてしまったのだ。
 かなり強く罵ったのはずなのに効果は皆無だった。あの時周りから向けられた恍惚? とした表情は今でも忘れられない…勿論悪い意味で。記憶の片隅に今もしっかり刻まれている。
 1年の初期からもうずっとだ。どうして私なんかに構うのか全然わからない。特に何か注目されるようなパフォーマンスをしたわけでもないのに。ちなみに他にもこうした誰かの追っかけ団がそこかしこにいて、しかも昔から変わらずにこうした組織が在り続けているそうだ。今では立派に星和の7不思議の1つとして数えられている。
「あの、差し出がましいようですけど、そ、そのお抱えの紙をば――。」
「いいえ、もうすぐそこですから。お気遣いなく。」
 ネームの上に会員番号⑤と書かれたシールを貼っている男子からの申し出をにこやかに拒みつつ、私はやっとの思いでドアまで距離を詰めることに成功した。両手が使えないので体をドアに擦り付けるようにして距離を詰め、右腕全体をドアに押し付けて引き開けた。
「失礼します、神崎戻りました。」
「めぐちゃんお疲れー。今日もいっぱいだったでしょ? 疲れたんじゃない?」
「まあね。白ちゃん目当ての女の子も大勢きてたし。あの子達私を見る目がきついのよね。」
「そうなの? どうして?」
「だってそりゃ白ちゃんだもの。」
「え?」
 白ちゃんに近づくのは皆あの子らからすれば害虫という扱いになる。生徒会執行役員の女子は例に漏れず『白の団』から害虫として認知されてしまっているのだ。女である私からしても嫉妬を覚えそうな美しい容姿を持ち、珠のように清らかな心をもつ白ちゃんは、当人の自覚もないまま万人に愛されており、それと同時に次期生徒会長にうってつけの人材なのだ。学力考査で校内トップを邁進する星和の超頭脳は、秋の役員選挙でも間違いなく続投を推薦されるだろう。
「あのバカに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。同じ男でもこうも差があるなんて……。」
「何か言った?」
「ううん別に。そうだ、さっき変な1年が来たでしょ? アイツ去り際にどこどこへ行くとかって言い残したりしなかった?」
 私の疑問は白ちゃんの首が横に振られたことで迷宮入りとなる。それどころか「どうしてそんなこと聞くの?」と逆に勘繰られて少し返答に困ってしまった。単に礼をしたかっただけ、という言い訳で一応納得してくれたが、その後も白ちゃんの質問は続いた。
「そっか…たまたま暇そうにしていたから吹っかけたら釣れた、と。」
「概ねそんなとこね。何? 随分あの1年に興味ありそうね。何かしでかした、アイツ?」
「いいや、特に何も。さっさと資料置いてっちゃったからね。名前すら見なかったし。」
「謎の1年Aってことでいいじゃない。もう会わないんだし、忘れちゃいなって!」
「うーん……。」
 誰かにここまで興味を持つ白ちゃんを、私は初めて見た気がした。
 でもなんであのアホなんかに執着するんだろう。大事なトコでやらかすあのアホを。
 
