Neetel Inside 文芸新都
表紙

Sweet Spot!
5th.Match 《in a fever》

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 ピピピ、ピピピ、ピピピ。
 ふぅーっ……。
 恐る恐る文字盤を覗く。緊張の一瞬。
 表示されていた数字は――――――。
「嘘でしょ……。はぁー……、もぉーマジでどんだけぇ……。」
 37.8℃。 
 翌朝、俺は見事に風邪を引いてしまっていたのだった。
 朝目が覚めると、いつもより体が重い感じがした。
 最初はただの筋肉痛だと思っていたのだが、そのうち頭がクラクラしてきてどうにも動けなくなってしまったのだ。
「ここの所功ずっと無理してたし、レギュラー決まってホッとしたのもあったのかもね。まだ3日あるんだし、今日は学校休んでしっかり治す。ハイ、寝なー。」
「ちょっ、待って! 熱の割りには動けるから―――。」
 恵姉は俺の弁明など全く耳を貸さず、問答無用とばかりに俺を布団に寝かしつけた。
「今日中、遅くとも明日中に治さないと、マジで出れなくなるよ! せっかくチャンス貰えたんだから絶対に治しなさい! じゃあ行くけど、ちゃんと寝てんのよ!」
 ママにしっかり見張ってもらうからね、と釘をさして恵姉は部屋から出て行った。
 恵姉が家を出て、猛さんが会社に出勤すると、家の中はとても静かになった。
 ぼんやりとした意識の中、聞こえるのは傍にある目覚まし時計の秒針音と、時折1階から聞こえてくる希さんの生活音だけだ。
 目の前に見えているのはただ天井だけ。
 そのシミとも年輪ともおぼつかない木目模様を、俺はひたすら眺めるしかなかった。
 もし風邪が治らなかったらどうしよう……。
 折角皆が助けてくれて、本気で頑張ってレギュラー獲ったのに。
 あの子と約束もしたのに。
「なんでこうなるんだよ……。」
 薄れ行く意識の中で、やりきれない悔しさだけが俺を支配していた。

 次に俺が目覚めたのは、昼食を希さんが持って来たときだった。
 全然気がつかなくてびっくりしたが、俺は大量の寝汗を掻いていた。
 すぐに着替えて、それから布団から半分体を起こし昼食をとった。
 相変わらず体は重くて最悪のコンディションだったが、食欲はあったので目一杯食べた。
「これだけ食欲があれば大丈夫ね。お薬飲んでまた一杯汗を掻いてゆっくりしていれば明日にはきっと良くなっているわ。」
 ご飯を食べ終わった後、俺の憔悴ぶりに気づいたのか希さんはそう言うと、
「恵ったら、昨日はすごいはしゃいじゃってね。功がレギュラーになれたのよー、って。まるで自分がレギュラーになったみたいな顔して嬉しそうに。功ちゃん昨日は疲れてすぐに寝ちゃったでしょ? あの後遅くまで事故のこととかハチマキの約束のこととかパパと私にずっと功ちゃんの話ばっかりしててね。フフ、おかしいでしょ?」
 と笑って話してくれた。
 確かに恵姉、本当に嬉しそうだったもんなー。
 手間をかけて育てたおかげで花が咲いたとか、訓練してやっと愛犬が芸を覚えたとか、そんな感じなのかなー?
「功ちゃん、脈アリね。」
「脈ですか? うーん、熱の割には多分正常ですよ。」
「功ちゃん、それワザと?」
「へ?」
 腕に手を当てて心拍数を計っている横で、希さんはクスクス笑っていた。