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 中は2、3人は余裕で動けるスペースがあった。辺りには名簿や書類の山がそこかしこに出来ていて雑然としており、上手く整理すればもっと有効なスペースが確保できそうである。
 何の部屋なのか気になって尋ねると、少し得意げに先輩は答えを切り出した。
「表向きは資料室。色々な帳簿とか図書の詳細とかがここに置かれてるの。年に何回か一斉書架点検をやるんだけど、その時に不明図書が無いかここで調べるわけ。でもいつもは休憩室として活躍する方が多いかな。お菓子食べたりおしゃべりしたり。今日は居ないけど普段は司書の先生も篭ってることが多いから、話相手になってくれたりするのよ。」
 成程、聞けば聞くほどに楽園ルームだ。利用者が少ないため当番2人が変わりばんこにカウンター業務と休憩をくりかえし、待機中は裏でやりたい放題。びっくりするほどユートピア。
 しばらく興味の赴くままあちこち見ていたが、先輩に着席するよう促され、俺は小さなテーブルに備え付けてあるパイプ椅子に座った。どうやら体育館から拝借したモノのようで、しかも新品だから笑える。
「はい、どうぞ。砂糖は一応少なめに入れといたからね。苦かったら足してくださいませ。」
「わぁ……どうもありがとうございます。すっげぇ……。」
 イスに着くや、先輩から温かいコーヒーを出される。バイト未経験とは思えない慣れた手つきに思わず声に出して感心してしまった。一口すすると気持ちも落ち着き、次第にこの状況を冷静に分析する余裕が出てきた。とりあえず確認することにしよう。
 今、俺と先輩はテーブルに向かい合って座っている。俺の右手にはピンクのマグカップ。左手は膝の上。先輩はテーブルに置かれていたマキさんの食べかけのクッキーを頬張りながら、頬杖をついてこちらをじいっと見ている。
 以上、整理終了しますた。緊張ですねわかります。
「ここだけ学校じゃないみたいな感じでしょ?」
「え? あ、はい。まさか先輩もこうして裏でくつろいでるなんて思いもしませんでした。」
「ん? どういうこと?」
「いや、きっと閉時まで粛々と当番の仕事に当たってるのかなーって。」
「あーそゆこと。いや、でもちゃんと仕事はこなしてるし、忙しい時は2人でやるんだよ。何もサボっているわけじゃないんだから、そこんとこは誤解しないでね。ね!」
「わかってますよ。了解してます。」
 その後もたわいも無いお話を先輩はしてくれた。普段から校内で異性との交流なぞほとんど無い身でいささか不安だったが、俺たちは特に話題が途切れることも無く予想外にほうぼうのトピックで盛り上がった。
 すんなり会話できる自分に正直驚いていた、というのが本音。映画を観ていたことで余計な緊張が無くなったからかもしれない。
 
 脱線を繰り返しながら大会での功罪を一通り話終えると、すでに外は真っ暗になっていた。
「そう、おなかがねぇ……大変だったんだ。そっか……。それで、もう体は大丈夫なの?」
「それが……実は今日も何度か授業抜けてトイレに駆け込んじゃいました。」
「ええっ、そうなの!? じゃあひょっとしてコーヒーまずかったんじゃない!?」
「あ、いえ。もう今は落ち着いてるんでだいじょ――あ。」
 ここにきて俺の脳に『電流』走る――――嗚呼、やってしまった。
 話に夢中でその存在ごと忘却の彼方へきれいに投げ飛ばしていた。無意識の内に取っ手を力強く握り締めていたせいで汗ばむ右手とは裏腹に、まだ半分も減っていないカップ内のコーヒーはもう完全に冷え切ってしまっている。なんてこった。
「ど、どした? また痛みだしたの?」
「いえ、違うんです。せっかく先輩に美味しく淹れてもらったのに、俺自分の話で舞い上がっちゃってコーヒーの事忘れちゃってました……。あーごめんなさい。もう本当最悪だ……。」
「そんな! 全然いいのよ。ほらこれ見て、私だって飲むの忘れてたんだから。それにおなかの調子が悪いんならむしろ全部飲みきらなくてよかったくらいだし。あーあ、ホットミルクにしとけばよかったなあ。こっちこそごめんね。」
「そんな、何で先輩が謝るんですか!? 大体俺もう本当に全然大丈夫なんで!」
 申し訳ない思いで一気に流し込もうとコップの淵に口を付けた瞬間、右前方およそ2メートルに位置するドアがものすごい音を立てて勢い良く開かれた。体当たりして蹴破ったかのようなその破壊音に驚いた先輩がドアへ上半身をぎゅんと翻す。それに続けて俺もカップの縁をくわえたままドアに上目を這わせた。
 5秒ほど間があって、赤縁メガネさんがひょこっと顔だけ覗かせた。
「オアツイトコロ失礼しやーす。そろそろ下校時刻でーす。私は帰りますのでどうぞお2人で仲良く閉めちゃえばいいじゃないさコノヤロ。それから下級生、てめーはしっかり清夏を送り届けてやんだぞ、いいな!」
 じゃあの、という捨てゼリフとともにまた勢い良く扉は閉められた。この間わずか10秒。俺と先輩の返事を聞こうともせず、実に迅速に用件を言い放ってマキさんは去っていった。それこそ嵐のような勢いで。
 先輩がこちらに体を戻した後も、しばらく俺は閉められたドアを眺めていた。
 とにかく攻撃的な口調で、しかもドアの開閉も力任せだった。それがどうにも気にかかる。
「どうしたの? 浮かない顔だけど。」
 懸念は先輩にもすぐに見抜かれてしまった。
「いやあの……これって怒らせちゃったって事すかね? やっぱ長居しすぎましたよね。」
「ふふ、やっぱ普通の人にはそう見えちゃうよね。でも今のはマキちゃん的にはむしろ気を遣ってくれての行動なんだよねー。」
「え……?」
「初めはちょっと取っつきにくい印象を受けるかもしれないけど、ああ見えてマキちゃんってすっごく優しいの。当番だってなんだかんだ不平垂れながらでもちゃんとしてくれてるし。」
「あ……、そうだったんですか。」
 それを聞いて俺はそんなマキさんを意外に感じ、また即座にそう感じたことを恥じた。
 ひとりの人間を理解するなんて、そう簡単にできることではない。その人の良さ、悪さは時間をかけて深く付き合ってみないと見えないものだ。だから、人を見かけや表面的な行動だけで安易に判断しちゃいけない――って、そんなの十分判っていたつもりだったのに。
「あーあ。」
「ん、なあに?」
「あ、いえ何でもないんです。そうだ、ちゃっちゃか閉室準備しましょうか。俺も手伝いますから何か指示して下さいよ。どうぞなんなりとご命令をばこの私めに。」
「め、命令って……大げさだなあ。えっと、じゃあ窓の鍵を見てもらえるかな?」
「アイマム!」
「ア、アイマム!?」
 びっくりまなこの草原大佐を横目に、俺は資料室を飛び出した。
 次マキさんに会ったら、とりあえず謝ることにしよう。話はそれからだ。

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「今日はこれでいいだろう。月例会議の議題についてはまだ日も残っているし、来週詰めれば問題ないしな。下校時刻も近いから各自速やかに帰るように。じゃ、解散!」
「「「お疲れ様でしたー。」」」
 各クラスに配布する資料の整理を済ませた後週明けの全校集会の段取りについての話し合いがまとまる段になって、職員会議を済ませた西岡先生が生徒会室にやってきた。会議内容を報告して最後に一言締めてもらい、それで今日はお開きとなった。
 教室に戻って鞄を取りに行こうと思い、椅子から腰を上げる。と、先生に呼び止められた。
「おお神崎、久しぶりだな。どうだったんだ大会は。満足いく結果か、ん?」
「出来には満足してます。ま、結果が伴わずこうして今日ここに居ちゃってるんですけど。」
「そうか。でもまあ後1年あるんだ、しっかり反省してまたやりゃいいさ。そうそう、皆によーく礼言っとけよ。数日分だがお前の抜けた穴をカバーしてくれてたんだからな。」
「はい、さっき言いました。みんなとっても優しくて、思わず泣けてきちゃいました。」
 ここのところ数週は総体の追い込みを優先して生徒会に顔を出せないことが多かったため、メンバーにはその分負担をかけることになってしまった。それなのに、誰も文句を言う人がいなかったばかりか久しぶりに顔を見せた私に向かって皆口々に「おかえりなさい」と笑って迎えてくれて、私は思わず胸が熱くなってしまったのだった。
「そうか。じゃ、もう暗いし急いで帰れ。また来週な。」
「はい。」
「ん……っと、おい神崎、ちょいまった!」
 さよならを済ませてドアを開けた私に向かって、西岡先生が再び私を呼び止めた。
「何ですか?」
「すまんが草原とマキの分の資料を渡してくれないか。男子がもう帰ってしまってな。」
「またですか? ったくあいつらってば……普通そこは渡しに行くでしょが。」
「いつも悪いな。」
「あ、いえ! こんなの先生に言っても仕方ないのに……すみません。」
 いけない、先生に向かってついつい愚痴ってしまった。でも図書委員は実質さあやとマキの2人でやっているようなものだ。男子は全然やる気がなく、会議にも出席するだけで積極的な行動を一切見せない。今日だってずっとケータイをいじっていたし、終わったら終わったでさっさと帰ってしまった。
「ま、いっしょに帰ればいいや。1人じゃなんだし。」
「頼むな。」
 申し訳なさそうな表情を浮かべている先生から2人分の資料を受け取り、私は生徒会室を後にした。外は相変わらず数多の団員たちが待ち構えていて、ちょっとした渋滞となっている。一介の生徒に出待ちなんてどこのスターだよ、とツッコミをいれたくなるところではあるが、ここは彼らの意思を尊重することにいたしましょう。
 まだ暫く下校のチャイムまでは時間がある。図書室も空いている筈だ。
 よし、今日はさあやとマキの3人であいつらをこき下ろして帰るとしますか。

       

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Neetsha