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「次、えー……じゃあ神崎、読んで。」
「はい。金色に染まる夕暮れを一望できる切り立った丘の上で、七海は拓人の想いを……。」
 午後の授業が始まっても、私の気分は今日の青空のようには晴れなかった。
 アイツ、少しは熱下がってるかな……。ちゃんとおとなしくしてるかな……。
 功のことが気になって仕方がない。
 近頃はめっきり風邪なんて引くことも無くなっていたし、功は本当に丈夫になったと思う。
 それでもここ最近の功は本当に見ているのが辛いくらいに頑張っていた。
 帰ってきてご飯を食べながらウトウトしていることもしばしばだったし、朝も全然強いほうじゃないのに、毎朝ちゃんと起きて朝練に行っていた。
 外周コースがだんだん楽しく感じられるようになってきた、なんて功はおどけて言っていたけど、あのコースを日に何本も走るのは並大抵の辛さではないことぐらい誰だってわかる。きっと、私なんかには想像出来ない位筋肉痛も激しかっただろうし、タイムとの闘いに精神的にも相当参っていたに違いないんだ。
 なのに昨日は私のお陰だ、なんて言うし。
「アタシは何もしてあげてないよ……。」
 そして、倒れてしまった。
 ただ応援するだけじゃなくて、もっと功の感じていた負担を減らしてあげられるようにしてあげなくちゃいけなかったんだ。
 朝、岩崎さんに功の状態について話しに行った時、
「まだ渡瀬にはこれから何度となく大会も待っている。体調が悪くなってしまったことは残念だが、今回の件は渡瀬にとっても決して無駄にはならないはずだ。」
 だから万全の状態でなければ市長杯は見送る、そう言われた。
 私もその考えには賛成だ。
「賛成なんだけど……。」
 功は、絶対に出る気でいる。
 あの子と約束したから。
 あのハチマキをつけて、試合で勝つんだ―――。 
 アイツは普段は決まりごとなんて面倒臭がって全然守らないくせに、自分が大事だと思った約束は例えどんなことがあっても守ろうとする、もうどうしようもない性分の持ち主なんだ。
 だったら、私は自分に風邪をうつしてでも功を治してあげなくちゃいけない。
 功がちゃんと約束を果たせるように。
「そしてコートで笑う功の顔を見るんだ!」
 授業が終わる頃、私のモヤモヤしていた気持ちはハッキリと澄みきっていたのだった。

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 昼食を食べた後、俺はなかなか寝付けずにいた。
 昨日の夜からずっと眠り続けているから、もはや眠気もくそもあったものではない。とは言え体は満足に動かせないので、無理矢理目を瞑っているしかないのだが。
 そうしてウトウトしていると、俺はいつの間にか大会当日を迎えていた。
 俺は大会で宮奥さんとペアを組んで団体戦に出場していた。
 お互いに1勝ずつし、勝負は自分たち3ペア目の試合の勝敗で決まる。
 相手の顔はわからなかった。
 そして試合が始まった。
 相手のサーブが自分に向かって飛んでくる。
 スピードもコースも十分に対応できるレベルだ。
 自分の力を出せれば絶対に勝てる。
 ところが。
 どんなに精一杯ラケットを振っても、俺のボールはちっともネットを越えないのだ。
 あれ? どうしてだ……? 何でうまくイカナイ……?
「どうしちゃったの? もっと大きく行こう! ドンマイだよ!」
 宮奥さんが落ち込む俺を必死に元気付けている。
 でも、やがて宮奥さんの顔はゆがんで見えなくなって、
 そうして目の前が真っ暗になって……。

「…っ、……ぉう! 功! 功ってば!!」
「うわーっ!!?? ハァ、ハァ……。」
 恵姉に揺り起こされ、俺はがばっと跳ね起きた。
 あまりにリアルに感じていたので、それが夢だと気づくまで俺は少し時間がかかった。
 夕方恵姉が部活を休んで帰ってくると、俺は体をよじってうなされていたらしい。
「功、泣いてる……。」
「えっ?」
 指で頬をなぞると、涙の筋ができていた。
「どうしたの? 悪い夢?」
「……うん。試合で自分を見失って、チームに迷惑かけて……。」
 俺の話を何も言わずに聞いていた恵姉は、
「よしっ、ちょっと待ってて。今温かい飲み物持ってくるね。功、汗びっしょりだから、着替えな。」
 と優しく笑って、下に降りていった。
 着替え終わって布団に入ってしばらくすると、恵姉が紅茶を淹れて戻ってきた。
「お待ちどーさま。それ飲んだらまた横になってね。」
「ん。ありがと。」
「功、食欲ある?」
「ん? あるけど……。」
「プリン買ってきたんだけど、一緒に食べよっか?」
 プ、プリン……! スプーンでつつけば震え(ry。
 が、ガキで悪かったな! ああ、好きですけど? めっちゃ好きですけど何か問題が??
「食べたい! やった!」
 恵姉は俺の顔を見て、あはっと吹き出したのでした。
 その後夜になると熱は少しずつ下がりだし、体のだるさも徐々に無くなってきた。
 途中何度か目を覚ましたが、恵姉と希さんが代わる代わる俺を看病してくれていて、結局朝になるまでずっと看てくれたようだ。
 翌朝俺が目を覚ますと、体は元に戻っていた。
 恵姉は俺の布団の上に頭を寄りかかり、体を丸めてすやすやと眠っている。
 ずっと見ててくれたのか……。
 それを見ていてふと、俺は自分の胸が何故かドキドキしていることに気がついた。
 はて。いつもは全然何とも無いのにな……?
 恵姉の寝てる顔を見たのは久しぶりだからかな?
 俺はこの謎の現象をそう解釈し、恵姉が起きない様にそっと毛布をかけてあげたのだった。

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 さっきから目覚ましの音が鳴り響いているのはわかっている。
 早く止めて~ってジリジリ文句垂れてんのもわかってんだけど。
「ん……。眠っみぃ……。」
 ジリジリジリジリリリリ…………。
 あー、うざっ!
 どうにも我慢できなくなって目を開けると、私がいつも起きる時間より1時間も遅い時間を短針は指していた。
「うわやばっ! 今から準備してもカンペキ遅刻確定だぁ!!」
 おいっ、時計コラ! 進みすぎだって!! 自重しなさいよ!!
 私は思わず条件反射的に飛び起きた。
「……?」
 ここは、何処ざんしょ……。
 しばらくの間私は寝ぼけ眼でぼんやりしていたが、意識が次第に覚醒してきて、ようやくここが功の部屋であることを理解した。
 そっか、私あのままここで寝ちゃったんだー……。
 ってか功のヤツしれっと起きてるし! どーして起こしてくんないのよ!
 しかもいつもこんな時間にセットしてんのかよ! よく間に合ってんなー。さすが男の子。
 ……ってかもう起きても大丈夫なのかな?
 混沌とした脳内状況でそのままバタバタと階段を下りてリビングに行くと、功はもうウェアに身を包んでいて、ママと談笑しながらまったり朝食なぞを食べていた。うぇあ?
「おはよう恵。」
「おっはよう。あぁー、やっぱ朝の味噌汁は体に沁みますねぇー!」
「ふふ、やっぱり朝は和食よねぇー。」
「まったくです!」
 うわぁ、何という平和っぷり。
「どーせ恵姉あんまり寝れてないんでしょ? 今日は祝日だし、まだ部活まで時間あるから寝てれば良かったのに。あーもったいない!」
 あ、そっか忘れてた。
 今日は休みだったっけかー……って、ちょ、な、なんだって!?
 目覚ましセットしっぱなしにしてたのはいったいどこの誰よ!
 まったく、私がどんだけアンタを心配したと思って―――。
 文句のひとつもふたつも言おうかとした私だったけど、
「でも、ありがとう。おかげでなんとか熱も平熱まで戻ったよ。ご心配おかけしましたっ。」
 そんなに満面の笑みを浮かべられちゃー、あたしゃ何も言えないっつーの!
「そ、そう。で、もう体は大丈夫なの? まだ無理してないでしょうね?」
「……多分? 少なくとも昨日とは全然違うよ。関節可動域急上昇↑」
 はい、したり顔でピース入りましたー。
「あ、そ。良かったわね。ママぁ、アタシもご飯! 大盛りね!」
「おっ、恵姉朝からフルスロットル? 後で体重計との戦いに華々しく散るフラg―――。」
「うっさい!!!!」
 ……こんだけ余計なこと言えたらもう大丈夫かな。
 
 
 朝ごはんの味は、私が昨日食べたどの料理よりも美味しかった。

       

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Neetsha